第八十一話 ダンジョンどうでしょう~ここをキャンプ地とする~
濁音だらけの不協和音的な短い断末魔が洞窟内に木霊した。
もう幾度聞いたか分からない。しかし慣れるというには五月蠅いその音と共に大きな塊が地面に落ちる音もまた短い響きを立てる。
眼前に倒れているのは数秒前まで魔物だったモノ。
確か数秒前まではジャイアントボーンラビットとかいう、EやFランクであるボーンラビットの大型種の名称で呼ばれてたやつだった。
ちなみにランクC相当の魔物でありラビットの癖に人間の成人男性並みの大きさあるゴツイやつである。
そんなのが十数匹も居て一斉に襲い掛かってきたらCどころかBランク冒険者でも無傷では済まなかったんだろうが、対峙したのがランクで測るのが馬鹿馬鹿しい規格外コンビなので大した事には成らず。
現在俺達は六層目を攻略中。
各層の広さは現時点での感覚だと端に到達するだけならば三十分も歩けばよく、隅々まで調べるなら魔物の襲撃さえなければ二、三時間もあれば出来そうな感じである。
今回は大まかな事が判明すればいいので下へ続く道を発見したらフロア制覇一旦置いといてすぐに降りていく。というやり方してるのと、魔物は出会ったたらほぼ瞬殺されてるので予想よりかは時間をかけずに進んでる感じだな。
まぁ魔物退治面に関しては秒殺してても一応素材回収してるからそれで時間喰ってはいるんだが、そこは仕方がない。
そう例え普通ならギルドの解体担当に怒られるレベルに原型留めてなくても拾えるモノが無いわけではないからな。二束三文でも金は金。
ここまで進んだ範囲内でいうなら構造そのものはまだよくあるダンジョンだ。特殊なギミック持ちでもなければ罠の存在もない。ただ小部屋と道で形成されそこに魔物が生息している。
終わりに関してはまだなんとも言えないので置いておこう。この地のダンジョンで一番深いとこでも十三層というからそのぐらいは覚悟しておいた方がよさそうだ。
唯一おかしいと思われる点はやはり魔物である。
地上フロアの時点でDが出てきた。そこからも基本的にCやDクラスの魔物が湧いて出てきたがそれ以下のは出てくる気配もない。
更には四層目からはいわゆる下の下とか中の下という言い回しが付け加えられるとはいえBランク相当のやつまで出現してきたのだ。
呼称とは裏腹に成人男性より一回りはデカい図体のリトルミノタウロス。
錆びついた剣や槍を振り回し、中には投石などの飛び道具攻撃も仕掛けてくるゾンビファイター。
デカさも毒の濃度も大ムカデの上位種の化物大ムカデ。
ダンジョンの土で形成された泥ゴーレム。
芋虫みたいな形をしてるがデカさは大型犬並みにあるクロウラースライム
などといったのが出てきては肝を冷やした瞬間にはマシロとクロエに一蹴されていった。
トューハァトの面々もそれらと戦った経験があるとはいえ、いつもなら一体二体を相手にするのみで一度に十体前後と戦ったことはないという。
しかも上位向けに開放されてるダンジョンの九や十層目ぐらいでようやく出現する存在だという話を聞いた俺は天を仰いだものだった。
いやね俺は座ってるだけだからいいんですよ?いや本当は居る事自体駄目なんだけど。
マシロとクロエもいい。この程度で浮つく神経してるならそもそも俺の心労は激減しとるわ。
ある意味気の毒なのは俺の護衛してるトューハァトの面々なわけよ。
まだ四とか五の時点で少々手強い相手が蔓延り始めるダンジョンなんて上級者向けぐらいなもんだ聞いた話だと。ランクで言うならBでもAに上がれる有望株な実力者パーティーぐらいから挑めそうな場所。
この国でもケーニヒ州に二つ存在するらしく、王都在籍の冒険者でも軽い気持ちで赴こうとはしないという。軽い気持ちで赴いて攻略してきたのはマシロとクロエぐらいなものだ。
