5:アンデッドの女王様、甘味を知る
「……お客様。少々、お連れ様の数が多すぎるのではないですか?」
俺は引きつった笑顔で、目の前の小柄な少女に尋ねた。
少女は深紅の瞳を細め、黒いローブの裾を優雅に払う。
「多い? これでも近衛兵の一部しか連れてきておらぬが」
彼女が指をパチンと鳴らすと、背後に控えていた軍勢が一斉に動いた。
スケルトン、ゾンビ、デュラハン、リッチ……。
総勢100体を超えるアンデッドの軍団が、狭い店内にぎっしりと詰め込まれている。
通路は完全に封鎖され、商品棚は見えない。
雑誌コーナーで立ち読みをしようとするスケルトン。
おにぎりを手に取って不思議そうに眺めるゾンビ。
トイレの順番待ちをする、首を小脇に抱えたデュラハン。
営業妨害だ。これでは他の客が入ってこれない。
「店長……あれ、ヤバいですよ」
カウンターの裏で、シルヴィアが震えている。
「あの紋章……『冥界の女帝』アナスタシアです。西の大陸を一夜で滅ぼしたっていう、生ける伝説級のネクロマンサーですよ……!」
なるほど。魔王軍とは別の勢力、第三極の支配者というわけか。
表のケルベロスたちも、「関わりたくない」とばかりに寝たふりを決め込んでいる。
だが、俺は店長だ。
店の秩序を守る義務がある。
「お客様。当店は消防法により、定員が定められております。お連れ様には、表でお待ちいただくようお願いできますか?」
「断る。余の兵は、片時も余の側を離れぬ」
アナスタシアは一蹴した。
そして、カウンターに身を乗り出し、甘い、しかし毒を含んだ声で囁いた。
「それより人間。余は『噂』を聞いて来たのだ。ここには、死者すら蘇るほどの『至高の甘味』があると」
「……はあ」
「余を満足させよ。さすれば、この軍勢を引かせてやろう。……だが、もし余の舌を満足させられなければ」
彼女の背後で、巨大な死神の鎌を持った騎士が、俺の首を狙うように動いた。
「この店ごと、余のコレクションに加えてやる」
理不尽な要求。
だが、俺は冷静に【POSタブレット】を起動し、彼女をスキャンした。
> 【顧客分析】
> 顧客名: 冥界の女帝アナスタシア(推定年齢:3000歳以上)
> 状態: 極度のマナ欠乏症、味覚障害(腐敗したものしか食べていないため)
> 潜在需要:
> 長年のアンデッド生活により、生気に飢えている。
> 普通の食事では味を感じないが、「高濃度のマナ」を含んだものなら知覚できる。
>
なるほど。
彼女は腹が減っているのではない。「生きてる実感」が欲しいのだ。
普通のスイーツを出しても、「泥の味がする」と激怒されて殺されるのがオチだろう。
「かしこまりました。……少々お時間をいただけますか?」
「よかろう。3分待ってやる。それ以上は待たぬ」
カップ麺が出来上がるまでの時間しかない。
俺はバックヤードに入り、シルヴィアに指示を出した。
「シルヴィアさん、冷蔵庫にある『キングスライムの核』と、『ドラゴンの濃厚乳』を出してください」
「えっ!? あれを使うんですか? 混ぜたら爆発するってマニュアルに……」
「普通に混ぜればね。……ですが、ウチの機材なら制御できます」
俺はPOSタブレットの(調理モード)を『限界突破』に設定した。
キングスライムの核は、純粋な魔力の塊。
ドラゴンの乳は、生命力の塊。
これを、コンビニ最強のスイーツ製造機『ソフトクリームサーバー』に投入する。
ヴィィィィィィィィン……!!
マシンが唸りを上げ、青白い光が漏れ出す。
魔力と生命力が高速で攪拌され、黄金色に輝くクリームへと変化していく。
「お待たせいたしました」
俺はカウンターに戻り、黄金に輝くソフトクリームを差し出した。
「当店特製、『特盛ソフトクリーム(魔力増し増し)』でございます」
「……ほう? 見た目は美しいが……」
アナスタシアは疑わしげにスプーンを手に取り、一口だけ口に運んだ。
その瞬間。
「んんっ……!?」
彼女の深紅の瞳が、大きく見開かれた。
カラン、とスプーンが床に落ちる。
「な、なんだこれは……! 口の中で弾けるような、この奔流は……!
