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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
124/124

章外21 迷子の少女達、従騎士の決心

台風直撃中。

UPSがバシバシ切り替わってます。

ってしまった、ルータがUPSの下に接続されてない!

 神暦721年 子供の月


 そんな事を話していると、彼らの背後からフェリクスを呼ぶ声がする。

 彼が振り返ると、手を振りながら街のほうから近づいてくる人影があった。


「フェリクス、丁度いいところに! これで騎士隊の隊舎まで行く手間が省けたな。おっ、アンジェルの嬢ちゃんもいるのか…って、そっちの娘さんはお屋敷の侍女さんか?えらい別嬪さんだな。」


 現れたのは、街の猟師のモルド。

 森で厄介事が起きると何かと駆り出されるため騎士隊のフェリクスとは顔なじみであり、また彼の猟犬が懐いている為アンジェルとも親しい間柄だ。

 確かに彼が来たのは街の方向だが、騎士隊の隊舎からは少しずれていた。


「まぁそれはともかく、『移民』の子供が二人、森に入り込んでまだ帰っていないらしい。暗くなる前に見つけてやりたいんで、捜索に騎士隊からも人手を出してもらえないか頼んでくれないか?」


 この町で『移民』といえば、隣国リオタール公国から逃げ延びてきた逃亡奴隷を指す。

 南北に聳える『大山塊』の分水嶺付近に存在する国境を超える事で晴れて自由の身となった彼らは、国境を守る騎士隊に保護されると領内の開拓村に連れて来られる。

 そこで身を落ち着け、この国の気候に合わせた農業や他の仕事を学ばせ、手に仕事を付けてからそれがある程度まとまったところで開拓団として希望があった国内の他の領に送り出す。

 それがこの領の移民政策だ。


 基本的に、子供達のみでの森への立ち入りは親達により禁止されている。

 だが子供達のすることであり、森の浅い場所で遊んでいるうちに、奥に迷い込む事も珍しくは無い。

 日暮れが近いとはいえまだ1刻ほど猶予がある所為か、モルドの表情はよくある事だと気楽な物だが、それを聞いてフェリクス達は表情を強張らせた。


「兄ちゃん。」


「ああ、そうだな。モルドさん、子供達が迷い込んだのはどのあたりです?」


「ん?あー、カズルんとこの農場の北だ。」


 頭をボリボリと掻きながらモルドは答えるが、フェリクス達の雰囲気の変化に少し訝しげだ。


「だったらミーアの縄張りの中だね。兄ちゃん…。」


「ああ。モルドさん、アンジェルの猫がその辺で狼を見かけたらしい。それも今日にだ。」


 その言葉に、モルドがギョッと目を剥く。

 このところ、被害が無かった為に油断していたが、狼が出たとなればその駆除は彼の仕事だ。


「それは…ちとヤベェな。こうしちゃいられねぇ。急いで家に戻って犬と得物を取ってくる。フェリクス、騎士隊への話、頼んだぞ。」


「ちょっとまって、おっちゃん!子供の特徴は?」


 早速駆け出そうとしたところで、アンジェルに呼び止められてその場で足踏みをしだすモルド。

 そういえば伝え忘れてたと思いなおすと足を止めて口を開く。


「女の子が二人、ミルシェとイブシェ。6歳と5歳の姉妹だ。じゃ、頼んだぜ!」




 駆け出したモルドを見送ったあと、3人は顔を見合わせた。


「ジョゼさん、申し訳ありませんが…。」


「はい、私は大丈夫です。お役目を優先して下さい、フェリクスさん。」


 申し訳なさそうに切り出すフェリクスに、微笑んで答えるジョゼ。

 フェリクスにはその微笑が僅かに残念そうに思えたのは、彼の心情故だろうか?

