第58話 王都の冒険者ギルド本部
「さて、次は冒険者ギルドだね!」
レ―ヴァン王国の冒険者ギルドは、王都サンクリッドに本部を構えている。
広大な国内には、数か所の支部があるらしい。
歴史的には、ノアが幼少期を過ごしたフォレストゲート冒険者ギルドを源流としているそうだ。
そんな冒険者ギルドに訪れる事を、ノアはとても楽しみにしていた。
先ほど訪れた商業ギルド連合会は王都中心部にあったが、冒険者ギルドは市街の西の外れにあるという。
なるほど立地的には、意外と近い北クリスタリア山脈の狩場に向かうのに都合が良いのだ。
また、ここレ―ヴァン王国は二百五十年以上、戦争の無い平和な時代が続いている。
よって傭兵ギルドは存在していない。
冒険者ギルドは貴族や商人の警護等、そんな需要も多く繁盛しているらしい。
ノア達がしばらく歩みを進めると、周囲の景色は変化を見せ始めた。
道路沿いの店は、冒険者相手の道具屋や買取り屋、呑み屋や宿屋などが多く見受けられる。
ノアのみならずエジェリーやリーフェも興味津々(きょうみしんしん)の様で、辺りをキョロキョロと見渡していた。
「あそこのようだね!」
ノアがレンガ造りの大きな建物を指さした。
鋳鉄で造られ黒く塗られた冒険者ギルドの看板が、誇らしく外壁に飾られていた。
観音扉の片方を開けて中に入ると、ちょっと薄暗く感じる。
受付のあるフロアには、比較的軽装備の冒険者が多いようだ。
ノアはフロアの中央辺りで立ち止まり、辺りを見渡した。
依頼のボードには、数多くの紙が貼り付けられていた。
奥にはやはり酒場が営業している。
そしてノアは、深く息を鼻から吸い込んだ。
――ああ、少し薄いけど、冒険者ギルドの匂いがする……。
それは少し血生臭さいような、すえた独特の匂いだった。
ノアな懐かしくて、涙が出そうになった。
――さて、冒険者ギルドと言えば、やっぱり受付嬢が気になるよね!
「ごめんください、こちらのギルド長に取り次ぎを願いしたいのですが」
エジェリーがカウンター越しに声をかけた。
対応した受付嬢は、申し出が目の前の少年少女と似つかわしくない事を怪訝に思ったようだ。
「ご予約はお取りでしょうか~」
先ほどの商業ギルドの受付嬢に比べて、愛想の無い対応だ。
まあ、冒険者ギルドらしいと言えば、それまでだが。
「紹介状を持参しました」
エジェリーは丁寧に紹介状を手渡した。
「ギルド組合員証はお持ちですか~」
「はい」と返事をして、ノアは組合員証を手渡した。
「あら? 綺麗で変わったカード。シャレーク国発行のカードですね。初めて見るわ……」
受付嬢は面と裏を不思議そうに眺めた。
「えーっと、名前は……ノア・アルヴェーンさんですね。ランクは……」
「????」
「エ、エス!」
受付嬢が椅子から飛び上がった。
周囲の冒険者が一斉にこちらを向く。
「あなたが、ノア・アルヴェーンさん?」
「そうですけど」
「Sランク?」
ノアは頷いた。
「し、少々お待ちくださいませ!」
受付嬢は椅子を飛ばす勢いで奥の事務室に駆け込んでいった。
ノア達の周りには、あっと言う間に冒険者の人だかりが出来てしまった。
しかし冒険者達は困惑して、周りをキョロキョロと見ている。
どこにSランク冒険者がいるのか、解からないのだろう。
さほど時間をかける事なく、先ほどの受付嬢は慌てながら戻って来た。
「ギルド長が、今すぐにお会いになるそうです。どうぞ! 応接室にご案内致します!」
ノア達が二階の応接室に通されソファーに座るや否や、ギルド長が扉を勢いよく開けて入って来た。
「おう! 貴方がノア・アルヴェーン殿か!」
