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End of the Atonement  作者: 久野 龍
第三章 嘘偽と真実
20/22

 ■5■

「……もういいですよね、これ以上、説明することなんて一つもありません」

 泣き言に近い台詞と上擦った声で、プラークルウが説明を終えると、ケセナは物足りなさを感じながら仕方なく顔を上下に振る。その様子を見て、プラークルウは盛大に溜息を吐いた。

 麒麟族。

 皇帝の一族である応龍族を怖させる数多くの秘術を持つ。故に応龍族は麒麟族を結界内に閉じ込めた。

 ……とオウセイにケセナは説明を受けていていたのだが、プラークルウの説明は、色々と相違点があり、ケセナは困惑する。

 麒麟族を結界内に閉じ込めた訳ではなく、“結界外で秘術を使えないようにした”という。つまり、世界全体に結界を掛け、麒麟族の住まう地域は“結界の効力を無くした”というのが真相だ。なぜそんな面倒なことをしたのか、ケセナには理解できなかった。

 出入り自由だが、外に出れば麒麟族は秘術利用が出来ない。だから、麒麟族は外に出ようとはしなかった。ただそれだけのことだったのだ。

 秘術の使えない面倒な世界は御免だ。ということなのだろう、とケセナは無理矢理結論付ける。

 そして、麒麟族を想像した。

 今もひっそりと結界内(外というのが正しいのかもしれないが)で生活をしている麒麟族の地に、なんだか妙に行ってみたい、そんな願望をつい抱いてしまう。

 妄想に耽りつつ、ケセナは洞窟の入り口に視線を送る。

 小走りに洞窟に入って行ったグレンは、ラルと話をしているのか、中々出て来なかった。

 色々な状況から見ても、ラルが麒麟族である可能性は高かった。むしろ確定で麒麟族なのだろう。けれど、ケセナは洞窟の入り口から視線を逸らした。

 ラルの両親を、ケセナ……いや、ファルイーアが殺した、という言葉を思い出し目を瞑る。

「俺が殺したって言っていたけれど、本当なのかな」

「違います」

 小さな呟きが、風に乗りケセナの耳に届いた。洞窟に向けていた顔を、一呼吸した後にプラークルウに向けて、ケセナは言った。

「やっぱり、プラウは知ってたんだね」

 その言葉がどこか寂しく切なくて、プラークルウは俯く。

「申し訳ありません、ケセナ様。お教えするべきことではないとずっと思ってました。でも、これからあの方と旅をするのでしたら、見えない壁と言いましょうか、『変な蟠り』はないに越したことはありませんから、お教えします」

 なんとか続けた言葉は、これから先、ラルとの旅を考えてのこと。

 だが、プラークルウの心の中では、多くの葛藤がある。教えてはいけないという声と、教えるべきだという声が、ぶつかり合っていた。

 知ればケセナは封印した記憶を求めるだろう。そうなれば、ケセナが、ケセナでなくなる瞬間が近くなる。何時かは訪れると覚悟していたけれど、今がその瞬間なのか、それとも、違うのか。プラークルウには分からない。

 しかし、現状のラルとケセナの状況は芳しくないのが事実だ。

 真実をお互いに知っていれば、また別の道もあるかもしれない、プラークルウはそう思うことにし、話を続けるために言葉を続けた。

「彼女の両親を殺したのは、元皇妃ノヴェリア・サイファスです」

「……え?」

 唐突に結論を聞き、ケセナはぽかんと口を開ける。

「だから、ノヴェリアが殺したんです」

 ケセナは混乱する脳内を必死に整理しながら、目を瞬きさせ、右手を挙げた。

「……えっと、ちょっと待って。その、ノヴェリアとリー……なんだっけ」

「リーギスト・クレートです」

「そう、そのリーギストと協力し、禁呪『生物創造』を行ったんだよね? 言わば共犯だったんじゃないの? それが、どうして?」

 なぜこの人は結論のみで終わらないのか、とプラークルウは思う。彼が持つ疑問は、今始まったことではないのだが、いちいち説明が面倒なので省きたいというのがプラークルウの本心だった。

 だが、省かせてくれないのが、ケセナでもある。

 プラークルウは、銀髪に自分の左指を絡めくるくると巻き、不満顔で続けることにした。

「そこまでは分かりません……これは推測ですが、互いに互いを利用していたのではないでしょうか。ノヴェリアは『世界を手中に収めること』、リーギストは『麒麟族の復権のため』という目的を持っていたとしたら、互いの目的は違いますが、『応龍皇帝一族の失墜』という利害の一致が見られますから」

「そのために禁呪『生物創造』を行った?」

「作り出した『子』を皇帝に据え、ノヴェリアは『聖母』という立ち位置で世界を手にし、リーギストはその『子』に結界を解かせることで、麒麟族の復権を約束させる。けれど、応龍族より秘術を持ち、応龍族を恐れさせた麒麟族が解放されれば、恐らくノヴェリアの野望は打ち砕かれます」

