重なるはずの無い背中
大きな重りを付けられたように閉じていく瞼。
わずかに残された気力だけで途切れぬ意識。
自他ともに認める満身創痍の中、ただただ意地だけで俺は最後の声を絞り出した。
「……来、て……くれた……のか……? 」
はめた指輪は熱を持つ。
空気がビリビリと震え、大地が小刻みに振動する。
そして——片手をおさえて、うずくまった俺の背後から柔らかい感触が被さった。
「……りゅー……か」
背中に乗った『ソレ』が白一色の厚手のマントであると気がついた時にはもう”彼女”は俺の前に立っていた。
「大丈夫——『あとは私に任せて』」
その瞬間、その鈴なりの声が鼓膜を揺らした直後、全身からフッと力が抜けていく。意識の最後の糸がほつれて消えていく。
ああ……。
今になって思い出した。
そうだった。
これは言霊だ。力ある言葉だ。精神官能系スキルの一つである【真言】だ。[魔力]を纏わせた言葉を他人に聞かせ、強制する力だ。リューカの持っている力の一つだ。
それを今この瞬間、使ったんだ。
この強烈な眠気はそうだ。
この感覚に間違いはない。
「……ありがとう」
「『おやすみ』……剣太郎」
だけど、なんでなんだろう?
無理やり眠らされようとしているのに、不快じゃない。
すごく心地いい。心はとても安らかで、いつになく穏やかだ。
『大切なモノ』が奪われる瀬戸際だというのにどうしてか、不安は一切ない。
むしろ——これは……。
「……頼む」
「『任された』! 」
意識を手放して、ゆっくりと目を閉じる直前、瞼の間から微かに覗いた『うしろ姿』。
サラサラと流れる混じりっけ無しの白銀の長い髪。
見たこともない形状の汚れ一つない白磁の軽装鎧。
恐ろしい闘気を纏った白一色の長大で鋭さを有した一振りの刀剣。
静謐で巨大な『魔力』を纏った異世界から来た少女の身体。
なぜだろう?
どうしてなんだろう?
自分でも理由は良く分からない。
この思考は、この思い付きは、俺のどの部分から、どこから生まれたモノなのか全く見当もつかない。
だけど……でも……それでも何故か……不可思議な事に……。
俺の薄れていく視界の中でその決して大きくは無い背中が——親友の世界で一番頼もしい姿が——……憎くてたまらないはずの【白騎士】の姿とピッタリとよく重なって見えた。




