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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第74話 シュレイダー侯爵家の懐事情



「まあ、最初から上手く行くはずもないか……」

 本日の成果を思い出いながら、ノアは隣を歩くリーフエを見た。

 リーフェが特に落ち込んだ様子を見せない事が、せめてもの救いだったかもしれない。


『リーフェコンサルティングファーム』の初日は散々な結果に終わった。

 朝から商業ギルド会館の会議室を借り切って無料相談会を実施したものの、商談に繋がるような相談者は皆無、それどころか訪れる輩は、怪し気な錬金術師や資金に困った商人ばかりだった。

 総じて共通点は、『金をだまし取ろう』という魂胆が見え見えだったのである。

 これには流石のノアも辟易へきえきしてしまった。

 午後になってもその傾向は変わらず、ノアは客足が途絶えたところで早々に店仕舞いした。

「リーフェ、今日はもう終わりにして、また仕切り直そう……」

「はい、ノア様」

 リーフェは小言一つ口にしなかった……。



 夕刻、特別棟の自室に帰りつくと、いつもと違うノアの動きにイルムヒルデが反応した。

 彼女は当たり前の様に突然乱入し、当然の如くソファーの上座に身を沈める。

 その後ろにメイド服を着たセレンダとマゼンダが控える光景にも、最近はすっかり慣れてしまった。

 間髪入れずリーフェがお茶と焼き菓子をお出しする。

 それを確認し終えると、イルムヒルデは満足気な表情を浮かべた。

 用件はやっとここから始まるのだ。

「ノア様、いったい今日は何をやっていらっしゃったの⁈」


「実は……」といってノアはリーフェの新しい仕事の立ち上がりを説明した。

 ひょっとしたら顧客の獲得に繋がるかもしれないと思ったからだ。


「まあ、あなた、帳簿が読めるの⁈」

 イルムヒルデはリーフェに視線をやり、意外な程の反応を示した。

「読めるなんてものじゃありませんよ、その実力は今や王都一番かもしれません」

 リーフェはお盆を胸にあてがいながら「エヘヘ!」といって可愛く照れている。

 イルムヒルデは何故か腕組みをして難しい表情を作った。

 そんなイルムヒルデをノアとリーフェは不思議そうに眺めた。


「実は、お父様が言っておられたのよ……『どうもうちの経理は怪しい』……と」


「あなた、お名前は?」

「リーフェ・ライマーと申します」

「まあ、ひょっとしてライマー貿易のご令嬢?」

「あれ? 知りませんでした?」

「存じませんよ。だってノア様ったら、紹介して下さらないから……」

 プラチナブロンドの巻き毛を人差し指でクルクルしながら、イルムヒルデはちょっと拗ねて見せた。

 意外な程その仕草は可愛らしかった。


「リーフェ、あなた我が家の帳簿を見て下さらない」

 驚いたリーフェはすぐさまノアを見て同意を求めた。

 ノアは小さく頷いた。

「イルムヒルデさま、お受け致します」


「それではわたくしは早速屋敷に戻ってお父様と相談してきますわ。今夜はそのまま実家で過ごしましょう。明日、お返事させて頂きますわ」

 そう言って、イルムヒルデは焼き菓子を摘み、お茶で流し込んでから部屋を出て行った。

 いつもの様に侍女のセレンダが、丁寧にお辞儀をしてから静かにドアを閉めた。

「また嵐のようにやって来て、去っていったわね。」

 レベッカがあきれ顔で呟いた。

「ああ見えて良くも悪くも面倒見がいいのよ、あの人は。昔からそうだった……」

 イルムヒルデが出て行った扉を眺めながらエジェリーも呟いた。


 

 翌日お昼頃、イルムヒルデの侍女のマゼンダがノアの部屋を尋ねてきた。

『明日の朝、馬車で迎えに来る』といった内容を告げると丁寧にお辞儀をしてから帰って行った。



  * *



 十月最後の土の曜日、気持ちの良い朝を迎えていた。空にはイワシ雲が高い空をゆっくりと移動している。

 約束通り、九時にイルムヒルデは馬車で迎えに来た。

 その馬車はもちろんイルムヒルデ専用車である。

 鏡面の様に景色を移す黒い車体はピカピカに磨き上げられている。

 紋章が描かれた扉が開くと、侍女のマゼンダが降りて丁寧に挨拶をする。

 そしてエジェリーとレベッカ、そしてリーフェに乗車を促した。

 車中の赤いモケット地のソファーにはイルムヒルデの姿があった。


「あら、あなた方も付いていらっしゃるの?」

 あなた方とはエジェリーとレベッカの事である。

「ワタシ達はリーフェの護衛兼手伝いよ!」

 イルムヒルデは特に不快な表情を見せなかった。

 

