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歪む事実

 まるで熱に浮かされた狂信者のように。



「熟した果実のように赤く艶のある“唇”……初雪のように汚れなき白磁の“肌”……その一本一本が極光と見紛うように光り輝く“銀色の髪”……眼窩から零れ落ちてしまいそうなほど大きな”蒼い宝珠(サファイア)”の瞳……。今でも鮮明に思い出せます……。彼女の美貌、カリスマ、気品、気高さ、鈴なりのような声……その全て! 」



 病的なまでに盛り上がった筋肉に包まれた樽のような両腕を掲げて怪物は口にした。【劇毒の魔女】(ヴェネタナ・フェミナ)と名付けられた人型のモンスターがかつて、どれほど巨大な『栄光』を手にしていたのかを。



「ずっと前から重々承知していたことでしたが……口先だけでどうにか言い表そうとしても到底不可能ですね。どれだけ言葉を尽くしても当時の彼女の素晴らしさの1割すら表現しきれません。それほど凄まじかったのです。美しさという一点ではどんなモンスター・生き物でさえ及ばなかった……」


「……」


「アナタが言いたいことは分かりますよ? 理解できますよ? とても信じられないと言いたいのでしょう? 想像すら出来ないと考えたのでしょう? このありし日の美しさの欠片すら見て取れない、目を覆いたくなるような惨状(・・)からはッ!! 」



 そう言って俺の足下に投げてよこされた細くて黒ずんで腐った身体。もう何度も目にしていた姿かたちを、過去の話を聞いて改めて目にしても俺の感想は変わらなかった。



「"おぞましい"……"気持ちが悪い"……"見たくもない"……今、そう思いましたね? 」


「……」


「その印象は間違っていませんよ。モンスターであろうとなかろうと現在の彼女に対しては似たような感想を持つでしょう。仕方ありません。何せ彼女は自らの意思(・・・・・)でこの姿になり果てたのですから」


「……え? 」


「彼女はその美しさを構成する全てを捧げたのですよ。我らが――――」




 ――――『()』の力の礎となるために。




 その呟きが成された瞬間、俺の身には悪寒が、物語る怪物からは怒りの感情が噴出した。



「なんたる不幸! なんたる運命! 彼女はなぜ我々の陣営に生まれ落ちてしまったのか! なぜ、あの『王』の下に仕えてしまったのか! なぜッ! あんな(・・・)『王』にッ! あれほどの深い忠誠を――……」



 次第に熱を帯びていくモンスターとは反対に、俺の心は急速に冷え切っていく。


 そして『何か』が記憶の中で蘇り、脳内で繋がろうとしていた。



「……これ以上は止めておきましょう。流石の【魔皇】72柱の一人である私もこれほど言葉が過ぎてしまえば無事では済まされないでしょうから」


「……」


「さて……城本剣太郎さん。私達の陣営は、アナタのことをよく認知しています。正確には我が同胞ベルゼウスによって暴走状態になった『龍王サラム・ドレイク』を人の身で打ち倒したその時からですがね」


「? 」


「また我々にとっての印象的な出来事の一つとして、アナタは一度だけ我らが『王』の力の一端に触れたことがありましたね? 」


「……?? 」


「あれは……そう……たしか……【鬼怒笠魔境(キヌカサマキョウ)】でのことでした。あそこを任された初見殺しに長けた連中をアナタは完膚なきまでに見事に退けたでしょう? その時に見たはずです。魔境の主(ウルヴァ)のたどった末路を」


「――――ッ!?(・・) 」


「ふふふふ。すっかり忘れていたようですが無事に思い出せたみたいですね? 重畳です。ですがもう少し経てば……恐らくあと100日でも経ってしまえば……彼女(ウルヴァ・ストラ)のことはきれいさっぱり全て忘れてしまうと思います。そういう力を我らが『王』は持っているのですから」



 頭の中で凝り固まっていた『何か』がゆっくりと音を立てて解きほぐされようとしていた。 



「彼のお方が生まれながらにして所有しているのは“概念干渉系統最強”の能力(ちから)。『この世のあらゆる概念そのもの(・・・・・・)を歪め、消し去ってしまう』能力。これこそ我が王の唯一にして絶対のスキル。頂点至らしめることを予め約束された証」


「概念を歪めて……消す(・・)……? 」


「この力を持ってすれば――昨日まで『黒』だったことは『白』と認識され、今まで『地』に立っていた者たちは『天』に向かって落下し始め、『痛み』は『快感』へと置き換えられ、『死』は永遠に続く最大幸福として世界中から受け入れられるようになります。――概念を歪められる当の世界にも認識(・・)すらされないうちにね」


「はははははっ……ありえない……! 流石にそんなこと……いくら【四方の魔王】だって……誰にも気づかれずにそんな大それた変化を起こせるわけが無い……! 」



 だけど俺は身体の内側から沸き上がる『何か』を真っ向から否定した。悔しさと惨めさが俺の首を自ずと横に振らせていた。


 ただただ信じたくなかった。認めたくなかった。これまで戦ってもいない上に、これから戦うのかもしれない相手のことを無意識のうちに恐れていたなんて。



「ほう、そんなにはっきりと言い切るんですね? ではお聞きしましょう。我々の『王』は東西南北……どの方角を司っていると言うのでしょうか? 」


「そんなの決まってる! 北と南ではなく……あの【白騎士】と戦っていたアンタがいるってことはつまり……――――」



 でも直後。



「――――あ、れ……? 」



 俺は信じがたい『現実』を突きつけられることになった。




『はぁ……まったくよぉー……”()”の守護者だか”地獄の番犬だか知らないが――』


『おやおやおや! こんな辺境に! ”新たな西()の急先鋒”と謳われて名高い第二侵攻軍・軍団長の、あの【白騎士】サマが――』


『……空の上からわざわざ……もうここまで嗅ぎ付けて来やがったのか? ”()”の番犬――』



 ――――『日本人の諸君。初めまして。私は『東の魔王』が率いる第一侵攻軍を指揮する立場にあるものだ』


 ――――『初めましてだな。こっちの世界の人間共。俺は”()”の魔王が配下、第二侵攻軍・軍団長の【白騎士】だ』


 ――――『申し遅れました。私は”西()”方を司る四方の魔王……【魔皇】配下72柱が一人……ベルゼウスと申します』


 ――――『ウルヴァ・ストラ (年齢:219歳) Lv.191 職業:”西()”方人界征服軍五大将』


 ――――『”西()”方の君』




「さあどうです? 思い出すことが出来ましたか? それでは、お答えください。城本剣太郎さん。アナタは私たちのことを『東』の陣営だと思っていますか? それとも『西』側だと認識していますか? 」



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