SS-6 ジュビリー父の珍道中<後編>
リーフェ嬢に案内され五分ほど歩くと、大きな通りが交差した角地に立つ立派な建物の前へ到着した。
ここが商業ギルド会館なのか。テプリー領では見た事もない立派な建物だ。
美少女は躊躇いもなく建物に入って行く。
受付に行くと綺麗な案内嬢が対応してくれた。
「こんにちは、カレンさん。父はいますか」
「会長は執務室にいらっしゃいます。お取次ぎいたしますか」
「お願いします。賢者様のお客様をお連れしました……と伝えて下さい」
「かしこまりました、リーフェお嬢様。応接室にてお待ちください」
「ありがとう。カレンさん」
私の想像を超えたやり取りだった。すると彼女は『二階の応接室へご案内します』といって先導してくれた。
見事な応接室だった。やっぱり王都はぜんぜん違うね。
私と娘はソファーに座らされた。
彼女は私たちの脇で立って控えている。
しばらくして立派な御仁が現れた。
「やあ、リーフェ。お勤めご苦労様。賢者様のお使いを一人で来たのだって、えらいぞ!」
「わたしだってこれくらい出来ますー!」と可愛らしく彼女は拗ねてみせた。
「お初にお目に掛かります。レオナルド・ライマーと申します。商業ギルド連合会の会長を任されております」
私と娘も立ち上がって挨拶を返す。
「ラッセリー・ファイラと申します。テプリー領で農務官をしております。こちらが娘のジュビリーです」
「ライマー様、お初にお目に掛かります。お嬢様にはいつも良くして頂いております。そのお礼を」と娘は言って、私が見た事がない淑女の挨拶をした。
「おお、あなたがジュビリー嬢ですな。賢者さまと農業の研究をなされているとか。私もとても期待しております。やあー楽しみなことだ」といって着席を勧められた。
「ライマー様とは、ひょっとしてライマー貿易商会のライマー様で?」
「いかにもそうです」と言って笑った。
またとんでもない大物に出くわしたものだ。
秘書さんが香りの良いお茶を入れてくれた。
「お父様、先ほどジュビリーさんとお父上がテプリー領から戻られて、賢者様にご挨拶されたのです。最中急に宰相閣下からご相談の呼び出しがあって、ほかの皆様は王宮へ行かれました。わたしは賢者様より、『お二人の宿の手配をお父様にお願いして下さい』と命を受けてここに来ました」
リーフェちゃんはしっかりとお役目を果たした。
するとライマーさんは立ち上がり……。
「かしこまりました、賢者様の使者殿。『このライマー委細承知の上、承りましたのでお任せ下さい』と賢者様にお伝え願います」といって、リーフェちゃんに大袈裟に礼をした。
「ウム、賢者様もお喜びになるでしょう。明日必ずお伝え致しますぞ。今日はここでお役目終わりにしていいって。父上に遊んでもらいなさいって言われました!」
ライマーさんは上機嫌だった。これで親子の寸劇は終わったようだ。
「早速手配しましょう。フローラ君、ラッセン支配人に話を付けて来てくれ」
「かしこまりました」と言って秘書さんはお辞儀をして出て行った。
「それで、どうですかな、テプリー領での農業は……」
「相変わらず、かんばしくありません……。領地の土は痩せていて、北の海から冷たい風が入ります。なにか手は無いものかと、娘を王都の学院へ勉強にやらせたのです」
「なるほど、そこで優秀なお嬢様は賢者様の目に留まった訳ですな」
「私の娘など、ライマー様のリーフェ嬢に比べれば、足元にも及びません。私は今まで彼女のように可愛らしくしっかりしたお嬢様は見た事がありません」
「これはこれは、お褒め頂き恐縮です。末の娘で甘えん坊だったのですが、賢者様にお仕えするようになってから急にしっかりとして来まして。賢者様のご指導の賜物です」
そういいながらライマーさんは気持ち良さそうに笑っていた。
「賢者様は今、国を豊にする為に多方面で計画を練られています。これから賢者様の進言で王国は街道の整備に乗り出すそうですよ。農業を発展させれば、それだけ物流が増えます。なるほど合点がいきます。あなた様のお嬢様はその重要な一翼を担う訳ですな」
あの賢者様と讃えられる少年は、そんな大きな事まで考えているのか……。
その後私はライマー氏と、農産物の相場や物流について意見を交換し、貴重な時間を過ごした。
「失礼します」と言って先ほどの秘書さんが戻って来た。
「会長、ホテルのお迎えの準備が整いました」
「ありがとう、フローラ君」
「それではファイラさま。本日はお疲れでしょうから、ごゆっくりお休みください」
「リーフェ、ホテルまでのご案内を頼めるかな。最後のお勤めだよ」
「かしこまりました、お父様」
「本日はお会いできて良かったです。いずれ良いお取引が出来る事を楽しみにしております」とライマーさんはそう言って深くお辞儀をしてくれた。
そのホテルは会館のすぐそばにあった。立派過ぎるホテルだった。
案内のリーフェちゃんを目に留めると、支配人が挨拶にやって来た。
