第56話 王宮一日戦争<後編>
「和睦……?」ノアは首を傾げ、小さく呟いた。
「ならば国王よ、玉座から下られよ。上座よりの和睦の申し入れなど、礼を失するぞ」
こんどはノアが一国の王に左手を向け、強く主張した。
和睦という政治判断はあくまで『対等』が条件である。
――その時。
「身の程を知らずの小僧が――!」
激情に任せ近衛騎士団長がノアを目指し突進、大上段から切りかかって来た。
フーガが易々と大盾で防ぐ。
金属同士の激しい衝撃音が謁見の間に響きわたった。
間髪を入れず、タイラーの剣が近衛騎士団長の銀色の小手を打ち付けた。
苦痛に顔をゆがませながら剣を落とし膝まずく近衛騎士団長。
そこにレッベカが圧縮空気弾を放ち、ノアの前から排除した。
無様に転がされた近衛騎士団長の喉元寸前に、エジェリーのレイピアが突きつけられた。
見事な四人の連携プレーであった。
「この痴れ者が――!」
国王が厳しい形相で雛壇を下り、こちらに向かってくる。
少し離れて王妃が付き従う。
「トゥライゼンよ、おまえのその曲がった忠義が、余を敵将の前に膝をつかせる事になるのだぞ!」
「貴様こそ敗軍の将、立場をわきまえず恥を知れ。余の顔に二度も泥を塗りおって――!」
「も、申し訳ございません」
近衛騎士団長はひれ伏し、額を床にぶつけて詫びた。
国王はノアの正面に相対した。
「ノア・アルヴェーンよ。」
「此度の余の臣下の不始末を、まずは詫びよう」
国王は頭の中では、和睦と言える状況では無い事は理解しているのだろう。
意を決して膝を付こうとする。
「陛下! それはいけません」
ノアが首を振って小声で諭した。
ふと、ノアは王妃殿下と目が合った。
彼女は少女のように瞳を輝かせ、微笑みを浮かべている。
この場で彼女だけが、壮大なる茶番劇の筋書きを読み、楽しんでいる様に見えた。
国王はしばし思案し、言葉を選びなおして語りかけた。
「和睦の議、返答やいかに」
「それでは……まず我が方からの和睦の条件を提示したい」
ノアも流れの変化に同調する。
「聞こう」
「我、ノア・アルヴェーンと配下にある者全ての……レ―ヴァン王国内の無期限滞在許可、……および……身の安全の保障……行動の自由……財産の保障を要求する」
「ほかには?」
「以上である」
「法務尚書、こちらへ」
国王は上手壁際に控えている法務尚書を呼び寄せた。
そして法的な確認をとった。
「問題はありませんでしょう。承知いたしました」
法務尚書は国王につづき、ノアにも一礼した。
「レ―ヴァン国王陛下に問う。貴国から頂いた和睦の申し入れの内容を確かめたいが」
「我が国は貴殿と友好関係を築きたい……」
「和睦の申し入れとしては抽象的すぎると思うが。もう一歩具体的にお願いしたい」
「我が国は貴殿と、相互不可侵の同盟条約を結びたい」
ノアは大きく頷いた。
「その中には第三国に対しての、安全保障上の同盟関係は含まれるのか」
ノアは軍事力の同盟関係を示唆した。
国王の脳内で全てが『カチッ』とハマったようだ。
これこそが先日ノアが言っていた、抑止力の大きな使い方なのだ。
「もちろんである。是非お願いしたい」
「良き返答を頂きうれしく思う。和睦を受け入れましょう。我も貴国との同盟関係に力を尽くす事を約束しましょう」
「法務尚書よ。早急に同盟条約の草案をとりまとめよ」
「慎んで承ります」
「法務尚書殿、よしなに」
ノアも法務尚書に頭を下げてお願いした。
法務尚書はノアに対して膝をつき、最大限の礼を尽くした。
「良き草案に仕上げる事を約束致しましょう」
ノアに深々と頭を下げた法務尚書は、最後にこう付け加えた。
「お見事でございました……」
国王は少しだけノアと目線を合わせ、踵を返して玉座に戻って行った。
王妃はノアにウインクすると、優雅にドレスをひるがえし国王の後につづいた。
エジェリー・レベッカ・ライナー・フーガの四人は戦闘態勢を解き、ノアの近くへ集まって来る。
みんな極度な緊張後の、脱力感に見舞われているようだ。
「聞け、皆の者!」
玉座に戻った国王の言葉に『ザザーッ』と広間の全員が床に膝を付いた。
「今、この時をもって、この戦争は和睦をもって終結した」
国王の言葉が謁見の間に響き渡る。
「余自身は、ノア・アルヴェーンを盟友と貴び、そしてこの国は同盟条約を終結する。彼の方の幼き姿に惑わされてはいけない。彼の方はこの国の誰よりも強く、賢い」
「余はこれより彼の方を、『賢者』と讃える事とする。余の言葉はこの国の法と同意である。皆の者、余にならうがよい!」
謁見の間に集うすべての者は、国王の言葉に深く畏まった。
時は聖歴1623年6月23日
同日の『王宮一日戦争』によって、レ―ヴァン王国の歴史に初めてノア・アルヴェーンの名前が刻まれる事となった。
後世の歴史家から『史上最も偉大な導きの賢者』と評される、賢者ノア・アルヴェーン誕生その時であった。
* * * * *
「国王陛下、王妃殿下。本日はこれにて失礼いたします。次にお会い出来る時を楽しみにしましょう」
そう言って、新たな若き賢者は白いローブを翻し、去って行った。