 だがアンジェルが何やら作業を始め、持っていた籠から焼き菓子を取り出すと、二人はそれに視線を向けた。


「何やってるんだ、アンジェル?」


「んーと、とりあえずこのお菓子を…あっ、何か書く物ある?」


 そう言って視線をフェリクスに向ける。

 フェリクスは腰の小物入れを探ると、インク入れと木筆を取り出した。

 騎士としての仕事上、報告書、伝令文など筆を使う事も少なくないのだ。


「あっ、それそれ。ちょっと貸して。」


 そう言ってアンジェルは急いで筆を受け取ると、地面の上に置いたハンカチに筆を走らせる。


『このこと まってて。』


 簡単にそう書くと、ハンカチを振って字を乾かす。そして手にインクが付かなくなった事を確認すると、そのハンカチに焼き菓子を置いて包み始めた。


「ミーア、お願い。」


 そして地面に座ったミーアの首に包みを結んだ。


「森の中に女の子が二人いるんだ。その子達にこれを届けて、付いていてあげて。私も後で追いかけるから。」


 そう伝えると、ミーアは大きくあくびをしてからにゃーと鳴き、森へ向けて走り出す。


「というわけでジョゼ姉ちゃん、私も探してくるからお屋敷のみんなに伝えておいてね。」


 そう言って微笑むアンジェルに、しょうがないと苦笑いと共に頷くジョゼ。

 そして二人を送り出すと、彼女は一人お屋敷に足を向けたのだった。




 デファンス北部の森の中を、姉妹であるミルシェとイブシェはあてどなく歩き続けていた。

 鬱蒼と茂る木々の所為で空は碌に見えず、さらに日暮れが近づく事でどんどんと視界から明るさが奪われていった。


「お姉ちゃん、おうちかえりたい。」


 唯一の拠り所であるミルシェの手を握ったイブシェはそう訴える。

 だが、家に帰りたいと思うのはミルシェだって同じだ。

 また彼女にとっても、妹と繋いだ手から伝わる温もりは唯一の拠り所であった。


「大丈夫だよ、お父さん達が迎えに来てくれるから。」


 彼女は妹にそう言い聞かせるが、本当に言い聞かせている相手は自分自身だった。

 いつも年上ぶっている姉は、どんな時にも妹に弱みを見せられない。

 また常日頃からお姉ちゃんだから、と妹達を守るのは当たり前だと言い聞かされていた。



 思えば、数年前にこの街に、この国に来てからは珍しい事の連続だった。

 乾燥し、砂ばっかりだったという記憶しかない生まれ故郷。

 彼女の与り知らぬことではあるが、奴隷としていつか解放される日を夢見て暮らしてきた両親の希望は、こつこつと貯めてきた金が主人の気まぐれと強欲により奪われたことであっさりと崩れ去った。

