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End of the Atonement  作者: 久野 龍
第七章 消えぬ傷痕の灯火
53/60

 ■7■

 グレンによるケセナの手当てが一段落し、部屋の空気がようやくわずかに落ち着きを取り戻す。


 だが、安堵はそこまでだった。

 レイアが表情を引き締め、グレンとガイアへ鋭い視線を向ける。


「さて。遺児も目を覚ましたことだし、我々にはすり合わせておくべき事実がある」


 その言葉の重みに、グレンもガイアも表情を強張らせた。

 レイアは部屋に備え付けられた豪奢な長椅子へ移動し、優雅に脚を組んで腰を下ろす。マジョルドがすぐさまその後ろへ控え、完璧な伴侶としての定位置についた。

 促されるまま、グレンとガイアも対面の長椅子へ腰を下ろす。

 寝台の上では、包帯を巻かれたケセナが不安そうに彼らを見つめ、その傍らにラルが寄り添っていた。


「ここへ向かう十五の夜の間に、皇都から正式な布告が出た」


 レイアの冷徹な声が、部屋の空気を一気に冷やす。


「現皇帝フィサルーアの勅命だ。先帝リュウショウ様を暗殺した大罪人ファルイーアの背後には、その血縁である『応龍族』の組織的関与があるとして――世界中に散らばる応龍族の『完全なる殲滅』が命じられた」

「なんだと……っ!」


 グレンが思わず腰を浮かせ、ガイアが低く唸る。


「あのクソ野郎……っ」


 張り詰めた空気の中、寝台の上でケセナがおずおずと片手を挙げた。


「……あの、なんだかよくわからないんですが……」


 申し訳なさそうに零したその言葉に、大人たちの視線が一斉に集まる。

 重苦しい空気へ割り込む形になったが、無理もなかった。起き抜けの頭では、話の大きさが飲み込めないのだ。


 レイアは小さく息を吐き、わずかに目元を和らげた。


「遺児にもわかるように説明しよう」


 組んだ脚へ手を置き、まっすぐにケセナを見据える。


「端的に言えば、お前が眠っていた十五の夜の間に、世界は完全に『お前と応龍族の敵』へ回った。フィサルーアはお前に先帝暗殺の濡れ衣を着せ、それを口実に応龍を根絶やしにしようとしている」

「応龍を……根絶やし……?」

「さらには我ら四獣の族長にも、再度強い通達が来た。『三十夜以内に大罪人の首を差し出さねば、各一族の領地へ軍を差し向け、焼き払う』とな」


 わかりやすく、言葉を濁さない説明だった。

 寝台の上のケセナの顔から、さっと血の気が引く。


(俺の、せいで……四獣のみんなまで、殺される……?)


 レイアは顔面蒼白のケセナから視線を外し、再びグレンたちへ向き直った。


「三十夜以内……。たった三十の夜で、応龍族と四獣のすべてを滅ぼすつもりか」


 あまりの暴挙に、グレンはぎりっと奥歯を噛み締める。

 フィサルーアの狙いは明確だった。ケセナという存在そのものを世界の敵として孤立させ、四獣の力まで削ぐつもりなのだ。


「……朱雀はともかく、白虎の里には非戦闘員の民も多い。このまま何もせずにいれば、私は族長として、一族を守るためにこの遺児を差し出すという冷酷な決断を下さねばならん」


 冷静だが、重い言葉だった。


「させるかよ」


 ガイアが低く凄む。

 レイアは涼しい顔でそれを受け流し、挑戦的な眼差しをグレンへ向けた。


「だが、私はこの遺児を売るような真似はしたくない。ならば、お前たちはどう動く? 逃亡の騎士団長」


 試すような視線が、まっすぐグレンを射抜く。

 生粋の武人であって、盤面を操る策士ではないグレンの頭脳は、限界まで軋みを上げていた。


(……五千星霜前のオウセイは、何をした?)


