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"闇"からの提案

 止まっていた時間が動きだしたかのように、突如クリアになった視界の左右を見回す。



「……」



 まるで"全く知らない世界"に入り込んでしまったような気分だった。


 渇ききって錆び付いた喉からは、言葉が一つも出てこない。 


 そこは間違いなく俺が知り、さっきまでいた【大和魔境】上空の浮き島、その中心にある新大和駅前の残骸であるはずだった。


 だけど現実(・・)は何もかもが違っていた。


 柔らかな夕日に包まれていた世界は既に夜の闇に塗りつぶされていた。


 島の中と外、今俺が立っている空の上と俺の大和町の街が広がっていたはずの下界には幾つもの火の手と幾筋もの黒煙が立ち昇っていた。



「……」



 隣りに居た青白い顔をした爺ちゃんを見ると、そこには明らかに困惑と恐怖の感情が浮かび上がっている。おそらく鏡合わせのように俺自身も全く同じ表情をしているんだろう。


 どうして、こんな惨状を見過ごすことができたんだ?


 どうして、こんなになるまで気づくことができなかったんだ?


 いや……そんなことよりも……なによりも……っ!



「梨沙!!!! 」



 最も大切な妹の名前を呼ぶ。


 返事は返ってこない。


 その姿は燃え盛る煙に包まれた世界のどこにもいない。


 どこにも見当たらない。


 いない。


 ……いない。


 ……いない!


 ……どこにも!見当たらない!


 なんで? いつのまに? 何があったっていうんだ?


 ずっと背中側にかばっていはずなのに!


 ずっと守るために立ち回っていたはずなのに!


 それとも……これは……




「ああ……あぁ……! 」




 ……たった一度でも妹のことを忘れた、俺への"()"なのか?




「あああああああああああああああ!! 」


「兄さんっ! 私はここだよ! 」



 その時、声が聞こえた。


 今世界で一番聞きたかった声が。


 脈絡もなく、正面から。



「……! 」



 ハッと目を見開いて前を向いた。


 直後、聞こえてきた声が幻聴では無く現実であることを知った。


 固く握りしめていたバットを取り落とした。


 フラフラと前へと進んだ。


 その瞬間。



『分断』(REJECT)



【棍棒術】の倍率補正が消え去った俺は、踏ん張ることすらできず、なすべもなく、吹き飛ばされた。



「……! 」


「この貧相な身体にもようやく慣れ始めた。まだ"出力'自体は本領からは程遠いけど――」


「――今は、こんなもので十分……」



 痛みにうめく暇すら与えられない、矢継ぎ早に聞こえてきた2つの声。どちらも同じ高さと同じ響きを持った、ソプラノの女声のもの。顔を上げた先には声の主たちがいた。



「『現実改変』の感想はどうでした、城本剣太郎? 」


「【スキル】が貴方に見せた妹の声と姿は本物と見分けがつかなかったでしょう? 」


「確かに、言いようによっては間違いなく本人ではあるのですが……」


「要はさっきまでの私たちの戦いと同じってことですね。現実は一つだけではありません。現実の定義や概念は曖昧で、人それぞれで如何様にも変容し、歪んでいく(・・・・・)ものなのです」



 その光景が目に飛び込んで来た瞬間、俺の焦燥感は最大限にまで膨れ上がる。


 真っ先に認識したのは目を瞑ったまま両足で立った梨沙の姿。死んではいない。恐らく【スキル】か何かで眠らされ、気絶している。


 そんな妹の両脇には褐色の肌に白髪と青目を有した、2人の少女が護衛をするように立っていた。



「始めまして、城本剣太郎」


「私達は【€〆€<$*¥:^%\^〒の魔王】の分身アヴァター


「今日は"お話"と"提案"があってここに来ました」


「素直に聞き入れてもらえると助かります」



 その姿を最初に目にした時、俺はこの交互に言葉を紡ぐ、双子の少女と見紛う怪物のことを、本物の人間であると認識した。


 だけどこの瞬間は、俺が『誤解をした』という"その事実"が何よりも恐ろしかった。


 だってもしも今、目の前から発せられる威圧感と魔力と邪気を認識して、あの少女の姿をしているだけの化け物を人間だと考えるホルダーは一人もいないだろうから。



「単刀直入に言いましょう。私達はあなたが必死に守ろうとしている"妹"を一度、連れて帰る(・・・・・)ことにしました」



 そして一方的で



「貴方に要求することは一つだけです。ただ今よりも強くなって私達のところへ来て欲しいんです。今よりもずっと」



 独善的で



「安心してください。この人間に危害を加えるつもりはありません。強くなった貴方が私たちの前に再び現れか……途中で貴方が死ぬまでは」



 強制的で



「ここでの全滅(・・)を回避するためには、悪くない提案だと思うのですが」



 絶望的な宣告が下された俺の脳内は……





「「どうですか? 」」





 ……一筋の光も見いだせない『闇』で覆われた。



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