第9話 お胸がより大きく!
地下が崩壊すると予告しましたね。あれは嘘です。
「それで……どうするんですか、太郎さん?」
「まず自爆方法は科学的なもんじゃなくて、退魔式だ。ガスとかガソリンとか、そ―ゆーのがしこたま溜め込まれてるわけじゃない」
異論はありません。
飛行機が離陸に向けてエンジン出力を上げれば、機内の乗客が独特の揺れや音を感じるように、私もオカルティックなパワーの高まりを感じています。
電子制御によって爆弾が炸裂させられるのであれば、斯様な気配など覚えようはずもなしです。
「そして……自爆の術式の中枢は、多分あそこだ!」
太郎さんの眼差しは床の一点を真っ直ぐに見据えています。その眼の良さをもってすれば、自爆システムの肝心要を見通す事など容易なのでしょう。
というか、私ですら何となく『あの辺が妖しい気がします』と察せられています。
薪がよくよく燃え盛っていれば、例え部屋の隅で目蓋を下していても、熱の発生源である暖炉がどちらにあるかは悟れるように。
「未熟な俺だけだったらどうにも出来ないけど、鈿碼なら! 術式そのものをぶった斬って、自爆を強制停止させられるはず! うん、さすがは鈿碼! 頼りになるぅ!」
先ほど手放してしまい、ちょっと拗ねさせてしまったからでしょう。振り上げながらに、ここぞとばかりに己が愛刀を褒め称える太郎さんです。
何やら刀身がわずかに震えているようにも思えるので、鈿碼さんもかなり意気揚々なようです。
「トゥア!」
迷いなき一閃。
薄い刃の煌めき。
かすかな風切り音。
そして太郎さんの自信と気合に満ちた声。
太刀の先は私でも通り抜けられない床板をさらりと貫き、その奥に仕込まれていた爆破術式に致命的なダメージを与えたようです。
それはここに至るまでに幾度も見た光景でした。私が長い時を費やしてコツコツ作り上げた罠たちも、たった一振りで無用の長物に貶められましたから。
つくづく理不尽な鋭利さ。味方であれはこの上なく頼もしい切れ味です。
先の裂帛の掛け声以降、口を閉ざして刃の下を凝視する太郎さんを、私も無言のまま見守ります。
……しばしの沈黙。
床は微細な振動を続け、何やら薄い氷が割れるような音が各所から繰り返し発生していますが、大爆発が起きる気配はありません。
もうとっくに制限時間は経過し終えたはず。間違いなく自爆は防がれたのです。
では、このかすかな揺れと奇妙な音は何なのでしょう?
「あっ。太郎さん、ひとつ質問してもよろしいですか?」
「ん? 何だ? いくらでもいいぞ。時間ならもうたっぷりある」
「あの……ここは現実には存在しない地下空間なんですよね?」
床下収納を改造し、その下の地面を延々と掘り進めて形成した場所ではありません。悪しき退魔人が一族に伝わる秘術を活用して生み出した、不思議な異空間なのです。
太郎さんは今、その床を鈿碼さんで突きました。太刀の先端は間違いなく床を―――現実と不可思議の内外を隔てる境界を―――貫通したはず。
それはパンパンに膨らませた風船の内側から針を刺すような行為なのでは? 自爆の術式に留まらず、この空間を維持する術式までをも少なからず傷つけてしまったのでは?
「風船に穴が開いたら、普通は破裂しちゃいます。仮に盛大に割れない場合でも、だんだん空気が抜けて萎んじゃうものです」
っていうか、あくまで自爆を強制停止させただけであり、この場を吹き飛ばすだけのパワーはまだ秘められたままですよね? 何ら消費してませんし、勝手に霧散もしてくれませんよね?
この地下空間が崩壊したり縮小したりすれば、結局大爆発は怒ってしまうのでは?
「大丈夫なんですか?」
太郎さんは退魔人です。
つまりは、その道のプロです。
素人な私の不安なんて、快活に笑い飛ばしてくれますよね?
ぱきりと、また小さな音が鳴りました。
そして太郎さんは、ひどくか細い声調でこう告げました。
「悪い。やっぱやべぇわ」
…………………………やっぱやべぇですか。
太郎さんは退魔人であり、その道のプロ。
とはいえ、経験は半年未満。正社員本採用前の使用期間中の新人さんのようなもの。うっかりミスしても仕方がないですよね。
「それで……どうしましょうか、太郎さん?」
似たようなセリフを繰り返す我が身を情けなく思います。
他者に問うてばかりではなく、自ら妙案を発するべきでしょう。そう思うも、すぐに何かを閃きそうにはありません。
本当にどうしたものでしょう?
当初のタイムリミットは乗り越えられましたか、あまり事態は好転していません。
私はいまだこの場から立ち退けそうにはありませんし、いつ空間が崩壊や圧縮をし始めるかも分かりません。
「こうなったら奥の手だ。出来れば使いたくなかったんだけど」
「も、もしかして寿命を削る系の技か何かですか?」
ひどく深刻そうな口ぶりに、私は心臓がどくんと跳ねさせられたように感じました。
「いいや、削るのは男の尊厳というか、何というか? まぁ、とにかく……変身! ドラゴニックモード!」
太郎さんが声を張り上げるやいなや、耳の後ろあたりから古木を思わせる角が生え、今まででも十分に色濃かった存在感がさらなる深みを帯び始めました。
その発言通りに、見る者に自然と『龍』を連想させる雰囲気へ。唇の端からは八重歯ではなく立派な牙が覗き、漏れ出る熱い息には火の粉が混じっていきます。
「ホント、出来れば使いたくなかった」
「そんなにリスクがあるんですか? だったら、その……何度も言いますけど、私はお気持ちだけで十分ですから。無理はなさらないでください。太郎さん独りなら離脱は難しくないでしょう?」
「手を尽くさずに見捨てるなんて後味が悪過ぎるから、お断りだ。 やれる事は全部やらなきゃな」
苦笑混じりに告げる太郎さん。身体に多大な負荷がかかっているようには見えません。
果たして何が問題なのでしょう? 使用すると男の『尊厳』が削られるとの事でしたが、そもそも太郎さんにとってかけがえのない『尊厳』とは?
