第六十四話 交流x格闘技大会(矜持と意地と)
係員と警備担当の兵の中でここの建設に携わった者らが慌ただしくリングのチェックや修繕を行っている。
ここまでの連戦に加えて先程の叩きつけでともなれば残り試合時に万が一のトラブルが起きるやもしれない。メンテナンスは大事だからねぇ。
思わぬ小休止タイムとなったが、いつ終わってもおかしくはないので観客含めて誰もその場を離れようとする気配はなかった。
そんな空白が生じたので俺はリング付近でメンテナンス終了を待つモモ――の傍でセコンドとして付いてる平成を呼びつけることにした。
選手に直接はマズイがセコンドぐらいに二言三言言葉交わすぐらいは許されるだろう。と、思いたいとこだ。現代地球なら無しだが此処ならアリということで。
従者に引っ張られてきた平成に俺は左右を伺いながら声を小さくして問うてみる。
「どうだ流石に今大会で一番デカい奴とやりあうからあいつも心穏やかではないだろう?」
試合前に「負けそうだけど大丈夫なのか」と露骨には訊けねぇわな。
来る前からやや青ざめていた平成が俺の質問にすぐには答えず首を捻って唸った。
「……いやリュガさん本気で訊いてるんですか?モモさん自身はどう考えてるか分からないっすけど、周りの僕ら今からお通夜気分ですよ。無理ゲーっすよマジ」
「ですよねー」
まぁ愚問なのは承知してるんだけど訊かずにはいられないわけよ知り合い的にはさ。
俺の心境も分かるからか平成もそれ以上は言わずに溜息を一つ吐いて肩を竦めてみせるだけであった。
点検と補修が完了した事が告げられる声が聴こえてきたので平成は俺に軽く頭を下げてモモの所へ駆け戻っていった。
後ろ姿を見送りつつ俺は背筋を滴る緊張や不安からくる汗を補うようにテーブルに置かれたコップを手に取って水分補給をする。
もうなるようにしかならんけどさてどうなる。
ここからじゃモモがどんな表情してるかちと見えにくいが、腕を組んでリングから目を離さないでいる姿に恐怖の影はない。それが度胸か蛮勇かはともかくとして頼もしいものだ。
「はぁい皆さん!大変長らくお待たせ致しましたぁ――!ただいまより準々決勝ガーゼル選手対モモ選手の試合をはじめたいと思いまぁーすぅ!!」
シャー・ベリンの宣言と観客の興奮の声を背に両者がリングへと上がっていく。
測ったわけではないから見た感じになるが、モモは大体一六〇前半ぐらいの身長だ。この時代の女性としては高い方ではあるがそれでもガーゼルと比べたら大人と子供ぐらいの差に思えてくる。
自分よりも遥かに図体大きいやつの相手ということなら狩りで経験してるのだろうが、今から戦う奴は知性無き獣ではないのだ。同じ人間同士の戦いなのだ。
いやまぁ見た目は人間種からしたら魔物みたいだけどね、そこはね、ほら人種問題的に深く追求したら駄目なやつだから。
怖気づくことなく見上げるモモと悠然と見下ろしてるガーゼル。
短くも深刻な睨み合いは試合開始のゴングと共に終わる。
「さぁ始まりました第四試合です!果たしてモモ選手は小柄なその身で巨体の魔族にどこまで戦えるものなのでしょうかぁ!?」
いきなり飛び掛かることなくモモは構えをとり距離を測っていく。対してガーゼルは腕を軽くあげるのみという構えともいえない体勢でそれに応じる。
「モモ選手と違ってここまでの試合で一貫してマトモに構えようとしてないガーゼル選手ですが、これはあれですかね、ファンユー選手同様元々戦うのが本職でない故の素人構えなのでしょうか?」
「それもあるでしょう。ただ付け加えるとするなら圧倒的な体格差があるから後出しになっても十分に対応可能というのもありますね。特にこの試合では余程当たりどころが良くないと多少拳や蹴りを当てたとこでかすり傷でしょう」
そう、魔族のガーゼルはあんな見た目してるが本業は州都で肉屋を営んでる。しかも彼で四代目というからこの地では割と古くからある地元民馴染みの店だったりする。
で、たまにではあるけど本業の傍らでこの国に数少ないが居住してる魔族ら相手に県人会みたいなの主催したり、魔族の国との交流の橋渡し役したりと何気に多忙な男だ。
そんな男が何故こんなのに出場してるのか不思議なんだが、そこはまぁ仮に優勝したときにインタビューするとしよう。出場動機や賞金何に使うとか書類審査や面接で言及しなかったし。
閑話休題。
とまぁとにかく素人だ。力はあるけど技は無いに等しい一般人だ彼は。
