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42話 絶対に幸せになる魔法

 


 擬態魔の事件から、半年が経った。


 アルベルトは今も王家の管理する屋敷で、監視を受けながら暮らしている。

 初めの頃は、私やミレーユ様との面会を何度も求めていたらしいけれど、最近はめっきり反省しているのだとか。


 また、本物のミレーユ様は親族のもとへ戻り、少しずつ以前の暮らしを取り戻している。先日届いた手紙には、久しぶりに親しい友人とお茶を楽しんだことや、亡くなった旦那様の墓前に花を供えに行ったことが、穏やかな言葉で綴られていた。


 そして、私はというと。


 私は魔法士団の仕事に支障が出ない範囲で、元クライン侯爵領の領主補佐を任されている。


 事件の直後は何度も領地に足を運び、領地付きの魔法士たちと一緒に、応急処置で終わっていた結界の修復を進めた。私が中心となって状態を確かめ、壊された魔法石をすべて取り替えたことで、今では結界に異常は起きていない。


 最近は訪れる回数も月に一度ほどに落ち着き、壊された道や建物の修復も順調に進んでいる。魔物を恐れて外出を控えていた領民たちも以前の暮らしに戻り、町では今年の収穫祭に向けた準備が始まっていた。


 侯爵邸に向かうと、使用人たちはいつも笑顔で迎えてくれる。初めの頃は以前の癖で「奥様」と呼ばれていたけれど、最近ではきちんと「エレナ様」と呼ばれることの方が増えていってなんだかむず痒い気持ちになった。 


