■7■
洞窟に入り、横に寝転ぶや否や。
グレンが言っていた通り、精神的にも肉体的にも疲れていたようで、ケセナはすぐに睡魔に襲われ瞼を開けていることすら精一杯な状態になった。そんなケセナにグレンは毛布をかける。
それでも、グレンにこれからの事を伝えたくて、ムニャムニャと言葉にならない言葉を言い続けているケセナに鬱陶しい顔をしてグレンは、ケセナの身体にかけた毛布を引っ張り、頭を隠すようにする。
おかげで足首から先が少々寒いく、ケセナは文句を言った。
「足、寒い……んです……けど」
洞窟の中は冷えている。だからか、これだけは言葉になった。
しかし、唯一の光である蝋燭の光が見えなくなり、暗闇になった途端、直ぐにケセナは眠りに落ちた。
そんなケセナの寝息を聞き、グレンは言う。
「ごめんな、ファル……ケセナに見せるべきじゃなかったかもしれない。今更後悔するのなんて、俺らしくないってお前は言うだろうけどな。でもな、ファル。お前がこのままケセナで居れば、お前は絶対、お前がずっと夢見て来た事、全部、それこそ本当に全部できるんだ。それでもケセナは、お前を求めるだろうな。本当にこれでいいのか、俺には分からないが」
深く、溜息が出る。
出したくて、出す溜息じゃない、グレンはそう思いながら、洞窟の天井を見上げた。
「リュウショウ、こんな時、お前ならどうするんだろうな……」
思い出すのは、親友の、皇帝として生きた金髪の紅い瞳を持つ、応龍族頂点……いや、世界の頂点に立っていた男の顔。
グレンのように陽気な部分もあったけれど、冷静で判断力のある皇帝として貫き生きた親友は、こんな時にはどういった判断をするのだろうか。
グレンには想像もできない。
彼が、どう生き、考えていたかなど。決して。二度とグレンに分かることはない。
彼は……あの日、『息子』に殺されたのだ。
グレンと彼の出会いは、幼い頃だった。
グレンは父に連れられ応龍居城に行き、謁見が終わるまで園庭で待って居ろと言われ、することもなくただ座っていた時に、彼が通りかかった。
それが切っ掛けで、彼と仲良くなったのだ。
普通なら考えられないだろう。少なくとも彼は当時『皇太子』という立場であり、玄武族長の末っ子で族長を継ぐ権利すらなかったグレンとは身分が違い過ぎ、話すらできない存在だった。
だが彼は、グレンに話しかけてきた。
優しく、柔らかに。
そして暇だと言うと、彼が好きだという丘に連れて行ってくれた。
「嫌なことがあったら、ここに来るんだ」
彼は笑いながらそう言った。
それからだ。
彼と交流することが、彼の父とグレンの父によって特別に許可が下され、公認の上で、彼と一緒に過ごすことが多くなったのは。
同い年ということもあったのかもしれないし、彼に一人でも友人が居た方が良いという判断だったのかもしれない。そこのところは幼かった自分には分からないが、兎にも角にも彼と一緒に過ごすことができて、グレンはとても嬉しかった。
そうしていく中で、グレンは彼の葛藤や様々な悩みを知った。そして、彼もグレンのコンプレックスを知った。一族の者達はそれを笑い、本当に玄武族長の子なのか、と笑う。けれど、彼は、彼だけは笑うことをしなかった。
笑わずに、いつもの優しい口調で、彼はこう言った。
「私達は二人でやっと一人の“人”なのかもしれないね」
嬉しかった。曲がりなりにも皇太子が、グレンに言った言葉。
『二人で一人』という言葉が、とても嬉しくて泣きだしそうだった。
だからだ。
彼を守ると決めた。彼を守る為に一族を捨て、応龍騎士団に入った。
周囲に何を言われようとも、彼の為なら、なんでも出来たし我慢もできた。
あの優しさが、グレンの生きる糧だった。
そんな彼と共に生きてきたつもりではあったのだけれど、自分は、彼を――――……リュウショウ・ク・フェスカという人物を、理解しきれていなかったのかもしれない。
ケセナの……いや、ファルイーアの記憶の中で見てしまった親友・リュウショウの最期と言葉で、グレンはどうしてもそう考えてしまう。
リュウショウは、最期に『二人の息子』を愛していた。
そう、『愛していた』のだ。
眠るケセナを見る。頭に毛布をかけられ、今は色の違う茶色の髪だけが見えているケセナが、眠る前にムニャムニャと言っていたのは、これからの事だろうと想像がつく。聞こえない振りをしていたが記憶やら打倒やらという単語は聞き取った。
それに、言ったのだ。彼が。その口で。
「俺は、評議会と、フィサルーア・ク・フェスカを、打倒する」
そう。昔のように、ファルイーアだった頃のように、己を犠牲にする方法をケセナは見出した。ファルイーアだった頃は、口にはせず、行動しかしなかっただろうけれど、ケセナは違う。
ケセナは自分自身の意見をはっきりと口にする。
しかしそれは、グレンが知る“幼少時のファルイーア”そのものだった。感情豊かで、屈託のない笑顔を浮かべていたあの頃の、ファルイーア。ただし、少し頑固な所があったが。
