変身と浸食
本日(12/29)、二話投稿
集中の糸が切れ、荒々しく息を吐き出した『その怪物』は大地へと倒れこむように突っ伏す。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……! クソォ……なんとか……生き残れはしたが……ッ! 」
少年の火の【魔法】によって放たれた【龍王の炎】の熱の残滓で1000℃を優に超える溶岩と化した廃墟の路面に両手両足を骨の髄まで焼かれても構いやしなかった。
ただただこの刹那は、死線を何とか生き延びたことへの一時的な安堵をすることしか彼の頭の中には残されていなかったのだ。
(ちくしょう……【白騎士】に付けられた傷が……ここにきて開いてきやがったか……恐らくは、回復力が追い付かなくなってきたんだ……)
しかし状況は決して芳しくはなかった。予断を許さない状態であることに変わりは無かった。怪物の未来は依然として暗いままだった。
現状を簡単に説明するならば、彼の置かれた現状は『崖っぷち』をさらに下回る『崖の下』。命を賭した、唯一残された活路だった『不意打ち』が盛大な空振りに終わってしまったと言う他に表現しようが無かったのだから。
(ああ……そうだ……奇襲には気づいていたのか? 気付かなかったフリをしていのか? だから避けられた? まんまとあと一歩のところで逃げられた? 今もすぐ近くに隠れて見ていて、悶え苦しむ私を見て嗤っている……? クソ! クソォ……クソが! 舐めやがって……勇者の再来も……魔王も……)
「……どいつも……こいつも……! 」
しかし怪物は諦めない。諦めることが出来ない。
「これ以上ワタシを……舐めるなァアアアアアアアアア!! 」
一度でも”悪魔”に魂を売ってしまえば最後、いまさら後に退くことも、後戻りも不可能だった。
ゆえに後の無い怪物は吼える。嘆く代わりに。悲哀を零す代わりに。悲鳴を上げる代わりに。
少しでも、ほんの少しでも、反抗の意思と戦意を世界に轟かせようとして――半狂乱のままに声を枯らす。
「王よ……出し惜しみは無しだ……今ここに捧げよう! 私が持つ全てを! 」
それが――その『歪んだ自暴自棄な精神状態』を誘発させることこそが――”狙い”なのだとも知らずに。
「さぁ来い! 城本剣太郎! 私は逃げも隠れもせんぞ!? 」
そして怪物は失っていく。
感情を。
記憶を。
意思を。
能力を。
自分自身を。
自分が自分であった証を。
自分を構成していた何もかもを。
「ふふふふふ……ひひひひひ……はははははははは……はははははははははは」
その穴を埋めるように、どこかから入り込んでくる『力の奔流』は虚ろだった怪物の感情を"偽りの高揚"で満たし、意思を塗りつぶしていった。
(あれ……そういえば……そもそも……)
そして――
「どうして……私は……戦っているんだ? 」
――『変身』と言う名の“浸食”がとうとう脳の中枢へと達したその瞬間。
「【棍棒術】――」
虚空を裂くように怪物の上空に姿を現した人間の少年の手によって。
「……お前……――は!? 」
唐突に。
脈絡もなく。
廃墟の街を舞台にした戦いの『第二幕』は――
「――『ホームラン』! 」
――切って落とされた。