「でも、あなた方がうちに屋敷に来るのも久しぶりね……」

 馬車に揺られながら、車窓を眺めていたイルムヒルデが呟いた。

「あ~、イルムヒルデ様が乱暴ないじめっ子から、守ってくれていたのは思い出したわ」

「そうそう、わたしは『なんでおまえの髪は黒いんだ!』って、よく髪の毛を引っ張られたわ」

「ワタシもよ!『なんでおまえの髪は赤いんだ!』って」


『……⁈』


「あれって、ひょっとしてタイラーだったのじゃない?」

 レベッカの一声にイルムヒルデは意外そうな表情を見せた。

「あなた方、そんな事も覚えていらっしゃらないの?」

「だって、まだわたし達、小さかったから……」

「くやしい、こんどタイラーにあったらとっちめてやるわ!」

 きっとライナーは今頃、くしゃみをしている事だろう。

「そう言えば、よくタイラーにいじめられてメソメソ泣いていた男の子もいたわよね……」


「……フーガさん⁈」

 エジェリーとレベッカは等しく下を向いて首を振った。


「あの頃は、賑やかだったですわね……楽しかったわ。でもレベッカさんのお母様が亡くなられて、あのお茶会も自然消滅してしまいましたから……」


 レベッカは特に表情を変えなかったが、視線を車窓の遠くへ移した。


 シュレイダー侯爵家の屋敷は王宮近くの一等地にあるため、程なく馬車は到着する。

 そして白亜にそびえる屋敷の中央、正面玄関前に馬車は横付けされた。

 王都では有数の巨大な建築物である。

 直ぐに馬車の扉は衛士によって開けられ、一行は馬車から降りた。

「懐かしいわね、やっぱりここは広くてきれい……」

 爽やかな風になびいた髪を直しながら、エジェリーが呟いた。

 レベッカが感慨深そうに屋敷の前庭を見渡している。


「ついていらっしゃって」

 イルムヒルデが先導して、そのまま三人は応接室に通された。

 しばらくお茶を飲みながら待っていると、侯爵夫妻と執事が入室してきた。

 エジェリーとレベッカとリーフェはソファーからすぐに立ち上がった。


「おお、これは珍しい。久しぶりだね、エジェリーちゃん、レベッカちゃん!」

「まあ、ホントに。大きく美しくなられたわ」

「お久しぶりにございます」といってエジェリーとレベッカは淑女に成長した跪礼カーテシーを披露した。

「そのお嬢さんが本日の主役ですかな」

「紹介いたしますわ、お父様。彼女がライマー貿易の令嬢リーフェさんですわ」

「ご紹介頂きました、リーフェと申します。どうぞお見知りおきを」

「おお、小さいのにしっかりしている事。さすが賢者殿の侍女を務めているだけの事はある」

 リーフェは屈託のない笑顔を返した。


「さっそくですが、帳簿関係を見せて頂きたく存じます」

「わかりました。セバス、経理室へ案内せよ。おまえも常について便宜を図るように」

「かしこまりました、旦那様」

 それから執事のセバスチャンに案内され、経理室に向かった。

「なんかワクワクするわね」


 執事を先頭に経理室に入った。

「は~い、マル査です~。あなた達席を立ってください~。これから書類には一切手を触れないでくださいネ!」

 レベッカがノリノリで口火を切った。

 リーフェが室長用と思われる上座に鎮座する、大きな机に陣取った。


「はい、まず今年の収入と支出が記載された全ての帳簿を出して下さい」

「な、なんだね君たちは!」

「黙れ! ちょっと帳簿を改めさせてもらう」

 執事が一喝した。経理の三人の顔色がみるみる青ざめていく。


 渋々帳簿をリーフェの前の机に重ねた。

 リーフェはパラパラと帳簿をめくったあと、前髪を頭の上でまとめてリボンで結び、ものすごい勢いでそろばんをはじき始めた。


「全然合いませんね。領収証とツケの帳簿も出して下さい。」

 

「エジェリー様、領収証と支出の照合をお願いします。おかしいところはこのしおりを挟んでおいてください」

「レベッカ様、ちょっとこの商会の取引をピックアップしてもらえますか」

 リーフェは時折指示を出しつつ、黙々とそろばんをはじき計算を続けた。

 玉がはじかれる小気味の良い音が高速で響き渡る。


「執事さん、小麦の備蓄量をすぐに確認、報告するよう手配して下さい」

「分かりました。おい、ちょっとメイドを集めて来なさい。それから倉庫担当をすぐ呼んでくるように」


 そして突然リーフェが奏でるそろばんの音は止まった。

 顔を上げたリーフェはそのまま執事と視線を合わせた。

「執事さん、衛士を呼んで下さい。かなりひどいです。それから経理に関わる全員を今すぐ自宅から引っ張って来る事をお勧めします」


「わ、わかりました」

 また一人、伝令でメイドが飛んでいく。

 リーフェは再び高速でそろばんをはじき始める。

「執事さん、この屋敷で働く人数を、部署ごとに正確に出して表にして下さい」

「おい、人事担当を呼んで来い」


「リーフェ殿、衛士が参りましたが」

「は~い、今すぐ経理全員の拘束がよろしいかと」

 リーフェは計算の手を緩める事なく、そろばんをはじきながら返事をした。


「ふざけるなー! このガキー!」と叫び経理のひとりがリーフェに突進した。

 レベッカが待っていました! と言わんばかりにニヤリと笑って、ノア直伝の圧縮空気弾で吹き飛ばした。 

 あっけなく壁に激突して気を失ったようだ。


 

 お昼を知らせがてら覗きに来たイルムヒルデは、事態が予想以上の展開になっているのに驚きながらも、ニヤニヤ楽しんでいるようだ。

「あらあら、凄い事になっていますわね。昼食の準備が整いましたわ。少しお休みになって」

「そうさせて頂きましょう!」

 そう言ってリーフェは立ち上がり、可愛い背伸びをした。


「執事さん、わたしたちが戻るまで、この部屋は完全に封鎖して下さい。経理の人間は一室に監禁しておく事をお勧めします」


「承知いたしました……」

 セバスはうなだれて力の無い返事をした。






跪礼きれい カーテシーとは……。

女性が位の高い方に対して行うヨーロッパの伝統的な正式の挨拶ですね。

ファンタジー物でも王家や貴族が登場すれば、必須の描写になりますよね。

右足を内側にさげ、左足を軽く曲げ落とします。

背筋を伸ばす事が肝要です。

またドレスを着用していれば、スカートをつまんで裾を少し上げます。

小首を少し傾げて目線を下げれば美しく見える事でしょう!

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