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リセット

 その小さく響いた問かけが大きく広がった静寂に跡形もなく飲み込まれた途端、俺の身体は――”異常”をきたし始めた。



「……っ」



 頭が割れるように痛い――こめかみを万力で締め上げられ、目の奥の視神経が引き絞られるような感覚がある。



「……ぅ、ぁぅ」



 気持ち悪い――食事なんて数十時間以上取っていない筈なのに、胃袋の中身を全て吐いてしまいたくってしょうがない。



「ぁ“……っ……あ」



 全身が気だるい――『魔力が切れることはあっても体力はいつも、あり余ってる』。常々そう思っていたのに……。



「……っぁ」



 焦点が合わない――ホルダーになる前から視力だけは自信があったっていうのに、今は目の前がぼやけて仕方が無い。



「うぅぅぅ」



 耳が遠い――鼓膜の上からもう一枚の()が張ってしまったように、自分の声すらもくぐもって聞こえる。



「……ぅ“ぅ”ぅ“う”」



 声が出せない――胃液がせり上がって、ひりつく喉を上手く震わせることは、今の俺には出来なかった。



「ぅぅう……っ……ぁ」



 陸に打ち上げられた魚のように、壊れた機械仕掛けの口パク人形のように、口を小さく開いては閉じるのを繰り返す。自分でも思う。バカみたいだって。でも、そうせざるを得なかった。そうし続けてないと狂ってしまいそうだった。


 だって、この瞬間に言いたいことは山ほどあるんだ。この刹那、叫びたいことは山のように振り積もっているんだ。だというのに……言葉にならないうめき声しか一向に出てこないんだ。



「……あ、ぁ”ぁ”……」



 一方で、頭だけは回っている。


 考えたくなんて無いのに思考を続けて、見たくも無い現実という悪夢を見つめ続けている。


 そんな俺の脳みそは理解していた。


 訳の分からない過程(プロセス)と理解不能の戦闘を経た上で与えられた”一つの結果”――――――爺ちゃんが梨沙の身代わりとなって、俺が手も足も出なかった【魔王】たちを退けたという揺るぎなき事実を――。



「あれ、ここは……? 」


「ワタシは……いったい何を……? 」



 そんなことは露知らず、二体のモンスター【獣の戦士】と【劇毒の魔女】は立ち尽くしたまま、かかげた自分の正常な両手を見つめている。とぼけるフリをしているわけじゃない。事実、本当に”【魔王】の力が及んでいた記憶”はなんにも覚えて居ないんだろう。


 記憶喪失にでもなったように。


 長い、長い夢でも見ていたかのように。


 まるで、この【魔境】では『何も起きていなかった』かのように。


 これで、何もかもが元通り(・・・)になったとでも言うかのように。



「――ッ!? 人間……いつのまに!? 」


「なぜ、ここに!? 」



 そう、つまり――――こいつ等は何も俺を担ごうとしているわけじゃない。騙しているわけじゃない。ふざけているわけでもなく、すっとぼけてるわけでもなく、馬鹿にしようって気もさらさらないはずだ。


 ただ純粋に、【魔境】上空に浮かぶ島に乗り込んで来た、始めてみる人間(・・・・・・・)にモンスターとして対処しようとしているだけなんだ。



「ネズミを二匹も入れてしまったとあらば『門番』の名折れです。ねぇ【魔女】殿? 」


「汚名はワタシたち自身の手で……そそぐとしましょう! 」


「兄さん! 気を付けて! あのモンスター……多分、結構強いよ! 」



 すぐ後ろで【次元魔術】発動の準備をしながら、始めて見る(・・・・・)モンスターへの警戒を促す梨沙と同じ、この違和感しか覚えない状況を当然のことだと受け入れているだけなんだ。



「兄さん……どうしたの? 」



 言われなくても、もう分かっていた。


 爺ちゃんと【魔王】の力の両方が正常に発動し、正面衝突した結果、世界で覚えているのは、俺しかいないってこと。



「いや――」



 ここであった俺達の"連戦を。


 人知を超えた"激闘"を。


【四方の魔王】の"恐怖"と"権能"を。


 そして、それに真っ向から立ち向かった爺ちゃんの"雄姿"と"存在"を。



「――なんでもない」



 今でも思い出せるのは唯一、俺だけなんだ。



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