第二十九話 準備というものは地味なものである
出張(?)から二週間が経過した。
つい昨日のことのようにあっという間に感じるもするが、その間もそれなりに忙しい日々を過ごしてはいた。
ゲンブ族の集落を出てきた日。ひとまずの目的が達成された時点でまだ時間に余裕があった俺はそのままアンゴロ・エッゲ県にある兵士の詰め所の一つを電撃訪問。
節令使が兵も役人も引き連れずいきなり顔を出した事に当然ながら最初は偽物と疑われたが、俺が節令使の証の一つである宝石細工の入った印札を提示したのと、何人かの兵士が州都に居た時に俺の顔を見知ってた事で解決。
そうなったらなったで詰め所はちょっとした騒ぎとなった。まぁ正確に言えば騒ぎになってたのは部隊長とか責任者とかで呼ばれる地位の人らであるが。
血生臭い綱紀粛正執り行ってからそこまで経過してないこともあり、単身での抜き打ち訪問に恐ろしい意図があるのではと顔を青くしているのが分かる。
俺は大山脈方面へ赴く際に官吏や支持者向けの理由で視察を述べはしたがあくまで方便である。いつかはやるつもりではあるが、少なくとも今すぐどうこうではない。
予想よりも早く案件が終わったのでたまたま立ち寄ったわけだが、それを正直話しても信じてくれなさそうなので精々上司風吹かせて兵士らの右往左往っぷりを見物である。
こういう前例作っておけば、後々まで「いつこんな風に上司が来るかわからないから常にちゃんとしとこう」という気持ちも持てるもんだ。常に緊張感保ては酷ではあると承知してるけど、まだしばらくは気を引き締めてもらわんとね。
この詰め所の責任者の案内で建物内を一回りした後に俺は労いの言葉をかけてさっさと立ち去った。
去り際に見送る兵士らにこう言って。
「近々諸君らに一働きしてもらう予定だ。私と再会する日もそう遠くないだろうからそれまで気を緩めることなくな」
兵士らはなんとなく盛り上げるように声を上げたが、上司格の面々は胃痛でも起こしそうな顔を押し隠して引き攣り気味な笑みで手を振って見送ってくれた。
建前である筈の仕事も終えてしまったので、俺は相変わらずバイクの猛スピードに耐えつつ州都へ帰還。
昼過ぎに集落出てそのまま視察してそして帰宅。流石に夜も更けてたとはいえ二日目にして俺のこの地での初出張は無事終わった。
次の日は流石に疲れてたので休んだ。どうせ三日間不在と宣言してるのだから一日ぐらい居るのに居ないという状態も悪くはなかろう。
一応不在という体裁とってるのであまり表に出るのも不味かろうと思い、ただただ部屋で寝るだけ寝て風呂入って食事してマシロとクロエとボードゲームやカードゲームして食事して風呂入って寝てという流れしてたらあっという間に一日終わった。
次の日からはまた節令使と立て籠もり計画発案者としての仕事が待っていた。
三日分の決済案件を片付けるのに一日費やすわ、地元の商工会じみた集まりに周辺農場の地主連中との会合にと顔出すだけで一日費やすわで、結構忙しいこの仕事。
最初の数日はそういう仕事に追われるはしたが、なんとか落ち着いて日常的に裁いてる量に戻りはした。と同時に本格的に対西方部族群との八百長戦の準備も始めることとなる。
流石にまだモモ達から連絡来るわけでもない。けれども数の大小に関わらず俺は率いる軍勢の数や編成は決めている。
州都に駐留してる軍の中から騎兵一一〇〇。これはヴァイト州駐留軍旗下の騎兵の八割にあたる。残りは他県に居るので州都の機動兵力ほぼ全機出すことになるな。
歩兵はアンゴロ・エッゲ県に駐在してるところから三〇〇。後は食料や武器等を輸送する者とそれの護衛兵で三〇〇。ついでに俺の護衛として私兵部隊から五〇。合計一七五〇名を率いて戦場へと向かう予定だ。
ただでさえ純粋に戦闘要員として使える兵隊は僅か五〇〇〇。それも着任時に行った布告によって一割ぐらいは牢屋行きか裁判待ちかでひとまず使えない。集めた所で使えるまで訓練する時間も考えたら今回はアテに出来ない。
