おまけ:私が転生悪役令嬢になった件2
コーネリア視点
私は図書室に入り、外の声が聞こえないようにしっかり扉を閉める。
今更だけど、魔物の影響力強すぎない?
どうしても学園巻き込む魔法使わなきゃいけないから、死なないように精神汚染にしたはずなんだけど。
これ、下手に魔物が学園の外に出たら、時間さえかければ一国滅ぼせるよね? 少子化問題待ったなしだよね? …………自分の魔法が怖い。
「コーネリア、図書館で何するの? 俺も手伝うことある?」
「何をするかもわからないのに、安請け合いをしてはなりませんわよ。アレクシスにもいてほしい場所はあるのですけれど、私に話を聞くまで離れるつもりはありませんわね?」
「この状況、コーネリアが作ってるのはわかるけど、危ないことあるかもしれないから」
「では、邪魔をなさらないでくれるなら、いてもよろしいわ」
私は一心不乱に薄い本を作成する司書を横目に、禁書の収められた部屋の鍵を手に入れた。
ついでに出来心で司書の手元を覗き込む。
司書さん、マッチョ受けかー。業が深いな…………。っていうか、これ、黒歴史を絶賛製作中じゃない? 止めたほうがいいかな?
なんて思ってたら、誰もいないはずの図書館でガタガタと音が鳴り始めた。
禁書が収められた部屋の鍵を開ければ、中で一冊の本が激しく音を立てて震えている。
「あれは危険? コーネリア、下がる?」
「大丈夫。あれはこの『失われたページ』を求めているだけなのですから」
私は隠し持っていた、古びた紙の束を取り出した。これは、イベントアイテム『失われたページ』。
ジェラルドルートでのみ語られる、この学園の暗部。そのキーアイテムにして学園にいる者全てを巻き込む大魔法の触媒だ。
「今でこそ学校になっているこの城は、かつて多くの魔法実験が行われる施設でしたの。魔法とは何か、魔法使いとは何かを、人体実験込みで調べる非道の実験施設。閉鎖されると蓄積した魔法書籍の有効利用のため、この城は学校となり、研究者は教員となったそうですわ」
そして実験内容は、一部の教師の中で継承されることになってしまう。
「この禁書はかつて、想像を具現化するという神の領域に踏み込んだ恐ろしい研究の過程を記した物。研究自体は適合する魔法の素質を持つ魔法使いが当時いなかったことから、空論で終わっていたのですけれど」
「ページが破り取られてるってことは、誰かがこの研究を実行しようとして持ち出した? 適合者が、現れたの?」
「えぇ。あのジェラルド=ジャッジの妹が適合者として在学中、教員と一部の生徒によって実験台にされましたの。適合しすぎて命さえ吸い出されるという実験の失敗の末、口封じに自殺に見せかけ殺されております」
学園は虐めの末の自殺として処理し、ジェラルドにもそう伝えた。けれど虐めで自殺するような妹ではないと、ジェラルドは真実を求め、コーネリアという学内での手駒を手に入れたことで、この魔導書に行きついた。
そして学園への復讐と妹の命を犠牲にした魔法の完成阻止のため、ジェラルドは『失われたページ』を使って想像の具現化という魔法を未完成のまま行使した。
善良なる人々という想像を押しつけられた教員生徒は、未完成故に具現化し切れず、肉体は崩壊しゾンビと化す。
学園の中でも屈指の実力を持つ攻略対象たちは、体の崩壊は免れたものの、血を必要とする邪悪な獣の性を植え付けられ、吸血鬼になってしまった。
と言うのが、ゲーム内での設定。
「この『失われたページ』には、ジェラルドの妹から奪われた魔力が蓄積しております。当時関わった生徒が罪の意識から学園内に隠しておりましたの。このページを魔導書に戻せば、魔導書は完成し、神をも恐れぬ魔法が現実となる」
研究者の妄執が染みついた魔導書が、私の言葉に頷くように大きく揺れた。
私はそのさまを見て、思わず失笑する。そしてそのまま、『失われたページ』に残っていた魔力を消費して、『ホモォ』と鳴く魔物を作り出した。
「ホ~モォ~」
「けれどこれで、ただの紙切れですわ」
「ふーん」
…………ちょっと、反応薄すぎじゃない、アレクシス?
