グレンの魔法指導
そんな訳で薬の需要が無くなり、一気に暇になった翌日、エルフは一人で[レザルボアマギカ]に来ていた。
[レザルボアマギカ]は仕事の斡旋場に飲食店を併設している。
ウケビト登録した人なら、店内で注文せず溜まり場にしても余程でない限り咎められる事はない。
エルフは店内である人物が来るのを待っていた。
と言っても約束していた訳ではないので、運次第だったのだが、どうやら運が良かったらしい。
赤髪にコートを羽織った少女がやってきた。
エルフにとって魔法の師匠、グレンだ。
グレンは十代半ばくらいの小柄な少女だ。
命の恩人だと言う人物と二人で、あちこちの街を転々としていて、今はビルカを拠点に仕事をしているらしい。
青いフレームのメガネを掛けて、魔石を埋め込んだ長杖を持つ、典型的な魔導士と言った風情で、実際中距離支援が一番得意だと本人は言っている。
エルフがグレンに稽古をお願いし、時間を持て余していたグレンが二つ返事で承諾した。
二人はギルドからほど近い[訓練棟]と呼ばれるエリアに移動し、稽古を開始した。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
ウォーミングアップを終えた二人は模擬戦を始めた。
「「ファイアボール」」
エルフが左手から投げた一発の“ファイアボール”をグレンが同時に五発発放った“ファイアボール”の三つで相殺し、残りがエルフ目掛けて飛んでくる。
四発目を地面を転がり避けて、五発目は剣を構えて防御したが、五発目の真後ろにもう一つ“ファイアボール”が隠されていた。
五発目が剣に当たる直前で六発目がエルフの頭部へと軌道を変え、当たる寸前でグレンが霧散させた。
「スゴい、こんな短期間でここまで仕上げるなんて」
グレンは素直に称賛していた。
エルフが今のところ使えるのは“ファイアボール”と“バーニア”の二つだけだ。
10m程離れた場所から始めた模擬戦は、グレンが予想するより苦戦した。
開始早々“ファイアボール”を同時に多数放ったが、エルフは“バーニア”を使い緩急を付けて地を走り回避した。
ならば足元を崩そうと足回りに撃てば空中に逃げられた。
それはグレンにとっては好都合な展開だった。“バーニア”は反動が強いので普通は連発出来ない。空中でなら避けられまいと、高火力の一撃を撃ったが、予想外の事が起きた。
エルフは空中で立て続けに“バーニア”を使い急加速し一気に懐に飛び込んで来たのだ。
“ファイアボール”でジワジワと距離を開き20m程まで離れていた二人の距離はこの一手で4mまで縮んだ。
結果グレンは密かに自分に課していた縛りの一つを破ることになった。
大きく後方へ飛び退りながら同時に六発の“ファイアボール”を撃ち、後は上記の展開だ。
一発でエルフの“ファイアボール”を相殺するつもりだったのに、結局三発もぶつける事になった。
グレン自身はあまり高火力の魔法を得意としないのもあるが短期間でここまでの威力を出されるとは思っていなかった。
因みにグレンが課していた縛りは足を動かさない事と“ファイアボール”しか使わない事だった。
エルフは近接戦が得意だと語っていたし、グレンの間合いで始めた模擬戦でこの展開だ。
エルフの間合いから始めたら、本気を出さないと負けるかも知れない。
「イケると思ったのになぁ」
「正直、空中にいるときにファイアボールを避けられたときはもうだめだと思いましたよ。
あそこまでバーニアを連発して身体は大丈夫なんですか?」
「あぁ、ちょっと痛むけどなんとも無い」
「すごいですね、私は一度使えばしばらくは使いたく無いですよ」
グレンはそう言って水の入ったボトルをエルフに差し出した。
二人で水を飲み一息つく。