格闘技に関してはモモも似たようなものだがあちらは無手での戦いを主体にしてないだけで戦士なのだ。これが人間の一般的な成人男性なら今までの戦いと同じく勝てる確率高かっただろうよ。
ここでも人間種に立ちはだかる種族的な優劣。この差をどう補うかによって勝てる以前に惨敗完敗待ったなしだぞモモ。
心の片隅にて蠢く不安。俺の心配なぞ知らない戦闘部族の族長の娘殿はしばし構えを維持して相手を睨んでいたが、ついに動き出した。
走り出したと同時にやや左側に移動しつつ距離を詰めると同時に相手の脛部分に強烈なローキックを叩き込む。
「……!」
ガーゼルの身体が少しだけ揺らぐ。それを確認する暇も惜しむようにモモは更にもう一発同じ処のローキックを叩きこみ、更に素早く今度は足の付け根部分を狙いハイキックを放った。
ガーゼルの手が伸びてきたのを瞬時に察したモモが足早に後退して再び距離をとる。
しかし巨漢の魔族は三発の蹴りを受けたにも関わらず痛がる風もなくまったく動じずに構えを取り直していた。
「おおっと最初の蹴りの連続がまったく効いてないのかガーゼル選手まったくもって揺るがないぃ!!驚嘆すべき肉体の硬さ!」
「いや単に身体の硬さならファンユー選手の方が上でしょう。肉体の頑強さもさることながらモモ選手の軽さが如何ともし難い事になってます」
「というとあれですか、もう少し踏み込んで打てばよいというわけではないと?」
「そういう問題では恐らくないでしょうね。彼女がもう一回り大きくて重さも相応に加わってようやく有効に持ち込める。というぐらいには打撃の重さの問題が深刻です」
身長だけでも六〇は差があるのに体重ともなれば少なくとも二倍ちょいはある筈だ。
先程のフージ対ファンユーと違い、渾身の一撃レベルの攻撃を常にやってようやく互角に持ち込めるかもしれないぐらいには身体の造りが厳しく出てる。
戦ってる本人が一番気づいてるだろうがどう戦う気だ?このままではちょいと捻られて終わりだぞ。
リング外のセコンドの方を見ると平成らが顔を強張らせてモモを凝視している。容易な相手ではないと分かっていてもいざ開始して差を実感してしまったのだろう。
周囲の動揺など知らず、或いは知ってても無視するであろうモモは再び攻めだした。
駆け出すと同時に飛び上がりガードしてる腕目掛けて蹴りを放つ。
当然ながら防がれるが今度はもう一歩踏み込んだ蹴りだったのか衝撃でガーゼルの上半身がやや揺れる。
着地したモモは間合いを詰めていき、ガードで腕が上がって無防備な腹部目掛けて肘打ちを叩きつけた。
「おおっとぉ、モモ選手の肘が見事にガーゼル選手の鳩尾付近に深く食い込んでいるぅ!!これにはガーゼル選手も痛さに怯むかぁ!?」
「そうですな。って。うん?」
俺も同意のコメントをしようとしたがそれは実現しなかった。
ガーゼルは二度三度軽く咳き込んだ以外のリアクションを示さず懐に潜り込んだモモを両腕で包み込んだかと思うと後ろへ反り投げ飛ばしたのだ。いわゆるプロレスでいうとこのバックドロップみたいなものだな。
しかしこれはマズイ。二m以上身長あるやつにそんな真似されたら無事では済まない。
懸念は秒で的中。反り投げされたモモが音高くリングに叩きつけられた。
後方でなく前方から抱きかかえられてなので頭から叩きつけられなかったのは不幸中の幸いであるが、普通ならここで終わっても仕方がない威力だ。
モモから手を離したガーゼルが向き直って追撃をかけようとしたが、なんとモモは両腕に力を込めて逆立ちしたかと思うと下からまっすぐ突き上げるように両足をガーゼル目掛けて当てようとした。
直線的な両脚キックはしかしガーゼルが急停止したので顔をかすめる程度で終わってしまった。直撃してれば顎砕けるぐらいの一発だったのに惜しいな。
相手の前進を止めただけではあるがモモはその隙に這いずるように向きを変えて立ち上がる。
短くも激しい攻防であったが、片や鳩尾に手痛い一撃喰らってもあまりダメージ負ってないのに、片や二m高さから投げ飛ばされており骨が無事でも衝撃と痛覚は間違いなくただ事ではない状態。差し引きでいうならモモがマイナスだ。
「おい大丈夫かねお嬢さん?」
「……凄く痛い。骨は多分砕かれてはないだろうが、背中から腰にかけて物凄く痛いな」
「なら降参したらどうかね」
「そういうわけにはいかない。戦えるなら戦えるまで戦う。ゲンブ族の掟だ」
モモは肩で息をしながらも構えを取って抗戦の意思を示した。何か言いたげそうながらもガーゼルも構えなおしてそれに応える。