もうちょっとネタ晴らしに驚いてくれてもいいんだよ?
私、『失われたページ』の魔力使い切るために、大魔法使って誰も死なない方法考えたんだからね? それなりに悩んだんだからね?
まだまだこの学園、不穏なネタ満載なんだからね?
私は内心の不満を口には出さず、静かになった魔導書にページを戻した。
これで魔法学園七不思議の一つ、図書館の怪は解決だ。だけど、この魔法学園にはまだあと六つもふざけた過去の残滓が残ってる。
そしてそれは、続編に続く物語で解決される予定。だから今は、余計な手出しをして寝た子を起こす真似はしないでおく。私が解決するのはこれだけだ。
「これで、コーネリアのしたかったことは終わり?」
何? 自分でついて来ておいて飽きたの?
アレクシス、本当に不思議ちゃん過ぎて何考えてるかわかんないんだけど。それとも、アレクシスも私が何したいかわかんなくて単純に聞いてるだけなのかな?
じゃ、ちょっとエンターテイメント的な恰好をつけよう。
私は禁書の納められた部屋を出て、広い図書館の中スカートを大きく揺らしてアレクシスを振り返った。
「いいえ、まだこれからですのよ。私はみんなを正気に戻したアベルやエレンの手によって、華々しく倒されなければならないのですから。悪は滅びてめでたしめでたし。それが物語の定石ですわ」
そう、私はまだハッピーエンドのために悪役令嬢を演じなきゃいけない。
ちょっといい気になって宣言したら、アレクシスはいきなり距離を縮めて長身で私を間近に見下ろした。
「駄目。そんなこと、僕がさせない。コーネリアは殺させない」
アレクシスは普段のぼんやりした雰囲気を払拭してはっきりと私に物申す。
ふぇぇ…………おかしいなぁ? これってアレクシスルートの台詞じゃん。
コーネリアと刺し違える覚悟のエレンを止めて二人で戦いを挑むやつ。コーネリアって呼んでるとこ、エレンの間違いでしょ?
えー? 私悪役令嬢だよ? なんで恋愛フラグ立ててんの? いや、一番手近にいたから他より好感度は稼いだけど、え? 悪役令嬢にもフラグ立つの、この世界?
「アレクシス、落ち着いて。大丈夫。アベルは私を本気で殺そうとなんてしませんから」
「わからない。謝らないと許さないって言った」
「許す許さないという甘い次元で物を言っている時点で、殺害などは視野にないでしょう。ちょっと苦戦してみせて、この魔物たちを助勢としてこの場に一気に集めます。そして、魔物を全て撃破してもらい、私は正気に戻ったと言うことにいたしますから」
そのためにちょっと大げさなくらいにはしゃいで見せたんだし。…………いや、うん。ちょっと本気ではしゃいでたということも、ありえないとは言えないなぁ。
で、でも、お願いだから本気にならないでよ、アレクシス。
お兄ちゃんホント弱いんだから! 卒業間近の今、レベル1のエレン並みなんて悲しい状況なんだから! もう才能なさすぎて、この先どうやったら私と関わり持たせ続けられるかちょっと頭痛い問題なんだから!
じっと私を見下ろしていたアレクシスは、ふと目元を和らげた。
「…………全ては管理不行き届きの学園のせい?」
「えぇ、そのとおりですわ。こうでもしなければ隠蔽体質の学園上層部を一掃できませんもの。今回の件は、元はと言えば正しくことを解決しなかった学園上層部の失態ですから」
「けど、コーネリアはいいの?」
「いいとは? この状況は私が望んで作り上げたものでしてよ?」
「公爵さまに、怒られそう」
「まぁ、私を心配してくれるのね。ありがとう」
おぉ、ここで忠犬発動するの? なんか耳と尻尾が見えそうなほど喜んでない?
