重なる背中
鼓膜が麻痺してしまう程の静かな時が流れているというのに、自分の心臓の動く音すら聞こえてこない。
『技』の名を言い切る寸前で急停止した俺の身体は無様に、敵と味方の間の中途半端な位置で動けなくなっていた。
誰か教えてくれ。この現状を表現するのには、“絶望”と言う言葉が果たして適切なのかどうか。どうにもこの状況を説明するためには、俺の語彙の中にある日本語ではどれもこれも力不足なように思えてならなかった。
それになぜだろう? さっきから何も思い出すことが出来なくなっている。
これまでどうやってモンスターと戦ってきたのか。
どうやって逆境を跳ね返してきたのか。
どうやって絶望を切り開いてきたのか。
どうやったら……どうすれば……何があれば……どんな要素があれば……――”勝利”をつかみ取ることができるのか。
分からない。
思考が纏まらない。
もう何も考えられない。
「――……ろう……! 」
そもそも俺がここまで強くなることが出来たのは、爺ちゃんがくれた凄まじい性能を持った金属バットをホルダーになる前から持っていたからだ。
あの夏の日、ヒロ叔父さんが俺に下山トンネルへ行くことをそそのかして、世界で初めてモンスターを殺した人間になれたからだ。
ホルダーとモンスターについての豊富な知識を持ったリューカとたまたま知り合って、仲良くなることができたからだ。
「――けん……た……」
ずっと思っていた。思い込んでいた。勘違いしてしまった。
俺はやけに”運がいい”。なぜか”上手くいくことが多い“。”ツイている”――と。
だけど、ソレは勘違いだった。
その幸運は仕組まれたことだった。
その幸運は別の誰かから求められて、授けられたものだった。
そして、その幸運をもってしても、最強最悪の【魔王】にとっては手のひらの上だった。
「――け……たろう……っ! 」
なんて滑稽なんだ。
なんて惨めなんだ。
城本剣太郎……この勘違い野郎。
たった一人でどうにか出来ると思ったか?
人類最強なんて言われて、調子に乗ったのか?
自分なら、自分さえいれば、どんなことでも出来るって?
じゃあ、教えてくれよ。
今のオマエには一体何が出来る―――――
「――――剣太郎!! 」
その瞬間、俺の右肩に手が置かれる。
凄い勢いで。
思わず振り返ってしまう力で。
日焼けした肌に深いシワと――数えきれない”古傷”がいくつも刻まれた手が。
しっかりと掴んでいた。
「しっかりしろ! 目を覚ませ! まだ何も終わってないぞ! 」
あれ? 俺の見間違いか?
爺ちゃんの手って、こんなに傷だらけだったっけ?
「顔を上げろ! 立ち止まるな! 剣太郎はここまで……梨沙を助けに来たんだろう!? 」
いや、爺ちゃん。言わなくても分かるだろ? 流石にもう無理だよ。俺には……俺達には……もうどうすることも出来ないよ……。
喉元まで出かかったその言葉の数々をなんとか抑え込む。
だけど、表情だけは誤魔化しが効かない。
今、俺はどんな顔をしているんだろう?
どんな視線をまだ目に光がある爺ちゃんに送っているんだろう?
「なあ剣太郎」
「なに……? 爺ちゃん」
「『後で全部説明する』って言ったよな? 」
「言ったね」
「先に謝っておく。ごめん。その約束は……もう……守れそうにない」
「え? 」
「時間は稼ぐ。突破口は開く」
「爺ちゃん? 」
「剣太郎。これだけは忘ないでくれ。お前の前には無限の可能性がある。どんな時でも道は必ず開ける」
「……待って」
「右肩を壊しても、野球ができなくなっても、新たな道を与えられ、選んで、立ちあがったのは、誰でもないお前自身なんだ」
「まってよ……まだ……ぜんぜん話が……」
「そして……今度は……梨沙のこと……絶対に――――」
――――『離すんじゃないぞ? 』
粘膜に染み込む煙にも構わず、眼を大きく見開く。
刹那、目に焼き付いたのは、力強く頷いた爺ちゃんの顔だった。
直後、爺ちゃんは駆け出した。
絶対に勝てるわけが無い【魔王】たちの方へと。
その姿は、その大きな背中は、自然と――
「【技能消去】――『裏返し』」
――――あの時に見た父さんのものと重なった。