供の四人は横に並び整列すると、国王と王妃に深く一礼してから賢者の後につづいた。
国王は若者達の背中をしばらく追った後、玉座に深く身体を預けた。
王妃も倣って優雅な振る舞いを怠らず、玉座に腰をかけた。
「陛下、お見事でございました」
「フーッ、アンネマリーよ。生きた心地がせんかったぞ……」
「そうですわね。あの方に初めからその気があれば、今頃私達はヴァルハラの景色を見ていたでしょうから」
「すべては彼の筋書き通りなのだろうな……」
「わたくしは初めから、解かっていましたよ」
王妃は少し得意げな微笑みを浮べた。
「しかし、なんとも凛々しき少年少女であったな」
「ほんとうに。これからが楽しみですわね」
* * * * *
戦争終結から一時間後、軍務省の会議室で、この余りにも短い戦争の分析が開始された。
出席者は軍務尚書、補佐官、参謀本部から三名、近衛騎士団二名、直轄騎士団三名、衛士隊三名 魔術師団二名の十五名が長テーブルについた。
「まずは被害報告を聞こうか」軍務尚書の発言で会議がはじまった。
「事の発端である襲撃を企てた近衛副団長以下四名は腕の骨折、肩の骨折、足の骨折、顎の骨折の障害を受けています」
「切られたのかね、それとも魔術か」
「いいえ、全員素手によって折られています」
その場の全員がどよめいた。
「嘆かわしい限りだ……」
軍務尚書は首を左右に振った。
「そのほかは?」
「本日午前の王宮正門の戦闘において、正門爆破の巻沿いで衛士に重傷二名、軽傷五名の被害が出ています。」
「その後の王宮前庭での戦闘において、軽いやけどを受けたものが、三名おります」
「人的被害はそれだけかね」
「はい、それだけです」
「物的被害は?」
「……王宮正門の扉が粉砕されています」
「あの重厚な門が、どの様に壊された?」
「圧縮された魔力弾による一撃と思われます」
会議室の一同は静まりかえった。
「他に昨晩、軍練兵場の壁が破壊されております」
「スピルカ魔術師団長、どうであった。ご令嬢が大活躍されたようだが」
ゆっくりと立ち上がる魔術師団長。
「尚書閣下、それを言われますと、返す言葉がございません」
「許せ。なに、ちょっと皮肉を言ってみたかっただけよ」
「それで、王家魔術師団は攻撃が可能であったか?」
魔術師団長は首を横にふった。
「かの若き賢者様が王宮に足を踏み入れた瞬間、王宮内に強力な索敵魔法が展開されています。さらにこちら側の魔力発動を阻害する効果も載せられていて、一瞬にして魔術師団は無力化されたと分析します。」
「我々は激しい頭痛と、底知れぬ恐怖を体験しました」
「正に魔王の御業だな。」
軍務尚書がため息をつきながら、感想を述べた。
「いづれにしても、魔術師団長の令嬢が賢者殿の側近である事は、こちらとしても都合が良い。とりあえず見守るしかあるまい」
「そう言って頂けると救われる思いがします」
魔術師団長は着席すると目を閉じ動かなくなった。
「それでは騎士諸君の感想を聞こうではないか。この中で、自分の剣は届いたと思う者はいるかね」
軍務尚書が騎士団の顔色を観察する。
「恐らく、賢者殿がその気になれば、動いた瞬間魔弾によって貫かれた、と推測します」
「あるいは集団で一斉に攻撃すれば、誰かは届くか」
「いや、魔術の底がしれない。恐らく簡単に排除されるだろう」
「あの少年少女の陣形も見事だったぞ」
「そうだな。四方に放たれていた殺気はなかなかのものだった」
「トゥライゼン近衛団長は完全に(命を)取られていたな」
最終的に『そもそも高威力の魔術によって簡単に殲滅されたであろう』という結論に達した。
「この場の騎士諸君が冷静な分析が出来る事にホッとしたよ」
「最後に参謀長の見解を聞きたい」
「ハッ!」と返事をして参謀長が立ち上がる。
「昨今の賢者ノア・アルヴェーン殿の言動が記された報告書の内容、および本日の流れを総合的に解釈した場合、彼の言動は極めて整合性が認められ、一貫していると考えます」
「事の発端は新たな賢者殿の反撃武力の大きさを見誤った一部近衛の暴走ですが、国王不敬罪・死刑と我が国の法律を行使しうる近衛幹部が、一方的に法を押し付けた以上、受け側としてみれば、国家による重大な侵害行為と受け取ることは当然です」
「残念ながら、我が国に弁明の余地はありません」
「さらに侍女誘拐という明確な侵略行為まであった以上、相応の反撃武力を所有する賢者殿にとっては、対国家との開戦の決断は正しいでしょう」
「結果的に和睦によって我が国の体裁は保たれましたが、どのような要求を出されたとしても飲まざるを得ない状況に追い込まれていたのは事実です」
参謀長は、自らの発言に満足しながら着席した。
「事実上の完全敗北だな。今こうして何も変わっていない事は、不思議な現象だ……」
「まったく、あの若き賢者の筋書き通りなのだろう。手の平の上で、踊らされた気分だ」
軍務尚書はため息を一つ付き、窓の外に視線を移し、最後に一言呟いた。
「しかし私は今回の一件が、この国にとって幸運な出来事だったと思っているよ……」
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