Scene‐09 バレットトレイン・アンド・アザー
滑らかな石の通路に設えられた祭壇へ向け、光の粒子が集まりだした。
一点に収束し――祭壇の虚空から、カルネ・レイジが出現する。
「ふう……いつ見ても凄いものだ」
詰め襟に学生帽、丈の短いマントを羽織った文学青年が、自分が出現したばかりの祭壇を振り返った。
素材は石とも金属とも言えず、自体が淡く光っている。
そこに乗れば虚空を渡ることができた。――残念ながら自在にとは行かないが。
「名も知らぬ《偉大なる古き存在》が築き、名も知らぬ不定の破壊者によって滅亡したという石都市。――破壊されて尚も、ここまでの神話を誇るか」
恍惚としながら、カルネは廃墟の石都市を進んでいく。
都市に直線はほぼない。
全てが継ぎ目のない、滑らかな曲線で構成されているのだ。
だが、石のスロープを通り抜けたあたりで、滑らかさが消え始める。
さらに進むにつれ、辺りはゴツゴツ、ガタガタとした歪な直線で構成されるようになっていった。
これらは――盗掘の跡だ。
長い年月の間に様々な種族が都市を見つけ、無秩序に掘り返してきた。
訪れたのは人外だけではない。
太古に存在した幻想の国々――太平洋のムー、極地のハイパーボリア、大西洋のアトランティなどからも来訪の跡があった。
「石都市の建造者には悪いが……くく、胸が躍る。――これで奴らさえいなければ、もっと解明が進んだであろうに」
多数の盗掘者たちが挑んだにも関わらず、掘り起こされたのは都市のごく一部だけに留まっていた。
都市はそれだけ深く、広く、そして何より――都市を破壊した存在が未だいるのだ。
最下層の何処かに。
「ショゴス……不定の破壊者か。イーフレイムが細胞の一片を採取したという噂もあったが、さて。――奴らは何か知っているのか」
カルネが苦いため息をついた。
現在この石都市にいるのは人間と、奴ら――忌々しい外なる存在の二種だ。
特にアウトサイダーたち――ミ=ゴとも言われる連中は英国のブリチェスターにある前進基地と石都市を《祭壇》でつなげている。
迷い込んだ人間がここに舞い込むこともあった――
「そのおかげで我らもここを見つけることができたのだ、それについては何も言うまい。――だが、奴らの態度にだけは我慢ならん! 何を考えているのか、さっぱり分からんぞ」
アウトサイダーたちの巣を訪問した時のことを思い出したカルネがギリ……と、奥歯を軋ませた。
余程の屈辱だったのだろう。
怒りながら歩き続けていると、やがて巨大なホールに出た。
内部は巨大な機械でミッチリと埋まっている。
人の手による物ではないが、都市に元からあった物でもない。
その中でも目につくのは、中央にある三つの大型ガラスシリンダーだ。
そのシリンダーには、石都市から回収したと思われるある遺物が複雑に接続されている――
「ヴァルギリス! ――ヴァルギリス・ソフィアー!」
「ここにおります、カルネ・レイジ」
カルネが叫ぶと、機械の影にいた長身痩躯の青年が現れた。
前に鏡の向こうにいた青年だ。
仕立ての良いスーツを着こみ、首元にはネクタイの代わりなのか煌びやかなスカーフを巻いている。
そして顔の半分を夜会用らしいマスクで隠していた。
マスクは、カルネにも意外だったようだ。
「ど、どうしたのだ……そのマスクは?」
「他愛ない願掛けです、お気にせず。――それで、何か御用で?」
「い、いや……」
列車での幻想を揶揄かされたかと思ったカルネが動揺する。
瑛音と出会い、さらには踊りに誘ったことを目の前の男に話すつもりはなかった。
特に華奢な腰の感触を――
二人だけで踊ったあの一時は、まさに至福と呼ぶに相応しい物だった。
「こほん。――こ、こちらに客がくる。案内を申し出たが、丁重に断られた」
「客……ああ」
ヴァルギリスが、後付された制御卓の壁に貼り付けた何枚ものメモを見た。
正確には、その中にあった一枚の写真を。
写真の中では綾瀬杜瑛音が美しくも物憂げに佇んでいる。
瀟洒な男物の服を着て横を向きながら。
透き通るような横顔からは、何を考えているのかを読み取ることはできなかった――
「これは初めて見たな」