冷たいのに熱い! 死んでいた余の細胞が、歓喜の歌を歌っておる!」
ボッ!
アナスタシアの全身から、凄まじいオーラが噴出した。
青白かった彼女の肌に血色が戻り、カサカサだった髪に艶が生まれる。
文字通り「若返った」のだ。
「う、うまい……! 余は3000年間、腐肉と魂しか喰らってこなかったが……こんな美味なるものが、この世にあったとは!」
「お気に召しましたか?」
「気に入ったなどという次元ではない! これぞ『生命の輝き』そのものではないか!」
彼女はコーンを奪い取るようにして、夢中でソフトクリームを平らげた。
店内のアンデッドたちも、主人の歓喜に共鳴してカタカタと骨を鳴らして拍手している。
奇妙な一体感だ。
完食後。
アナスタシアは、恍惚とした表情で俺の手を握った。
その手は、先ほどまでの氷のような冷たさはなく、ほんのりと温かかった。
「人間……いや、貴様の名は?」
「店長の相田です」
「アイダよ。……貴様、余のものになれ」
……はい?
「こんな薄暗いダンジョンで、魔王ごときの使い走りをするなど才能の無駄遣いだ。余の国【ネクロポリス】へ来い」
「はあ……」
「余の専属シェフとなれば、貴族の地位と、永遠の命を与えてやろう。給料も魔王軍の3倍出すぞ? 福利厚生も完璧だ。週休3日制にしてやる」
強烈な引き抜きだ。
ブラックな魔王軍とは大違いの好条件。
心が揺らぐ。
だが、俺の脳裏に「ノルマ未達=HP徴収」という契約書の条項が過った。
「……魅力的なお話ですが、お断りします」
「な、なぜだ!? 余が嫌いか!?」
「いえ。現職の契約期間が残っておりまして。それに……」
俺はニッコリと笑った。
「俺は全てのお客様に商品をお届けしたいのです。特定の誰かだけの専属になるつもりはありません」
「……ッ!」
アナスタシアは顔を真っ赤にした。
数秒の沈黙の後、彼女は「ふんっ!」と顔を背けた。
「……ご、傲慢な男だ。だが、そこも悪くない」
彼女は懐から、禍々しいオーラを放つ指輪を取り出し、カウンターに置いた。
「代金だ。釣りはいらん」
「ありがとうございます。……これは?」
> 【売上計上】
> 品名: 死霊王の指輪
> 効果: 下位アンデッドを無条件で支配できる。
> 査定額: 測定不能(国宝級)
>
「その指輪があれば、そこにいるような雑魚アンデッドどもを自由にこき使える。……人手不足で困っているのだろう?」
彼女は、店内で立ち読みしていたスケルトンたちを一瞥した。
「そこの骨ども! 今日から貴様らは、この店の『ボランティア・スタッフ』だ! 店長の命令は余の命令と思え! 品出しでも掃除でも何でもしろ!」
『ギョイ!』
数百体のアンデッドが一斉に敬礼した。
「それではな、アイダ。……また来る。次は『新作』を用意しておけ」
アナスタシアは、まるで恋する乙女のように頬を染めながら、転移魔法で去っていった。
◇◇◇
数分後。
静けさを取り戻した店内……ではなく。
カシャカシャカシャ!
スケルトンたちが高速で商品を陳列している。
ゾンビたちがモップ掛けをしている。
デュラハンがレジ打ちの練習をしている。
「……店長、これどうするんですか?」
シルヴィアが呆れた顔で聞いてくる。
「どうするも何も……」
俺は指輪をはめた手をかざし、従業員たちに号令をかけた。
「よし、全員聞け! これより当店は『24時間営業・完全シフト制』に移行する! 人件費ゼロの労働力、使い倒すぞ!」
『オオオオオオ!!』
こうして、魔王軍直営コンビニ『ダンジョン・マート』は、ようやくワンオペ体制から開放された。
魔王からのノルマ?
アンデッド軍団による「24時間何時でもお届けサービス」で解決だ。
俺の経営改革は、まだ始まったばかりである。
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