一国に一つあるかないかの最難関と目される所。彼らも伝え聞く限りで実感が湧かない領域だっただろう。
此処がまさしくその伝え聞いてた最難関かもしれないと思えば更なる重責に死にたくなりそうだもんな。
今の所戦闘はまったくしてない。構えた途端にマシロとクロエが倒してるのだから。
けど危険度跳ね上がったことでいつ不意打ちされるかという恐怖が緊張感を持続させてるからなのか、ただ歩くか素材拾いしてるだけなのに疲労の色が目に見えて現れてる。
いつものダンジョンなら無駄口の一つも叩き合って進んでるだろうにと思えば自分の置かれた立場置いて同情はする。
ここから先を考えたら彼らにとって無理ゲーともいうべきものが立ちはだかるんだろうしな。
そんな冒険者一行など居ないかのように気にせず進んでいくマシロとクロエであったが、魔物も居ないのに立ち止まった。
もしやと思い座席から立ち上がって前を覗き込むと、二人の居る先にはちょっとした巨人が出入りできそうな高さの天然の門があった。ダンジョンがご丁寧に生み出した降るための道であるのは明白だ。
この階層も半分程度しか調べられてないが、今回は隅々までの制覇が目的ではないからそれでもよかろう。降れるならさっさと進むべきではあるんだが。
「降り道発見したけどさー、もういい時間だから今日はここまででよくないー?」
別に疲れてそうでないマシロの言葉に俺は座席にあるディスプレイの方へ視線を移した。
そこに表示されてるのは「PM:19:35」という数字。現代地球と異世界で極端な時差が発生してないのならこの時間で間違いはなかろう。
大体朝の六時ぐらいに出発したとしてかれこれ半日は経過してたんか。
調査されてない未知のダンジョンだしなぁ手探りで進んでるからこうもなるか。移動だけでなくマッピングや地図作成。魔物退治は除外としても素材回収で思ったより時間かかったような。
と、ダンジョン探索素人の俺は考えたのだが、キィらが言うには地図作成されてるようなとこでも広さや魔物との遭遇数次第ではかなりの時間を要するというのだ。
地図も目印もない未知のダンジョンで尚且つ強めの魔物との遭遇頻度考えたら半日で六層まで進められたのはとんでもない事だという。
それを聞いた俺は思わず前に居る二人へ視線を向ける。
やりとり聞いてたのか、マシロとクロエは俺にドヤ顔成分多めの笑顔を向けて鼻で笑ってきやがった。
凄いっちゃ凄いがなんかムカつくなおいこら。
しかし休息取る事には異論はない。今後の事も考えたら休める時に休んどかないとな。
そう判断した俺はマシロの意見に賛同を示し、今来た道から引き返すことにした。
しばし歩いて到着したのは先程ジャイアントボーンラビットの集団を葬った部屋。降り道から一番近い広場がここなので本日はここで休息をとることにする。
トューハァトの面々はあからさまに安堵したような溜息を洩らしつつ道具袋を地面に降ろして焚火の準備を始める。
俺もサイドカーの座席から降りて大きな伸びをしたりストレッチしたりする。たまに立ち上がってたとはいえ長時間座りっぱなしだったので身体捻ると骨の鳴る音が聞こえてきたよ。
身体を動かしてると傍に居たマシロとクロエがバイクのアイテムボックスを開いて何かを引っ張り出そうとしてた。
「おーしここをキャンプ地とするー」
とか言いながら出してきたのはテント。しかもこの世界の御粗末なものでなく、現代地球のちゃんとした本格的なやつだった。
突然のアイテムボックスの存在開示とこの世界の住人からしたら見慣れぬ品の登場に目を剥く冒険者らを無視してマシロとクロエは取り出したテントを組み立てだした。
それどころかテント前に携帯コンロなどキャンプ用品並べだしている。
「……隠す気微塵もねぇな相変わらず」
「えー?だって地べたで寝るとか趣味じゃないんでー、どうせ野外で寝るならゆるーくキャンプ気分したいっていうかー」