「そういえば聞きましたよ。この前初仕事で大活躍だったとか。
銃を持った男達に怯まず正面から突っ込んで片っ端から切り捨てたそうですね、普通の魔導士にはなかなか出来ませんよ」
もしグレンが同じ状況に立たされたら、味方を銃撃から守る事に専念し、攻撃を味方に頼る事になるだろう。
「あ、あぁーあのとき実は––––––––」
若干曲解が混ざっているので、素直に修正し、それを聞いたグレンは「噂に尾鰭は付きものですね」と笑った。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
稽古が終わり、ギルドに戻ると、中央テーブルの方でロジーナと何人かの男が地図を広げてなにやら話し込んでいた。
ギルド内も人がまばらで見た感じ戦闘職の人間は数人しかいない。
「ん、グレンに小僧か。
ちょっと面倒な事が起きてね、中央大図書院が魔物の群れに襲撃されてる」
話を纏めるとこうだ。
本日未明、どこからともなく魔物の群が中央大図書院に現れて、あっちこっち暴れまくっているそうだ。
ビルカを始め殆どの街は防壁や柵に囲まれていて、出入り出来る門は当然門番が付いている。
どうやって入り込んだか謎だが、魔物の群と言っても、ウルグやモッチョと呼ばれるスライム状の魔物で要するにある程度慣れたウケビトならそれ程脅威にならない。
「そこで、今ここに居る戦闘職のウケビト全員に臨時クエストだ。
報酬は全員20万ゼル、今のところ図書院の人間は立て籠もって被害は無いらしいけど、さっさと片付けるに越した事はない。
頼むよ、お前ら」
比較的低レベルの魔物討伐でこの報酬だ。
たまたまギルドに居合わせたウケビトは大いに沸き立った。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
十三人の臨時パーティーが結成され早速中央大図書院に向かった。
確かに図書院周辺にウルグやモッチョ、大型のカイトヒルが見られた。
魔物が目に付いたところで臨時パーティーは、いくつかのグループに分かれて、図書院に繋がる通路に向かった。
作戦は、それぞれの通路伝いに図書院に進みながら魔物を殲滅して行くというシンプルな物だ。
比較的低級な魔物しか目にされていないので、問題ないだろう。
エルフはグレンと組んで、図書院に続く細道に差し掛かった。
この二人が組む事になったのは、単に臨時パーティーの中で一番経験が浅いエルフとまともに交流があるのがグレンだけだったからだ。
「エルフ、この道なら幅も狭いし人通りも無いので二人で大丈夫ですよ」
急な仕事で肩に力が入っているのに気付いたグレンがエルフに声をかけた。
「役割を決めましょう。
前衛はエルフに任せます。ただ、目の前の敵に集中して、壁になるイメージです。
後衛は私が務めます。
後ろからの不意打ちや、接近戦で対処しにくい相手は私が受け持ちます」
「ありがとう。その方がやりやすそうだ」
段取りを決めた二人は、細い道をゆっくりと進んでいった。
エルフとグレンは適性魔法が被ってはいたが、炎系で対処に問題ない魔物だったので、結果、楽に魔物を殲滅し、他のグループより先に中央大図書院入口前に着いてしまった。
ただ、妙な事に倒した魔物はみんな、死骸が残らず文字の塊のような物になった後に霧散していった。
中央大図書院に辿り着くと同時に、中で何かが割れる音と悲鳴がした。全ての窓にカーテンが掛けられていて中の様子が分からない。
「中にも魔物がいるのかな?」
「分からない、慎重に行きますよ」
エルフが図書院の扉に手を掛け、中に入ろうとする。
グレンは後ろに魔物が潜んでないかと、振り返ると、突如、大岩が飛んで来た。
こちらに向かってくる……エルフは気付いてない!
