手ブラなウケビト
「おうにいちゃん、金くれよ」
とある酒場のカウンター席で食事中のエルフの右肩を、人相が悪い男が叩いた。
「すいません、ここの食事分しか持っていないので、他をあたって下さい」
エルフはありのままを答えた。
記憶喪失で行き倒れていたところを[レザルボアマギカ]というギルドで仕事をしていたウケビトの二人に拾われたのが、半月前。
拾われた後はギルドで雑用の仕事をして、ある程度の収入は得ていたが、そのお金のほとんどは、今腰に下げている剣と身に付けている服、散髪費用に費やしてしまった。
拾われた当初は伸びっぱなしだった金髪の癖っ毛は短く切り揃え、黄色いポロシャツ、硬めのジーンズを飛竜の尾の皮で作られたベルトで留めて、そのベルトに剣を差している。
特に剣が高くてシャレ抜きでここの食事代しかないのだ。
エルフはやれやれと言うように剣を叩いてから、それで相手が引き下がるだろうと勝手に思って、目の前の食事、ラム肉のステーキに向き合った。
「おいよぉお前、金くれってんだから黙って有金全部寄越せや」
右肩を掴み、無理矢理男と向き合わされたエルフは迷っていた。
エルフがここに来たのは食事の為では無かった。
ここには[レザルボアマギカ]のウケビトとして仕事をしに来た。
ウケビトとは、個人や街から様々な仕事を請け負う言ってしまえば便利屋だ。
仕事内容は、護衛や魔物の討伐に採集の他にもさまざま。法に触れずにウケビトと依頼人の合意があれば基本的になんでもありだ。
エルフはここのオーナーからの依頼で、乗っ取られた店を取り戻して欲しいと言う仕事をしに来ていた。
店を乗っ取られてからは、ガラの悪い人が店に出入りしていてご覧の惨状だと言うのだ。
この酒場は出入口が一か所で、その出入口扉両サイドには、やはりガラの悪い男が二人、椅子を引っ張って来て座っており、酒を片手に店を出入りする人間を見張っている。
さらに窓は全て、板を打ち付けられており、一度中に入ってしまえば、店を出るのは簡単ではなさそうな、要するに物騒な感じだ。
店の雰囲気と、客層に激しく問題がある様に感じるが、さっきから口にしているラムステーキだけはとても美味かった。
エルフが迷っているのは、勝手に動いていいのかどうか?というところだった。
ここには他にウケビトが二人合流して一緒に仕事をする予定だった。
ではそもそも、なぜ依頼された賊が群がる酒場で一人食事をしているのかと言うと、合流場所がこの店の外だった。
慣れない街歩きなので、念のために早めに合流場所を目指したエルフは、思った以上に早く店に着いてしまった。
やる事もなく、店の入り口を見ていると何度も厨房と目が合い、気まずさから店に入り、入ったからには何か頼まなければという使命感に駆られ、初めて見る羊肉に興味を惹かれ、冒頭の状態になった。
この場にいる人間は厨房スタッフを含め、全て賊と認定されている。
見たところ、鉄パイプや精々ナイフくらいしか持っていない彼等に引けを取るとは思わないが、ウケビトとしての仕事は初めてだ。
やる事が実質武力制圧だとはいえ、勝手に動く事により、なんらかの不手際や、仕事上のルール違反をしてしまう心配は拭えない。
目の前の男は、エルフを睨み今にも殴りかかりそうだ。
そして今、考え事をしていた為無反応だったエルフが気に入らなかった男が、エルフに殴りかかった。
その瞬間を視界に捉えたエルフは、その一撃を椅子に座ったまま上半身を伏せさせ回避して、左手を男の胸に当てた。
無理な姿勢なので、普通は打撃にも突き飛ばしにもならない。ただ、左手を当てただけだ。
だが、この状態から相手に有効打を与える術をエルフは持っていた。
魔法だ。
魔法は、魔力を行使し、現象を起こす。
エルフは左手に魔力の渦をイメージした。
渦を中心に力が溜まり、赤い球状の炎が出来上がり、零距離から男を弾き飛ばす。
いわゆる“ファイアボール”だ。
エルフは今日まで[レザルボアマギカ]で雑用をする傍ら、ギルドに出入りするグレンと言う魔導士に魔法を教わっていた。
一回り歳下だが、とてもしっかりした彼女に師事し、魔法の使い方を教わり、ある程度ものにしたのだ。
エルフが放った“ファイアボール”は、目の前の男を吹き飛ばし、その先にあるテーブルをひっくり返した。男はそのまま動かなくなる。
テーブルを囲んでいた男達がこちらを睨む。
この店の人間は全員捕獲対象だ。殴りかかられたとは言え、咄嗟に吹き飛ばしてしまった手前、今更引き下がれない。
振り返れば、他の席の男達もみんなエルフに視線を注いでいた。
仕方ないとエルフはカウンター席から立ち上がった。
未練がましくも、最後にラム肉の塊を頬張りながら。
「てめぇごら、やんのか」
「俺らのダチをこんなしやがって無事で済むと思うなよ」
口々に言いながら一斉にエルフに飛びかかる。