「……打ち砕かれる?」

 ここでケセナは首を傾げる。

 プラークルウは説明を抜かしていたことに気付き嘆息した。応龍族と麒麟族の互いの関係性が分からなければ、理解できない話だろう。深呼吸をして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「元々麒麟族は応龍族の右腕でした。しかし、応龍族に麒麟族は裏切られる形になりました。自由のない麒麟族は当然ですけれど?」

 プラークルウは疑問符で終わらせ、ケセナを見上げる。ケセナは自分に答えを言わせようという意図を読み、眉間に皺を寄せながら答えを導き出す。

「応龍族を恨む」

「そうです。恨み憎しみといった負の感情は増大するものでもあります。長い年月、応龍族を恨み続けた麒麟族が解放されれば、応龍族を根絶やしにしようとするでしょう。ノヴェリアはそれを恐れ、リーギストと、協力者でありリーギストの妻、ルリティアを殺した」

「そんな……」

「あくまでこれは、オウセイ様の推測ですよ。ただ、真実を知ることはもうできません。なにしろ真実を知っているのは、ノヴェリアとリーギストとルリティアの三人でした。その三人とも亡くなりましたからね」

 これで終わり、とプラークルウは背伸びと欠伸をした。

 しかし、ケセナにとっては、終わりではなく、始まりだった。知りたいという欲求が高ぶり、ケセナは身震いする。

 封印した記憶を、求めるべき時期が来たのかもしれない、とケセナは胸中で呟いた。

 だが、それを声を出して言えば、プラークルウは反対するだろう。彼女は、ケセナが記憶を取り戻すことを心底嫌がっている。

 けれど。

 ケセナはプラークルウを見据えて、一度頷いてから、言葉を発する。

「『俺』は知ってるだろう?」

「ッ! ダメです!」

 瞬発的にプラークルウは身を乗り出す。

「ダメったらダメです!」

 ケセナに駆け寄り、精一杯手を伸ばして、ケセナの身体を叩く。その振動でケセナは身体を揺らしているけれど、後退りもせず、一歩も動かなかった。

「プラウ……」

 叩き続けるプラークルウを止めず、ケセナはプラークルウの銀髪に触れた。ふわふわの髪が手の中を流れて行く。

 こうして触れるのも、これが最後かもしれない、とケセナはふと思う。

「記憶を求めてはいけません。貴方は、『生きること』ができなくなるんですよ!?」

「分かってる。でも、真実がここにあるなら、俺は知りたい」

 ケセナは自分の胸に手を当て、訴えた。

 記憶の中に真実があるなら、知りたい、と。

 記憶を求めてはいけないことくらい、ケセナ自身が一番良く理解していた。封印した記憶があれば、ケセナは『生きること』ができない。

 だから消した。

 生きる為に。

「それに、俺の所為で苦しむ沢山の人たちを、俺は救いたい。その為に、多分、俺の記憶は必要になると思うから」 

「必要なんて、ないです……ケセナ様は、ケセナ様として生き、彼らを救えばいいだけです……ッ」

 記憶を取り戻すことを強く反対するプラークルウに、ケセナは静かに告げる。

「もう、虚妄の時間は、終わりなんだよ」

 それと同時に、叩き続けていたプラークルウが手を止め、ケセナから離れた。俯いて、ケセナの顔を見上げることもせずに、くるり、と方向を変えて、天を仰ぐ。

「プラウ」

 声を掛けても、プラークルウは振り返らない。

 銀髪が風に揺れた。微動だにしない小さな背中に、ケセナは深々と頭を下げる。

「ごめん。ありがとう」

 プラークルウの行動は、記憶を取り戻すことを了承してくれたのだ、とケセナは判断していた。だからこその礼。だが、ゆっくりと身体を起こしても、プラークルウはまだ背を向けたままだった。

 そうして暫くして、プラークルウが口を開く。

「また貴方は、精霊たちを道具とするんですね」

 それは、消え入る声だった。

「今、なんて……?」

 矢張り、振り返ることがない背中は、小さく震えていた。泣いているのかもしれない。いや、怒りなのかもしれない。どちらとも分からず、ケセナは眉を顰める。

「本当に貴方は、甘ったれの世間知らずで、幼稚且つどうしようもないバカ、と言ったんですよ」

 明らかに長くなっている気がしないでもないが、プラークルウは言う。

「剣精たる私の助言を跳ね除けたのですから、これから先、私を失望させないでくださいね」

 振り返ったプラークルウの金色の瞳は、それまでの彼女の表情と一変し、険しく冷たさを放ち、ケセナを射抜いた。

 これが彼女からの決別の言葉だった。

貴重なお時間をいただきお読みくださいまして、ありがとうございました。

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