羽化
“500秒”という、決して長くは無い制限時間を少しでも有効活用するために、俺と爺ちゃんと梨沙の3人が最も多くの時間をかけたことは、天空城を支配する二体の脅威――【戦士】と【魔女】が見せた『特異な能力』についての分析と考察だった。
俺は実際にモンスターたちと戦った経験を踏まえた能力の詳しい所感と考察を、二人は【魔境】の中に潜んでいる際に目撃した『ある光景』について、それぞれ簡潔に説明をして意見交換する。そうすればいろいろ謎だらけの【魔女】と【戦士】について何かがわかるかもしれない。
そのように思考した上で、特に注目したのは梨沙と爺ちゃんが身を潜めていた別世界から覗き見たという『【劇毒の魔女】の奇妙な動向』についてのこと。俺達の会話の流れは以下のように進行した。
「【次元魔術】が創り出せる“別世界”は2種類あるの。“安定しているけどすぐ壊れちゃう世界”と“不安定だけど長持ちする世界”」
「梨沙たちが居たのは不安定な二つ目の方……だったよな? 」
「そう。そして現在、私たちが居るのは安定してる方。“こっちの世界”はこんな風に中になんにもなくて、元居た世界の影響を全く受けないようになってるの。逆に“不安定な方”は――元居た世界の影響をよく受けやすいんだ」
「だから二人とも把握できたんだな。島全体の様子が。俺がこの島に来てたことも」
「うん。……ごめん。すぐに助けてあげられなくて……」
「良いんだよ。梨沙たちが無事なことが一番だ。……それで? 二人が見た“【魔女】の妙な動き”っているのは? 」
「なんて……言えばいいんだろう……? おじいちゃん ? 」
「そうだな……“二重人格”ってわけじゃ無いんだろうが……時々止まるんだよ。いきなり」
「いきなり……止まる? 」
「長さもタイミングもバラバラだ。1分間の時もあれば、まるまる1時間の時もある。それまで忙しなく島中をうろついていたっていうのに表情筋の一つ、指の一本すらピクリとも動かさなくなるんだ」
「それは……かなり不気味だな」
「そして静止が解けた瞬間、奴は決まって毒ガスを振りまいた。――それも、俺達が身を潜めていた別世界を囲むように」
「それって……!? 」
「ああ。しっかりと|認識してたんだ。別世界に居る俺達のことを。世界を超えて攻撃は出来ないけれど、せめてこの【魔境】から逃がさないようにしていたんだろうな」
「俺は二人の居場所をまったくつかめなかった……【索敵】でも【鑑定】でもまったく歯が立たなかった」
「世界が違うっていうのは他者から隠れるという観点では一番良い状態だ」
「それなのに……【魔女】は二人を見つけ出すことが出来た……」
「あのモンスターはその驚異的な探索能力を“鼻が利く”からと自分で理由づけをしてたな。でもな、俺は思うんだ。……そのままその言葉を鵜呑みにしていいのかって」
「え? 」
「もしかして……あの静止は何かとの交信中だったのかもしれない。交信して同化するプロセスだったのかもしれない。梨沙と俺の存在を認知呈した【魔女】は本当に【魔女】本人だったんだろうか? 」
「【魔女】本人じゃない……? 」
「だってそうだろう? 剣太郎の居場所がバレそうになった時、一時的に別世界から飛び出して来た俺達の臭いを嗅ぎとった【魔女】は始めて認識したように驚いて、居なくなったんだから」
――この臭いは……もしかしてー……【天空城】ここにいるニンゲンって……――『1匹・・』だけじゃないのぉ……?
「……ッ! 」
その瞬間、脳裏にリフレインした【魔女】の過去の発言と今の爺ちゃんの疑問が接続した。
同時に俺は、あの時すでに二人に救われていたのだということも理解した。
「本当にありがとう。何度も助けてくれて」
「剣太郎。礼を言うのはまだ早すぎるぞ。まだ途轍もない大仕事が残っている。なんせ戦わないといけないんだからな。【魔女】を乗っ取ってるのかもしれない――――何かと」
「何か……ね」
その議論中、俺も爺ちゃんもあえて『その名前』を出さなかった。
もちろん、すっとぼけていたわけじゃない。バカのフリをしていたわけじゃない。
ただ……恐ろしくて、唇が震えて、今からソレと戦わないといけないのかと考えたく無くて、一瞬でも目を逸らしておきたかった、
「’#&%($”’(%”%$’”$($”))(‘(“$”’($”)”!)”(‘$!!!! 」
だけど現実はただただ残酷で、想像を超えて過酷だった。
「…ジカン……サイカイ…ジカ縺上◆イ縺エ壹縺ォ齲ィ麑?>エ%#>%?#!"%*?%+!`#禱%#!"%3ジ縺ュ豁ォ擲ォ"%#サ縺ュ"%豁縺ァ豁驟ェ!!"%!ゥ攜ィ$#"イ%#!%#"!ェ%!&ィ%#$"攜ェ劗!!! 」
俺たちを挟み込む二体のモンスターはどちらも変わり果てようとしていた。
今にも――恐れ続けていた『何か』へと。