 思い出せ、歴史を。

 この地で何が起きたのか。

 世界中から敵視されながら、あの男がどうやって世界と対峙したのか。

 その傍らに、誰がいたのか。


 導き出された答えは、一つだった。


 沈黙の中で、グレンはゆっくりと口を開く。


「……五千星霜前にできて、今はできない、なんてことはないと、俺は思う」


 掠れた声だった。

 確証など、どこにもない。

 四獣の族長たちは現皇帝によって互いを牽制させられ、一族の命を人質に取られている。伝承の時代より、状況ははるかに悪い。

 それでも。


「――ほお?」


 レイアが感嘆の声を漏らした。


「少しは使える頭になったか。逃亡の騎士団長」


 その一言だけで真意を察したのか、それとも最初から同じ盤面を見ていたのか。

 レイアは面白そうに唇の端を吊り上げ、一気に作戦を組み立て始めた。


「四獣の結集。……よかろう。五千星霜前、救世主と応龍の傍らには常に我ら四獣がいた。ならば、歴史を再現しようというのだな」

「……ああ」

「状況は最悪だが、幸い手駒は揃いつつある。ここに『白虎』の私と、『朱雀』のガイアがいる」


 視線を向けられたガイアが、短く顎を引く。


「問題は残る二角だ。『玄武』は元より秘密主義で、外部との接触を極端に断っている。そして『青龍』は……」

「ツェヴァン様は、確実にこちらの味方です」


 グレンが即答する。


「ジェグヌで俺たちを逃がすため、自ら傷を負う芝居まで打ってくれた。ツェヴァン様は間違いなく、ファルイーアの生存を望んでいます」

「ほう。あの食えない古狸が、自ら腹を切る芝居をな」

「……かすり傷、ですが」


 途端にグレンが遠い目をした。

 自分は散々深手を負ったのに、師の傷はかすり傷だったかどうかすら怪しい。

 レイアはわずかに目を見張った後、マジョルドへ視線だけで合図を送った。

 マジョルドは静かに頷き、懐から白虎の紋章入りの特殊な羊皮紙を取り出す。


「ならば話は早い。現皇帝の『人形』という真実を突きつけ、フィサルーアの支配から四獣を引き剥がす。……マジョルド、至急『玄武』と『青龍』の元へ、私の名で極秘の親書を送れ。評議会の目を完全に欺く隠密の経路でだ」

「御意に」

「三十夜以内に、四獣の族長による極秘会談の場を設ける。フィサルーアが我らを炙り出す前に、こちらから喉元へ食らいつく牙を揃える」


 流れるような手腕だった。

 圧倒的な決断力。

 これが、世界最強の武力と知力を併せ持つ『白虎族長』の真骨頂なのだ。


「……勝機は、あるということですか」


 グレンの問いに、レイアは傲然と笑い放つ。


「当たり前だ。私は負け戦などせぬ」


 その断言に、グレンとガイアの胸の内へ、どん底の絶望から這い上がるための確かな火が灯った。

 だが。


「……この遺児が、その覚悟を決めれば、だがな」


 レイアはそう言って、寝台の上で呆然としているケセナを見据えた。


 五千星霜前の歴史を再現し、分断された四獣を再び結集させる。

 その不可能に近い盤面をひっくり返すための、絶対的な鍵。

 それは他でもない、四獣の中央に立つべき本物の応龍――ファルイーア自身の意志だった。

 彼が自ら立ち、世界を敵に回す覚悟を決めなければ、この反逆は決して始まらない。


 その重すぎる事実を残し、レイアは静かに踵を返した。


 白虎族長が去った後、部屋には重い沈黙が落ちる。

 その静寂を破るように、ケセナがぽつりと呟いた。


「覚悟って……言うけど……五千星霜前の再現なんて……」

「それしかないだろう?」


 グレンが短く、揺るぎない声で返す。


「わかってる! でも、俺がどれだけ五千星霜前に苦労したか……! ……痛っ」


 勢いよく起き上がって抗議しようとした途端、全身の傷が一斉に悲鳴を上げ、ケセナはそのままぽすんと寝台へ沈んだ。


「上手くいく気がしない……」


 痛みと、途方もない重圧。

 不貞腐れたように呟くケセナを、グレンは深く、優しい目で見下ろした。


「それでも、お前はやるんだろう?」

「…………」


 しばしの沈黙。

 ケセナは大きく息を吐き、はっきりとした声で言った。


「当然だ」


 そう言って丸まるように身を縮める。

 限界だったのだろう。ほどなくして、安らかな寝息が聞こえ始めた。


 その包帯だらけの小さな背中を見つめながら、グレンたちもまた、自分たちが腹を括るべき時なのだと静かに悟っていた。

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