 そして――私とジルが恋人になったことは、なぜか付き合った翌日には魔法士団中に広まっていた。

 犯人は分かっている。


「わ、わたくしは何も言っていませんわ。少しユアンに話しただけですもの」


 そう言って目を逸らしたリネット以外には、考えられなかった。


 初めは廊下を一緒に歩くだけでも周囲から注目されていたけれど、半年も経てば皆すっかり見慣れたらしい。


 ジルが昼休みになると私を迎えに来ることも、仕事が終われば家まで送ってくれることも、当たり前になってしまった。


 ◇


「……どうしたものかしら」


 その日、私は一通の手紙を手に、魔法士団本部へ戻った。筆頭魔法士の執務室に向かえば、ジルが大量の報告書に目を通しているところだった。


「お帰りなさい、先輩。何かありました?」

「ええ。実は、女王陛下からお手紙をいただいたの」


 私は手にしていた手紙を見下ろした。


「元クライン侯爵領の領主にならないか、と打診されたのよ……」


 口にしても、まだ実感が湧かない。

 以前、女王陛下から功績にふさわしい立場を用意したいとは言われていたけれど、まさか領地そのものを任されることになるなんて。


「いいじゃないですか。先輩なら適任ですよ」

「そんなに簡単に言わないでちょうだい。領主になったら、魔法士団の仕事はどうなるの?」

「代官を置けば、王都にいながら領地を管理することもできますよ。今だって、先輩は両方の仕事をこなしているでしょう?」

「それはそうだけれど……」


 確かに、領地のことは誰よりもよく知っているつもりだ。使用人たちも領民たちも、私にとっては大切な人たちである。


「エレナ先輩」


 ジルは私の前に立つと、穏やかな声で尋ねた。


「先輩は、どうしたいんですか?」


 その問いに、私は少し考え込んだ。

 五年前、魔法士団を辞めたのは、アルベルトと共に生きていきたかったからだった。あの選択を後悔しているわけではない。

 けれど今は、もう一度手に入れた大好きな仕事も、領地で暮らす人々とのつながりも、どちらも大切にしたかった。


 何かを諦めることは、もうしたくない。


「魔法士の仕事も続けたいし、領地の復興も最後まで見届けたい。ずいぶん欲張りかもしれないけれど。どちらもやってみたいの」

「いいじゃないですか。先輩らしくて」


 ジルは嬉しそうに藍色の瞳を細めると、机を回り込んで私のそばへやってきた。


「でも、領主になるなんて初めてのことだもの。失敗するかもしれないわよ?」

「そのときは、また一緒に考えましょう」


 ジルは当たり前のようにそう言った。まるで自分のことのように受け止めてくれる彼が、本当にありがたくて仕方ない。


「先輩が魔法士でも、領主でも、俺にとって大切な人であることは変わりませんから」

「……ありがとう、ジル」


 ジルに差し出された手を握り返した、そのとき。


「筆頭、エレナさん、ちょうどよかったですわ! 今度の討伐に持って行く回復薬の一覧を――」


 勢いよく扉を開けたリネットが、私たちを見てぴたりと足を止めた。


「…………お邪魔しましたわ」

「待って、リネット! 仕事の話でしょう?」

「そうですけれど、今のお二人の間に割って入るほど野暮ではありませんもの! わたくしは大人の女ですから!」


 リネットは持っていた書類を私の机に置くと、さっさと踵を返した。


「続きはどうぞ、お二人でごゆっくり!」

「だから、仕事の話をしていただけなのに!」

「………………手をつないで?」


 呆れたように言われ、私は慌ててジルの手を離した。リネットは深いため息をつく。


「……本当に、仲がよろしいこと。このバカップル! 末永くお幸せに、ですわ!」


 ぱたん、と扉が閉まった。


「……もう。なんなのよ」


 恥ずかしくなってジルを見上げると、彼は口元を押さえて笑っていた。


「先輩、顔が赤いですよ」

「誰のせいだと思っているの!」


 睨んでみても、ちっとも堪えた様子がない。まったく、この恋人は。

 けれど、こんなふうに笑い合える毎日が、今は何よりも愛おしかった。


 アルベルトとの離縁が決まったときは、すべてを失ったような気がしていた。

 もう一度魔法士として働けるとも、こうして誰かと笑い合えるとも、思っていなかったのに。

 あの頃の私に、教えてあげたい。


 ――大丈夫。あなたの人生は、まだまだこれからなのだと。


「これから、きっと忙しくなりますね」

「そうね。考えただけで目が回りそうだわ」

「でも、楽しみでしょう?」


 ……バレてる。

 私は、こんな状況になっても自分がどれだけやれるのかワクワクしているのだ。


「……あ、そうだ。エレナ先輩」


 ジルが悪戯っぽく笑った。


「今度は、『絶対に幸せになる魔法』をかけてあげましょうか」


 その言葉に、思わず吹き出してしまう。


「また、あなたのオリジナル魔法?」

「はい。今度のは、もっと強力ですよ」


 ジルは昔のように私の顔へ手を伸ばし、とん、と額に指先を触れさせた。


「……はい。かかりました」

「ふふ。もう十分幸せなんだけれど?」

「でも、これからもっと幸せにします。約束です」


 まっすぐな瞳が、私を見つめている。無垢な子どものようでいて、私よりずっと大人っぽく見える不思議な瞳だ。


(そうだ!)


「じゃあ、私からも」

「……先輩?」


 私は彼の手をそっと取ると、背伸びをして、その額に優しく口付けした。


「『一緒に幸せになる魔法』よ」


 そう言って微笑むと、ジルは一瞬きょとんとして、それからみるみる耳を赤くして、「敵わないなぁ」と笑うのだった。





これにて完結となります^ᴗ̥̥ ̫ ᴗ̥^


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました!

感想もありがたく読ませていただいておりました!

うっかりネタバレしてしまいそうなので返信は控えさせていただいたのですが、嬉しい限りでした,,ᴗ ̫ ᴗ,,


ジルとエレナのこれからもぜひ応援いただけると嬉しいです(番外編も書きたくはあります、、、需要があればですが、、、笑)


最後に、もしよろしければ応援の気持ちを込めて評価(★★★★★)もいただけると嬉しいです!


本当にありがとうございました\♥︎/



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