睨み合い付かず離れずの距離を取り合う両者。
モモが三度目の攻撃を仕掛けだした。
強烈な投げを受けた直後とは思えない動きだ。ガーゼルの正拳突きを素早く回避してまたも懐に潜り込むと今度はわき腹にアッパーの体勢で殴りかかる。
もう片方の手で掴みかかろうとするガーゼルに対して肘で叩き落としてもう一発拳をめり込ませる。
果敢な攻めを見せるがやはり打撃の軽さが致命的だ。僅かに怯むもガーゼルは正拳突きを放ってた方の手をすぐさま引き戻して彼女の右腕を掴んだ。
「おおぅっ―!」
一声吠えてガーゼルがモモを振り回して投げ飛ばす。一回バウンドしてロープ際に叩きつけられたモモにすかさず巨漢の魔族は正面から蹴りをいれてきた。
圧倒的なタフさとパワーに観客から歎声が上がる。
マトモに喰らったモモが片膝をつくがそれに構わずガーゼルは彼女の脳天めがけて拳を振り下ろそうとしていた。
流石に死んだら規定により負けになるから手加減はするだろうが、頭部直撃ならKO負け不可避だろう。
しかし直前にモモは前のめりに倒れ込むように身を投げ出した。そしてそのままガーゼルの片足に組み付いて関節を決めて倒れさせようと試みる。
ほぼ全身使って足首や膝に圧力かけている。フージがやったように倒れてからのマウンティング攻撃が通用するとは思えないが、今の状況よりかマシにするには相手を倒れさせるぐらいしかない。
耐えかねて倒れるか。と、思われたがガーゼルは足腰に力を込めて踏みとどまるだけでなく、モモごと足を振り上げてみせたのだ。
蹴り剥がされたモモが再びリングに叩きつけられる。すぐさま跳ね起きるが眼前にガーゼルの拳が迫ってきていた。
咄嗟にガードしたのは流石だが防いだ方の腕が嫌な音を立てたのが実況席に微かに聞こえた。聞き間違いでなければもしや折れたのではなかろうか。
パンチに飛ばされるも一回転して起き上がったモモに客席から驚きと不安の声が沸き上がる。
こんな圧倒的不利な状況でも立ち上がり挑もうとする姿に心打たれた者もいれば、敗戦濃厚なのだからこれ以上怪我する前に立たずに降参すべきだと身を案じる者も居る。いずれにせよモモへ関心が行ってるには違いない。
部族の人間という存在を周知させる目的でいうなら最低限は達成出来てるだろう。彼女や外で店番してる奴らを見て印象に一石投じることは出来てる筈だ。目論見は失敗ではなかろう。
なので俺としてもこれ以上無茶はして欲しくはない。平成らも卒倒せんばかりにハラハラしつつギブアップを願ってるだろう。
だがモモはゲンブ族。戦闘部族と称する一族の長の娘であるから勝敗を軽く見るのは許せないのだろうか。
脳筋だ馬鹿だと言えばそれまでだ。しかしそれは誇りなのか意地なのか表現難しいところであるが、彼女にとっては骨の数本折れたぐらいで音を上げては駄目と自らに課している太い根っこのようなものなのだろう。
痛みを堪えつつもモモは諦めることなく攻撃を再開させるがガーゼルも幾度も先手をとられっぱなしではなかった。
モモのストレートパンチに合わせてガーゼルも同じようにパンチを打ち込む。拳と拳が正面からぶつかり合うが、力負けしたモモの腕が弾かれてしまう。
衝撃に仰け反ったモモにガーゼルが更に追撃の左ストレートを放つ。それを受けたモモがリング上を滑るように飛ばされる。
「……まだやるかい?」
「…………まだだ。まだ終わらない」
戦士でも格闘家でもない本職肉屋の主人なので追撃の手を止めて気遣いの言葉を投げかけてくるガーゼルに、モモは口端の血を拭いながら立ち上がる。
立ち上がれるのは流石と言える。だが満身創痍とまでいかずともドクターストップかけても文句言われないぐらいの怪我はしてるのだ。腕のみに限定してもこれまでの攻防で片方は折れかけておりもう片方も拳にヒビ入ってるだろう。
現に立ち上がる姿はダメージの所為で震えを帯びてるのだから。
始まった時点でも差はあったのに幾つもの怪我が加わり益々不利になってる。この状態だと首絞め含めて関節系は力任せに引きはがされて悉く不発になるだろう。
かといって打撃戦など精々あと一、二回もやれば確実にモモが負ける。
それでもモモは一族の誇りにかけてまだ戦おうとしてるのか。
平成らは青い顔してタオルを投げるか否か話し合ってるのかモモの方を見つつも何か言い合ってる。
もう駄目かやはり。
