奇妙な"条件"
乱れくるった息を深く呼吸をすることで整える。
以前とはやり方が大きく変わってしまった戦闘をくぐり抜け、命のやり取りの中で生じる全く新しいリズムを知り、生まれて初めての経験を経た俺の心臓はまるで、初めてダンジョンに降り立った時のように高鳴っていた。
考えられるのはぶっつけ本番を強いられた緊張感。それとも新たな戦術への高揚感だろうか。自分自身でもこの鼓動の正体はわからない。
しかし一方で妹と2人、レベル200近いモンスターを二体狩ったことで俺は認識をある程度は深めることが出来た。
この"全く新しいルール"が適用された後の世界でも――『戦える』と。
「【索敵】! 」
僅かばかりのが経験値がステータスに反映されたのを確認するや否や【スキル】を浮き島全体に渡って使用する。
モンスターの残存数はあと数百体。レベルはどれも2桁で、自分たちを統括していた2体が倒されたことに困惑し、恐怖しているようだった。この様子だと当面、何らかの攻撃が来る心配は無いと考えていいだろう。
「怪我はない? 梨沙」
「ううん、まったく。頭はちょっとだけ痛い……かも」
「そかそか。しばらく危険は無さそうだから、回復するまでゆっくり休んでくれ」
「ありがとー。兄さんは? どうするの? 」
「俺はちょっとこの【魔境】を調べてみる。少し気になってるところがあるんだ」
宣言通り、俺は両手をかかげ目をつぶり、意識を内から外へ。町一つすべてをカバーするように[魔力]を押し広げていった。
「『迷宮鑑定』! 」
使用するのに以前と比べて恐ろしく長い時間を要した『技』は幸いなことに、以前と全く同じ効力を発揮してくれた。
問題なのは【鑑定】結果。
【四方の魔王】からの意識の干渉を自覚した今、俺の目には【大和魔境】は全く異なる場所のように映っていた。
「……マジかよ」
【獣の戦士】から教えられた通り、この【魔境】にはモンスターの全ステータス10倍補正の加護が存在しないところまでは良い。その代わりとしてあった【魔王】への代償をささげ得られる力はどうやら、爺ちゃんの手によって無かったことになったのも分かっている。
俺が驚かされたのは【大和魔境】脱出の条件だ。
『終わりなき争いを続ける二つの魔の陣営のどちらかを"勝利"させる』
普通なら、ここが俺の知る一般的な【魔境】であるならば、このどこかに【魔境】の核となる【魔王】が潜んでいるはずだ。
でも俺の視界に映し出されていたのはどこからどうみても、この瞬間も足下の大地で争いを繰り返すモンスターに『肩入れしろ』という文言だった。
『こんなことあっていいのか? 』というのが俺の正直な感想だ。どんな意図が裏に隠されているのか分からないし、気味が悪すぎる。
けれど今は従うしかない。
俺はあの【四方の魔王】とは違う。
既にあるダンジョンやモンスターを成す絶対的な決まりを踏み越えることは…………まだ出来ない。
「やるしか……ないんだよな? 」
誰に対してでもない。
ただ自分を鼓舞し、自分の意思を確認するための問いかけを小さく零す。
「ひひ……ふひひっ」
――まさか……考えもしなかった。
「いひいひいひ……いひひひひひひひひひひひひ」
――そんな小さな独り言を聞いて、笑みを深めている存在がいるなんて。