 だが、彼らには子供達がいた。

 愛する子供達の為、奴隷民の身分から自由民となる為に彼らは逃亡を決意し、やがてそれは実行された。

 だがそれは苦難の連続であった。

 再び蓄えた僅かばかりの金銭を手に人目を避けて国境を目指した。

 それは整備された街道を行く旅人達の苦労とは比較にならず、また子供達のために食事を減らした両親は、ただでさえ痩せていた体をどんどんと細らせていった。

 だが旅路の果て、警戒厳重な国境の関所を避けて道も無い山中に踏み入り、何とか国向こうの街道にたどり着いた時、既に両親は喜びを表すほどの元気を失っていた。

 それどころか、気が抜けたのか歩く気力さえ失い、その場に蹲る。

 まともな食料どころか水すらも飲み干し、子供だけでは助けを呼びに行く事もできなかった。

 だがそんな彼女達を救ったのは、国境に接する領地の騎士の一団だった。


 彼らは逃亡奴隷たちに水を与え、消化のよい食料を口に含ませると、馬に乗せて近くの拠点へと連れて行った。

 その時ミルシェを担当したのが、一団の中の唯一の女性だった。

 彼女は砂塵にまみれたミルシェとともに暖かな毛布に包まり、ミルシェが唯一知るリオタール公国の言葉で片言ながら優しく語りかけ、近隣の拠点へと導いた。

 そして質素ではあるが暖かな寝台にミルシェたちを寝かせ、数日の間両親の体力の回復を待った。

 その間、両親よりも早く元気を取り戻したミルシェとイブシェの遊び相手となったのが件の女性だった。

 美しい黒髪の彼女は、数日間ではあったがいまだ動けぬ両親達に代わり姉妹の面倒を見ることとなり、姉妹は彼女によく懐いた。


 その後彼女達は馬車に乗せられ、リオタール公国からの『移民』が集められた開拓村に送られた。

 そこで同情を持って温かく受け入れられ、カノヴァス(この)国の言葉を覚え、この国の生活に馴染んでいった。

 そんな中知ったのが、黒髪の女性が領主の娘であるという事。

 彼女は以前から開拓村を度々訪れては、村人と交流を持っていた。

 そんな彼女も、成人すると行儀見習いのために領地を出て行ってしまっていた。



 自分と彼女とは生きる世界が違う。

 幼いながらもそうなんとなく理解はしていても、長きの別離は彼女の中にぽっかりと穴が開いたような気持ちいなってしまう。

 そんな事を考えつつ、ふと我に帰り自分の周囲を見渡せば、川べりの広場に出ていた事に気づく。

 そして足にのしかかる疲労にも。

 彼女はイブシェとともにちょうどよい高さの石に腰掛けた。


「おうちに帰りたい。」


 私もかえりたい。


「つかれた。歩けない。」


 けどもう歩きたくない。

 イブシェの言葉にも返事する気力も無く、薄暗がりの中一人項垂れていると、広場の端の草むらががさりと揺れた。


「えっ?」


 突然の音に驚いて視線を向ける。

 だが草むらの向こうを見渡す事は出来ず、そして未知は恐怖を呼び起こす。


「何?」


「おねえちゃん…。」


 背中に抱きつくイブシェの体温。

 それを感じながらただ草むらを見つめるミルシェ達の前に現れたのは、剣牙猫(サーベルキャット)の顔だった。

 その猫は草むらから顔だけ出して周囲を見渡すと、のっそりとその身を現した。


「ひっ!」


 大きい。

 大型犬や狼にも匹敵するその体格に、ミルシェたちは怯えて身を寄せる。

 だがその猫はのっしのっしと彼女達に近づくと、その目前でちょこんと座ってにゃーと鳴いた。


「えっ!?」


 当惑するミルシェ。

 彼女の知識において、森で安全なのは外側の一部のみであり、深部は危険に満ちているということであった。

 野獣が徘徊し、それどころか魔物すら跋扈する危険な森の姿は、寝物語の中に何度も出てきていた。

 だがそんな彼女の前でミーアはしばらく座ったままでいたが、やがて彼女達に近づき、その身を摺り寄せた。


「あっ、なんかあるよ。」


 そしてミーアの首に巻きつく包みにミルシェが気付く。

 薄明かりの中、手探りで苦労して結び目を解くと、中には焼き菓子が入っており、そして書かれた文字にも気付いた。


「『このこと まってて。』だって。」


 包みを下ろした開放感からか、座ったまま後ろ足で首筋を掻くミーア。

 そんなミーアをよそに、まだ寺子屋に通っていないイブシェに書かれていた内容を伝えて、安堵の息をつくミルシェ。

 彼女は焼き菓子の半分を妹に渡すと、二人並んでそれを齧り始めた。




 彼らは森の中を駆ける。

 薄暗い日の光も、夜の闇も、彼らにとっては障害にならない。

 そしてにおい。

 敏感な嗅覚が、彼らの今日の獲物の位置を伝えてくる。

 もと居た地を追われ今の森に流れてきた彼らであったが、人たちの住まいとその周辺の獲物の濃さを考慮すると、この地に居つくというのも悪い考えではなさそうだ。

 そんな事を考えているうちに、彼の連れ合いが彼の横を抜けていく。

 どうやら獲物の正確な位置を見つけたらしい。

 相変わらず、よく効く鼻を持つものだ。

 彼は口もとを歪めると、連れ合いの後を追った。




