怪物の”やり方”
夜空を白く塗りつぶす『刃の嵐』を回避できた理由を聞かれても——”ただ運が良かったから”としか言いようがない。
「せめて……梨沙だけでも! 」
攻撃から庇おうと妹の身体に覆いかぶさったのも束の間。斬撃と斬撃の間隙にどうにか身体をねじ込んだは良いものの、俺たちは勢いあまって瓦礫の山を転がり落ちていった。
「ぐぁ……っ! ぅぐっ……! がぁ"ッ! 」
落ちて、転んで、ぶつかって、また落ちて。
身体を打ち据える衝撃の連続に小さな呻き声を上げながら。
ようやく止まったと思ったその刹那。
「久しぶり……でもねーか。城本剣太郎。さっきぶりだな。悪魔との最後のお喋りは楽しめたか? 」
すっかり鼓膜に焼き付いてしまった”軽薄な声”は頭の上から降って来た。
「【白騎士】……。テメェ——」
「――おっと。口の利き方には気を付けた方が良い。周囲をよく見て考えろ。”自分たちの置かれた状況”をちゃんと理解出来る脳があるのならな? 」
わざわざ敵に言われなくても分かっている。
今さら身体を持ち上げて辺りを見回す必要なんて無い。
俺を囲うように空の上を飛び交っている千を優に超える[魔力]の波動は全く同じ波長をしていた。
「これまた随分と大所帯だな」
「苦労したぜ。緊急でこの数の分身体を用意して、ここまで引き連れて来るのはよぉ」
「やっぱり……【魔境】の外にも分身を残してたんだな? 」
「当然だ。俺の【スキル】を使えば一体でも生きのこってさえいれば分身の軍団をいつでも再構築することができるんだぜ? 全員がん首揃ったところで、お前みたいな災害に偶然出くわしてまんまと全滅させられようものなら、あの世で同胞に嗤われちまう。てめえら人間の言葉を借りるならリスクヘッジって奴だ。言う間でも無くここに居るのは全員じゃない」
「そして【魔境】の中で起きている戦いに一切関与せず……分身が俺に殺されていく中でも、のうのうと生き残っていたお前は……バアルから何らかの合図を受け取り増殖し攻め込んで来た……ということか? 」
「その通り。百点満点の解答だ。理解が早くて本当に助かるぜ」
白騎士の薄っぺらい称賛を聞き流して、砕け散った大地に身を投げ出したまま一瞬の間だけ目を瞑る。これから未来で予想できる事態を瞼の裏で思い描くために。
「お前は……お前たちは、俺にトドメを刺しに来たのか? 」
「あっははは! 分身を皆殺しにした、さっきまでの威勢はどうしたんだよぉ? わかってんだろ? お前が本気を出しさえすれば俺如きがいくら集まっても敵わないってことを」
「……そっちこそ、わかってて言ってるんだろ。今の俺にお前等と戦う余力なんてどこにも無い」
「随分と殊勝なことを言うようになったなぁ、城本。けどお得意の死んだフリにはそう何度も騙されないぜ。こんな窮地で、自らの限界を超え、何度も何度も勝ち続けてきたからこそ今のお前があるってことは、とっくのとうにお見通しだ。いくら全滅のリスクが無いからと言ってむざむざ勝ち筋を渡してやるほど俺は優しくない」
「じゃあ……何をしに——」
「——悪魔も言ってただろ? 今回の俺達の目的はあくまで”『城本剣太郎という最上級の贄』を巡る戦いの主導権を握ること”。そもそもお前はまだ発展途上だ。こんなところで終わらせてしまうのは余りにも勿体ない。理想は、もう少し泳がせたうえで【東の陣営】だけがお前の今後の行動をコントロールできるようにすることだったが……"人類最強の特級脅威"本人をどうこうしようとするには俺達じゃ力不足だった。そのことはもう充分よく分かった」
「……」
「ここまで言えば察しの良いお前ならもう分ってるんじゃねえのか? 俺たちがここに何をしに来たのか? 」
夜空にひしめく【白騎士】の軍勢の代表者はそう問いかけたところで言葉を切り、顎を持ち上げある一点を無言で示す。
そのまま白い甲冑越しに視線を追った俺は——
「……またなのか? 」
「『東』も『西』も芸が無くって悪いなぁ。でもな、古今東西の『伝説』『伝承』『寓話』『物語』……空想でも現実でも……人間に害を成そうとする怪物の考えることなんて大体同じなんだぜ? 」
「攫うっていうのか……妹を! 」
——思い描いた中での『最悪の予想』が当たってしまったことに深く絶望した。




