圧倒的決着
『技』を使えないのは【魔法】や【スキル】と違って制限と制約が多いから。
圧倒的に足りないのは"時間"。互いに干渉が不可能な"空間"的差異が無ければ『技』を使う余裕なんて無い。
この問題を解決するには自他ともに【スキル】と【魔法】の有効距離から離れるしか無い。
そう思っていた。
そう思い込んでいた。
「頼む。梨沙」
「いくよ――【次元魔術】」
つい……さっきまでは。
「霧よ! 」
俺達の不穏な動きを察知してか、すかさず【魔女】は毒ガスを身に纏う。こちらが【スキル】を利用した何らかの攻撃を加えてくると判断したんだろう。白い霧を何層にも重ねてる様子から警戒度は高いと見て取れる。あの強度の防御に対して、中途半端な攻勢では針の穴ほどの突破口も開くことは出来ないはずだ。
でもお気の毒だ。
梨沙の【スキル】の対象は【魔女】、お前じゃない。
「今だ! 」
決めていた合図を出した途端。
声を出した刹那。
俺の中で流れる時間が引き伸ばされる。
俺を中心に据えた半径十数メートルの空間が歪んでいく。
世界が、世界のあり方が、俺の周りだけが狂っていく。
「な――――――っ!? 」
今や、遥か下から聞こえるモンスターの驚きの声すら恐ろしく間延びして聞こえてくる。
これは超過集中をして体感時間が変化した時に起こる現象ではない。俺を取り巻く時間と空間だけが外界から切り離され、全く別の時間の流れと空間が存在している。
普通の時の流れにいる【魔女】から見て、俺たちは数十倍速の世界にいた。
これこそ【次元魔術】の効力が影響している証拠。時間と空間を操る強力な魔法にかかれば『技』を使わずとも、これほどの力を発揮することができるんだ。
傍らの妹の方へと視線を送ると、今にも『えっへん! 』とでも言い出すしそうなドヤ顔が返ってきた。
「成功だな。やったな、梨沙」
「仕上げは兄さんに譲ってあげる」
微笑みとともに投げかけられた期待に頷きを一つ返す。
ああ。言われなくても。
ここからは――兄ちゃんの番だ。
「『獄炎』! 」
手始めにまず巨大な火柱を放つ『技』。はっきりと最後まで発音し、その円柱の中心に【魔女】を据えた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!! 」
こちらの邪魔をすることも、何らかの対抗策を講じる隙も一切与えなかった。
直撃だ。
ただの【スキル】と『技』の差は絶大だった。
毒の抵抗は大きかったけれど、技の制約によって強化された【火炎魔術】の火力は多少の防御をものともしなかった。
布を引き裂くような甲高い叫び声が、廃墟の街の隅々まで響き渡る。
それにしても、この状態だと悲鳴ってうるさすぎるな。
そろそろ黙らせようか。
現在、『技』を使う余裕があるのは俺達だけ。
一方的な『技』の嵐をお見舞いし、灰一つ残らず撃滅する。
自身の圧倒的優位を自覚し、トドメを刺す決意を深めた――矢先。
「%$"!#"!&$'$*!("&"$"!#`%+`"`%+`#%#"%!!! 」
何かを叫んだ【魔女】。
その全身には【毒婦の抱擁】の効力だけでは説明がつかない大量の霧が巻き付いている。
「まさか……!? 」
その"まさか"だった。
刹那、頭の中に駆け巡るのは時差を置いて発動する【劇毒の魔女】の『時限誘爆瓦斯転疾』の名前。
脳裏を過ぎる一つの思い付き。
もしあの『技』を使用者であればタイマーを止めることができるのなら?
設定した時間を超えて世界に『技』の効力をとどめておくことができるのなら?
可能性はある。
【魔女】が奥の手としてあの『技』を温存し続けていた説は十分に考えられる。
「あれが900秒経った時の――本当の最終形態ってわけか」
そんなことを考えている間に、立ち昇る白い煙――状態異常レベル11の毒ガス【魔境】の天蓋をも覆い尽くし"巨大な一対の翼"、"強靭な前足"、"【魔王】すら睨み殺す相貌"をたたえた龍の姿を象った。
大きく上下に開かれ高層ビル一棟を丸ごと飲み込める"煙の顎"は、俺と梨沙をかみ砕き、毒で侵し、腐食させ、溶かし消そうとしていた。
「まったく……最後まで油断も隙も無い」
不思議とモンスターの奥義を前にしても、俺の鼓動は落ち着いていた。
多分、見えていたからだ。
この状況に最も適した対象法を。
「『ホームラン』」
適度に脱力したスイングが竜の先端を柔らかく捉えた瞬間。
『技』に込められた吹き飛ばし効果が発動した直後。
確かに聞こえた。
定形を持たない煙を相手にしているはずなのに。
ボールを真芯で打った時の、乾いた金属音を。