「くくく、スリープの望むままのエモーショナル。快適を求めしインセクトドリーム」
「いやせめてお前らがどういうのか知ってる面子の前でやれよ。ほらみろあっちの奴ら目を点にして硬直してるぞ」
「知らないわー。その辺り口封じやってよー。やりたくないならアタシらがここで目撃者をこう、軽く捻っ」
「わかったわかった!頼むから物騒な事を言うなやるな」
無理矢理見てしまったやつが原因でこんなとこで殺されるとか死んでも死にきれんやつだわ。一応秘密にしてるとはいえこんなんでお手軽に殺人するんじゃねーよ。
舌打ちしたげな表情をしつつ俺は片手で乱暴に頭髪を掻きむしった。
「にしても色んなモノ持ち込んできてるんだな。ここに来る前に準備期間あるとか少し羨ましいかもな」
転移でなく転生だから仕方がないとはいえ、当たり前のように現代の利器をポンポンお出しする二人をたまに羨んでしまうのは本音である。
俺のそんな感想に対して二人はしばし顔を見合わせた後、いつもの気だるげな笑みを消した。
不快になったというより説明が億劫というかそこ語り出したら色々面倒だなと思ってそうな顔をしてる。
「……んー、まぁ私らの自前じゃないけどねー。アフターサービスというか、カミカリ様ってのが色々あったから親切してくれたというかー」
「くくく、ゴッドオブ気まぐれなる恵み。ウィルマインド計り知れず」
「あの神様どんだけ贔屓してんだよ。俺は割と雑だったくせに」
「そんだけ私ら出来る美少女なのでー」
「特典つけすぎだろ。何したらそんだけ頂けるもんかね教えろよその辺」
「くくく、神のみぞ知る。ノリッジの深淵はまた謎めいた輪舞」
「……あぁそうかい。じゃあそのお零れぐらい恵んでもらいたいもんだな俺にも」
このやりとりにてこれ以上追及は無意味だろうなと分かったので俺はあえて平凡な返しをして話題を打ち切った。
ここで言っても仕方がないし何よりまだ触れては欲しくないんだろうな。
何があったか知らないが「色々あった」に込められた闇の深さは相変わらずか。
まぁいいさ。今はこのクソったれなダンジョンをさっさと攻略して無事出ていくことだけを考えとこう。その為にはコイツラが居ないと駄目なんだし。
俺が踏み込まない判断をしたと悟った二人は再びいつもの笑みをヘラヘラ浮かべてみせた。
「よいぞよいぞー。節令使様に慈悲をくれてやろー」
「くくく、ケーブにおける哀れなる弱者への恩を分け与えるピュアハートの恵みなる形」
「へーへーありがとうごぜーますよ!」
吐き捨てるようにそう言った俺は一旦二人から離れた。
脚を向けたのは少し離れた所にてテントを凝視してたキィらの所。一応小声で会話してたから聞こえはしてないだろうが、物に関しての口止めをな。
俺が目前まで来たのに気づいたキィらが慌てて立ち上がって頭を下げてきたが、俺は手を振って途中で止めさせた。
「こんな場所でそこまで気を遣う必要もない。少し話をしたいだけだから座って楽にしたまえ」
「は、はぁしかし……」
困惑気味に顔を見合わせるキィ達。
無理もないがこんなとこで過度に畏まられても仕方がない。俺は先に地面に腰を下ろすことで座る事を促すことにした。
俺が地べたに直に座ったのを見た面々は驚いたものの、俺の意図を察したのかおずおずと座りなおしだした。
全員座ったのを確認して俺はキィに声をかけてみることにした。
「ここまで進んできた感想どうだ?今後の為に正直な意見を聞いておきたいから遠慮はいらないぞ」
「はぁ、えぇと……そうですね、ここまでは普通のダンジョンと変わらない道のりなのはありがたいですが、その分魔物が厄介と言いますか。あの二人だから楽に来れたんでしょうけど」
「例えば君らだけで行くならどうだ?」
質問にキィらは腕を組んで考え込んだが時間は差ほどかからなかった。