「リーフェお嬢様、お役目ご苦労様でした。以後我々にお任せください」といってリーフェに一礼する。
我々もリーフェちゃんに心を込めてお礼を述べた。
リーフェちゃんは『ごきげんよう』と可愛らしくお辞儀をして帰っていった。
私たちは四階の高そうな部屋へ案内された。
私はどっと疲れが出て、ソファーにへたり込んだ。
「なあ、ジュビリー。今日は大変な一日だったよ」
「そうでしょうね、わかるわ」
「私は誤解していたのだよな。おまえはほんとうに、ここで研究をしているのかい」
「だから言っていたでしょう。わたしは今、テプリー領の為に、痩せた土地を改良する技術や冷害に強い作物の研究をしているの」
娘が違う人物に見えた。
「賢者様も農業の発展を考えておられるのよ。『その技術はテプリー領のみならず世界全体を豊かにするものだ』とおっしゃられた。『人が営みを続ける上で、農業は最も貴い職業だ』ともおっしゃられたわ」
娘はなにも変わっていなかった。
こんな想像を超える環境のなかで、必死に頑張っていたのだ。
私は涙が出て来た。
「ジュビリー、おまえは凄いな……」
私の言葉に娘は首を振った。
「いいえ、ちっとも凄くなんかない。わたしは賢者様と出会うまで、ずっと独りぼっちで勉強していたわ。冬休みのある日、わたしは寒い図書館で震えながら本を読んでいたの。そうしたら賢者様が声をかけて下さったの。『あちらの暖炉の前で、いっしょに勉強しましょう』って。それからわたしの世界は一変したわ。まるでジメジメした暗い世界から光あふれる眩しい世界へ引きずり上げられた様だった……」
その時を思い出してか、娘の眼差しは遠くを見ていた。
「賢者様はわたしが一生懸命勉強した事をすでになんでも知っておられたわ。わたしが求めている事をなんでも教えてくれる。わたしはただ、賢者様が差し伸べてくれた手に縋りついただけなのよ」
そして娘は寂しそうな顔をして下を向いた。
「だから、わたしは一生懸命勉強して努力して、賢者様の期待に答えなければならない。そうしなければ、あの方達と一緒にいる資格すらないの……」
私は娘が語る真実を、ただ頷きながら聞く事しか出来なかった……。
部屋に備えられたシャワーで旅の汚れを落とし一息ついた頃、ホテルのメイドさんがドアをノックし、夕食の準備が整った事を伝えに来た。
フロア階の食堂を訪れると、特等席に私達の食事が準備されていた。
それは今まで経験した事の無い、美味しい料理の数々だった。
上等な葡萄酒も頂き、疲れもあってか、私は急速に酔いが回った。
部屋に戻ると娘には悪いが早速ベッドに潜り込む。
恐らく直ぐに眠りに落ちてしまったのであろう……。
* *
翌日は朝食を済ませると、娘と王都見物に出かけた。
目抜き通りを北に進むと美しい広場が広がった。その先は水路が横たわり、荘厳な王宮とを遮っていた。馬車がすれ違えるほどの大きな橋が架けられていて、渡った先には大きな正門がそびえていた。
私たちは広場の中心にある噴水の縁に腰かけた。
「ねえ、お父さん。あの正門の周りだけ新しいでしょう。なぜだか知ってる?」
田舎者の私が知る由もない。
「前の門はね、賢者様が魔術弾で吹き飛ばしたのよ」
私は唖然とした。想像もできなかった。
「賢者様もね、最初から賢者様だった訳ではないのよ。初めは壮絶だったわ」
「賢者様が現れて、初め王国はその強大な魔術力を恐れたの。特に近衛師団に嫌われて殺されそうになったのよ。昨日リーフェちゃんともう一人、可愛い侍女さんがいたでしょう。アイリちゃんって言うのだけど、近衛師団幹部が彼女を誘拐して賢者様はおびき出されたの。賢者様は魔術封じの手錠をかけられ、剣で切りつけられたんですって」
「それを賢者様は全員素手でつぶしたそうよ。そして怒った賢者さまは翌日、剣のライマー様と、盾のフーガ様とエジェリー様とレベッカ様をお供に、あの門を爆破して王宮に乗り込んだのよ」
私はあの穏やかで美しい少年少女が、そんな大それた事を仕出かしたなど想像できなかった。
「そのあと王宮内での出来事はあまりよくわからないけど、国王陛下がおわす謁見の間で、あのレベッカ様は近衛騎士団長を魔術で吹き飛ばし、エジェリー様は喉元に剣を突き付けたのですって。あまりにも想像を絶する話だけど、事実なのだそうよ」
「国王陛下は近衛の非を詫び、賢者さまと盟友の関係になられたの。事件に関係した近衛騎士は全員、領地没収・家名断絶の上、国外追放になったそうよ」
「そのアイリちゃんは凄いのよ。自分で作ったケーキを国王陛下と王妃殿下の御前で切り分け召し上がって頂いたそうよ。そのケーキは今、貴族社交界でとても有名になっているわ。
アイリちゃんは今では王妃殿下のお気に入りなのよ」
「昨日のリーフェちゃんも凄いでしょう。ライマー貿易の経営者の娘さんだという事も驚いたけど、賢者様に教えていただいた不思議な算術を駆使して、お父様の会社の利益を飛躍的に伸ばしたのよ。今ではその評判を聞いて、名だたる商人のお弟子さんがたくさんいるの」