けど普通に、悪役令嬢の立場の私を心配してくれるならお礼くらい言うよ?。
「魔導書に操られる魔法使いなど、確かに外聞の悪いものですわ。けれど、これだけの大魔法を制御するほどの魔導書。それが暴走して死者もなく、生徒が解決する。こちらのほうが人目を引く話題ではありませんこと?」
実際、これで大丈夫だと私は知ってる。
「魔物が憑いている間の記憶は曖昧になるようにしてありますから、誰がこの魔物を召喚したのか、確かに覚えている者は片手で足りますのよ? 本当はこうしてアレクシスに話すつもりもなかったのですけれど」
「僕だけ? 僕だけ、コーネリアに話してもらえたの?」
おぉ、また尻尾ブンブンしてそうな雰囲気出してる。
えーと、これ、ちゃんと逆ハールートいけてる? 大丈夫? 逆ハールート以外に全員生存する道ってないんだけど?
主に殺し合うヴィクターとサイモンのせいで。
「えぇ…………、アレクシスだけですわ。カイルさまにも、ちょっとした意趣返しに道化を演じていただいていますもの。エレンは完全にアベルの巻き添えなのだけれど、きっとあの子なら大丈夫でしょう」
なんてったって、続編も引き続きエレンが主人公なんだし!
この事件の後、卒業したエレンは能力を認められて王宮に就職する。
コーネリアルートのあるリメイク版は、この続編を前に作られた物で、王宮にはコーネリアもいて、なんとサポートキャラとしてエレンのお友達ポジションに収まるのだ!
…………ちょっとエレンに対して攻略キャラの台詞真似して囁いたりしたせいで、百合な雰囲気醸してるけど、ま、それはそれでありだと思っておこう。
もちろん、五人の攻略対象は引き続き攻略対象として王宮に就職してて、新攻略キャラとして王子、執事、スパイが現れる。とまぁ、続編の世界に行けたとしても、不穏な事件は起こるんだけど。
ジェラルドだけは続編に出て来ずに行方不明だけど、生存は示唆されてるから、きっと大丈夫。
ともかく今この学園で立った全員の死亡フラグを折ることが私の役目だと思って行動してる、はず。
はず、はずなんだけど…………やっぱりあのゲロ弱お兄ちゃんが大丈夫と言いきれないんだよねぇ。
「…………少々心配になってまいりました。こっそり、アベルたちの様子を見に行きましょう」
正面に立つアレクシスを迂回して図書室を出ようとしたら、背中から腕が回された。
「ここで待ってようよ、二人で。せっかく他の誰もいないのに」
「子供ではないのですから、淑女に抱きついてはいけません。それと、司書はいましてよ」
「大人だからこそ、二人で抱き合うものじゃない?」
く、ぼんやりさん設定何処いった! 司書を丸無視するのは不思議ちゃんだからか!?
これって、もしかしなくてもそうだよね? なんで私がモーションかけられてるの?
好感度稼ぎ過ぎた? お兄ちゃんの徹踏んだ? くそぅ、お兄ちゃんを高みから笑ってたかったのに!
えっと、ここは慌てずいなそう。アレクシスの性格とか傾向を考えて…………。
「…………私、我儘な子は嫌いでしてよ」
アレクシスはすぐさま私を放した。顔を見れば、叱られることに怯えるペットのように目を見開いてこちらを窺ってくる。
うーん、犬派の私に刺さる。けど、ここで流されるわけにはいかない。躾には毅然とした態度でいなきゃね!
「それでは参りましょう。私たちの戦いはこれからなのですから」
完結一カ月で使わなかった設定を放出。
お読みいただきありがとうございました。