復活の狼煙
孫である少年が驚嘆と尊敬の眼差しを向ける一方で。
持ち前の”経験”と”知識”で『孫の姿を騙る存在』と互角以上に渡り合っていた老人は――強く自覚していた。
「なるほど……そういうカラクリだったのか……」
「……――『無効化』」
現在続いているこの『歪んだ力関係』はこれ以上長続きしないということを。
「アンタは俺を知っている。祖父であるアンタは城本剣太郎をこの世の誰よりもよく知っている。城本剣太郎自身が知りえる全ての情報、そして本人ですら知りえない細かなクセや戦闘リズム、状況による取りがちな行動パターンまで……城本剣太郎の戦い方を俺よりも熟知しているからこそ【スキル】と【魔法】を封じられた俺とも渡り合えているんだ」
「『無効化』! 」
「恐らく無意識の内に出てしまう行動を読んでいるんだな? 今の俺は城本剣太郎だから、今更そこは変えようが無い。そういう部分をアンタは的確に突いてくる」
「『無効……化』! 」
「そこに、その『非数値化技能』が加われば鬼に金棒だな。どうやって俺にダメージを与えているんだ? 力を向上させるコツでもあるのか? それとも俺の攻撃を……俺自身の力を自らの力へと“転換”させているのか? 」
「『無こぅ――」
「分かった。それなら……こんな”手”はどうだ……? 」
ゆえに老人は『こんな瞬間』が――自らの作戦が破られるその時が訪れることを予期していた。
「ッ!! 」
「そっちから攻めて来いよ。俺はここから逃げも隠れもしない」
“孫の姿をした何か“が祖父に対して選んだあえて何もしないという戦い方――それは老人への対処法としてこれ以上も無い程に効果的だった。
「どうしたんだよ? 目が付いてないのか? 老眼にはこの距離が見えないのか? 俺はここだぞ」
『何か』の言う通り、老人が[耐久力]数百万の強靭な肉体に有効打を叩き込むことが出来た要因は、孫の持つ数百万の[力]を盗んだことにある。
「わかってんのか? 孫の身体と能力を奪った仇はいまアンタの目の前にいるんだぞ? ほら? アンタのすぐ目の前に」
もちろん実際に筋力やステータスを盗んだ訳じゃ無い。肉体操作の極致、非数値化技能の頂点とも言える"力の受け流し"の応用――『力の反転』という技術を利用して伝わった衝撃をそのまま相手に跳ね返していたのだ。
だがしかし、この『力の反転』には致命的な弱点がある。
「それとも……攻めてこれない理由があるのかな……? 」
「……ぐぅッ! 」
それは、そもそも盗める[力]が無ければ『何もすることが出来ない』ということ。攻められなければ、攻撃を利用したカウンターも撃てないという事。
もしも挑発に乗って、無防備な孫の身体に拳を打ち込めば最後――[耐久力]の莫大な違いで老人の身体は“コンクリートに叩きつけられた卵のように”粉々に砕け散ってしまう。
その揺るぎようのない事実を痛い程に分かっていた老人は攻勢を緩めざるを得なかった。
「「……」」
こうして戦いは突如収束し、両者は睨み合う。一方は攻め手を失い、もう一方は防衛に専念するために終わりが見えない膠着状態へと突入した。
けれど無言で相対する二人は、この時間がそう長くないことを知っていた。
「……(【技能無効化】は強力だ……しかし無制限ではないはずだ……。どこかで限界は必ず来るはずだ……)」
「……(【技能無効化】が使えるのはあと5分……。ここらで決め切らないといけないな)」
この勝負がもうすぐ終わることを認識していた。
(このまま時間切れを待つのも面白いけれど……頃合いだ。そろそろ”奥の手”を切るとしよう)
「……なあ、爺ちゃん」
「お前にそう呼ばれる筋合いは無い」
「そんな冷たいこと言うなって。今は俺こそがアンタの孫だろ? 」
「馬鹿なことを抜かすな」
「傷つくなぁ……心が否定しても、アンタの頭は俺のことを本物だと認識してしまってるはずだぜ? 何せ俺の頭脳と体はそっくりそのまま城本剣太郎本人。思考や行動パターンから記憶に至るまでまるっきりアンタの孫と同じなんだから」
「なんだ? この期に及んで泣き落としか? 随分と古典的な方法を使ってくるじゃないか」
「いや、そうじゃない。確認したんだ――」
「確認? 」
「――俺の歪めた『概念』がアンタにも適用しているかどうかを、ね」
そして少年の口を弧にゆがめた何かは後方へと合図した。
「今だ――行け」
「【新世界秩序】――」
『そこに居た』という事実と『存在する』という概念を歪めて、ずっと息を潜め続けていた――【魔女】と【戦士】の身体を乗っ取って生まれた自分にとっての『もう一人の自分自身』へと。
回避不可能なタイミングで『致命的な一撃』を新たな脅威とみなした老人に加えようとした。
「そろそろだと思ってた」
片や老人は背後から『敗北』の二文字が迫っても尚、冷静だった。
「ここで最終手段を使ってくるのは……分かってた」
「なんだと? 」
「だって剣太郎なら……そうするだろうからな……! 」
「ッ! 待て! 罠だ! 今はまだソレは使う――――」
むなしい静止の声も届かずに。
この瞬間、二つの『技』の名はほぼ同時に叫ばれた。
「『RE:BUILD』! 」
一つはあらゆる概念を歪める【スキル】から派生した、存在そのものを乗っ取ってしまう『技』。
もう一つは【技能無効化】のスキルレベルが999に辿り着いた時に初めて使える最終奥義――――。
「『効果逆転』!!! 」
――『技』の直前に使われた【スキル】と『技』の効果をそのまま反転させる『技』が作用したことで。
「マジで待たせたな! 剣太郎! 」
「信じてたぜ! 爺ちゃん! 」
少年の『完全復活』はここに成し遂げられるのだった。




