中央大図書院での出会い
売れ行きの良い商品が大方完売してしまいコトミが調薬に集中したいと言い出して、[キャラバン]は本日臨時休業になった。
エルフはコトミにお遣いを頼まれて中央大図書院に来ていた。滅多に需要がない止血剤の売上が伸びていて、それの調薬に関する資料を読み直したいとの事だった。
最初はショウタが頼まれていたのだが、図書院に興味があったので代わりに引き受けた。
この街ビルカは昔、化学や魔法の複合実験都市として発展していた事もあったらしく、それとほぼ同じ時期に建造されたこの図書院の歴史は相当に古い。
今でこそ、そう言った実験は行われていないが、その実験資料はあちこちに秘蔵されていたり、ビルカの一部の人間は何らかな分野で特異な技術を有していたりするらしい。
実際、ここも奥に手を伸ばせば、古文書や違法指定の資料が整理もされず多数貯蔵されているらしく、ある意味魔境らしい。
特に急ぎでは無いと言われていたので、エルフは中を散策して、目に付いた本を閲覧コーナーに持ち込んだ。
魔法に関する本だ。
魔法を使うには条件がある。
一つ目は魔力を持つ事。
これは全ての人間、というより生物が満たしているらしい。全ての生き物が持つ為、魔法を研究する人々は生命力を同一視する見方もあるそうだ。
魔力は魔法を使うと消費し、睡眠や食事で回復する。保有量は基礎体力に依存するが、魔法を使い続ける事でも増えるらしい。
二つ目は適性魔法と呼ばれる自分に合った魔法を見つける事。
これは人によって、火であったり水であったり様々だ。
また、同じ火であっても火の特性には個人差が出る。
これは例えるなら、狭い範囲に高熱を出すのが得意だけど、広範囲を一度に焼き払うのは苦手、逆もまた然り、という様な話らしい。
複数保有する人間がいれば、適性魔法を持たない人間もいる。
適性魔法を正確に見つける方法は存在せず、本人のイメージ力と根気強さで自力で発見するしかない。
一説にはその人その人の興味の対象やある種の欲求やストレスの象徴であるなんて見方もあるそうだ。
魔物は種族ごとに分かりやすい火や水を操る事が多いのに対して、人間はある種の現象やなんらかな概念を個々に発動する事があるらしい。
この辺の記述がよく分からずに後で魔法の師匠であるグレンに聞いてみると……
「例えば、強く叩かれたストレスを抱えた魔導士は壁を作るような身を守る魔法が極端に得意になったりするし、空を飛ぶ事に憧れた人が魔法を身に付けると、空を飛ぶ魔法が使えるとか……です。
ストレスや欲求に対するその人なりの答えが魔法なのかもしれませんね」
との事だった。
魔石などで、任意の形の魔法を扱える様にする方法も存在する。
魔石は道具に組み込み使う事もできる。
魔法はある程度共通する形の物があり、便宜上技名もある程度共有するが、最終的には自分の適性を伸ばしていく為、自然とその人の色が強くなる。
エルフは酒場での戦闘やウルガに追われた時を思い出した。
ショウタは自然界の砂しか操れず、コトミは“エアーショット”と“アクアショット”しか使っていなかったのは、適性魔法の火や風みたいな部分以上の適性によるのだろうか?