「イーフレイムの死亡が決定的になった頃、彼女が表に現れています。これはその頃の写真です」
「だが、男物の服を着ているようだが……」
「この頃は、男と名乗っていたそうです。――くく、悪い冗談だ」
「……」
これはこれでいいな――カルネは、そんな目をしていた。
本人は隠してるつもりらしいが。
ヴァルギリスが小さく溜息を付き、カルネに正気へ戻るよう促す。
「カルネ、彼女たちはいまどちらへ?」
「不用意にカドを潜ってきたので霊柩列車に堕ちた。そのまま乗っていれば『煉獄』へ送られ――後は何時もの通り、天国行きだろうな」
煉獄――天国へも地獄へも行けない者たちが落ちる場所だ。
堕ちた者たちは業火で焼かれ、苦しみの果てに神性を得られれば天国へ昇れると言われている。
「ミ=ゴとの緩衝地を煉獄に例えるとは、カルネもロマンチストなことで。――ふむ、ならば盟約に従って少し様子を見なければなりませんか」
「うむ。――それと話は変わるが、ここのところ《混沌》の流入が酷くなってきている。何とかならんか?」
列車を勝手に改造したムーンビーストとレン人を思い出したカルネが、顔を複雑に歪ませる。
瑛音から発せられた、あの言葉を思い出していた。
この卑怯者――と。
「混沌は無から生じませんから、彼ら、彼女らが存在を始めたことは喜ばしいことなのですが……そうですね、邪魔をされては敵いませんか。何か手を打ちましょう。――それで、後は?」
「い、いや……」
カルネが再び瑛音の写真を見たため、ヴァルギリスも察した。
「ふふ、そんなに綾瀬杜瑛音が気になりますか。くく……去年までは伯爵を警戒しておりましたのに、すっかり隠居してしまったようで」
「ああ、都度ブラックブックを横取りしていくあの伯爵も忌々しかったな。だが――綾瀬路瑛音は、あのジジイよりさらに厄介だ」
「ええ、そうでしょうね」
「……」
刹那、仮面の下から圧を感じたカルネがジリ……と下がった。
綾瀬杜瑛音の話題はそこまで――そういうシグナルだと受け取ったカルネが咳払いする。
「ん。――では警告は伝えたぞ。ここへは来させんつもりだが、奴らは手強いだろう。イザというときは……失敗作や、エイクリィにも働いて貰う」
「はは、失敗作とは酷い。ですが、まあ……ご随意に。エイクリィも構いませんが、これ以上《鏡》を割らないように」
「……」
無表情になったカルネが身を翻す。
鏡を割られたのは、自分が迂闊だったという自覚があるらしい。
「では、行く」
「お気をつけて……」
カルネが虚空へ去った後、再び一人となったヴァルギリスが佇む。
やがて仮面を取った。
素顔は――端正な顔立ちだった。恥じるような部位は無さそうに見える。
「父よ……この顔の通り、私は妹ほど母には似なかった。だがこの顔の通り、父の血は濃いぞ――妹より、遥かにな!」
瞳の色が、吐息が、冷たい銀に染まった。
まるで呼応するかのように、ホール内にある異形の機械たちが一斉に鳴動を始める。
二つのシリンダーに緑の光が灯った。
それぞれには肉塊――不要な部分を切り刻まれ、しかし生きている人間が入っている。
「我に流れる父の血こそが……イーフレイム・エフォーの名を継ぐに相応しいモノだ。お前を殺し、それを証明してやるとも――我が妹よ!!」
ドドド――
異形の機械が激しく唸り始め、二つのシリンダー内部が緑に輝き出す。
そこにあるのは、盗掘された石都市の転移祭壇だった。
本来ならば必須となるある部位を取り払い、ある種の制限――いわば禁忌を犯した状態の。
禁断の光に焼かれ、瑛音の写真がぐずぐずと腐食し始めた。
やがて塵芥となって床に散っていき、最後は灰すらもが踏み躙られる――
*
「瑛音さま、ブレーキを……!」
「これ!?」
『瑛音ぉー! いまお前が操作したのは蒸気圧を下げる奴で、それやったら蒸気ブレーキが使えなくなる。挙げ句に手順を間違ってる!! いいか、よく聞け――』
「ニュート、早口解説やめてー」
僕らは蒸気機関車を止めようと必死になっていた。
何故ならば――
運転席には誰もないのに石炭の火は赤々と燃え上がり、ボイラーをガンガン加熱しているから!!
