ネタバラシ
耳に入った単語の意味を理解した直後。
呼吸が止まる。
思考が止まる。
円滑な会話が止まる。
そして【念動魔術】を操る手が止まる。
「……梨沙、悪い。もう一度言ってもらえるか? 」
「え? いや……『お母さん』……って」
「……」
「どうかした? 」
疑心など一切ない様子でこちらに不思議そうな顔を向ける妹に対して、かけるべき言葉はやっぱり見つからなかった。
「いったい、どういうことなんだ? 」
誰にも聞かれないくらい小さな声で囁くが、自問自答しても分からなかった。なんで梨沙は今でもあの名前も定かでない女性のことを『母親』として認識しているのか。どうして爺ちゃんは孫に何も教えていないのか。
混乱と困惑の極致に陥り、動作不良を起こした俺の脳みそは答えを見つけることは出来なかった。
「本当に大丈夫? 顔、真っ青だよ? ちょっと休んだ方が――」
「――大丈夫。体調の方は問題ない」
「なら……”何が”問題なの? 」
かといって本人に聞くことも俺には難しかった。
だって分からないじゃないか。もしも梨沙が今も尚純粋に『母親』について騙されたままだったのなら? もしも無用なショックだけを与える結果になってしまったとしたら? このキラキラ光る眼を俺が曇らせることになってしまったら?
ダメだ……。そんな未来は耐えられない。
少なくとも今は俺自身の心の準備が出来てない。
「梨沙」
「うん」
「この【魔境】を出た後に”大事な話”がある」
「うん……ん? え? 」
「俺達の家族に関することだ。梨沙も知っておいた方が良いと思う。一応覚えておいてほしい」
「あっ……うんっ」
「それじゃあ……とっとと、出ようか。こんなところから」
再び、[魔力]を操作する。頭の中で思い描く【念動魔術】はさっきの作業をなぞる様に、争う怪物たちの一方を丁寧に念力で圧し潰していく。
「梨沙。【魔境】から出たら何がしたいことある? 俺ができることなら何でもするよ」
一方で頭の片隅では今も自問自答していた。『本当にこれで良かったのか? 』と。
「ここから出たらかー。う~ん……考えとく! 」
分かってる。俺のやったことは問題をただ先延ばしただけだ。
「そうか。どんなムチャぶりが来るのか楽しみにしとく」
こんな様子でまともな兄貴だと胸を張ることが出来るんだろうか。
「やめてよねー。私がワガママみたいなこと言うの」
そもそも家族のことが曖昧なままで家族を守るなんて言う資格があるんだろうか。
家族……。
俺の家族……。
……そういえば。
……なんでずっと『母親』のことを考えてこなかったんだろう?
普通、気になるよな?
自分が育った環境に名前すら知らない女の人がいたなんて。
果たして何者なのか?
どうして俺達を育ててくれたのか?
名前はいったいなんなのか?
その正体は?
どうして疑問にすら思わなかったんだ?
これまで……ずっと……。
「……」
「兄さん……? 」
何か作為的なモノを感じる。ひしひしと迫るような気持ち悪さがこみあげて来る。何か致命的な見落としをしているような……。
“作為的”と言えばこの脱出条件もどう考えてもおかしい。
何なんだよ? モンスターの片方を助けるなんて。
二つの陣営が同時に存在する【魔境】っていうのもそうだ。
そんなのまるで……まるで……。
――『どこの誰が敵で誰が誰の敵なのかを見極めろ』――。
まさか……。
「まさか……全部……『罠』? 」
「――めんどくせえなぁ」
――白い光をたたえた人影が空の上から現れたのは。
「こんなに少ないヒントでも気づいちまうのか。『人間最強』サマはよぉ」
――そんな瞬間、俺が【大和魔境】脱出の条件を達成する直前のことだった。