 ピクリと、丸くなって寝ていたミーアの耳が動いた。

 それはくるりと方向をめぐらせると、すぐに彼女は首を起こし、森の一方を見つめる。


「ねこちゃん、どうかした?」


 ミルシェとともに身を寄せ合ってうつらうつらしていたイブシェがそれに気付いて声をかけると、ミルシェも目をこすりながらあくびする。


 そうしている間にも、ミーアは身を起こして伸びをしてから彼女達の前に出て森を睨んだ。


「んなーお!」


 森を見据えながら威嚇の鳴き声をあげるミーア。

 やがてその奥から、連続した足音が近づいてきた。

 それはやがて速度落とすと、二匹の獣として姿を現した。


「フーッ!!」


 臨戦態勢をとり、威嚇の鳴き声を上げるミーアに対して、森から現れた狼の(つがい)は唸り声とともに、二手に分かれて彼女達の周りに弧を描く。


「グルルルルル…。」


 低く響く唸り声の合唱。

 ゆっくりと描かれた弧は、やがて閉じられてひとつの輪となる。

 ほとんど目の効かない暗闇の中、周囲の音のみを聞いて怯える姉妹。

 ミーアは人とは比べ物にならない程に効く夜目でもって油断なくそれらを見据えるが、二手に回られては片方にしか目が届かない。

 じり、じりとひりつくような時間だけが過ぎて行く。

 だがそれらが狼達の我慢の限界となるその直前、森の向こうから新たな足音が現れた。


「「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…。」」


 荒く息を吐きながら駆けつける二匹の猟犬。

 それらは森の中でのにらみ合いの現場に遇って、一瞬顔を見合わせた。

 だがすぐに人間の姉妹と見知ったミーアのにおいをかぎ分けると、見知らぬ狼達の輪の内側に飛び込んだ。


「んなーお!」


 どこか嬉しげなミーアの鳴き声。

 それを合図とするように、狼達が姉妹に襲い掛からんとその身を疾走(はし)らせた。


「フッ!」


 姉妹に襲い掛からんと跳びかかる雄狼。

 ミーアは身を躍らせたそれを同じく跳び上がることで迎え撃つ。

 空中で交差し、互いに相手の身に食らい付く二匹。

 それは交点を中心に回転し、勢いが殺されることでその場に落下する。


「ギャンッ!」


 背中から落ちた雄狼と、身を捻って上手く着地したミーア。

 だが狼はすぐに身を起こすと、慌てて四肢を踏ん張ってミーアを見据えた。



 一方で姉妹を挟んでその背後の雌狼、迎え撃つは2匹の猟犬。

 その身は一回り近く狼のほうが大きいが、2匹の猟犬は訓練された動きで巧みにその位置を入れ替えながら吼え続けると、相手の跳びかかるタイミングを殺し、睨み合いの状態を引き伸ばしていた。


 そんななか、さらに近づくひとつの足音。

 それが雄狼の背後から近づくと、そのにおいに気付いた狼は身を翻して新手に向かう。


「わっ!?」


 困惑した、気の抜けたような叫び声。

 それを聞いて口元を歪めた狼は、その顎を大きく開いて新手…アンジェルに跳びかかる。

 迎え撃つアンジェルは、持っていた護身用の短剣を鞘ごと抜き取ると、剣先側に左手をあて横一文字に構える。

 そしてそれを相手の口蓋にねじ込んだ。


「!!」


 狼の大きな体躯とその勢いにより、支える後ろ足ごと押し立てられるアンジェル。

 だがそれで相手の勢いを殺すと、腕を捻って相手の体を躱し、流れた相手のがら空きの胴に鋭い蹴りを放つ。


「ギャインッ!!」


 再び地面に叩き付けられる雄狼。

 それはよろよろと起き上がるが、既に足元がおぼつかない。

 そしてその間にも、ミーアが回りこんでその退路を断つ。


 ちらりと周囲に目を向けるアンジェル。

 そして自分達の優勢を確認すると、そこで初めて口を開いた。


「ダメだよ。人を襲っちゃダメだよ。人の家畜も襲っちゃダメだ。襲えば必ず駆除されるし、人は決して許さないから。」


 そして狼の様子を窺う。

 狼は意思の疎通かできる彼女の存在に困惑しているようだったが、やがて折り合いをつけたのか口を開いた。


(だったらどうすればいい?むれをくわせるのに、もりのえものだけではたりない。そしてつれあいを、こをくわせるのもぼすのやくめだ。)


「子供?子供が居るの?」


(いる。こどものためにも、えものはひつようだ。)


 狼の回答に、アンジェルは頭を悩ませる。

 この紅の森は、奥に分け入ればやがて木々が赤く染まり、そこは魔物の領域となる。

 普通の獣が、そして人が利用できる領域はそれほど広くない。

 紅の森に入っても、人間の領域である街に出ても、ただの獣である狼なら駆除されてしまうが、かといって通常の森だけでは狼のような通常の大型肉食獣、それも群れは生存できない。


(森の恵みだけでは足りないし、家畜は出せない。…でも、価値の無い肉なら?病死した家畜、堆肥になるだけのクズ肉なら?)


「今、ここだけでは何も言えないよ。だけど、お館様…人のボスに、お前達に施しが出来ないか聞くことはできるとおもう。」


(われわれをかいならすつもりか?)


