SS-5 ジュビリー父の大誤解<前編>
娘のジュビリーが王立学院を卒業して帰って来た。
約二年ぶりの再会だ。
娘は十六歳になり、親のよく目かもしれないが、綺麗な女性に成長していた。
なぜか立派な馬に乗って帰って来た。
しかも二人の色気のある女性冒険者が護衛に付いて来ている。
賢者と名乗るパトロンが、すべての旅費を出してくれているというではないか。
私が心配していた事が現実となっていた。
娘は都会でたぶらかされてしまったのだ……。
なんと娘はすぐにパトロンの元に戻るという。
私は懸命に引き留めた。
娘は本来、このテプリー領の農業改革を学ばせるために王立学院に入学させたのだ。
我が家は代々テプリー辺境伯に使え、農業の全てを任されている家柄だ。
頭が良かった娘は周囲からも期待されていた……にもかかわらず……。
娘は『縁を切ってでも王都に戻る』と聞く耳を持たなかった。
私は娘についていき、パトロンに文句を言って連れ戻す! と父親の威厳を持って宣言した。
どんなお貴族様でも知った事か。『ガツン!』と言ってやる。多分……。
以外にも娘はあっさりと同行を認めた。
それどころか、なにやら楽しそうにすらしているのが不可解だった。
三人の女性(ひとりは娘だが)との馬旅はとても楽しかった。
若い女性が馬にまたがる後ろ姿を見ているだけで、幸せな気分になれる。
道中、幾度か盗賊に絡まれたが、冒険者の彼女らが名前を名乗っただけで、奴らはシッポを巻いて逃げて行った。
彼女らはこの国で一番の冒険者パーティーのメンバーなのだそうだ。
旅は順調で七日目の午後早く王都に到着する事が出来た。
それにしても王都は何度来ても(三度目だけど)煌びやかで賑やかだ。
娘はすぐに卒業した王立学院に向かった。
その学院はもと王家の離宮だったそうで、とても荘厳で美しかった。
いかにも身分の高そうな貴族の子女が大勢いた。
娘とすれ違うと皆、「お帰りなさい、ファイラ先輩」と気軽に声をかけて来た。
以外にも娘はこの学院で有名らしい。
娘は守衛室に立ち寄り声をかけた。
受付の守衛さんも娘に対して、「お帰りなさいませ、ファイラ様」と言っていた。
「賢者様は今学院内にいらっしゃいますか」と娘は尋ねた。
「今の時間は多分、講師の方々と打ち合わせの最中と思われます」と答えていた。
「ファイラが父を連れて帰って来ました。と伝えて頂けますか」
「かしこまりました。それまで応接室でお待ちください」
私たちは守衛さんに案内され、応接室に通された。
私と娘はソファーに座ったが、護衛のサーシャさんとステラさんは私達の後ろに立ったまま控えた。
しばらくすると、ドアがノックされ一人の可愛らしくも上品な少女がドアを開け入って来た。彼女はそのままドアの傍に控えた。
次に黒髪の美しい気品あふれる美少女が姿を見せた。
その次に白いローブを纏った少年が、つぎに赤髪が印象的な美少女が、最後に一番小さな可愛らしい少女が入って来た。
最後の少女がドアを閉めると、先頭だった少女に続いてソファーの後ろに控えた。
四人の美少女はみな同じデザインの紺色の服を着ていた。
私と対面のソファーの前には左に黒髪の美少女、中央に少年、右に赤髪の美少女が並んだ。
私はその美しく自然な隊列に感動すら覚えた。
おそらく全員が娘より年下だろう。
「ノア様、只今戻りました。父が是非ご挨拶したいと申すものですから連れて来ました」
娘は少年に礼儀正しく挨拶をするではないか。
どこのどなたか存ぜぬが、明らかに身分の高い方々なので、とりあえず私もしっかりと挨拶をしておこう……。
「ラッセリー・ファイラと申します。テプリー辺境伯に使え、農政官をしております」
「お初にお目に掛かります、ノア・アルヴェーンと申します」
見かけは少年だが素晴らしい挨拶を返された。
「エジェリー・バイエフェルトと申します」黒髪の美少女が、地元では見た事も無いような素敵な挨拶を見せてくれた。
「レベッカ・スピルカと申します」赤髪の美少女の挨拶も、勝るとも劣らない。
『あれ? バイエフェルト家とスピルカ家といえば中央貴族界でも特に名高い伯爵家ではないか⁈』ちょっと冷や汗モノかも……。などと考えていると少年に着席を促された。
「ファイラ卿、遠路はるばる足を運んで頂き、誠にありがとうございました」
少年は私に丁寧に頭を下げた。美少女たちもそれに続いた。
「ステラさんもサーシャさんもお勤めご苦労様でした。ありがとうございました」
「もったいなきお言葉、無事戻りました事をご報告いたします」
少年は彼女達に向けて、満足げに頷いた。
その時、応接室のドアがノックされた。
ドアに近い一番小さな美少女が対応に出た。
美少女が内容を確認すると先ほどの守衛さんが入って来た。
「ご来客中のところ失礼します、賢者さま。只今王宮から馬車が参りまして、宰相閣下が至急相談したい事があるので、登城願えぬか。との用件です」
「ご苦労さまです。使者殿には『現在来客中なので、しばらくお待ちください』とお伝え下さい」
王宮? 宰相閣下? この少年、なにかとんでもない会話してない?