最早負け前提で試合を見てる中で周囲にまったく感応することなく見物してたマシロとクロエが「あら?」と小さく声を上げた。
「あらー?なんかモモっち空気変わる感じー?」
「くくく、遅き覚醒高きウォールにどこまで達せられるか」
「えっ、なにお前らなんか感じるものあるの?」
聞こえてきた呟きに思わず解説忘れて問いかけようとしたその時だった。
会場のざわめきに俺は慌ててリングへと視線を戻す。そして俺も同じように絶句した。
信じられない光景であった。
モモとガーゼルの拳が再びぶつかり合ったのだが、なんと巨漢の魔族の方が押し負けて退いたのだ。
「ななな、なーんとぉ!!モモ選手がガーゼル選手に押し勝ったぁ――!?信じられません、痛めてる拳だというのに正面から打ち勝ちしているとは!!」
「……私も信じられないですなこの光景。何が彼女の身に起こったのか」
思わぬ事にに俺はそれ以上言えなかった。
ガーゼルも昆虫の複眼みたいな目をギョロリと向きながら押し負けた拳とモモの交互を見ている。モモは拳を突き出したままの体勢でそんなガーゼルを見据えてる。
ここに至って、俺もようやくモモから今までとは違う空気を察することが出来た。
俗な言い方するなら「気」というものだろうか。闘気とか殺気とか、そういう抽象的な単語で評するような目に見えない醸し出すものがなんとなくではあるが彼女から揺らいでる風な。
相変わらずボロボロであるし怪我が回復してるわけではない。しかし圧倒的不利からの敗北に行きかけてた人間とは思えない雰囲気がそこにはあったのだ。
「―――ッ!!」
深呼吸を一度したモモがガーゼルに向かって飛び出した。
胴体めがけてのハイキック、拳を割らんばかりのパンチ、翻弄するかの如き身のこなしで飛び掛かってはぶつける打撃の数々。
猛攻というだけなら今までのように凌いでみせてただろうガーゼルも威力が増してる事に驚きを隠せずにいた。悠然と行ってた防御も全身に踏ん張り効かせて半ば本気になって取り組みだしていた。
ピンチからの急な上がりっぷりに会場も幾度目かの興奮に沸いて騒ぎ出す。
そんな最中で俺はモモの急な上昇っぷりに心当たりがあることを今一度思い出していた。
ゲンブ族は地竜の加護を受けている一族。
単なる伝承もしくはそう信じて思い込む事で心身を奮い立たせていた。ぐらいの認識だったし、これまで別に突飛なものを見せつけられてきたわけでもなかった。
しかしだ、もしこれが伝承や思い込みではなく潜在能力として存在してたとなると、危機的状況においてようやくスイッチがはいったということか。
まぁスキルとか魔法とか存在する世界だから加護持ちも珍しいものではないのだろうけど、よもや分かりやすい肉体強化系とはな。
無論あくまで心当たりなだけで正解か否かは本人に訊かないと分からないし、もしかしたら本人にも分からないかもしれない。
現在分かってるのはもしかしてジャイアントキリングやってしまうのではないかという考えが浮かんでくる程の勢いがついてるということだ。
互いの手足が全身がぶつかり合う乱打の攻防。
ここまで余裕で勝ち抜いてきたガーゼルもついに積極的に攻撃せざる得なくなった。ドワーフ除けば参加者で軽量で小柄な女がそれをやってのけてる。
現代地球の昨今の流れなら盛り上がるだろう。いやまぁここでも十分老若男女区別なく勇敢な姿に熱くなる光景ではあるよ。
素直にすげぇと思うよ俺も。部族中々やるじゃないの。
一歩も引かずにリング中央で白熱する激闘も、だが永遠に続くわけではなかった。
「あぁぁぁ――!!」
「おおぉぉぉ――!!」
モモの上から振り下ろした拳がガーゼルの胸元に当たる。
ガーゼルの下から振り上げた拳がモモの脇腹付近に当たる。
同時に被弾した二人はしばしその体勢のまま動かず沈黙していた。
「……」
「……」
先に膝をついたのはガーゼルであった。苦し気に呻きながら陥没してる胸元を抑える。
だが、膝をついただけで健在だ。無言で倒れたのはモモであった。
静かにリングに倒れ伏すモモ。
起き上がる気配もなく力尽きていることを確認したレフリーが立ち上がり厳かに宣言した。
「勝負あり!勝者ガーゼル選手!!」
まっ、流石に覚醒したからって都合よく逆転は出来なかったか。
でも完敗もあり得たのに惜敗に持ち込んだだけ健闘した証だしな。
結果は残念であるがよくやってくれたと思う。ゲンブ族の意地しかと見せて貰ったよ。
勝敗決して沸く会場。そんな中で俺は内心苦笑しつつモモを労うのであった。




