更なる限界へ
小さい頃から痛みを我慢することには慣れていた。注射。歯医者。骨折。練習中の生傷。利き手を襲った野球肩。どんな時でも人からは我慢強いと言われることが多かった。
そんな我慢強さは、ホルダーになってからも役にたった。痛みに耐える機会が格段に増えていったからだ。
迫りくるモンスターの攻撃を上手く捌ききれなかった時はもちろん、攻撃を避けようとして咄嗟に無理な体勢と 動かし方を選択してしまった時もそう。細々した事例を挙げれば、きりがない。あらゆる全てを焼き尽くす炎に突貫したこともあれば、頭の中に潜んでいた敵を倒すため、自分の脳内で【火炎魔術】を炸裂させた時もあった。
おそらくは【自動回復】を早い段階から手に入れてしまったせいでもあるんだろう。確かに負傷することへの抵抗感が【自動回復】を手に入れてからは、より一層薄くなっていった自覚はあった。この【スキル】は怪我は癒やしてくれても、痛みは消してくれないっていうのに。
だからホルダーになってからの俺は戦いに、"痛み"が伴うことなんてすっかり当たり前のことで、腕の一本や二本が引きちぎられようと、内臓がグチャグチャになろうと……心の内側で悶え苦しみはしても……ハッキリ言って。どれもこれも痛かった思い出の殆どが『我慢出来ないほどじゃなかった』。
いつの間にか俺は痛みというものに対してすっかり慣れていた。
「――――っ 」
だけど、今回の"痛み"は――
「……っっ! ……、……! 」
――脳天からつま先までを貫くこの激痛は――
「ぁ……! ぁ"……! 」
――これまでとは"規格外"だった。
「あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁぁ""ああぁ"ああああぁ"ああぁ"あああああ"!!! 」
まるで獣の唸り声だ。とても自分の口から出た言葉とは信じられなかった。
けどコレは現実だ。叫んだのは間違いなく俺だ。現在、俺は"限界"まで引き出した自分のステータス、自分の持つ力そのものに苦しみ、喘ぎ、到底我慢出来ない痛みに苛まれていた。
「はぁ”……はぁ”……っ! 」
中身が突き破って漏れ出てしまう程、たわませた皮膚。
筋繊維が散り散りのミンチ状になって無くなる程、左右に引き延ばされた筋肉。
関節が砂微塵の大きさに磨り潰されるほど、捻じ曲げられた骨という骨。
そんな想像、そんな感覚、生まれてこのかた一度だってしたことは無かった。
いま――身体の奥に眠っていた”数百万の[力]と[敏捷]”を全て引きずり出した、この瞬間までは。
「はぁ"……っ! はぁ"っ……! はぁ"……! 」
知らなかった。俺の中にまだこんな『力』が眠っていたなんて。
そして、知った。これまで俺が無意識に、どれほどの力をセーブしていたのかを。
あんなに厄介だった【白騎士】の速さが、背筋が凍るような鋭い居合いが、今なら止まっているようにさえ見える。固く白い装甲にバットを当てた瞬間、紙が引き裂けるより容易く砕け散る。
「あぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ぁあ"ああ"ぁあぁあ"あああ! 」
でも唯一残された、俺の中の冷静な部分は、俺に『こんなバカなことは今すぐやめろ』と言っていた。
それもそのはずだ。脳内のリミッターをぶっ壊して、文字通りの”限界”を引き出していたところで他のステータス、[器用]・[耐久力] ・[持久力]自体は前とは変わらない。これまで自分の[器用]さによってコントロール可能で、自分の[持久力]で無理なく運用出来て、自分の[耐久力]を大きく超えない程度の『力』しか振るってこなかった俺にとって、現状を維持し続けるのは不可能だ。
多分、【自動回復】での誤魔化しが効くのもあと僅か。俺に残された時間はあまりない。一方で、『倒すべき敵』はまだ山のように残っている。
「――――」
別れる前に『絶対に無事に帰って来て』と言っていた梨沙はきっと怒るんだろうな。俺がこんな無茶してることを知ったら。
目を瞑り、一時的に別次元へと逃れた妹へ思いをはせる。梨沙は『技』を使用せずに、【次元魔術】で人一人を別世界へ飛ばせる時間は1分が限界だと言っていた。
経過時間はあれから30秒。
残り時間は半分。
ちょうど、それくらいで俺の限界も訪れるだろう。
「――ごめん……」
破裂寸前の眼球から血とも涙とも分からない液体を流しながら、両端が引き裂けた唇を動かして、ここには居ない妹への一方的な謝罪を零す。
既に腹は決まっていた。
これ以上の”無茶無謀”を自身に強いることを。
"更なる限界"を超越するべく、しゃがれた声を絞り出し、その【魔法】の名を叫んだ。
「……【火炎……魔術】ッッ!! 」




