第78話 王子殿下と王女殿下<後編>
「さて、今日はみんなで遊ぶためにボードゲームを用意してきたんだ」
そう言ってノアは部屋の中央辺りで、赤い絨毯敷きの床の上に胡坐をかいて座った。
壁際に控える侍従やメイド達は一様に表情を曇らせた。
ノアは持参した袋の中から平たい木箱を取り出す。
「これは『リバーシ』というゲームだよ!」
もちろんザナック工房に製作を依頼していたモノである。
一同が興味深そうにノアを囲んで座った。
「先手のプレイヤーが黒の石を、後手のプレイヤーが白の石を、ひとつずつ交互に置いていき、挟んだ石をひっくり返すことで自分の色を増やしていくよ」
ノアは手早く石を置き、簡単な例を見せる。
「これを盤面が埋まるまで繰り返し、最終的に数が多かった色のプレイヤーが勝利となるんだ」
ルールは簡単なので、皆は納得したように頷いた。
「試しにローランド殿下、一緒にやってみよう。さあ、ぼくの前に座って」
ローランドは困惑した表情を浮かべながらもノアの正面に座る。
「もう一組あるから、みんなもやってみて!」
ノアはエジェリーに手渡すと、隣でさっそく準備を始める。
どうやら初戦はエジェリー対レベッカの様だ。
ノアもローランドとゲームを始める。
「ほう、ローランド殿下。覚えが早いね。大したものだ」
しかし結果は当然ノアの圧勝に終わる。
早速第二戦を開始する。
「あなたはまだ子供なのに賢者と呼ばれて、いったい何歳なのだ?」
ローランドはゲームを理解し、会話する余裕が出て来たようだ。
「ぼくは今、十三歳だよ。殿下はもうすぐ九歳になるんだよね」
「それではあなたは余と同じ年の頃、なにをしていたのだ?」
「そうだね~。その頃ぼくはシャレーク王国で冒険者をしていたな」
「冒険者⁈ あの魔物を退治してお金を稼ぐという冒険者か!」
王子は驚きと好奇心に満ちた表情をノアに向ける。
「ぼくはね、五歳の時に両親を盗賊団に殺されたんだ。だから自分で生きて行くために冒険者になったんだよ。まだ赤ん坊だった妹もいたしね」
勝負に盛り上がり賑やかだった隣のグループがピタリと静かになった。
そして一斉にノアに視線を向ける。
「そんな小さな子供が冒険者になれるのか?」
「運よく強くて優しい人達に拾われたんだよ。そして魔術が使えたから冒険者になれたよ」
「その妹はどこにいるのだ」
「今はナルフムーン王国のサークルレーンという街にいるよ。そうか……ちょうど殿下と同い年なんだな」
ノアは王子を少し寂しそうな眼差しで見た。
「冒険者って、楽しかった? 大変だった?」
「もちろん楽しかったよ。ぼくはフォレストゲートの冒険者ギルドに住み込んで暮らしていたんだ。毎日がとても賑やかだったよ」
「子供だから、こき使われていたの?」
ノアは微笑みながらゆっくりと首を振った。
「もちろん掃除とか古い建物の修理とかしていたよ。でもそれは命令されてやっていなのではない。感謝の気持ちを込めて、自分からやっていたんだよ」
「それにこう見えてぼくは、世界で一番有名なSランク冒険者なんだぜ」
「Sランク冒険者って、強いの?」
「ああ強いとも。世界中でたった五人しかいない最高の冒険者さ」
ローランドはノアを見つめながら大きくため息をついた。
「あなたは変わっている。ここに来る先生たちはみんな言うのだ。『しっかりと勉強しないと良い王様になれませんぞ』……と」
「殿下は勉強が嫌いなのかな?」
ノアは盤面から目を離し、上目遣いで王子を覗き込んだ。
「嫌いではないが、つまらん」
「それは解るなあ。興味の無い勉強はつまらないからね」
こんな時同意してみせるのが話術のテクニックである。
「ぼくが十歳の時、賢者リフェンサー様が迎えに来たんだ。それから二年間、リフェンサー様とエレンシア大陸中を旅してきたんだよ」
ローランドはノアの話に引き込まれているようだ。
「ぼくはこれから君に、世界のいろいろな話を聞かせ、外の壮大な世界を見せてあげようと考えているんだ。それを活かすも殺すも君次第だけどね」
そしてノアの最後の一手が決まる。
「ああ、もう、また負けた~! 賢者殿は強すぎるぞ」
ローランドは両手を後ろに突き、天井を見上げた。
「よし、だいぶ慣れて来たみたいだから、君に勝ち方のヒントをあげよう」
チョイチョイとノアは手招きしてローランドを盤面に寄せる。
「角と呼ばれる盤面上の四隅が非常に重要なんだ。この角を取れるかどうかが、ゲームの勝敗を決めるといっていい。だから積極的に角を狙うこと、あるいは角を取られないように気を付けることが必要なんだよ」
「と言う事は、自分の石を置いてはいけない場所があるということだね。ここと、ここと、ここには、なるべく自分の石を置かない方がいい」
ローランドは納得したように大きく頷いてみせた。
「それからゲームの序盤や中盤では、なるべく多く取らない方がいいんだ。なぜだか解るかな?」
「解かった! 最後に勝つためだ」
「御名答! さすがはローランド殿下だ」
ノアは対面のローランドの金色の髪を『クシャクシャ』となでた。
瞬間驚いた表情を見せたローランドだったが、まんざらでもない様である。
