"異世界"の真実
異世界からこちらの世界に戻って来たのを境に"細かな違和感”はずっとすぐ近くにあったように思う。言葉に出してはいなかったけれど、誰かに相談することは無かったけど、何か”大切なモノ“を無くしてしまったような……そんな喪失感が常に頭の中から離れなかった。
だからだろうか。
さっきから……悪魔の一言一言が鼓膜を揺らす度に。胸の奥が痛くて、痛くて仕方が無かった。
「まったくキリが無いですよ。城本剣太郎君。君が忘れてしまったことを挙げようとするとね」
耳鳴りの裏で加速する鼓動の音だけが聞こえている。
「まず君はあの『世界の名前』を覚えていない。名前があることすら勿論忘れてしまっているんです」
心臓が送り出す血流がどんどん速くなっている。
「さらに君は助けた戦災孤児たちの名前も覚えていません。あんなに仲良くなったのに……あんなに沢山会話をしたはずなのに……今ではあの三人組の顔すら良く思い出すことが出来なくなっています」
そうして速くなった血の流れは深く沈みこんだ思考をより加速させる、が……
「また君はあの世界に行ってから初めて良くしてくれた恩人のことすら忘却してしまっています。大人だったのか、子供だったのかも……男か女かも……思い出すことが出来なくなっています」
……ダメだった。
必死で悪魔の言うことを否定しようとしたところで、無駄でしかなかった。
「例えば君が居たあの帝国の名前。例えば君のことを歓待してくれた酒場の名前。例えば君を受け入れた孤児院の名前。例えば彼らとの再会の後、飲むことを約束した特別な酒の名前――これら全て君の頭の中から抜け落ちてしまっている"異世界の事柄"です。分かってますよ。ここまでヒントを聞いたうえでもなお――まったく覚えが無くて、ピンとこないことが? 」
だってモンスターの言ったことは俺にとって一つの偽りも無くまるっきり全て――”図星”だったのだから。
「……」
「声すら出すことができないって様子ですね。ショックですか? 自分が大切な思い出を失ってしまったこと。思い出せなくなったこと。その事実に気付けもしなかったこと……だけど大丈夫。気にすることはありません。城本君だけが特別忘れっぽいわけではありません。あの世界『モノ・バース』に関わった人間は全て"あの世界"のことを覚え続けることが絶対に出来ないようになっているのですから」
でも忘れるはずが無いことを、忘れてしまった理由はなんだ? どうして俺は今まで思い出そうともしなかったんだ?
そんな自問自答をしたのは丁度、悪魔が『答え』を提示してくれたその瞬間だった。
「――!? 」
「言ったでしょう? 【四方の魔王】に狙われた世界は一つの例外もなく消え失せてしまう、と。そして君は聞いたはずだ。『なぜあの世界はまだ残っているのか?』って。今、その質問に答えましょう。それはあの世界全体にかけられた"とある呪い"が関わっているんですよ」
なぜだろうか。
大地に手足を横たえたまままるで学者のような口ぶりで語る悪魔を見て――
「のろ、い……? 」
「その呪いは、現在判明している中で最も古くから存在し……最も強力であると同時に最も凶悪な点t閻あらゆる世界、全ての生命に終わりを告げる【北の魔王】最大の権能――――"死の呪い"です」
――俺は始めて、このモンスターが恐ろしいと感じていた。