「はい、かしこまりました。それでは失礼します」守衛さんが一礼してから退室した。
みんな顔を見合わせ『やれやれ……』といった表情をしている。
それに今、賢者様って言ってなかった? そういえば娘はパトロン賢者がどんな人物なのか話してくれなかった……。
――まさか、賢者様ってこの少年?
私は横に座る娘を見た。
娘は私を横目でみると、ニヤリと口角を上げた。
「ジュビリーさん、久しぶりに故郷へ帰っていかがでしたか」
「ノア様のおかげで快適な旅ができました。ステラさんとサーシャさんにとても良くして頂きました。故郷は何も変わってなくて、懐かしかったです。父と母にも十分甘えてきました!」
娘がそう言うと、私を再びチラッと見た。
すごく当てつけがましかった。
「ファイラ卿、ジュビリーさんはとても才能があって研究熱心です。ぼくも教わる事がたくさんあります。研究は始まったばかりなので、しばらく王都で暮らす事になると思いますが
ご容赦願います。こちらでの生活はぼくにお任せください」
「……あの、失礼ですが、賢者様とはあなた様の事なのでしょうか」
「はいそうですが」
「実は娘が賢者と名乗るパトロンにたぶらかされ、世話になっていると言うモノですから……」
しばらくその場は沈黙に包まれたが、やがて全員が大爆笑した。
「もう、やだ、お父さんたら。だから言ったでしょう。私は賢者様にお世話になって、いっしょに農業の研究をしているって!」
娘は真っ赤な顔をして、私を叩いた。
「ノア様、申し訳ありません。何度も説明したのですけど、勘違いして聞く耳持たなくって。
それに父にはノア様と直に会って欲しかったものですから、こうして連れて参りました」
ジュビリーは恥ずかしがりながらも、思いを正直に伝えた。
みんな目に涙を浮かべながら、まだ笑っている……でも私の好感度は上がったようだ。
「あの、宰相閣下からお呼び出しがあったのでは……」
「ああ、そうでしたね。いつも突然呼び出しがあるものですから」
まわりの四人の美少女が『ウンウン』と頷いている。
「今日は長旅でお疲れでしょう、こちらで宿の手配をしますので、そちらでお休みください。
ジュビリーさん、明日はお父様と王都見学でもなさって下さい」
「ノア様、何から何までお心遣い、ありがとうございます」
娘は立ち上がって深くお辞儀をした。
「リーフェ」
「はい、ノア様」
「ぼくはちょっと王宮まで行って来るので、ジュビリーさんとお父様を商業ギルド会館までお連れして、父上に事情を話し宿の手配をお願いして下さい」
「かしこまりました、ノア様」
「今日はそこで役目を終わりにしましょう。父上とお帰りなさい」
「ありがとうございます。父も喜ぶでしょう」
可愛い少女の一言にみんなが笑っている。
「ステラさん、サーシャさん、お仕事はここまでとします。それから明日、ウォルターさんを呼んで頂けないでしょうか」
「かしこまりました、賢者様」
「それでは王宮へ行きましょうか。アイリも付いて来て下さい。レベッカはどうしましょうか……」
「意地悪言わないで! ワタシも行く!」
赤毛の美少女の慌てぶりにみんな笑っている。
賢者殿の矢継ぎ早の指示は素晴らしいと思った。
「それではファイラ卿、本日はこれにて失礼します。ごゆっくりお休み下さい。後日ゆっくりとお話しさせて頂きます」
賢者殿と美少女たちは、私に深々と頭を下げて応接室を出て行った。
応接室に残ったのは一番小さな美少女だけだった。
彼女は『支度をしてきます』……と言って少し部屋を開けた。
彼女がマントを着て戻って来ると、『それではご案内します』といって先導してくれた。
長旅を共にした馬は、すでに彼女の手配で学院に預けられていた。
学院を出て、目抜き通りに出ると、急に賑やかになった。
先導する美少女をみて、身なりの良い人はみんな彼女に挨拶をしていくのは不思議な光景だ。
「凄いでしょう、彼女。まだ十一歳なのよ。賢者様の侍女としてこの辺りでは有名人なのよ」
娘が説明してくれた。
「これからもっと驚く事になると思うわ」
パトロンとは日本語としてのイメージはよくありませんが、本来は芸術家や学者さんなどの経済的な後援者・保護者さんの事を言うのですネ。