「これはきっと君が王様になった時、役立つ考え方だ。覚えておくといい」
ローランドはノアを見つめた。不思議そうな表情をして。
「よし、みんな。メンバーチェンジだ。ローランド殿下は強くなったぞ。だれか挑戦してみないか!」
「ワタシやる――!」
こんな時にいつも最初に食いつくのはレベッカだ。
ノアが立ち上がり座を開けると、レベッカがスカートを広げながら『ドサッ』と座った。
「王子殿下、レベッカ・スピルカです。お手柔らかにお願いします!」
かなり身を乗り出して挨拶をした後、右目でウインクするレベッカ。
「あ、あなたは魔術師団長の娘だな」
「左様にございます、殿下!」
さっそくローランド先手でゲームを始める。
「あれ~、王子殿下は調子でも悪いのかな⁈」
中盤までの優勢にレベッカは余裕を見せている。
終盤に入ると、盤面は一気に黒く塗りつぶされていった。
「あれ、あれ、あれ~! どうして~、負けちゃった~!」
数えるまでもない盤面の結果に、大袈裟に凹んでみせるレベッカ。
王子は直ぐに満面の笑顔でノアを見上げた。
「王子殿下、お見事! コツを掴みましたね」
グッと握りしめた拳を見せ、ノアはローランドを褒めたたえた。
「次はこのタイラーが一戦交えましょうか!」
「おお、アールステッド家のタイラーか。久しいな」
「しばらく会わぬうちに立派になられましたな、殿下」
そう挨拶を交わしながら二人はゲームをスタートさせる。
「ねえタイラー。おまえ程の男がなぜ賢者殿の供をしているのだ?」
「実は勝負を挑んで、ケチョンケチョンに負けまして」
「賢者殿はおまえより強いのか?」
「ええ、彼は魔術師ですが、剣でも子供の様にあしらわれました」
「そうなのか……」
そんな会話をしながらゲームを進めて行くが、結果はローランドの圧勝に終わる。
タイラーは子供の様に悔しがって見せた。
その後フーガとエジェリーも勝負を挑むも、あえなく返り討ちに逢った。
「ローランド殿下は、お強いのですね!」
そんなエジェリーの一言に、ローランドは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
すでにノアの意図を理解した四人は努めて場を盛り上げ、王子と王女に親睦を深めた。
いつの間にかマーガレット王女は、フーガのかいたあぐらの上にチョコンと座っている。
彼女はイケメンより座り心地の良いマッチョを選んだようだ。
当のフーガも腫れ物を扱う様に緊張しているが、時折髪を優しく撫でまんざらでもない様子である。
賑やかで楽しい時間の進みは早い。
大きな窓の外の空気の色で、夕暮れが近づきつつある事がよく解る。
部屋のメイド達も燭台の蝋燭に火をつけ始めた。
「よし、今日はこの辺でお開きにしましょうか」
ノアはそう言って、リバーシを片付け始める。
「これはローランド殿下とマーガレット殿下に差し上げましょう」
二人供、子供らしい嬉しそうな表情を見せた。
「賢者殿……。次はいつ来て下さいますか」
マーガレットも兄にしがみついてとても寂しそうな表情をしている。
「また来週の月曜日に参りましょう」
「みんなも連れて来て下さいますか」
「もちろんですとも。特にタイラーさんとフーガさんは学院を卒業して時間に余裕があるので、出来るだけお二人の傍に仕えられる様、取り計らいましょう」
「本当ですか!」
ローランドはたいそう喜んだ。
タイラーとフーガは面食らった表情を浮かべたが、二人供すぐにその意図を理解したようだ。
「それじゃあ、またね!」
ノアは特にマーガレットに向けて、優しく手を振った。
マーガレットもノアに向かって一生懸命両手を動かして答えた。
タイラーら供の四人は一度整列し、深く一礼してからノアの後に続いて行く。
壁際に控えていた教育係達も納得顔で頭を下げ、ノア達の退室を見送っていた。
* *
帰り際、厨房で待っているアイリを拾って帰る。
アイリは壁際の椅子に座り、焦点の定まらない目で天井を見上げながら、真っ白に燃え尽きていた。
「どうしたのアイリ?」
ノアが心配して声をかけると、アイリはすぐに大粒の涙をこぼし始めた。
「ノア様~。あの後大変だったのですよ~」
「わたしが片付けをしていると……宰相様に『少し話をしよう』と座らされたのです。しばらくすると王様と王妃様も戻って来られて……」
『エッ、エッ、エッ』とアイリは泣きじゃくりながらノアにしがみついた。
「それからしばらく……王様と王妃様と宰相様のお相手をしたのです。わたし……緊張しすぎて、何をしゃべったのか……全く覚えていません」
一同はとても憐れんだ表情でアイリを眺めた。
「それは……大変だったね」
ノアは申し訳なさそうにアイリの髪をなでた。
* *
帰りの馬車の中、エジェリーはやはり聞かずにはいられなかったのだろう。
「ねえ、ノアには妹がいるの……?」
その問いに、ノアは車窓から視線を外す事はなかった。
「ごめん。その話は、今はまだ……したくないんだ……」
次回、彼女がやって来ます。荒れます!
最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)