第一声から豪快だった。
いかにも歴戦の冒険者といった風貌である。
なんとなく懐かしさを感じたノアだった。
「こんな正式な紹介状なんか用意しなくても、『大樹海の支配者』と名乗ってもらえりゃ、すぐにお会いしたものを」
ギルド長は紹介状をヒラヒラと見せながら言った。
ノアとエジェリーがソファーから腰をあげる。
「その二つ名は恥ずかしいので自分からは名乗りません……」
ノアは照れながら挨拶し、ギルド長と握手を交わした。
「申し遅れました、ノア・アルヴェーンです。こちらは私の案内係、エジェリー・バイエフェルトです」
すかさずエジェリーが優雅に淑女の挨拶を決める。
「お初にお目に掛かります。エジェリー・バイエフェルトと申します。どうぞお見知りおきを」
「これはお美しい方だ! ほう、バイエフェルト……。宮廷料理界の全てを取り仕切るバイエフェルト伯爵家のご令嬢ですかな?」
エジェリーがちょっとはにかみながら首を縦に振り、肯定を示した。
「後ろの嬢ちゃんは、ライマーさんの末っ子じゃないか」
「お久しぶりです、おじ様。ご機嫌麗しゅう。今はエジェリー様の元で、ノア様の侍女を申し使っています」
リーフェも可愛らしく、しっかりと挨拶した。
「ウーン、実に興味深い客人達だ……」
ギルド長が顎に手を添え唸った。
「おい、アンナ。そんな所に突っ立てないで、すぐに一番いいお茶持ってこい。それから今いる役職者全員呼んで来いよ!」
「は、はい――!」
と慌てて出ていくのは先ほどの受付嬢だ。
「挨拶が遅れましたな。レ―ヴァン国冒険者ギルド長のバーレント・ブルーキングと申します。皆さんにお会い出来て光栄です」
挨拶が済んでソファーに腰を落ち着けた頃、ドアがノックされガヤガヤと六名の幹部たちが入室して来た。
みんな支部長のかけるソファーの後ろに並んだ。
最後に入って来たのは、お茶の準備をして来たアンナだ。
「みんな揃ったようだな。今しがた凄い方々が見えられたのでな、ついでにおまえ達にも紹介しておこうと思う」
「この方はノア・アルヴェーン殿。おまえ達もウワサには聞いた事があると思うが、パーティー名『黄昏の梟』の先導者、『大樹海の支配者』ご本人だ」
『うおーっ、マジですか!』と驚きと歓声が上がった。
「子供とは聞いていましたが、本当に子供だったのですね」
「うむ」と支部長は頷いた。
「わずか八歳でSランク昇格を成し遂げた訳だが、その後忽然と姿を消している。死亡説など色々なウワサが流れたが、今日、ここに突然現れた!」
この場の全員がギルド長の力説に、興味津々で聞き入っている。
エジェリーとリーフェもノアの過去が聞けるので例外ではない。
ただ一人、ノアだけは迷惑そうな顔をしていたが……。
「昨年、賢者リフェンサー様がひとりの弟子を連れて、王都に帰還された事は知っているな」
全員が頷いた。
「次に先日王宮で騒動があった事は、おまえ達の耳にも入っているだろう」
「魔人の群れが王宮を襲ったとか……」
とうとう魔人扱いかい……とノアは苦笑いした。
「近衛騎士団が壊滅したとか……」
「その騒動の張本人がこの方だ」
ギルドの役職者たちの驚きは隠せない。
「詳しい経緯は解らんが、国王陛下と和解し、盟友となられ、賢者の称号を賜ったそうだ」
「と、言う事は、こちらの少年が新しい賢者様で?」
ギルド長は満足気に頷いた。
「次にこちらのフロイラインを紹介しよう」
「エジェリー・バイエフェルト伯爵令嬢であられる」
「おお――!」
ノアとはまた違った意味の歓声が上がった。
エジェリーは座ったまま、微笑みを浮べ軽く会釈する。
「あの宮廷料理界を統括する……」