そう、列車は大暴走を始めていたのだ。
右往左往する僕らを乗せたままね!
タイミング的に、きっとカルネか、ムーンビーストの置き土産だろーなー
しかも警笛が勝手に鳴る度に列車が致命的な角度でカドを巡ろうとするため、頼れるニュートですらも手一杯ときた。
列車は何度かカドを巡り、今は大穴だらけの雪山を大爆走している。
ぐがががが!!
「なんだこれー、電車っていうよりボイラー室じゃないかー!」
『そうだボイラー室だとも! 瑛音、これは蒸気機関車だ。動かすにはボイラーを操作する必要がある!!」
え……ああ!
そうか、そりゃそうだ。蒸気機関の列車なんだから。
「えーと、消化器で火を消すというのは……」
『メインのブレーキも蒸気圧で動いていると、さっき! 言った!!』
いたー!
ガシガシ噛まれたー、珍しくニュートがヒスってる、ごめんてー!
運転席へ来られたのは僕と双子だけだった。
蒸気機関車の二両目には水タンクと石炭車があるから、客車から直通の通路はない。
石炭の山を這って行こうにも、上下左右に激しく揺れるので難しい。
蓋もないバラ積みだからザラザラと崩れるんだもの。
なのでモーサンを着こみ直した僕が双子を担いでどうにか来たワケだけど、運転席が想像してたのと違う訳で。
セブンの運転席は凄くシンプルなのに、蒸気機関車はどうしてこんなに複雑なんだ――とか思ってたら、窓から身を乗り出していた景貴が叫ぶ。
「瑛音さま、この先でまたトンネルに入ります!」
「えー、幾つ目ぇ!?」
『こ、この感じは――瑛音、不味いぞ。この感じは……カドもカド、大カドだ!!』
「ぐががが……皆、無茶やるから伏せてー」
こうなったら一か八かだ、第四のチクタク感覚で無理やり止めるっ!
後のことは任せたー
ぎゅわっと精神を集中すると、腰のホルダーからプラトーを引き抜き――
「(にゃわー!!)」
「きゃわー!」
モーサーン!!
そういや着なおしてたよ、着なおしてましたけどー、そろそろ慣れてほしいかなー
とかやってるうちに機関車はトンネルを潜り、カドを巡った。
ニュートが牙を剥きだし、背中の毛を一斉に立てる。
『このっ……ウルタールの猫を舐めるなぁっ!』
「ニュート! ――モーサンは清華に一度退避、景貴は清華を守ってて。後ろの人たちは……無事を祈りまぁぁぁーす」
チクタクチクタクチクタクチクタクチクタク
ズガッ!!
第四のチクタク感覚によって、プラトーが時空に突き刺さる。
視界が二転、三転、四転、五転と目まぐるしく変わった後、一瞬だけプツっと虚空にズレた。
直後、唐突にトンネルの壁が滑らかになる。
そして――ドンガラガッシャンと凄い音がして、空中に投げ出された。
ぎゃああああ!
