処罰
目が覚めて、最初に目に入ったのは心配そうに俺を見下ろすイロリナとハヅキだった。
あれ? 何で二人が俺の寝顔を見ているんだ?
たしか、昨日も女子部屋に入れない事を切なく思いながら、一人船室で眠りについた筈なのに……
あ、夢か。なら、もうちょい寝ても良いかな。妙に枕の案配が良くて気持ち良い。こんな柔らかい枕使ってたかな。
「ユウゴ! 大丈夫!?」
急にイロリナに揺さぶられる。夢の中だというのに、随分激しいな。こんなに揺られたら起きそうなのに……
「イ、イロリナさん……まだ激しく揺さぶっては……」
「あ、ゴメン……でも、やっと目が覚めたのに、また目を瞑ろうとするから……」
「それだけのダメージだったんですよ……」
ん? 何か会話がおかしいな。ちょっと、返事してみるか。
「……とりあえず、何が大丈夫なんだ?」
何ともないのに心配されるって変だよな。ま、夢なんてそんなもんか。
「ユウゴ! やっと起きてくれたのね!! もう駄目かと……」
「イロリナさん、まだ記憶が混濁しているようです……ゆっくり、ね?」
慌てて話そうとするイロリナを、ハヅキが窘めている。記憶が混濁……?
「悠護さん、ゆっくり、思い出してください……私達は妖精族の大陸に辿り着きました」
ん、ああ……そうか、そうだったな……それでやけにガチムチなエルフのオッサンに会って……
「そして、その日の内にドワーフの集落までやってきたんです」
そうそう、アンバーレッドの故郷だって言うし、エルフのオッサンが詳しかったんだよな。それで、アンバーレッドがドワーフのお姫様で……
そこまで思い出し、気付く。
「王に……やられたんだな……」
「はい。戦えなくなった私達は、牢に閉じこめられました」
「アンバーレッドは?」
「わかりません……彼女とは別にされました。おそらく、今は王といるのでは……」
「なら、こうしちゃいられないな……!!」
心地好い感触を手放し、身体を起こそうとする。が、ハヅキの手がそれを遮った。
「いけません。外傷は然程でもありませんでしたが……内側は酷く傷付いていました。いくら私が回復魔法を使ったからといって、内部の傷は簡単に治りません」
「だけどっ!」
こうしている間にもアンバーレッドは、と言おうとして、今度は唇に指を添えられ黙らされた。
「大声を出せば体に響きます……それに、ここで傷を癒したからといって、アンバーレッドさんに危害は及ばない筈です」
「それは……」
たしかに、王はアンバーレッドを庇護下に置きたがっていたし、直接的な暴力は振るわれないだろうが……
「ですから、まずは自分の体を労ってあげて下さい。巫女が言うんです。罰はあたりませんよ?」
「そう……だな。悪い……熱くなってた」
「良いんですよ。ね、イロリナさん?」
と、何故かハヅキはイロリナに話を振った。イロリナの方もまた、なんでか恥ずかしそうに『う、うん……』なんて俯いている。
「牢に入れられた直後は大変だったんですよ? 『ユウゴが死んじゃう!! どうしよう!? ハヅキ、助けてあげて!!』なんて、慌てふためいちゃって」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとぉ!! 何で言うのよぉ!?」
「あら、仲がよろしくて、良いことではないですか」
クスクスと小さく笑うハヅキ。慌てているイロリナの様子がなんだか滑稽で、つられて俺も笑ってしまう。
「何でユウゴまで笑うのよ……」
「悪い悪い……それだけ心配されてたのが嬉しくてな。もう、大丈夫だ。飛び上がったりしないよ」
そう言うと、ハヅキはゆっくりと背中に手を回して、起きあがる介助をしてくれた。
ありがとう、と後ろを振り返ると、自然と頭があった位置、すなわち枕に目がいく。
どうみても、ハヅキの足だ。柔らかい感触が後頭部に残っている。視線に気付いたのか、ハヅキは照れ臭そうに
「あの、固い足ですみません……」
と謝ってきた。
何を言うか!!
世の男子の憧れ、『美少女の膝枕』ですぞ!?
きっとその価値には星なんぞ付けられない。
その極上の柔らかさ……フォーエバーニーピロー。永遠ニー枕。
「ユウゴ、元気になったのは良いんだけど……そろそろ戻ってきてくれるかな……」
はっ!?
いかん、イロリナがジト目で睨んでいる。ハヅキには頭を振って、助かった、ありがとう、と伝えておいた。
「で、どうするんだ? 捕まってる現状は変わんねぇぞ?」
声の方向を見ると、エルフのオッサンが座っていた。
「……オッサン、居たのか」
「居たよ! 一緒になって捕まって、そのままずっとだ!! こんな事なら連れてくるんじゃなかったぜ……」
「あの……すみませんでした。御迷惑をお掛けしてしまって……」
「まあ……別に謝ってもらいたい訳じゃねえからな……」
ハヅキが素直に謝ると、オッサンはばつが悪そうにボリボリと頭を掻いている。
「実際、捕まってからどれくらい経ってるんだ?」
「正確にはわからないけど、ご飯が四回出てきたよ。あたし達がドワーフの町に着いたのが夜だったから……丸一日くらいは経ってると思う」
そうか……そんなに寝てたのか……
「ついでに言うと、その間処罰に関しては一切情報がねえ。まあ、王に喧嘩売ったお前が寝てたのも、大きな理由なんだろうけどな」
「そうすると、主犯の俺が起きたからそろそろ……」
「お加減は如何ですかな?」
鉄格子で隔てられた牢の外側から、やけに脂が乗ったドワーフが声をかけてきた。
「王に刃を向けた人間が目を覚ましたと聞きましたが、貴方がそうですかね?」
「そうだ……お前は……?」
「これは申し遅れましたな。私はこの町で大臣をしております、スファレと申します」
大臣か……大方、罪状の確認と処罰の申し付けにきたんだな。
「簡単に告げますとな、今回の件での処罰は、禁固や死罪といった重刑ではありませン」
ほっ、と皆の溜め息が聞こえてくる。まあ、普通に考えれば反逆罪だもんな。しかし、そうすると刑が軽いというのはどういう事だ?