「バーニア」
グレンは、エルフの体を強引に掴み入口から跳んだ。
一拍遅れて大岩が入口の、丁度エルフが立っていた位置に落ち、轟音を響かせ、扉を壊した。
グレンが気付かなければ今頃二人は下敷きになっていただろう。
「……あ、ありがとう」
エルフが安堵の息を吐き辺りを見回し、グレンは“バーニア”の反動で乱れた服を直した。
大岩が飛んで来たであろう方角をみると、図書院に続く、中央通りの方で大きな水色のゲル状の魔物がこちらに向かってくる。
「え、モッチョに水を掛けたの」
グレンがメガネのブリッジを持ち上げながら言った。
モッチョはスライム状の魔物で、体内にある子どもの拳程の大きさの核を壊せば簡単に死ぬ低レベルの魔物だ。
高熱でゲル状の水分が蒸発するので、炎系魔導士の二人は全く相手にならなかった。
しかし、水分を吸収すると膨張し、途端に危険度が増す。
「これからどうしましょうか?」
グレンはエルフに今の状況を説明した。
モッチョは、火炎で粘液を蒸発させれば簡単に無力化出来る魔物だ。
二人の内どちらかが向かい、他のウケビトと連携すれば楽に撃破出来るだろう。
一方図書院内は中の状況が全く読めないので、危険度は行ってみないと分からない。
外の魔物を殲滅してから中に入る方が安全だが、かといって、中央大図書院内の状況が切迫しているなら、今すぐに誰かが中に入る必要がある。
エルフの結論は直ぐに出た。
「二手に分かれよう、オレが中に入る」
「さっきも言いましたけど危険です。ただの空騒ぎなら良いですけど、中の状況が分からない以上、何が起きるか分からないですよ」
「もしかしたら、中に知り合いがいるかもしれない。
心配なんだ」
ズルズルと引き摺る様な音がして、モッチョがさらに近付いて来る。
巨体故に離れていても目に付くだけのようだが、ここに辿り着くのも時間の問題だ。
「……分かりました。外を片付けたら直ぐに行きます。
無理はしないでね」
これ以上話し合う時間は無いと判断し、グレンはモッチョの方へ向かった。
エルフは大岩で壊れた出入口を探り、隙間から中に入り込んだ。
*(๑^. .^๑)۶ 〜
モッチョが暴れる場所は混戦状態になっていた。
他の通路に分かれたウケビトも全員こちらに集まった様だ。
モッチョを中心に、ウルグや目撃情報に無かったプールヘッドと呼ばれる半魚人型の獣と戦っている。
グレンは、その場で一番手練れの男、メイズに呼び寄せられた。
「おう、グレンか、手を貸してくれ。こいつら厄介だ。
あの野郎、プールヘッドの水頭を破って無理矢理水を吸いやがった」
プールヘッドは肺を持たず、後頭部に酸素濃度を高めた水を貯める水頭と呼ばれる器官を持ち、陸上での活動を可能にしている。
当然水頭を破られると、呼吸できずに死ぬ。
「本当ですか、モッチョはエネルギー効率が悪いから自分から水場へ寄らないはずですよ」
「それがプールヘッドの奴、ずっとどこかに隠れてて、自分から頭破られに行ってる」
「ヤバい、また出たぞ!」
民家の屋根から四体のプールヘッドが飛び降り、真っ直ぐにモッチョの方へ走り出す。
モッチョは触手を伸ばし、プールヘッドの水頭を狙う。
他のウケビト達は、ウルグや他のプールヘッドに足を止められ動けない。
メイズも間に合わないのか「くそっ」と悪態を吐き、プールヘッドを睨んでいる。
「ファイアボム」
グレンはモッチョの触手の根本を狙い、四つの“ファイアボム”を飛ばした。
“エアーボム”同様、着弾と同時にエネルギーを爆発させる魔法は狙い違わず命中し、モッチョの触手を落とす事に成功した。
「モッチョは私が何とかします。しかし高火力は出せないので時間がかかります。皆さんで他の魔物を殲滅、あるいは足止めをお願いします」
グレンは杖を握りしめ、モッチョの方へ駆け出した。
「ヤロウ供!モッチョとグレンにアリ一匹近付けるなぁ、全部倒すぞ!」
「「「おぉおう!」」」
十一名のウケビトは怒号を上げ、魔物の群れに突撃した。
G.「こんにちは、グレンです。
エルフと同じ火の魔法を使う魔導士です。
得意分野は防衛と足止めです」
G.次回“スケルトンを突破しろ”




