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浪漫記  作者: 一・一
20/22

提題八:original>copyを証明せよ

 睡眠とは、ある種の救いである。

 身体を休め、記憶を整理し、心を癒す。世間でも「嫌なことは寝て忘れろ」と言うが、事実、睡眠には一種のセラピー効果があり、睡眠前のストレスをある程度緩和させる効果がある。

 そう知っていれば、客観的に琴音は清次郎よりも比較的に救われたように見えるだろう。


「…………」


 琴音は昼を過ぎてからようやく目覚めた。

 昨日は、あれから泣き疲れてそのままいつの間にか眠ってしまったのだろう。顔の涙痕は既に乾燥しているはずなのにベタついていて、不快だ。


 ……まるで、今の私のようですね。


 自嘲しようとして、しかし表情は動かなかった。身体までもが自身を見放したか。


 ……それも、当たり前かもしれません。


 自分は所詮偽物であり、この身体も借り物だ。いや、智子が込めたと言う自分の精神も、本当に"琴音"のそれなのかどうかすらわからない。

 不快な疑問が頭の中で渦巻き、肥大化する。緩和されていたはずの悪感情は空いた穴を埋め尽くすかのように次々とその渦から新たに生成され、彼女を満たしていった。彼女は今にも溢れ出しそうな黒い塊を抱き締め抑えつけるように、姿勢を丸くする。

 その動きに、反応する者がいた。


「起きた?」


 智子だった。彼女は表情を僅かに緩ませる。しかし、そこには疲労の色が滲み出ていた。

 彼女が来たのは何らかの話があってのことなのだろう。琴音は起き上がろうとして、「そのままでいいから、聞いて」と智子に制された。


「朝に、あなたについて、清次郎と少しだけ話をしたの」

「…………!」


 ぼんやりとして胡乱うろんだった意識が、冷水をかけられたように一気に覚めた。


「兄の人は――」


 布団の端を掴んでいた手に、ぎゅっと力がこもった。どうせ彼は自分を"琴音"と認めてくれないだろうと、そう思う。


「兄の人は、何と言っていましたか?」


 しかしどこかで、彼女は期待してしまっていた。だから気付かなかったのだろう。なぜ智子が琴音を制したのか。そして、なぜ智子の声音はこんなにも苦しげなものなのか。


「……『"琴音"に、代替品はない』」


 ……ああ、やはり。


 予想していたことだった。僅かな希望にすがっても、彼女はその予測だけは忘れていなかった。

 不思議と、身体の不快感が抜けていった。

 言うなれば、それは「凪」に似ていた。煮えたぎった溢れんばかりの悪感情は沈静化し、頭の中で反響し続けていた自責の念は鳴りを潜めた。

 後に残ったものは、無い。伽藍堂がらんどうだった。


 ……やはり私は、“琴音”にはなりきれないのですね。


 つまるところ、自分は劣化複製品だったのだ。

 伽藍堂に一迅、風が通る。


 ……羨ましい。


 原型だと言うだけで兄に愛してもらえる“琴音”が、狂おしい程に羨ましかった。なぜ原型というだけで“琴音”はそこまで愛されているのか。なぜ複製品というだけで自分はここまで愛されないのか。


 ……妬ましい。


 なぜ自分はこんなにも不幸なのに、"琴音"はそんなにも幸せそうにしているのか。なぜ自分が原型ではないのか。なぜ“琴音”は複製品ではないのか。

 なぜ自分が“琴音”ではないのか。


「――――」


 堂がまた、黒い物で侵されて行く。それは燃え上がるように熱く、激しく、そして強い。

 すなわち、嫉妬。何かを欲し、誰かに成り代わりたいとこいねがう、強大な羨望である。


「ごめんなさい……。私のせいで、あなたに辛い思いをさせてしまったわ……」


 智子の嗚咽と涙が弾ける小さな水音が聞こえてくる。琴音は起き上がり、悔いる神の髪を梳くように頭をひと撫でした。


「大丈夫ですよ」


 複製品は優しく微笑み、部屋を出て行った。

 嫉妬の炎を胸に、清次郎の部屋へと向かって行った。

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