第55話 王宮一日戦争<前編>
いよいよプロローグのところまでやって来ました。
そう言う事で、今回は内容が被るところがあります。
ご容赦下さいませ!
「さてと、行ってみますか」
ノアは支度を終え、白いローブを羽織ると自分自身に声をかけた。
この部屋に誰もいない朝は、初めての経験だった。
朝起きると必ずアイリかリーフェが、朝食の準備をしてくれていた。
そんな贅沢を再確認したノアだった。
「行ってきます」
ノアは言葉に出して、自室の扉を閉めた。
学院校舎玄関前には、すでにバイエフェルト家の紋章の入った馬車が横付けされているではないか。
そしてエジェリー、レベッカ、タイラー、フーガの姿があった。
「あれ、どうしたの君達……」
ノアは彼らの出で立ちから全てを察したが、敢えてとぼけて声をかけてみた。
エジェリーとレベッカは先日の公開模擬戦での黒と赤のコスチューム、腰にはレイピアと銀色のワンドがそれぞれ下げられていた。
タイラーとフーガも皮のジャケットにパンツといった戦闘用のスタイルだ。
タイラーの腰には業物と分かる両手剣が下げられている。
「アイリちゃんは無事なの!」
エジェリーが心配そうに、声をかけながら駆け寄って来た。みんなも後に続く。
「ああ、大丈夫だ。あれから無事に屋敷に送り届けたよ」
「よかった……。あなたも怪我してない?」
「ご覧の通りさ。ぼくは大丈夫!」
ノアは両手を横に広げて、無事をアピールした。
「近衛騎士団はどうなったの⁈」
「たぶん、今頃軍の病院にいると思うよ」
四人は等しく苦笑いをした。
「ワタシちょっとだけ、近衛騎士団に同情するわ……」
「それで、どんな成り行きだったの?」
「軍練兵場に行ったら、四人の近衛幹部がお待ちかねだった。そしてこの魔術封じの手枷をはめさせられた」
ノアは証拠品として持って来た手枷をみんなに見せた。
「ちょっと見せて!」
レベッカが何かに気がついた様だ。
「あら、重いわね……。あちゃ――! これスピルカ家が使う刻印だわ……」
ノアはガクッと頭を下げて苦笑いした。
「まったくスピルカ家は、ろくなモノ作らないわね!」
エジェリーもレベッカを小突いた。
「そんな事言ったって~。ワタシのご先祖様が悪いのよ!」
「それで、どうやって戦ったの?」
「素手で十分だったよ。最終的にはその手枷の能力も破壊した」
「ご先祖様も師匠にはかなわなかったか!」
レベッカは腕を組んでウンウンと頷いた。
「さてみんな。こうしてここにいるって事は、一緒に行ってくれるのかい」
四人は真顔でノアを見つめた。
「ぼくはこれから王宮に用があるのだけど、承知しているのかい?」
四人は頷いた。
「ちょっとケンカになっちゃうかも……しれないよ」
「ケンカじゃなくて、戦争だろう……」
タイラーが頭を掻きながら言った。
「エジェリーちゃん、人使いが荒いとは聞いていたけど、まさか初仕事が自分の国の王宮に攻め込むとは、夢にも思わなかったよ……」
「ハイハイ! いまさら泣きごと言わないの!」
そう言いつつも、エジェリーは申し訳なさそうにしていた。
「ノア、王宮までうちの馬車を使って!」
「ありがとう、エジェリー。それではみんな、ボチボチ行ってみますか」
学院から王宮までは、馬車であれば半刻もかからない。
ノア達は王宮前広場の入り口で馬車を降りた。
「みんな、本当に覚悟はいいですか。死んでしまうかもしれませんよ!」
白いローブを翻しながら先頭を颯爽と歩むノアは、振り返って後に続く四人に最終確認をとった。
「いきなり縁起でもない事言わないでくれ……」
タイラーのぼやきは止まらない。
「フーガさん、エジェリーとレベッカをお願いします」
「おお、ノア殿。任されよう!」
「エジェリー、後悔してないかい」
