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悪魔は語る

 “青い血の雨”と”蒼い火の粉”が降り注ぐ世界では、肉が焼け焦げたような臭いが充満している。生臭い怪物の体液と土煙が混ざる瓦礫の山の頂上には戦闘の残滓がまだ色濃く残っていた。


 そんな荒れ果てた空気を、甲高い風切り音と共に切り裂く一つの[魔力]。その音は俺にとってはまさに”福音”に他ならなかった。



「梨沙! 」


「兄さん! 」



 その名前を呼んで、当たり前に返事が返って来ることが、どんなに嬉しいことなのか。赤の他人に口で説明しきる自信はまったく無い。1分ぶりに見る梨沙はさきほどと変わらず元気そうだった。



「ちょっとだけ心配だったけれど……無事で良かった」


「こっちのセリフだよ! ほんとに良かった……生きてて(・・・・)くれて……」



 そんな呑気な事を考えていると、しっかりと怒られてしまった。まあ、そうだよな。恐ろしい程心配をかけてしまった自覚はある。ここでは逆によく俺の勝利を信じてくれた、と感謝すべきだろう。



「悪いな。心配かけてさ」


「ほんとうに……ほんとうにっ……ほんっっとうにッッ! 心配だったんだからねっ!? 」



『俺が大丈夫だ』ということをアピールするために、ちょっとだけおどけたふりをしてみようか、と。こうして再会する前には考えていた。けれど妹の表情を見て、潤み始めた両目と合った瞬間、そんな気分は刹那で消え失せた。


 傷ついてないところが全く見つからないぐらいには全身ボロボロで、赤くないところを探す方が難しいほど血まみれで、今にも意識がぶっ飛んで倒れそうじゃ無かったら――炭化した右腕がポトリと落ちてしまいそうじゃ無かったら――眼前に立っている妹を力の限り抱きしめたいところだった。


 だけどその前に、【自動回復】で回復するよりも早く、俺にはやらなきゃいけないことが残されている。



「悪いな。梨沙。もう少しだけ……兄ちゃんに時間をくれ」


「え……? なに? 」


「大丈夫。すぐ終わる」



 崩れ落ちそうになる足を一歩前に踏み出した。


 瓦礫の頂上から、山のふもとへと。


 痛む身体に鞭打って、一歩ずつ着実に前方(さき)へと進んだ。


 向かった先で、完全に炭化してしまった上半身を上下させ、今にもこと切れようとしている悪魔(バアル)と話をつけるために。



「ふふふ……そんな様子で、わざわざここまで歩いて来るなんて……。もしや……むざむざ死にゆく私のことを……笑いに来たのですか……? 」


「このまま黙って逝かれたら(・・・・・)困るからな。お前には聞いておかないといけないことが山ほどある」


「なるほど……仕留めそこなったわけでなく……あえて……私にトドメを刺さなかったのですねえ……。それで? それを聞いて私が素直に吐くとでも? 」


「それじゃあ良いのか? お前はここで俺に何か(・・)を言わなければ『ただただ作戦を失敗した奴』になってしまうんだぞ? 」


「……」



 それは一つの賭けだった。


 挑発したことで状況は逆に悪くなる可能性もあった。


 だけど諦めるわけにもいかなかった。バアル本人にああは言ったけれど、実際ここで終わってしまったら俺も大損したことになってしまう。


 爺ちゃんの事。


【東の陣営】(コイツら)の目的。


【東方の魔王】は何を狙っているのか。


 みすみす見逃すには、この吹けば飛んでしまうくらい弱り切ったモンスターが持っていると目される情報は、あまりにも大きすぎた。



「……」


「さあ、黙ってないで……『黒い灰』になる前にさっさと答えてくれ。このまま俺に敗北したモンスターの一体として終わるのか? それとも別の道を選んで――」


「――あなたと私が直接接触することが決まったのは……そうですね――」



 そして俺は賭けに勝利する。まんまと口車に乗ったバアルはつぶやくような音量でポツリポツリと言葉を紡ぎ始めていく。


 だけど、そこで語られるストーリーは――



「――城本剣太郎さん。【黒騎士】殿の手によって、アナタが異世界へと飛ぶことが『決定した』あたりでしょうか? 」



 ――俺の想像していたものとはかけ離れた(・・・・・)代物だった。



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