「我々が要求するのは、水晶洞窟の探索依頼です」
「な……!?」
「本来であれば死罪は確定でしたが……王自らが許可した戦闘と言うこともあって、この様な形に落ち着きました」
「ふ、ふざけんな!! それは実質、死刑と変わんねぇだろう!!」
一人、事情を知っている様にオッサンが食い下がっている。そんなに危ない所なのか。
「我々妖精族にとっては危険極まりない場所でしょうな。ですが他種族の方にとっては、罠の多い迷宮と然程変わらンでしょう」
「どういう事だ?」
「水晶ってのはな、昔から魔力を通しやすいって言われてんだ。水晶洞窟ってのはその名の通り、水晶が多く採れる鉱山だったんだが……」
そこまで言うとオッサンは口をつぐんでしまった。その説明を受け継ぐ形で大臣が話し始める。
「我々妖精族は魔力が高いのが特徴でね。水晶に取り込まれてしまうンですよ」
「取り込まれる……?」
「ええ、水晶洞窟には非常に上質な水晶がまだ多く残っています。その為、我々が近付くと魔力をごっそり持っていかれてしまいましてな……」
大きく膨らんだ腹を擦りながら、大臣は眉間に皺を寄せている。
「魔力切れといっても、倦怠感が強くなるだけだろ? 暫く休めば……」
「普通ならそうなンですが……水晶が魔力を吸って変質するンですよね……まるで意思を持って襲いかかってくるかのように」
「そんな……」
イロリナが嘆声をあげた。顔色も少し青ざめている。普通、水晶に襲われるなんて考えられないしな。まして、魔力切れで動けないとなれば……
おそらく同じ想像をしたのだろう。俺も背中が薄ら寒くなるのを感じた。それを覆す様に、大臣は明るく告げる。
「ですが、貴方達の様な他種族はそこまで魔力が高くない。水晶が変質することもないでしょう。前例もありますからね……」
「前例?」
「そうです。そして、それこそが貴方達に探索してもらいたい内容なンですよ」
「どういう事でしょうか?」
「アンバーレッド様の母君、レディベール嬢は、この大陸から消える前にドワーフ族の秘宝を持ち去りました。そして、それを水晶洞窟の奥地に隠したとされているンです」
「なるほど……人間族の彼女が入り込めた洞窟だから、同じ人間族の俺達も大丈夫だ。それで、俺達にはその秘宝を回収してこい、と?」
その言葉に大臣はニヤリと笑った。
「話が早くて助かりますな。その通りです。貴方達への処罰は水晶洞窟の秘宝を回収してくる事。その間、こちらのエルフは人質として預かりましょう」
「な!? お、おい!! 俺はただ道案内で付いてきただけで……」
「関係ありませンな……彼等が戻ってこなければ、貴方を処刑するだけです」
「……期限は?」
「クフ……理解が良い人間は好きですよ? 水晶洞窟に着いてから三日としましょう。ああ、そこまでは案内を付けますから、心配しなくて大丈夫ですよ?」
「ユウゴ……大丈夫?」
イロリナの心配は魔力を持つ俺に向けてのものだろう。魔術師、魔法戦士、いずれも中級レベルにはなってる俺は、たぶんアンバーレッドの母親よりも魔力が高い。それだけ、水晶に襲われる確率も上がると思う。
たしかにその心配はわかるが……オッサンは本来であれば無関係だ。俺達に巻き込まれたせいで処刑されるなんて、夢見が悪すぎる。
「俺達の装備品は返してくれるのか?」
「ええ、アンバーレッド様から受け取っています。こちらに……」
そう言うと、大臣は他のドワーフを呼び、アンバーレッドに預けていた装備品を一式、牢の入り口に並べさせた。中には簡易の貧乏神様用祭壇も置かれている。
「君達が引き受けるのであれば、刑の内容はそれで決まりです。装備品もお渡ししましょう。ですが……引き受けないのであれば、より重いものを考えざるを得ませンな」
「結局、引き受けざるを得ないか……わかった。それで、探してくる秘宝とやらは何なんだ?」
「賢明な判断に感謝しますよ……見つけてきて欲しい秘宝は『大地の鎚』と呼ばれるハンマーです。持ち手に豪華な装飾がされていますから、すぐに判ると思いますよ?」
そう告げると、大臣は蓄えた髭を弄びながら俺達に背を向けた。
「出発は明日の朝です。今日はお仲間とゆっくり語らうと良いでしょう」
水晶洞窟か……
こんな状況じゃなけりゃ冒険に胸が踊るんだろうが……
悪いな、オッサン。少しだけ我慢してくれよ。極刑になんか、させないからな。




