8:本部の管理が杜撰すぎる件
かつて日本でコンビニを経営していた頃、俺の1日の終わりの日課は「売上金の送金」だった。
店内のATMに現金を投入し、本部の口座へ入金する。
レジ内のお金や金庫のお金には、管理責任があるが、ATM内のお金に管理責任はないのだ。そしてATMのお金は、定期的にやってくる警備会社が回収していく。
だが、この異世界ダンジョンにはネット回線もなければ、本部の銀行口座もない。
ゆえに、魔王軍の売上回収フローは、驚くほどアナログで、そして杜撰だった。
◇◇◇
「おい店長。1週間経ったぞ。……生きているか?」
自動ドアが開き、SVのアークデーモンが入店してきた。
手には巨大な麻袋と、処刑用の鎌を持っている。
どうやら、俺がノルマ未達成で死んでいるか、夜逃げしていると思っていたらしい。
「いらっしゃいませ、SV。お待ちしておりました」
俺はレジカウンターの中で、電卓を叩く手を止めて微笑んだ。
「フン、余裕そうだな。だが、虚勢を張っても無駄だぞ」
SVはカウンターに鎌を突き立てた。
「今週のノルマは『日販・金貨100枚』……つまり週間で700枚だ。未開の地である深層店で、これだけの売上を叩き出すなど不可能に近い。
……さあ、足りない分を貴様のHPで支払ってもらおうか!」
SVが下卑た笑いを浮かべる。
俺はため息をつく。
金貨100枚。日本円にして約1,000万円。
一般的な日本のコンビニの日販が60~70万円であることを考えれば、実に約15倍の数字だ。
しかも、ここは人通りのないダンジョンの最深部。
それを「最低ノルマ」として課してくるあたり、魔王軍がいかに現場を知らないブラック企業であるかがよく分かる。
そして何より問題なのは……。
「SV。回収業務の前に、一つ業務改善提案よろしいですか?」
「ああん? 命乞いか?」
「いいえ。『売上回収の頻度』についてです。週一回の現金回収ではリスクが高すぎます。本来なら、転移魔法を使った『即時入金システム』を構築すべきです」
俺は淡々と説いた。
「日販1,000万、週間で7,000万円もの現金を、セキュリティの甘い店舗金庫に放置させるなど狂気の沙汰です。強盗に襲われたらどう責任を取るのですか?」
「な、何を生意気な……! 魔王軍のシステムに口を出すな! そんなことより金だ! 金貨700枚、本当にあるのか!?」
SVは俺の話を理解できず、机を叩いた。
……ダメだ。この組織、現場任せすぎて本部として機能していない。
「売上さえあればいい」という思考停止。
だが、それが俺にとっては好都合でもある。
管理が杜撰ということは、「成果さえ出せば文句は言われない」ということだ。
「失礼しました。では、今週の売上報告をいたします」
俺はカウンターの下から、ズシリと重い革袋を取り出した。
一つではない。二つ、三つ、四つ……。
山のような革袋が、カウンターの上に積み上げられていく。
「……な、なんだその量は」
「今週の総売上です」
俺は一番上の袋の紐を解き、中身をぶちまけた。
ジャラララララッ!!
黄金の輝きが、SVの赤黒い顔を照らす。
「今週の売上内訳です。
・食品部門(ドラゴン肉加工品など):金貨800枚
・サービス部門(装備修理、治療):金貨500枚
・金融部門(ATM利息・回収):金貨400枚
・雑収入(オリハルコン売却、スライム両替益等):金貨3,000枚」
俺は伝票をSVの目の前に突きつけた。
「合計、金貨4,700枚(約4億7千万円)。
ノルマ(700枚)に対し、達成率671%となります」
「な……な……なッ!?」
SVは目を見開き、顎が外れんばかりに口を開けた。
鎌を取り落とし、金貨の山に手を突っ込む。
「ば、バカな!? これ全て本物の金貨か!? 幻術ではないのか!?」
「POSシステムで鑑定済みです。すべて純度99.9%の魔王軍指定金貨です」
SVの手が震えている。
無理もない。深層店の売上見込みなど、せいぜい「赤字でなければ御の字」程度だったはずだ。
それが、たった1週間で城が建つほどの利益を叩き出したのだから。
「ど、どうやって……! 客など来ないはずの深層で、誰がこんな大金を落とすというのだ!」
「SV。あなたは『小売の基本』をご存じないようだ」
俺はPOSタブレットを操作し、詳細な【週間レポート】を空中に投影した。
【週間売上分析レポート】
■基本データ
総客数: 428名(1日平均 約61名)
客単価: 金貨 10.9枚(約109万円)
■売上内訳
1. 店頭売上(食品・物販):金貨 1,200枚
・勇者一行および、噂を聞きつけた他パーティへの高額販売。
・近隣に住む知能ある魔物(オーク・ゴブリン上位種)への弁当販売。
2. 外商売上:金貨 1,500枚
・アンデッド従業員を活用した、上層階への「出張押し売り販売」。
・回復薬が尽きた冒険者を見つけ次第、足元を見た価格で即売。
3. 金融・サービス手数料:金貨 1,100枚
・ATM利息、装備修理、スライム両替手数料(金貨900枚含む)。
4. 廃棄素材リサイクル:金貨 900枚
・冒険者が残していった「壊れた武具」や、シルヴィアが狩った「余剰素材」を本部へ逆納品。
「ご覧の通りです。SV」
俺は画面を指し示した。
「確かにここの『客数』は、地上のコンビニの20分の1以下です。
ですが、『客単価』は地上の2000倍です」
「に、2000倍だと……?」
「ええ。地上では、水1本で金貨は取れません。ですがここでは取れる。
さらに、私は待っているだけではなく、アンデッドを使って上の階層まで『商圏』を広げました。これを御用聞きと言います」
俺は、店の奥を指差した。
そこでは、スケルトンたちがリュックに商品を詰め込み、次々と転移魔法陣へ飛び込んでいく姿が見える。
「彼らは24時間、不眠不休でダンジョン内を巡回し、困っている冒険者を見つけては商品を売りつけています。
……所謂、移動販売です」
「ひっ……!」
SVが悲鳴を上げた。
そのビジネスモデルの悪辣さと、完璧な効率性に戦慄しているのだ。
「加えて、スライムからの両替益や、戦闘で発生したジャンク品の売却益も計上しています。
……捨てるところなどありませんよ。ここでは、ゴミすら金になる」
「き、貴様……本当に人間か? 悪魔でもそこまでは……」
「元コンビニオーナーです。……さて、SV。これだけの現金を店に置いておくのは不用心です。さっさと回収していただけますか?」
「は、はい! ただちに!」
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