「そういう訳じゃないけど、いいお隣さんにはなれるんじゃないかな?」


 そう提案し、相手を伺うアンジェル。

 雄狼はじっと彼女を見つめている。


(いいだろう、すうじつはまってやる。それまではもりのめぐみでくいつなごう。そのあとはしらん。)


「まぁそれでいいんじゃないかな?それに時間切れみたいだし。」


 そう言って狼の背後に視線をやれば、その先の木々越しにに複数の松明の光が見える。

 それを認めると、狼は一つ大きく吼える。

 そしてその身を翻すと、雌狼もそれに続いて森の奥に消えていった。




 その後、領主であるエルテースとその妻レイア、アンジェルの上司である家政婦のタイナ、騎士隊の副長であるラザールとその息子フェリクスが集まり、その前で騒動の報告を行ったアンジェルであったが、その途中で語られた狼への食料提供は、概ね認められる事となった。

 デファンスはリオタール公国との国境に接する町であり、恵み豊かなカノヴァスから砂漠の国リオタールへの食料輸出ルート上にある。

 国内で採れた余剰な穀物が、ともに輸出される家畜に詰まれ列を成す光景はデファンスの日常風景であり、病気で衰弱した家畜や怪我などのトラブルに見舞われた家畜がデファンスで潰されるのも、かなりの数にのぼる。

 その点を考えればそれほどコストがかからずに狼の餌の都合がつくし、もし家畜や領民が襲われて山狩りをする事を考えれば、これらは大した負担ではない。

 ただし、これからの放牧の季節については、アンジェルが仲介する事によりその安全を確保するのが条件となった。

 そして翌日、用意されたクズ肉が積まれ、御者代わりのフェリクスと仲介役のアンジェルが乗った馬車が森に分け入って狼達と出会った広場へ到着し、現れた狼たちとデファンスとの取り決めが結ばれた。



「あーっ、やっと終わったよ。」


 帰りの馬車に揺られることしばらく、森を抜け出した所でアンジェルがそう声を上げた。


「ま、お疲れ様だな。小間使いだけじゃなくて、こんな事にも駆りだされるなんてな。」


 しみじみとフェリクスが呟く。

 だがアンジェルはにんまりと笑みを浮かべると、含み笑いを浮かべる。


「えへへへ~、けどお手当て付くんだよ。月に銀貨1枚。」


「ガキの小遣い程度じゃないか!ま、それで納得しているんなら構わないんだけどな。」


 そういって肩をすくめるフェリクス。

 と、馬車馬が水溜りに突っ込みそうになるのを、慌ててよけさせる。

 やっぱり馬は馬車よりも乗馬の方がいいと彼はしみじみ思う。


「そういえばさ、スパークが言ってたよ。そろそろ齢だし、いい加減隠居させてもらえないか って。」


 アンジェルの言葉に、日頃の悩みが見透かされたかと言葉を失うフェリクス。

 そんな彼の心情を余所に、アンジェルは続ける。


「ケツの青い若造も、馬との付き合い方が分かってきたようだし、そろそろ自分もお役御免だ。若い馬を自分好みに鍛えたほうが、存分に暴れられるだろうって。」


 そして彼の心に訪れたのは、幼い頃からの自分を知っている彼との別れ、その寂しさと彼に認められたという誇らしさ。


「あとは自分の仕事を次の馬に引き継ぐのが最後の役目だって。だからもう、引退させたほうが良いんじゃないかな?」


 最後にアンジェルの意見を聞いて、フェリクスは空を仰ぐ。

 雲ひとつ無い青空。

 それを見上げながら瞳を閉じ、幼い頃からのスパーク号との思い出を一つ一つ思い出す。


「そうだな…。そうなん…だろうな。」


 絞り出した声は僅かに震え、閉じた瞳から流れ出した雫は、食いしばった顎を伝う。

 だが目元を拭って見開かれた目は、ただまっすぐにその先を見据えていた。

 新しい愛馬の選定、調教、訓練…やる事は山積みだ。


「アンジェル、すまないがこの後付き合ってくれないか?ボーダンさんへの報告と…相棒へ伝えなくちゃいけない事があるんだ。」


 フェリクスの願いに、アンジェルは満面の笑顔で頷く。



 季節は秋。

 やがて訪れる冬の後には、春の訪れが待ち受けていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


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[良い点] すっごい面白いです [気になる点] 失踪ってあんまり好きじゃないんですよね。 [一言] 結局、冒険してないなぁ でも、とっても面白かったです。
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