エルフは鞘に収めたままの剣を構え、一番近くの三人、先ほど吹き飛ばした男が突っ込んだテーブルの方へ走った。
三人はそれぞれ、テーブルナイフ、椅子、素手で挑んでくる。
真上から振り下ろされる椅子を横にスライドし避け、椅子を持つ男のガラ空きな顎に、柄頭を打ち込む。
後ろからテーブルナイフで刺突の構えを取っている男は鞘の先端部を引き手で当てる。
鳩尾を直撃されたナイフの男は、腹を抑え出したので、やはりガラ空きになった頭部に鞘で横薙ぎに殴った。
一息で二人の男を地に沈めたエルフは、三人目を見た。
「おい、よせよこっちは素手だぜ」
咄嗟に武器を持てなかったそいつは両手を上げて降参の意を訴えた。
「今更だろう」
そいつには、周りの動きを見る片手間に“ファイアボール“を当てた。
ごくわずかな時間に三人の仲間をやられた事に、男達は動揺していた。
「てめぇ何者だ!」
ガラの悪そうな一人が喚いた。
何者か……エルフは少し考えた。
[レザルボアマギカ]で雑用をしていても、魔法の修行をしていても何も思い出せなかった。
だったら今の自分は何者なのだろう。
「オレは……手ブラなウケビトだ」
少し迷って考えた末に出た答えがこれだった。
「舐めてんのがゴラァっ!」
真面目に考えての答えだったが、ガラの悪そうな男たちは一斉に怒り立った。
「店で落ち合おうとは言ったけど店内に入るとかお前正気か!」
「わぁ、やっぱり始まってた」
殺気立つ店内に二人の男女の声が割り込んだ。
「どうも久しぶり、ショウタ、コトミ」
二人は行き倒れていたエルフを保護したウケビトだった。
当のエルフは保護されたとき、意識がなかった為、エルフが二人とまともに顔を合わせたのはつい最近だった。
顔を合わせると同時に、ギルドでこの依頼の話を持ちかけられて、今日三人で依頼に取り掛かる事になっていた。
「こいつら、アイツの仲間らしいぞ」
「まとめてやっちまえ!」
扉の両サイドを陣取っていた男が、それぞれ手に鉄パイプを持ちまず、男の方、ショウタに殴りかかる。
ショウタはペンダントトップの魔石に魔力を込め、棒状にし、斜めに振り下ろされた鉄パイプを受け止めた。
棒の先端が、いい感じにもう一人の男が走る線上を向いていたので、再度魔力を込めた。
超速で伸びた棒は、女の方、コトミに向かって走る男の……漢に当たった。
一応言っとく、狙った訳ではない。
「ぐぉうぅほお…」
そいつは鉄パイプを手放し、股間に両手を当てて蹲った。
「な、貴様卑怯な」
ショウタと鍔迫り合う男は、鉄パイプを握る手により力を込める。
コトミは容赦なく蹲る男の頭を蹴飛ばし、未だ鍔迫り合う男の大きく広げられた足の間に自らの足を入れ真上に蹴り上げて……漢を蹴り上げた。
一応言っとく、この女はマジで狙った。
「ぐぉうぅほお…」
先程の男と同じように倒れ伏すそいつ。
「あ、姐貴?」
「え、そういう作戦じゃないの?」
ある種、動揺を宿した視線をコトミに向けるショウタにコトミはキョトンとした表情を向ける。
視線を交わす二人は、投げつけられた酒瓶を左右に避け、それぞれ酒場の男たちと向き合った。
ショウタは魔石を構え、挑んで来る相手を片っ端から足元を狙う突き、刈り払いで転かし、頭部に一発入れてダウンさせて行った。
コトミは、左手に魔力を込めていた。
コトミの魔法の起点はこの左手にある。大まかに空気そのものと、空気中の水分を操る事が出来る。
左手を弓に見立て、照準し、空気の塊を矢に見立て放つ。
風系魔法で言うところの“エアーショット”水系魔法では“アクアショット”を普段の技としていた。
コトミは視認できない弓を構え、何をしているのか理解できず、一直線に向かってくる男に向かって矢を、“エアーショット”を射った。
男は目に見えない壁にぶつかったと錯覚し、吹き飛んだ。
射た男には目もくれず、コトミは二の矢三の矢を番え、ショウタやエルフの後ろを取ろうとする男を次々に射抜いて行った。
ショウタとコトミはこういった仕事はそれなりにこなして来ているが、エルフは初めてだ。
にも関わらず二、三人に囲まれても特に慌てた様子も無く、切り抜けて行く。
体つきの良さから、ある程度は動けるだろうとショウタとコトミは思っていたが、正直予想以上だった。
エルフが店の中央、コトミが入り口の直ぐ脇の窓際、ショウタはその中間を位置取って、三人は図らずも前衛、中衛、後衛に分かれて戦った。
「こいつらやべぇ、魔導士だ」
コトミは元より、エルフが時々手に炎を纏い戦うのを見て男達から怯えの声が上がった。
逃げようにも、出入口はコトミが抑えていて、他の窓は、板を打ち付けられていて退路にならない。
「落ち着け、お前ら。
商品を使えばこんな奴らただの餓鬼だ」
野太い声が響いた。
三人がその方を見やると、ゴツい男が右手をコートの内側に入れ、何かを取り出した。
拳銃だ!