元々数が力もしくは戦略の基本である相手より数を揃えるという方法はとれない以上、俺の持ち札として活用すべきが火力と機動力となる。
機動力に関しては今回はまぁこんなもんということで、火力の方はこれこそ俺の知識スキルが火を噴くところだ。
ぶっちゃけ火薬とそれを使用した兵器なわけですがね。
そして火薬といってもダイナマイト造ったりするニトログリセリンやトリニトロトルエンは無理なので、お約束というか火薬の基本ともいえる黒色火薬である。
火薬は歴史を辿ると中国の唐の時代にそれらしきものの存在が記録されているが、世界的に積極的に作られ広められたのは十二世紀以降まで待たないといけない。それも硝石確保の安定化とそれによる大量生産は更に後の時代ときたもんだ。
なので時代を照らし合わせると中世レベルの俺んとこではまだ無いに等しいか差ほど知られてないブツだと思ってる。
なにより火力云々はこっちじゃ攻撃魔法使える魔法使い確保すればなんとかなるんで普及に熱心でないかもしれんここは。似たような理由で弓や弩以上の長距離武器が確認されなかったりする。
魔法をアテにせず戦う方法をここで確立させていけば、今後起こるであろう防衛戦において何か役に立つかもしれんしね。俺も自分の制作したものを試しておきたいと思ってたし。
ということで俺は王都のときに幾つか試作していたものと設計図を職人ギルドとそのギルドマスターであるヒュプシュさんのとこへ持ち込み、少数でもいいので量産を依頼した。
当たり前だけど突然の持ち込みかつ難易度低くはない作成依頼に職人らを預かる男爵夫人は笑顔は消えてないけれど背後に怒気の陽炎をチラつかせた。
「レーワン伯、今は通常の依頼に加えてそちらの望遠鏡大量作成でも忙しいんですけど?」
「いやまぁ誠に申し訳ない。報酬は弾むので是非とも本日から一か月以内に」
「しかも期限付きときましたか……節令使殿は御聡明なお方ですからお分かり頂けるでしょうが、職人達はニンジンぶらさげたら走り続ける馬ではないのですよ。ましてや馬ですら与えたところで走り続ければ倒れてしまうもの。報酬割り増しは当然として、望遠鏡とその今回の依頼が済んだら当面休みを貰わないと不平不満を漏らしますわ」
「本当にすみません。工作系は貴重と分かりつつも酷使せざるえないことは重ね重ね申し訳ありません……」
生きてる人間だものお金出せばいいってもんじゃないからねこういうの。
完全にブラック依頼者自覚あるから俺はひたすら平身低頭するのみであった。
この日だけで前世のサラリーマンの時を軽く超えたと思うわ頭下げたの。地位の高い者がそう簡単に頭下げるもんではないんだろうけど、今後も何度かやりそうというかやるよね技術必要だと。
権力者としての鼎の軽重問われかねない未来予想図が浮かんでしまい、ややげんなりしつつ職人らの集う工房を出てきた俺であるが落ち込んでばかりもいられないのが多忙な身の上な今の立場。
州都庁へ戻ってからは日常の案件片付けつつも軍に対して戦に備えた指示を行っていく。
アンゴロ・エッゲ県に駐在してる兵らには当日参加人数を告知すると共に指定した場所に陣地作成を執り行うよう命令を出す。
近日中かもしれないとはいえ何故今からとはいえば、塹壕や柵作りをしてもらうからだ。規模はそこまで大きいものではないがただ穴を掘るより塹壕として機能出来るようにするには下準備は大切なのだ。
命令書と簡単ながらも作成した設計図を早馬で送るよう命令したので後は戦場予定地へ赴いた時に確認である。
州都に居る兵らには調練の強化を命じていた。
出撃する兵士もだが、留守居任せる残りの面々もいつお鉢が回ってきてもいいように訓練はしとくべきと思う。つーか兵隊なんて戦がなきゃ訓練が仕事みてーなもんだしね極論したら。
こういったことをすれば当然「何か戦やる気なのか」と噂が広まるだろう。モモ達との打ち合わせも考えたらギリギリまで伏せておく事かもしれないだろう。
普通はそうする。誰だってそうする俺だってそうする。けど今回は割とザルでもいい。