「わたしはいつだって、あなたの傍にいるだけよ!」
「レベッカは⁈ もう後戻り出来ないよ」
「ワ、ワタシだって師匠の後をついて行くに決まっているでしょ!」
平常であれば、すでに王宮正門は開かれている時刻である。
しかし今朝は王宮内に厳重な警戒態勢がひかれ、重厚な正門は堅く閉ざされたままであった。
水路で隔てられた王宮前の広場には、登城の足止めを食らった人々が困惑の表情を浮かべている。
そんな群衆をかき分け、ノアと四人の供は水路に架けられた石造りの橋上を、正門に向けて進んで行った。
「すみません~皆さん。ちょっと危ないのでもう少し下がって頂けますか!」
途中後ろを振り返ったノアは、群衆に向い両手を高く上げて大きな声をかけた。
その呼びかけに合わせ、タイラーとフーガが橋の上にいる人々を広場まで下がらせる。
ついに王宮正門前にたどり着いたノアは、重厚な杖を立て仁王立ちすると、『スーッ』と大きく息を吸い込んだ。
「我が名はノア・アルヴェーン!」
澄んだノアの声が響き渡る。
「当王国の主、レ―ヴァン王に目通りを望む!」
呼び掛けは正門内側にも届いたはずだが、しばらく返答は無い。
その場は不自然な静寂に包まれていた。
ノアはためらう事無く、固く閉ざされた正門に向かって愛杖を構えた。
杖の先に魔素粒子の光子がうずまき収束していく。
「待て待て待て待て! ちょっとマテ――!」
悲鳴にも似た声で慌てふためくタイラー。
「もう諦めなさい、タイラーさん」
エジェリーが諭すように、タイラーの背中を平手で叩いた。
ノアは砲弾なみの大きさまで魔力弾を成長させる。
そして荘厳な門に向けて解き放った!
瞬時に轟音と空振をもって、巨大な門は砕け散った。
茫然と眺めていた群衆達に、プレリュードは突如として奏でられたのである。
ここノイエ・ブルクハルト宮は、レ―ヴァン王家が国内平定を成してから築いた王宮である。
当然この門が破壊されるのは建城より二百五十年、初めてである事は間違い無い。
「あ~あ、ほんとに王家に喧嘩売っちまったよ……。容赦ないね~」
タイラーは眩暈を感じた様にたたらを踏んだ。
正門を易々と突破する事に成功したノア一行だが、まだ宮殿までのアプローチは長い。
前庭は破壊された門の破片が広範囲に飛び散り、埃が舞い上がっていた。
数名の衛兵が爆破に巻き込まれ、怪我をしているようだ。
「敵襲! 敵襲!」
「ピ―、ピピ――」
「包囲せよ!」
至るところで怒声が飛び交い、笛が鳴り響いた。
宮殿前庭に踏み込むと待ち構えていた衛兵たちが槍を構え、すぐにノア達を何重にも包囲した。
すかさずレベッカが、近づき過ぎた衛兵の足元に、マスターしたばかりの炎弾を打ち込み下がらせる。
着弾した地面から一瞬火柱が上がった。
「おー、このワンド、やっぱり凄いわ!」
「レベッカ、その立派な杖はどうしたの⁈」
「お父様から頂いたの!『持って行きなさい』って。我が家の家宝で、アーティファクトがなんじゃらこんじゃら~」
レベッカは当然、難しい事には興味がない。
四人は方形を組み、ノアを守る。
「武器を捨てろ」衛兵のひとりが叫んだ。
「押し通る!」
即座にタイラーが勇ましく否定し、衛兵の包囲を崩しながら前進する。
タイラーがついに立ちはだかる衛兵と剣を交えようとした、その時。
「そこまでにせよ……」
王宮の奥から静かだが迫力のある声がした。
兜こそ被っていなかったが、全身きらびやかな装飾が施された全身鎧の近衛騎士団長が現れた。
「国王陛下がお待ちである。アルヴェーン殿。ついて来られよ」
厳しい表情で、それだけ告げると踵を返して宮殿へ歩きはじめた。
ノアを中心に隊列を組みながら荘厳な廊下を進む。
静けさの中に靴音が響きわたった。