『お帰り』と言いそうになった自分に、グレンは少し驚きながら、眠るケセナが起きぬよう、静かに洞窟を出て行った。
そして。
「……何してるんだ。お前達は」
洞窟を出た矢先、グレンの目に飛び込んだのは、二人の女性が険悪なムードでいがみ合っている場面だった。グレンは当初、唸り声しか出せず、漸く出たのがこの言葉だった。
「先生! やっぱりファルだったんじゃないですか!」
肩までのブロンズの髪を乱した女性が叫ぶ。
「……煩い。黙って。だから何だって言うの」
静かに文句を言うのは、短髪の赤みのある金髪のまだ少女と言ってもいい年齢の女性だ。
「それにこの子、何なんです!? 帰れだとか近寄るなだとか、失礼にも程がありますよ!」
「だから煩いって言ってる。煩いから帰れって言ってる。いい加減、分かって」
「……あ―――――……」
グレンは絶句するしかない。
こんな時の対処法をグレンは知らない。何しろ身近にいた女性……つまり姉とは距離を置いたし、女性関係の経験も恥ずかしながら多いとは言えない。というよりも、女同士の喧嘩には、極力関わらない方が良い、という同僚達の意見を聞いていたことから、避けて来たとも言う。
つまりは、放っておけばいい。同僚達はそう言っていたような気がしないでもない。
「ファルに会わせてください! 先生!!」
「だから、駄目って言っている。ケセナは今、疲れて寝てる」
「貴方に言ってないでしょう!?」
「状況を説明している。理解しない貴方が悪い」
未来永劫に続きそうな予感だけしか、グレンにはしなかった。何とかこの場を治めなければならないのだろうが、対処法が思いつかない。どう言えば二人が納得し落ち着くのか皆目見当がつかない。
疲れて寝ている、で全く納得せず会わせろとしか言わない肩までのブロンズの髪をした……グレンの弟子・キョウ。
煩い。帰れ。駄目。だとしか言わない短髪の赤みのある金髪の少女……こちらもグレンの弟子・ラル。
同時期に弟子入りして来なくて良かったと心底思いながら、二人を見比べるしかないグレン。
「帰るぞ、キョウ」
頭の中でぐるぐると対処法を検討していたグレンの耳に、そんな声が響いた。神様が降りて来た! と本気で思う。
「ったく、お前がいないと誰も飯が食えねぇだろうが」
口悪く言葉を放つグレンにとっての『神様』は、赤い髪をした青年だった。
こちらに向かってくる少々皮肉な顔つきの青年は、さらに言葉を言い放った。
「つーか、出掛けんなら、飯作ってからにしろ。俺が作れる訳ねぇの知ってんだろが。さらに言うと、なんで俺が、この俺が、お前を探し回らなきゃならねぇんだよ、めんどくせぇな」
赤い髪の先の、また赤い瞳が、キョウを睨んでいた。
キョウは、一歩下がりばつの悪そうな顔をして明後日の方向を見る。
「だって、ガイア! ファルが……!」
「だ・か・ら! 先生に頼んだんだろうが! 分かれ馬鹿がっ!」
ガイアと呼ばれた赤い男に怒鳴られ、キョウは項垂れた。それをしれっとした顔で見ていたラルがぽつりと言う。
「分かれ馬鹿」
「なんですって!? ……っっ!」
ラルの言葉に反応を示すキョウだが、ガイアの手前だからか、それ以上の詰め寄りはしなかった。
いや、できなかったが正解か。ずんずんとキョウに近付いて来たガイアに、服を引っ張られたからだ。
「先生、こいつ連れて帰るんで、じゃ」
「お、おう。そうしてくれると助かる、かな」
少々キョウが可哀想にも思えもしないが、「服が伸びるから引っ張らないで!」そう叫び、振り払おうとしているけれど、ガイアは決して離さず、服を引っ張られたまま、キョウはグレンに連れて行かれた。
それをやや呆然と見送りながら、グレンにとっての『神様』と『悩みの種』は去って行った。
「やっと静かになった」
ラルの本心が聞こえ、グレンもまた溜息をついた。
キョウとラルは相性が悪い。
絶対に悪い。
そうしか思えない、というより、これはもう確定事項だ。
もう二度と会わせてはいけない。何があっても。
グレンは胸中でそう誓う。
「なぁ、ラル」
「なんですか」
「キョウを見かけたら、逃げるか隠れろ」
「……」
無言の返答だったが、グレンは気にしなかった。むしろこんな時に無言を気にしたら負けだ。
夕飯の支度をしないとな、と立ち上がったグレンに、珍しくラルが返答を言ってきた。
「戦っちゃ駄目ですか」
予想外の返答だった。
相当、キョウがお気に召さないのか、ラルの中で、当初のケセナのように大嫌い認定されたのか。
十中八九、どちらかなのだろうけれど。
立ち上がったまま、グレンはラルを見下ろして、その赤みのある金髪の上に左手をポンっと置いた。
「逃げるか、隠れるか。どちらかだ」
そう言うと、グレンは夕飯の支度を始めたのだった。
貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。