なにせ相手は自分の縄張りとその周辺で暴れるか潰し合いしてるかな脳筋連中。
なので諜報活動しにここまで来るどころか、情報収集も疎かにしてるであろうことは俺の(というかマシロとクロエ)の目立った来訪があったのに現時点でノーリアクションから察せられる。一触即発な最中に部族群にアンテナ張ってないとか無いわー。
よしんば実は俺が見落としてるだけでそれなりに情報掴んでるとしても問題にはならない。
寧ろ俺としては警戒してくれたほうがありがたい。厄介な連中の力を一戦で削るには参加人数増えてくれたほうが楽なんでね。
俺は相手側に数以外の有利さを譲る気はない。少数をもって多数を制するのは邪道と分かってはいるが、今後の戦術戦略の方針検討する試験としてあえて挑むのだ。
しかし俺が戦の指揮を執るとは。
節令使志してから覚悟はしていたけどこんなにも早く手を付ける事に成るのは予想外だった。実際は幾つもの分隊長クラスが各々指揮を執って俺は全体見据えて腰下ろしてる予定なんだが。
万単位の数がぶつかり合う大規模なものではないとはいえ、命令一つで死傷者出る行いには違いない。敵味方問わず指揮官として大勢の命を左右するのだ。
自分に将才があるとは思わない。知識スキル使用すれば戦略戦術に関するものを引き出せるだろうが、大体は机上の空論になる可能性が高い。理論や理屈ではない、戦というのは生き物みたいなものというしな。
いざという時自分はしっかり戦場を見通すことができるものだろうか?采配ミスして余計な犠牲生み出してしまうのではなかろうか?
とは言うものの、正直実感湧かないからかそういう命が云々に関してよりも上手く打ち合わせどおりに事が進むかの方に関心があった。
成功して終わった後になんかこうクるものあるなら慰霊でもなんでもするけど、それまでは流石に考える余裕なぞないよなぁ。
根っこの本性なのか生まれ育ちなのか俺って案外人の生き死にに対して冷たいのかな。と、浮かんだ疑問も多忙の最中にあっては深く考える事もなく消えていくのであった。
更に経過して王国歴四一九年七月上旬となった。
夏の季節到来である。夜明け直前の僅かな涼しさを除けば常に暑い日々が今年もやってきた。
吹く風が涼しいだけマシな時期なので昼間は常に窓は全開にしてある。虫に関しての対策もしてあるぞ。
前々から採集や資料調査や研究してたお陰で発見出来たハッカっぽい植物。それに様々な材料ぶち込んで自作した虫よけの香を焚いて窓辺とデスク脇に小テーブルに配置した。
現代日本で売ってるようなのと比べたら御粗末なもんだが、それなりに効果があるので自分で使う以外でも俺が出資してるレーワン食料・雑貨店で季節限定で売り捌いてたりする。
これを売る季節になったとは。春に王都出てからあっという間だな本当。
滲み出る汗を拭いながらそんな事を考えてると、執務室のドアを叩く音が聞こえてきた。俺の応答を聞く間もなくターロンがドア越しから声をかけてきた。
「坊ち……じゃなくて節令使様。受付の者が来客を知らせにきましたが」
「特に今日約束はしてないが、どういうのだ?」
「先月と同じ人らですよ。フード付きのマントな男女一組」
「……そうか。じゃあすぐに案内してくれ。あと、家でダラダラしてるあの二人にも声かけておいてくれ」
「了解」
俺はターロンの足音が遠ざかっていくのを聞きつつ椅子からややずり下がってた腰を座りなおす。
来たのはモモと平成か。あれから大体三週間というのもまぁ移動も考えたらこんなもんだろうな。
ここに顔出してきたということは部族らの間で話が纏まったのと、それに邪魔な部族の戦準備が終わりつつあるということかな。
今日の報告次第ではさっさと出陣してケリをつけたいとこだよな暑さ的に考えて。はてさてあの二人はというかあの人らはどう纏めてきてくれたのやら。
暑さのあまり外していた胸元のボタンを留めながら俺は久方ぶりな族長の娘と召喚現代人の顔を思い出すのだった。