「あの方の廻りにいらっしゃる女性はみんな強くて美しくて素晴らしいの……」
娘は両手を握りしめ、うつむいている。
「父さんは、おまえだってそんなに悪くないと思うがね……」
「……とても比べ物にならないわ……」
娘は大きく首を振った。
「でも比べる事自体が間違っているって私にも解っているわ。だから私は自分の出来る事を精一杯やってノア様のお役に立つ。やるべき事は決まっているのよ!」
「ジュビリー……。辛くなったらいつでも戻っておいで」
私は娘の肩を抱いて引き寄せた。
「ごめんね、心配させちゃって……。でも私、頑張ってみるから応援してね」
その後、王宮内を見学し、目貫通りで妻や辺境伯様へのお土産を娘に選んでもらった。
私にとって娘と水入らずで過ごす、貴重な一日となった。
* *
テプリー領に戻る朝、賢者様一行は学院の馬繋ぎ場まで、私を見送りに来てくれた。
「なにからなにまで……。賢者様、お世話になりました。どうぞ娘をよろしくお願い致します」
私は父親として、少年に心の底から感謝し、頭を下げた。
「お父様として心配でしょうが、ジュビリーさんの事は、どうぞ私にお任せください。それでファイラ卿に、一つお願いがあるのですが」
「なんでございましょうか」
「これからこちらでジュビリーさんと実験農園を作り研究していくわけですが、成果が出た折には、次はテプリー領でも試してみたいのです。そのための畑の準備をお願い出来ないでしょうか」
「準備資金をご用意しました。出来る範囲で構いませんのでよろしくお願いします」
すると初めて見る厳つい男性が、革袋を積み上げた台車を押してきた。
「金貨千枚です。(一億円相当)どうぞお納めください」
私はしばらく開いた口が塞がらなかった。
「このような大金を、頂いてよろしいのでしょうか……」
そして私は娘を見た。
「その金貨は賢者様の大切な活動資金なのよ。責任重大よ、お父さん!」
そうだった。賢者様はテプリー領の農業の事も考えていて下さったのだ。
「そっちの農場が稼働出来れば、私もテプリー領に戻る事が多くなると思うわ。頑張ってね、お父さん!」
私は娘の言葉につくづく納得してしまった。
「しかしこれだけの大金。帰りの道中が心配です」
途中盗賊にでも出会ったら、それこそシャレにならない。
「ご心配には及びません。護衛を付けますのでご安心下さい」
ヤッタネ! またサーシャさんとステラさんと旅が出来るのか!
「紹介しましょう。Aランク『月下の一角獣』のウォルターとアーロイスとルッツです。彼らがあなたの帰路の安全を保障するでしょう」
私の時はしばし止まった。
「あの~、サーシャさんとステラさんではないのでしょうか……」
またしても私は皆を爆笑させてしまう。
「ヤダ、もう、お父さんたら! お母さんに言いつけるわよ!」
娘は真っ赤な顔をして下を向いてしまった。
「それでは皆様、お世話になりました。どうぞ娘をよろしくお願い致します」
私は見送りの皆様と一人ずつ視線を合わせた後、深々と頭を下げた。
「ジュビリー……頑張るのだよ」
最後に娘を抱きしめた。
「お父さんも気をつけてね。お母さんによろしく」
そして私は屈強な方々と共に帰路についた。
男同士に旅も、それはそれで悪くは無かった。
彼らは旅の途中、要所要所で地図を広げ、詳細な記録を残していた。
聞けば賢者様より命を受け、将来の街道敷設のための下調べだという。
私はただ感心せざるを得なかった。
帰路もすこぶる順調で王都を立ってから七日目の午後には、我が家に帰り着く事が出来た。
私と家内はお世話になった彼らをもう少しもてなしたかったが、二泊後の朝には王都に戻って行った。
なんでも次の仕事があるから早く帰って来い! と賢者様に厳命されているという。
あの賢者様もなかなか人使いが荒いモノだ……。
彼らを見送った後、私は辺境伯様の屋敷に王都土産を持って、帰還の挨拶に出向いた。
私の報告を聞いたテプリー様は、たいそうお喜びになった。
そして『賢者様の計画は全面的に支持する』とのお言葉を頂いた。
こうして私にとっては、恐らく人生最大であろう旅は終わりを告げた。
そして私は新たに頂いた、希望に満ちた仕事に着手する。
流した汗がすべて未来へ繋がる、夢のような仕事だった。
私は毎朝、畑から西の空を眺める。
その視線の遠い、遠い空の下には、娘のジュビリーが頑張っている。
それを想うと私は、一日の活力が沸いて来るのであった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)
応援して下さっている読者の皆様、たいへん感謝しております。
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