「そして賢者殿の案内役を務めていらっしゃるそうだ」
「さらに後ろに控えているのが、商人ギルド連合会会長のライマーさんの末娘さんだ。おまえ達、この方々の繋がりの凄さが解るか! ライマーさんもやるもんだよ。見かけは少年少女だが、もう未来の繁栄が見えるようじゃないか!」
「リーフェ嬢ちゃん、何歳になった?」
「十一歳になりました」
「ひえー、うちの十三歳の娘より、全然しっかりしているよ!」
幹部のひとりが感嘆の声を上げた。
そしてギルド長は部下に紹介を終えると、ノア達に向き直った。
「さて、本日のご用件をうかがいましょう」
「今日は二つお願いがあってお邪魔したのですが……」
ノアはペースを奪われ、少し話辛そうだ。
「一つ目は今後のご協力を仰ぎたかった訳ですが……そちらの方は……」
「わはははは……。すまんすまん、勝手にこっちで盛り上がって申し訳ない。無論、レ―ヴァン国冒険者ギルドは、今後賢者殿には最大限のお力添えを約束しましょう」
「おまえ達も解っているな、下の者にも徹底しておけよ」
「了解です、ギルド長」
「2つ目のお願いなのですが、このギルドで一番腕の立つパーティーを紹介して頂きたいのです」
「ほう、目的は?」
「実は私の友人達を夏休み中に、実戦経験を積ませたいと考えています。簡単に言えば狩場での指導係ですね」
エジェリーは『初耳!』とばかりに、ノアの横顔を驚いて見つめた。
「例のメンバーですな!」とギルド長もノリノリだ。
「これはなかなかの大役ですな……、さてどのパーティーが良いモノか……」
ギルド長は腕組みをしながら考えてはいるが、顔はニヤニヤしていた。
「おい、『月下の一角獣』はいつ帰ってくる?」
「明日、明後日には戻って来ると思いますが」
「ウム、ちょうどいい。賢者殿、『月下の一角獣』と言うパーティーなのですが、パーティーランクはA、個人的にも全員Aランク持ちです」
ノアは満足気に頷いた。
「それではそのパーティーと面談の手筈をお願い出来ますでしょうか」
「かしこまりました。して依頼内容はどのように伝えますか?」
「そうですね~、まずそのパーティーが使えるかテストしてみたいと思います」
ノアは口許を緩めながらギルド長に伝える。
「ガハハハハッ! Aランクをテストねえ。さすがは賢者殿、いや本場Sランク冒険者だ。プロ中のプロはやはり厳しい。実に結構。これは面白い事になりそうだ」
ギルド長はとても愉快そうにしている。
対照的に他のギルド幹部たちは、不安の色を隠せない。
「出来ればテスト終了まで、ぼくの素性は伏せておいて頂きたいです」
「なるほど、その方がさらに面白い!」
ギルド長も悪巧みに同意した。
「よし、この件のセッティングはアンナに任せる。しっかり連絡を取るように」
「はい、了解しました。」
「ご連絡は王立学院内、エジェリー・バイエフェルト宛にお願いします」
「か、かしこまりました」
受付嬢のアンナが、エジェリーに慌てて深くお辞儀をした。
名門貴族令嬢とは知らずに、つんけんとした応対をした事を気にしているのだろう。
――おお、エジェリーさん、なんか秘書っぽい! とノアは些細な事に感動してしまった。
「それでは、御連絡をお待ちしています。本日は突然ながら、ありがとうございました。」
と、挨拶してノア達は冒険者ギルドを後にした。
「リーフェ、今日はありがとう。おかげで良い話がたくさんできたよ」
ノアはリーフェをねぎらった。
「どういたしまして。ノア様のお役に立てて良かったです!」
「そうだ、今日はどこかで夕食を済ませて帰ろうか!」
「賛成!」
エジェリーとリーフェはとても嬉しそうに返事をした。