それを見た瞬間、三人は慌てて遮蔽に飛び込んだ。
ダンッ
銃弾は、コトミがさっきまで立っていた場所を通過し、後ろの板を打ち付けた窓に当たった。
三人が戦闘を中断した隙に、男達は一斉に倉庫や、壁際の樽に向かった。
そして、彼らの手には一様にリボルバー拳銃が握られた。
銃を持つ男達に扇型に囲まれたショウタとコトミは倒したテーブル二つをくの字型に置き、その裏で身を寄せ合うように隠れた。
ダンッダンッダンッ!
がっしりした造りのテーブルは弾痕を刻むも、なんとか貫通はせず持ち堪えている。
「おいこら、銃持ってるなんて聞いてねぇぞ」
「やけに割のいい仕事だって怪しいとは思ってたのよね」
依頼状を書くとき、捕縛対象が銃を持っている場合、その旨を必ず記載する事が定められている。
並の魔導士は銃に勝てないからだ。
もちろん危険度は跳ね上がる為、報酬は割高になる。
ナイフを持ったゴロツキ相手の捕縛依頼だと一人当たり六千ゼルが相場だが、銃を持ったゴロツキ相手だと一人当たり二万以上が普通だ。そして今回の依頼額は一人当たり一万二千ゼル。
つまり、
「くそっ、依頼者に嵌められた」
と言う訳だ。
「アイツら銃の事を商品って言ってたな。どう言う事だ?」
「大方、密売組織の仲介倉庫に転用されてたんでしょ。
商品を使えって言われてほぼ全員が反応した所から察するに、全員グル。少なくとも銃の密売を知っていたんでしょうね」
いきなりの発砲に驚きはしたが、ショウタもコトミも場慣れはしている。
銃が出てきた背景を勝手に推測し、敵が銃を使う想定でどう動くか頭にイメージして、エルフを完全に忘れていた事に気付いた。
テーブルの上に一瞬だけ頭を出して辺りをみると、どうやら銃撃は、入口付近を陣取るコトミとショウタに集中しているようだった。
先に退路を確保しようと言うのか、さっきから近接戦闘しかしていないエルフより、飛び道具を持つ二人を脅威と見たからか……どちらにしても幸運な事だった。
当のエルフは、最初の銃撃で大きく怯み、続け様に見せられた大量の銃にすっかり怯えてしまっていたからだ。
二人が完全に遮蔽に身を隠し、今の位置からは撃ち殺せないと判断した男達は、ターゲットをエルフに切り替えた。
「死ねゴラァ」
怒声を上げながら一人が先走り、男が撃った。
その弾はエルフの右頬をかすめて遮蔽にしていた柱に弾痕を刻んだ。
しかしその一発は、ビビリ上がり動けなくなっていたエルフが目を覚ますには、ちょうど良い一発だった。
「どぅわああぁああぁぁ」
エルフは悲鳴を上げ、鞘から剣を抜き、まず自分を撃った男に斬りかかった。
その男は、咄嗟に身を引き致命傷を避けたが、血を流し、倒れた。
エルフは倒れた男を見向きもせず、銃を構えた人垣に突貫した。
「あっ、待って死ぬよ」
エルフの異変を察知したショウタが二の足を踏んでいると、まず、コトミが飛び出して、“エアーショット”を乱射した。
男達が混乱してエルフとコトミを交互に見やる。
エルフとコトミは、図らずも一塊になった酒場の残党へ挟撃を仕掛ける形になる。
「エルフ、とにかく敵に絡み付いて、そうすれば敵は撃てない。
ショウタ、援護!」
ある種恐慌状態のエルフは、辛うじてその指示を理解した。
敵に張り付けば、それだけで誤射のリスクが上がり、敵は銃を使い難くなる。
「お前ら、距離をと–––ブッヴっ……」
ショウタはこちらの思惑を見抜いた一人の頬を魔石を伸ばして突き込み黙らせた。
恐慌状態で目を血走らせたエルフに怯んだ男たちは、間もなく制圧された。
E.「エルフです。剣と炎の魔法を使う手ブラなウケビトです。
よろしくお願いします」
E.次回“新生活のはじまり”