「……まず一回目で一発踏破は無理です。個人的感情を含める含めないにしてもフージの野郎でも駄目でしょうよ。Bランクでも上に手が届く連中でようやく行けるか否かの話出来るとかで」
「まぁそういうもんだろうな。話に聴く高難易度ないしそれに近い難易度のダンジョンの可能性が高くなってきたからな今日の探索だけでも」
俺の言葉にキィらは深刻な表情で同意の頷きをする。
「広さはともかく何階層まであるかによっては程々で撤収も視野にいれんとな。流石に三十や四十もあるとは思いたくないがこんな場所で」
「それはそれで凄いからヴァイト州の目玉になりそうですけど、果たして遠路遥々やってきて踏破してやろうという同業者居るかどうか。なにせまだ宝らしいのも手にしてないですから」
もっともな意見に今度は俺が頷いて賛意を示す。
ここまでで出てきた魔物の素材だけでも十分稼ぎにはなるが、命懸けでやるにはまだ一歩も二歩も足りない。
上位の魔物やこんな場所にに釣り合うお宝でも見つけないと俺もこのダンジョン開放を許可するわけにはいかないからなぁ。
しかしとなると明日からまた更に奥へ行くしかない。そしてそれは更なる困難が立ちはだかるということ。
露骨な言い方するなら今以上にヤバイ魔物が襲ってくるだろうということだ。
「……私が言うのもなんだが、後で口裏合わせしてやってもいいから君らだけ戻るとか考えたりしないかね?ここから先の事を考えたら少しばかり不名誉の誹り甘受してでも命を大事にすべきと思うのだが」
俺はまぁ物凄い恐怖体験するが死にはしないしなんなら五体満足で帰ってこれるだろう。
けどおまけのおまけ的なトューハァトの面々までしっかり守る意思や義務感があのド畜生二人にあるとは思えない。実力でいうなら楽勝なんだろうけどやる気が甚だ乏しいわけで。
それならいっそ彼らにはここでお帰り願うのもアリだ。彼らの名誉の為に幾らか俺が口添えすればヒュプシュさんらも文句は言うまい今の立場的に。
俺の提案にキィ達は驚き顔を見合わせたが、すぐさま苦笑を浮かべて肩を竦めた。
「節令使様が俺らなんかに配慮してくださるのありがたいんですけど、俺らの意地や欲云々だけでどうにもなりませんからもう」
「というと?」
「ここまで来るのにBランクに分類されてそうな魔物が一度に十数匹襲い掛かってくるようなとこですよ?俺らの力だと一度や二度は退けられますけど、ダンジョン出るまでに何十回と遭遇するとしたら無理です」
「しかしダンジョンとはそういうものではないのかね?」
「複数出るには出ますけど、少なくともヴァイト州のダンジョンで十や二十が一度に襲ってくる頻度はかなり少ないです。このダンジョンの出現数と遭遇頻度は頭一つ抜きんでてますよ」
「……行くも地獄で引くも地獄な状況ということか?」
「えぇまぁ。なので俺らもあそこの二人に命を託すしか生きてここを出る術ないですね。せめて足手まといにならないように気をつけたいとこっすけど」
「……」
もう本当に帰っていいかな俺。ていうか帰してくれんかねマジで。
彼らの諦め混じりの言葉を聞いた俺は自然とマシロとクロエの方へ視線を向けていた。
会話や視線を感知してるのか否か、こちらの悲観的な気分なぞ知った風でもなく二人は携帯コンロを使って自分らが倒した魔物の肉を呑気そうに焼いている。
「おーいリュガー。もうちょいしたら肉焼けるから最初のお肉食べていいわよー」
「くくく、ポイズンオブジャッジ。初手を確認ロックしてからグルメ堪能すべきバーベキュー」
「露骨に毒見役かよ。俺さぁ伯爵様なんだけどなぁ……」
相変わらず雑な扱いされたことにか緊張を感じる気もない出鱈目チートコンビの様子のことにか、どちらにガックリきたのか自分でも判断付かず俺は盛大に溜息を吐いた。
ダンジョン探索初日は強者と弱者の風邪ひきそうな温度差を醸し出しつつ終わりを迎えるのであった。