「さ、さてはレールがないな、ここ!? ――点呼!」
「景貴います!」
「清華ぶじですー」
『ニュート、ここに!』
「(モーサンおりますがー、その物騒なのを仕舞って頂ければ……がくぶる)」
即座にプラトーをホルダーにしまい、安心したモーサンをまとう。
魔法少女フォーム!
ええい、尻でも何でも触りたければ触りやが――うにゃぁぁっ!!
「ぜー、ぜー……行くよモーサン、手伝って!」
「(あいあい)」
まずは状況確認!
列車は――曲線だけで構成された石都市みたいなところへ突っ込んでるな。
神話的な地下施設か、ここ?
「と、とにかく! ――ニュート、猫の空間把握能力に期待していい!?」
『おう、空でも猫は役に立つとも!」
モーサンを着てるから第三も使えないので、余裕もない。
一人と一匹と一枚で協力し、フードプロセッサーになりかけてる車内から仲間を助けていく。
まずニュートをフードへ突っ込み、尻尾でバランス取りつつ双子を両脇!
モーサンのツバサを一度畳んで運転席から飛び出すと、石炭をバラ巻いてる二輌目を辛うじて飛び越えて客車へ飛び込んだ。
小岩井さんに茂呂島さん、井手上さんにケイ――よし無事!
生きてるから無事ったら無事!!
幸い、客車側はまだ傾いてるだけで済んでる。えーと、何かいいものは――そうだ、それだ!
「モーサン、扉を一緒に蹴飛ばして! いっち、にー、のー、さん!!」
「(あいあいー)」
外扉を一人と一枚で蹴飛ばして引っ剥がすと、滑らかな石のスロープを滑っていく。
よし、行ける。
そこへ全員で――ぐおおお! とーびーのーらーせぇぇぇるっ!!
まず茂呂島さん、小岩井さんの順でドサドサと降ろす。
察したケイは井手上さんをギュッと抱き止め、二人してダイブ。僕とモーサンがサポート……
「ぎにゃーっ!!」
「ごめん!」
ケイが悲鳴を上げる。
ごめん、モーサンの尻尾がいまちょっとキミのお尻を掠った。
だいじょぶ? 大丈夫……だね!
顔を真っ赤にして変顔をさらすケイをどうにか降ろす。
本当にごめん!!
最後に双子をそっと降ろすと、僕のニュートとモーサンの三人で滑らかな石の壁を滑らせていく。
ぐぐぐ、でもコレちょっと厳しい。
持つところか、せめて引っかけるような道具があれば……
「じょ、嬢ちゃん!」
「岩さん!」
小岩井さんが立ち上がり、その腰を茂呂島さんがガッチリ抑えた。
彼の手には――ムーンビーストの槍!
「手伝う、バランスくらいなら取ってみせる。こ、こう見えてスキーもサーフィンも経験はある。――そ、そう言うスポーツがあるが知ってるかい!?」
「知ってます! スキーなら僕もやったことが。よ、よろしくお願いいたします!!」
列車の暴走は止まる気配もない。
僕らは暴走する扉で石のスロープをサーフしつつ、どうにか……ちょっとずつ、安全そうなコースへと舵を切っていく。
と、とんでもない早さでっ。
――って、先が漏斗形になってるー! ウォータースライダーかっ!!
「わぁぁぁぁーっ――」
*
列車と瑛音たちは別々に去り、石都市に再び廃墟特有の不気味な静けさが戻った。
本当に唐突すぎるほどの静寂なので、どちらか、あるいは両方がカドを巡ったのかも知れない。
傷すら残っていない滑らかな石には、当然のことながら列車の傷もなく、だから――
「な……何が? まさか綾瀬杜瑛音……いや、あのような淑女がそのようなこと……いや、しかし……いやいや!」
祭壇の虚空から出現したカルネが小さく首を振り、気の迷いを吹き飛ばした。
成功したかは、分からない――