魔法は限られた能力だからこそ、伸びる物でもある。
本はそう締めくくられていた。
さらに別の本を手に取ると、こちらはオカルトじみた内容だった。
闇魔法と呼ばれる魔法。
過去にこの魔法の使い手が暗躍したなんて都市伝説が囁かれ、その証拠として、過去にあったはずのいくつかの言語が喪失したなどと唱える論文などが発表されていたそうだが、今一つ信憑性に欠けるようだ。
その魔法は、脳に直接作用し、集団洗脳や記憶操作を可能とする。
適性魔法として持つ人間が確認されず、魔石も存在しないが、何らかの代償が必要であり、それが原因で途絶えたとされていた。
記憶喪失の原因はこの魔法にあるかも知れない。
エルフは闇魔法を頭の片隅に残して、頁を捲った。
生贄儀式の話。
生き物は死際、膨大な魔力を放出すると言われている。
生贄儀式は、その魔力を利用して大規模な魔法を行使する為のものらしいが、専用の魔法陣が必要で今はその知識は喪失している。
昔、生贄儀式で膨大な魔力を手に入れようと大規模殺戮が起きて、その事実が揉み消されたりなど曰く付きの魔法だった。
大量の魔力を外部に貯蔵する魔法。
儀式魔法など、多数の人間が協力して発動する魔法もあるが、それらは外部に集めた魔力で直ぐに魔法を発動するもの。
対してこちらは外部の魔力を集めて長期間保存する技術だ。
貯蔵効果の魔石は存在するが、あくまで個々、小規模でしかない。
この魔法の恐ろしい所は、膨大な魔力そのものを貯蔵出来るだけでなく、発動寸前の大規模魔法もそのままの状態で貯蔵できる可能性すらある事。=溜め時間無しで大技を連発出来るという事だ。
応用すれば魔法に対する強力な盾となる可能性があるとして、魔法に関心が無い化学者でさえこの魔法は本気で研究しているらしいが、やはり成果は芳しくないようだ。
魔法とは別に化学の技術も発展している。
化学とは、魔力を使わずにエネルギーを取り出し扱う技術で、原始的なもので言えば、焚き火も化学に分類されるらしい。
そのまま化学に関する本も開いて見た。
その結果、なんとなく魔法と化学の違いが見えてきた。
剣やフライパン等の単純な構造の道具は化学にも魔法にも分類されない単なる道具とされる。
馬車も道具に分類される。
問題は馬車から馬を外し、どうやって動かすかが化学と魔法の分岐点になる。
動力に燃料を積めば、化学の車。魔石を積めば、魔法の車となる様だ。
そして、この動力を油、石炭など非生物から供給するもの全般を指して化学と呼び、生物の生命力とも言われる魔力から供給するものを魔法と呼ぶ。
「なかなか勉強熱心だねお若いの」
閲覧コーナーに持ち込んだ本を棚に戻していると、一人の老婆に声を掛けられた。
老婆は、革製カバーと白銀色の栞紐が目を引くゴツい本を小脇に抱え、小柄で皺だらけの痩けた頬をしている。しかし腰は曲がっておらず、どこか内側から力強さと、その中に別の強い感情を称えている。そんな印象をエルフは受けた。
「いや、済まないね。ワタシャ、リリーナというババアさ。
今どき図書院に若い人はなかなか寄り付かないんで珍しく思ってしもうての。
すまんがそこの本を取ってくれんかい?」
老婆に指し示された本棚の最上段の本を抜き取り、老婆に渡した。
「ありがとう、お若いの。
おや、指から血が出とるよ」
見てみると、確かに左親指から血が出ていた。と言っても全く気付かない程小さなものだった。
頁を捲るときに紙で切ったのだろうか。
「ほれ、ちょっと見せてみ」
リリーナはそういうと、エルフの手を取って傷口をハンカチで拭い、傷テープを貼り付けた。
「ありがとうございます。
でも、大した傷じゃないですよ?」
正直初対面の相手には、反応が大袈裟過ぎる気がして、エルフは困惑気味になった。
「なに、ワタシは本が大好きでの、本が汚れんようにしただけじゃよ。
それに、お若いのは中々にいい面構えをしている。さぞやモテるんじゃないかい?」
「オレは色恋には興味がない」
「つまらないねぇ。二百年も早ければ放っておかないのに」
「二百年?」
「つまらない冗談さ」
リリーナはハンカチに付着した血をしげしげと見ながら答えた。
受付からベルの音がした。
「間もなく閉院時間になります。本をお借りのお客様はお早めに手続きをお願いします」
「おや、もうこんな時間かい。
では、失礼するよ。
ワタシはいつでもここに居るでの、よかったら今度は話し相手になっとくれ」
リリーナはエルフが取った本を持って受付に向かった。
エルフも頼まれた本を借りて、[キャラバン]に帰った。
E.エルフ
S.ショウタ
E.「ただいま……二人とも慌てて荷物まとめてどうしたの?夜逃げ?」
S.「違う。今から急いで出かける支度してくれ。ウケビトの仕事だ」
E.S.次回“カイトヒルを探せ”
S.「ていうかナチュラルに夜逃げが先に出てくるってどんだけ貧乏だと思われてんだよ俺達は」