「今の俺は龍の女王様から頂いた気を自分の中で励起させてる状態なんだ。このモードだと、普段以上にパワフルかつ頑丈になる」
私が頭上に見えない疑問符を浮かべている事を察し、太郎さんは口早に説明を並べていきます。
やっぱり龍もいたんですか。幽霊やオカルトの専門家がいるんですから、龍だって実在していても何らおかしくはないのでしょうけれども。
今日だけで随分とカルチャーショックを受けていますね、私。昨日までの停滞していた日々が夢幻のように思えてきます。
「問題は、使い過ぎると胸が大きくなる点だ。あ、尻もか」
龍の女王。つまりは雌。
使えば使うほど、太郎さんの心身には『異性の気』が馴染んでいく。雌化が着々と進行してしまう。より女らしくなってしまう。誰がどこからどのように見ても、疑いの持ちようがないほどに。
「すっごいメリットじゃないですか! イイじゃないですか、巨乳化!」
「どこがだよ!?」
「なっ……太郎さんはおっきなおっぱいがお嫌いなんですか!? 小さくないとダメなんですか!?」
「俺だって巨乳は大好きだ! いや、ちっぱいもそれはそれで好きだけど! じゃなくて、俺は女の子のおっぱいが好きなんであって、自分の胸が膨らんでも嬉しくないんだよ!」
「そんな事言いつつ、実は自分で揉んだ事があったり?」
「ぅっ………………まぁ、うん。ないとは言えないけど。だって、そりゃ……自分の胸がぽよんぽよんになってたら、試しに触るだろ?」
「太郎さんのお胸がより大きく。本人も触ると気持ちがよくて、傍で眺めている私も嬉しい。やっぱりイイ事尽くめなのでは?」
「だーかーら! 俺は男に戻りたいの! そんでもって、心置きなく女の子とイチャイチャしたいの!」
太郎さんがぶんぶんと忙しなく頭を左右に振って見せると、胸の膨らみも連動してたっぽんたぽん跳ねます。もう一歩で『オチチが脱出しちゃったネ♡』ですよ。超危ういです。もっとやってください。
あ~、眼福です。
太郎さんの逼迫した状況や苦悩は既に把握しておりますけれども、それでも『このボリュームを捨てるなんてとんでもない!』と、私には思えてしまうのです。
「リリリ様の龍気には助けられてるし、すっごいありがたいんだけど……副作用がデカ過ぎる」
女体化状態を脱するためには、自分の殻を破るだけの成長を果たさなくてはならない。そのために自ら危地に飛び込み、様々な経験を積まなくてはならない。しかし危険を冒せば、奥の手であるドラゴニックモードを使わざるを得ない状況にも陥りやすくなる。
そして龍気を使用すれば、女体化は一層強固な状態異常となり、解呪にはより多くの労力を要する事になる。
う~ん、悪循環ですね。これはもう天が太郎さんに巨乳美少女として生を全うする事を望んでおいでなのでは?
「……ぅぅぅ、そんな胸ばっかりじろじろ見んなよ」
ドラゴニックな今の太郎さんは、どのくらい胸が膨らんでいるのでしょうか? その疑問を解き明かすために胸元を凝視していたところ、太郎さんは我が身を抱きしめつつ上体を捻りました。
「リアクションがとっても乙女チックですよ? 男の子なんでしょう? なら、いいじゃないですか。どれだけ見られても問題なしです」
「男でもそんなに見つめられたら、さすがに恥ずかしいって」
「骨のある男だと自負するのであれば、胸を張って堂々としているべきだと思います。たとえどんな姿であろうとも照れる事なく。プールや海で恥ずかしがって胸元を隠してる殿方は少数派でしょう?」
「くっ、そんな風に言われると、胸を張らざるを得ない。挑発だって分かってても、俺は……男だから! くっ、見たきゃ見ろ! どれだけでも見るがいいさ! ほら!」
ちょっろ。
しみじみちょろいです。
薄っすら頬を染めつつも両手を下げ、おずおずと背を軽く反らせる素直な太郎さんが大好きです、私。
これは……押せば、まだまだイケちゃうのでは?
太郎さんはそれなりに流されやすいタイプと見ました。
土下座して切にお願いすれば『しょうがないなぁ』と呟き、寄りかかってくる相手を甘えさせてしまう人種ですよ、多分。
太郎さんが欲望を暴走させて女の子を襲う光景は想像しづらいですが、逆に女の子に襲われている一幕は容易に思い浮かべられます。
『いいですか、太郎さん? お相撲さんはファンのお子様に胸をツンツンされても、まったく動じませんよね? 微笑ましそうに受け入れますよね? 太郎さんも男であるというならば、お相撲さんに負けない鷹揚さを発揮すべきでは?』という詭弁ですらないアホな意見でも、ゴリ押せば―――イケる! イケますよ、絶対! だってちょろいですもん、太郎さん。
「……ん? うわっ!?」
「どうしました?」
「崩壊する!」
「へ? あっ――――――」
すみません。なんかやっぱりダメみたいですね。




