心の"炎"
【火炎魔術】――『火炎吸収』とは”身体のどこか”へ吸収した炎を貯めておき、その吸収した炎を『反転放出』の声で体内から取り出して、自身の創り出した炎のように使役できるようになる『技』。使い続けていく中で、俺はずっと考えていた。いったい身体のどの部位に『炎』は貯えられているのかを。
皮膚に触れた炎を熱エネルギーなどに変換し、『技』を使用した者の体温として保管する仕様なのか? それとも炎を蓄える袋のような臓器が俺の体内に創り出されているのか? はたまた自分だけがアクセスできる亜空間などにこれまで吸収した炎が全て転送されていて、使う時はそこから取り出せるようになっているのか?
本を読んだり、人に聞いたりなどして、これまで色々な可能性を考えてきた。どんな仕組みで俺は『火炎吸収』を使用できているのかについて、ずっと考えを巡らせてきた。
――なぜ、そんなことをしてきたのか?
――それは俺が、この『火炎吸収』について深く知る必要があったからだ。吸収した【龍王】の炎が俺の切り札として位置付けられた――その瞬間から。
いつからだろうか。戦いに挑む俺の心の中で、あの『破壊の炎』が拠り所になっていったのは。俺が生まれて始めて逃走することを選んだモンスターだからなんだろうか? 龍王との死闘がまだ頭の中に記憶として色濃く残っているからだろうか? 俺の中で”龍王”と”その炎”は絶対的な力の象徴のようになっていた。
実際、『龍王の炎』は強力だった。細かい操作が可能な”青”と全てを呑み込む奥の手の”黒”。どんな苦境も、この炎があれば覆せるような……どんなに相手のレベルが俺よりも高くても、この破滅の力ならば倒せるんじゃないかと。そんなことをつい思ってしまうほどに、この炎の火力は凄まじかった。
だけど同時に恐ろしくもあった。こんなに強大な力を自分の意思で振るうのを。もしもコントロールを誤ってしまったら? もしもこの全てを焼き尽くす炎を取り込んでしまったことで、内側から食い破られるようなことがあったら?
一度そんなことを考え出すと止まらなくなった。だからそんな時は気が済むまで考えた。この力を俺は果たして、本当の意味で使いこなすことができるのかを。
こんな状況に転機が訪れたのは、[魔力]操作の精密性を何倍にも引き上げるスキル【魔力掌握】を手に入れた時。あの【スキル】が発現したことで、自分が持っている他の【スキル】や【魔法】についての理解はより深まるようになった。例えば視界に入れた対象を一定時間、行動不能にする【石化の魔眼】は本当に石のように固まらせている訳ではなく、対象の脳髄に『動くな』という信号を送る力である事を知った。また【投擲術】は投げる物体そのものには[魔力]も、特別な効果も、一切及ばさない【スキル】であることが分かった。
そして、それは――【火炎魔術】についても同様だった。
結論から言おう。
『火炎吸収』は自分に触れた炎を体内に吸収する『技』……ではない。俺がその身を賭して受け取った炎――『炎の記憶』が保存されるのは俺の身体ではなく……俺の持つ[魔力]だった。”吸収”によって[魔力]という形で取り込まれた『龍王の炎』が、”放出”という形をとって引き出しているだけだったんだ。
つまり特別な動作は必要ない。その事実は、いつ、どんな時であっても、[魔力]がある限り『龍王の炎』の再現は可能であることを意味している。
よって俺は使えるはずだ。
『反転放出』が無くても、力を呼び起こす筋道が無くたって俺はあの『破壊の炎』を制御できるはずなんだ……!
「ぐぅ”ぅ”う”ぅ”うぅ”う”う”う”ぅ”ぅうう……ッッ!! 」
食いしばった歯の間から漏れ出た”それ”は『悲鳴』か。『絶叫』か。それとも『断末魔』か。自分自身でも分からない。頭の中で血管がいくつも引きちぎれる音を鼓膜の内側で捉えながら、両手に籠った魔力に満身の意識を集中させた俺は[魔力]の中に眠る『龍王の力』を引きずり出そうとした。
しかし――それが出来ない。手のひらの中で現出しようとした青い炎は何故だか、たちどころに掻き消えてしまう。
「「「【白刃剣術】――」」」
こうしている間も、時間は過ぎ去っていく。タイムリミットは近づいていく。もちろん敵も俺のことを待ってはくれやしない。生きのこった純白の騎士たちは油断なく頭上に剣を掲げ、俺の足掻きを潰そうと『技』を撃ち放つ手をかけていた。
「――――」
心臓がドクリと鼓動を刻んだ。一瞬、頭の中に“【火炎魔術】による一掃を諦めて、近接戦に切り替える”という文言が流れ、自分でそれを否定する。
無理だ。俺の身体はあの速さと力の出力にもう耐えられない。でも、それじゃあ逆に『龍王の炎』なら耐えられるのか? ただでさえ制御が難しいあの力を、『反転放出』の補助なしで扱えきれるというのか?
「――――」
湧き出た新たな問いが、俺の中の時を止める。極度の集中によって、世界からは時間の経過だけでなく、色も、音も失われていった。
その間、俺は考えた。考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考え抜いた。
「『ホワイト――」
「『ノーブル――」
「『スポットレス――」
残り時間、10秒。
モンスター達の『技』の詠唱が完了する直前。
「――! 」
唐突に、“納得”は降ってわいたように訪れた。
「――そういうことか」
結局、俺は今でも心の奥底では怖がっていたままだった。
あの恐ろしい【龍王】を。
あの炎が引き起こす現象を。
あの圧倒的で完膚なきまでの破壊を。
あの力を自分の意思で振るうことを。
“畏怖”や”畏敬”という言葉で良い方に置き換えても、同じこと。心の奥深くで恐れていては火の本当の主になることは出来やしない。確かにあの力を使う上で、恐怖心がいらないとは思わない。だけど恐れているだけじゃダメだ。そんな風に炎に跪いているだけじゃ今はダメなんだ。そんな脆い心じゃ、あの炎は扱えないんだ。
だから――
「焼き尽くせ! 」
黙って受け入れろ。
現実を。
責任を。
借り物でも何でもない。この炎が俺自身の力であることを。
「「「―――――――――――」」」
こうして"青い炎"は解き放たれる。
白い騎士の軍勢を全て呑み込んで、10秒。
世界は怪物たちの"言葉にならない断末魔"に包まれた。