長い廊下には、衛兵達が左右に等間隔に並び、実にものものしい。
ノアは歩きながら遠慮する事なく、索敵魔術に魔術士を無効化するジャミングの効果を載せ、王宮内にまき散らした。
魔力を感知出来る者、多くは宮廷魔術士達が酷い頭痛を感じうずくまって行く。
これは魔術士達、とりわけ王家魔術師団長である、スピルカ伯爵への配慮であった。かりに大規模な戦闘に発展した場合、『どちら側に付くか?』 という苦渋の決断をさせない為のノアなりの気配りであった。
しばらく緊張が支配した廊下を歩み進むと、大きな扉の前に到着した。
この宮殿で最も格式の高い謁見の間だった。
二人の衛士によってとびらが左右に開かれた。
ノア一行は歩みを鈍らす事なく勇ましく入場した。
荘厳な謁見の間には、左右の壁際に文官、衛士、近衛兵がずらりと列をなし控えている。
正面には玉座に坐す、国王陛下と王妃殿下の姿があった。
ノア一行は玉座前、国王に相対するまで歩みを緩めなかった。
「国王陛下の御前である。膝をつかれ……」
その言葉をノアは杖を力強く突いて圧倒的に遮り、腹の底から声を出す。
「レ―ヴァン国王に尋ねたい」
ノアの眼光が真っすぐ国王を貫く。
「昨日、我の侍女が誘拐され、おびき出されると王家近衛騎士団幹部四人が待ち構えていた」
「我は魔術封じの手枷で拘束され、国王に対する不敬罪により、法により即刻死刑と宣告された」
「四人の近衛騎士が拘束した相手に切りかかるというその蛮行、我は深く憐れみ、軽蔑する。山賊にも劣る愚劣極まりない行為であった」
事の成り行きが徐々に解って来た、謁見の間の人々が一瞬ざわめいた。
「これがその時の証拠の品である」
ノアはフーガに預けていた拘束具と一振りの剣を受け取り、国王の前に放り投げた。
磨かれた花崗岩の床に落ちて発せられた金属音は、静寂の謁見の間に響き渡る。
「この事実を、主である国王はご存じか」
「耳に入っている。」
「この事実は国王もしくは国家の意思か」
「否」
「近衛騎士団指揮官に問う。この事実は近衛の意思か」
「……」
答えが無い。
「国王に問う。なにか申し開きはあるか」
「ない」
「我は先日、申したはず。いわれなき攻撃には、容赦なく反撃すると……」
「昨夜の王家近衛騎士団は、王を語り、法を行使して我を襲った。我はこれをレ―ヴァン王国からの先制攻撃と受け取り、戦争状態に入ったと認識しているが、いまさら異論はないな」
謁見の間は、一瞬で大きくどよめいた。
「構わぬ」
国王の返答に呼応して、広間内の騎士たちが全て剣を抜き構えた。
四十騎ほどだろうか。
即座にタイラー・フーガ・エジェリー・レベッカがノアを囲み、周囲を牽制する。
ノアは、ゆっくりと周囲を見渡した。
「よかろう。この場で一戦、お相手いたそう!」
「我が名はノア・アルヴェーン。この世界を導く者……」
謁見の間の両端に並ぶ文官や貴族たちが、悲鳴をあげた。
どうやら、自分たちの命があぶない状況であることを悟ったようだ。
再びノアは『ドン!』と杖を突き、急速に尋常ではない魔力を纏い始めた。周囲の空気が影響を受け、ノアのローブや髪をなびかせた。青白い光を淡く放っている様にも見える。
先ほどまで国王の脇で膝まずいていた近衛騎士団長が国王と王妃の前に割って入り、盾となった。
「よい」と国王は玉座より立ち上がり、近衛騎士団長を横にはらった。
王妃も国王にならって立ち上がった。
「ノア・アルヴェーンよ」
国王は右手を差し出す。
「余とレ―ヴァン王国はこの戦争の終結を望み、和睦を申し入れる」
ざわめきの後、謁見の間に静寂が戻り、長い沈黙が続いた。
「和睦……?」ノアは首を傾げ、小さく呟いた。
「ならば国王よ、玉座から下られよ。上座よりの和睦の申し入れなど、礼を失するぞ!」




