ただいま
この世には『失って初めて気づく』――という使い古された言い回しがある。失われる前に大切にしてこなかったことへの“後悔”と失ってしまった事実そのものへの“悲哀”のニュアンスが含まれたこの有名な一文を俺は色んな所で目にし、耳にし、使って来た。
だけど真の意味で、その言葉が持つ重みや感情を理解出来るようになったのは恐らく、『大和町がもうこの世に無い』という事実を知ってしまった時からだろう。
今でも鮮明に思い出す。昨日のことのように思い出せる。
――あの時に抱いた絶望。
――タクマさんたちから向けられた同情がこもった視線。
――胸の中心にぽっかりと大きな埋めようのない穴が空いたような感覚。
――立っていた足元の地面がガラガラと崩れ去っていくような錯覚。
――――その全て。
もしも、あの後【人形使い】の襲撃がなかったのなら。一度冷静になる機会が得られなかったのなら。自分でもどうなっていたのか想像もつかない。
それほどに当時受けたショックは信じられない程大きくて……大きかったからこそ気づけもした。
俺の中で。
父さんとの約束を無視した上でも。
家族が。
たった一人の兄妹が。
梨沙が。
自分を構成する中で、どれほど大きな部分を占めていたのかを。
数年間、まともに口もきけなかったのに。何を考えているのか、ずっと分からなかったっていうのに。“アナタの最も大切なモノ”という予言を聞いて、真っ先に思い出すのが妹であるぐらいには、海斗や村本から呆れられるには十分なほど俺はとんだ『シスコン野郎』だったんだ。
まさにその事実を、俺は失ってから初めて気づけたんだ。
でも気づくのが遅すぎて、気付いた時には既に後の祭り。後悔と悲哀を抱えて、俺はずっと『失ってしまったモノ』を探し続けた。
俺は心に決めていた。
もしも俺の一番大切なモノを取り戻すのに何年、何十年、仮に人生全てをかけることになっても『絶対にあきらめない』――と。
そして現在、俺はダンジョンの中に吸い込まれる時と同じ、空間が歪む感覚と眼を開けていられないほどの眩しい光に全身を包まれていた。
光が強く成ればなるほど、戦闘中に荒んでいった心は穏やかになり、背後にあった【魔女】の気配も薄れていく。
こうして輝きを増していった光が数秒後”登った山を下りるように緩やかに”しぼんでいき――さらに十数秒後、俺はゆっくりと眼を見開いた。
「ここは……」
目の前に広がっていたのは――上も下も、右も左も、床も天井も、広いのか狭いのかも、何もかもが分からない、どこかで見覚えのある白一色に包まれた世界。
そのまま首を振って周囲を探ろうとした矢先。
「兄さん」
こちらの世界に戻ってから、ずっと――”待ち望んでいた瞬間”は訪れる。
「――梨沙」
その言葉を。
その澄んだ声を。
振り返った先に合った、その少しだけ気恥ずかしそうな表情を。
耳にした瞬間。目にした直後。
心の奥深くに押し込んで、せき止め続けていたモノが一気に崩れ去る。
「――――っ」
俺の時間を止めたのは胸の中で膨れ上がった、声にならない返答と言葉に出来ない感情。貯え続けていた万感の思いを今ここで吐き出すためには、それなりの準備が必要だった。
何度も頭を振って、うるむ瞳を誤魔化すために瞬きを繰り返して、直面している現実を飲み込めた俺は異世界から帰って来た時から頭の中で用意して来た――“ずっと言いたくてたまらなかった一言”を口にする。
「ただいま! 」
「おかえりなさい……! 」
再会を果たした俺達に、それ以上の言葉は必要ない。
無言で抱きしめあった時の感触と体温は――これが『夢』ではないことを確かに表していた。




