静かに育っていたもの
人には、それぞれの速さがある。
早くも咲く人もいれば、
静かに根を張る人もいる。
これは、そんな二人の男の物語です。
男の畑は、
少しずつ広がっていた。
最初は、
ほんの小さな畑だった。
自分が食べる分の野菜を育てる。
少し余ったら、
近所の人に渡す。
それだけだった。
けれど、
気がつけば。
男の野菜を求める人が、
少しずつ増えていた。
「ここの野菜、美味しいですね」
そんな言葉を、
男は、何度も聞くようになった。
けれど、
男は、特別なことをしたつもりはなかった。
土を整える。
種をまく。
水をやる。
育つのを待つ。
必要なことを、
必要なときにする。
ただ、
それを繰り返していただけだった。
「もっと広げたらどうですか?」
ある人が言った。
「もっとたくさん作れば、もっと儲かりますよ」
男は、
少し考えた。
昔の自分なら、
焦っていたかもしれない。
もっと大きく。
もっと早く。
もっと多く。
そんな言葉に
心が動かされていたかもしれない。
今の男は、
すぐに答えなかった。
畑を見る。
そして、
自分の心を見る。
「今、
本当に広げる必要があるのか」
男は、
自分に聞いた。
だから、
広げなかった。
周囲の人は、
不思議そうな顔をした。
「せっかく人気が出てきたのに」
「もったいないですよ」
そう言う人もいた。
けれど、
男は、笑った。
「そうかもしれません」
そして、
次の日も。
いつものように、
畑へ行った。
土を触った。
野菜を見た。
空を見た。
それだけだった。
男の中では、
少しずつ何かが変わっていた。
以前は、
何かを失うことが怖かった。
仕事がなくなる。
お金がなくなる。
人に認められないこと。
成功できないこと。
今は、
失うことよりも、
自分を失うことのほうが怖かった。
だから、
無理をしなくなった。
自分を大きく見せなくなった。
できないことを、
無理に引き受けなくなった。
そして、
少しずつ、
できることだけが残っていった。
不思議なことに。
残ったものは、
前よりも強かった。
男が無理をしていた頃。
毎日は、
どこか苦しかった。
自分にできることを、
自分の速度で続けるようになってから。
少しずつ、
周りが変わりはじめた。
男を必要とする人が現れた。
男の野菜を買いたい人が現れた。
一緒に仕事をしたいという人も現れた。
男は、
ようやく気づいた。
成功は、
追いかけるものではないのかもしれない。
自分を整え、
できることを続け、
目の前の人を大切にする。
そうしているうちに、
気がつけば、
何かが育っている。
野菜だけではなかった。
人とのつながり。
信頼。
そして、
自分自身。
それらも、
静かに育っていた。
男は、
畑の真ん中に立った。
風が吹いた。
葉が揺れた。
男は、
少し笑った。
まだ、
何者かになったわけではない。
大きな成功を手に入れたわけでもない。
けれど、
以前よりも、
自分のことを信じられるようになっていた。
それだけで。
男には、
十分だった。
男は、まだ、知らなかった。
この先、
自分が静かに積み重ねてきたものが、
多くの人の目に触れることになることを。
すぐに結果が出なくても、
見えないところで育っているものがある。
焦らなくてもいい。
誰かと同じ速さでなくてもいい。
自分の土を整えながら、
少しずつでもいい。
いつか、
静かに育っていたものに、
気づける日が来るから。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




