奥の手vs奥の手
握った得物が煌めくたびに、ひりついた空気が揺れ動く。
「……ッ! 」
「ふっ……! 」
白一色のだだっ広い世界で、剣とバットがぶつかる音だけが鳴り響く。
「っあッ……! 」
「……! ……っ! 」
けたたましい衝突音の合間を縫うように息を吐き、[魔力]を体内に循環させる。
「【棍棒術】! 」
「【白刃剣術】! 」
現在――俺とモンスターは、互いの息継ぎが聞こえる近さでの戦闘を演じていた。
「……シロモトォ! 」
「……【念動魔術】! 」
別世界へと送られる直前、これから始まる戦いについての俺の予想はこうだった。
「はあああああああああ! 」
「うおおおおおおおおお! 」
速さ。力の大きさ。器用さ。固さ。魔力量。【スキル】と『技』の手数。戦法の多彩さに至るまで。分身体も合わせれば【白騎士】を数百体以上倒した経験がある俺は【白騎士】の全てを知っている。【白騎士】の方も俺と何度も戦ったことで、俺の戦い方は熟知している。
ゆえにこの場所――『即席空間』での戦いは互いに手札が割れた状態での駆け引きの勝負になる。
俺の方の強みはレベル200弱とレベル200強の“ステータス差”。一方で【白騎士】は生命線である【白い感染】を使えない。
この埋めようがない差異は必ず活きる。彼我の有利と不利は歴然だ。梨沙への宣言通り”すぐ”とはいかないだろうが、勝機は戦いの中で必ず見えてくる――
「死ね! 死ね! 死ね! 」
「……クソッ! 」
――そう思っていた。
「死ねええええ! 」
「ぐううううう! 」
しかし当初の想定は裏切られた。
【スキル】で防御する俺と【スキル】で攻撃する【白騎士】。
自由自在に剣を操る【白騎士】と衝撃をバットで受け流す俺。
降り注ぐ猛攻を捌く俺と絶え間ない連撃を叩きこんでくる【白騎士】。
俺たちが繰り広げた攻防はここまで互角。予想が違えた理由は分かっている。以前とは違って、この至近距離だと互いに『技』を繰り出すことが出来なくなったことが要因だ。
「今ので……決まらねえのか……」
「お互いに、な……」
となると途端に厄介になってくるのが【白騎士】の『非数値化技能』――強力無比な剣術だ。
コイツの技は俺が知っている中だと【鬼怒笠魔境】で戦った【紅蓮狼王】の次いで、人間では最高峰の【剣神】やリューカたちと同等の力を持っている。ただの力勝負に持ち込んだり、スピードでぶっちぎったとしても不十分。技術と読みで対応されてしまうだろう。
現にステータスでは圧倒的に優位なはずの俺が【白騎士】の連撃に押し込まれてしまっている事実からみても、現状を打開するには何かしらの”特別な策”が必要なことは明らか。
本来ならばその”策”を見つけ出すことから始まり、”策”をぶつけるタイミングも見極める必要があったはずだ。
「なあ……なんでそんなにあわててるんだ……? 」
けれど幸いなことに、このモンスターは”焦っている”。見るからに取り乱している。
「テメエに教えてやる義理はどこにも……ねえ」
だから俺は今使う。
「分かりやすいな。急いでるのが……。俺も協力してやるよ」
「……なんだと? 」
「そんなに速く終わらせたいのなら――」
「――これは!? 」
「今すぐ――終わらせてやる! 」
こんな時のためにとっておいた”特別な策”――とっておきの切り札を。
「『獄炎』! 」
『燃えろ』という言葉に反応して、白い甲冑をすっぽりと包んだのは間違いなく【火炎魔術】の技『獄炎』で発生する赤い火柱だ。
「よし! 」
「……」
成功だ。
“発動させた『技』の効果が適用されるのを遅らせて、好きなタイミングで使用する”――【劇毒の魔女】の見様見真似だったけど何とか発動してくれた。
予め発動させた『技』を使わずに保持し続けるっていうのはかなりの集中力を要求されたけど、【次元魔術】が教えてくれた特殊な時間感覚と【魔力掌握】の助けがあってどうにか土壇場で実現にこぎ着けられた。
対象を焼き尽くすまで消えることのない地獄の炎を前に、あの【白騎士】でさえも断末魔すら上げられないようだ。
「……」
今のままでは『獄炎』や『フルスイング』などの単純な『技』を一つだけしか保持することは出来ないけれど、そこはいつも通りの反復練習。訓練次第では『反転放出』などの大技や二つ、三つの『技』を保持し続けることも可能になるかもしれない。
「……」
『即席空間』の効果が切れるのはあと何秒だったか。
この間も、梨沙は無事でいてくれているだろうか。
そんなことを考えた矢先。
「帝国式剣術……四の型……」
何かを待っていたかのように無言を貫いていた【白騎士】は炎の中心で剣を大上段に構え、
鋭く
素早く
正確に
ただ真っすぐ
振り下ろした。
「は? 」
それは【スキル】でも『技』でもない何の変哲もないただの斬撃だった。
「は!? 」
そして、その『ただの斬撃』は――【魔法】の炎を裂き、無限に広がる床面を断つだけに留まらず――“創られた世界そのもの”を真っ二つに切り裂いていた。




