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日菜とリンダさん  作者: さん☆のりこ
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巣立ち

 今日も日菜はお母さんのオンボロ軽自動車を走らせていた。


 ホームセンターで薔薇の大苗と芝等を買い込み、気分は上々だった・・思ったよりも薔薇がお安かったのだ。オールドローズとか言う、カタカナの名前がえらく長い淡い繊細な色彩の薔薇は非常にお高かったのだが<黄色>とか<白>など、簡単な表記の普通のイメージ通りの薔薇は千円以下で売っていたのだ。別に日菜は薔薇に思い入れも無いので、喜んでお安い薔薇を購入した・・なぜか売れ残っているのは<黄色>の薔薇が多く、そう言えばパンジーも黄色が多かったな・・黄色は人気が無いのだろうか?

退院後の弱った体と心に、目にも痛い<まっ黄っ黄>の庭・・素晴らしい嫌がらせではないか?


鼻歌交じりに交差点の信号で止まって周りを見たら、此処はかの弁護士さんに美味い肉を奢って貰ったステーキハウスの交差点では無いか・・ステーキまた食べたかったなぁと、ふと広い窓から見える店内を覗いたら。


ソフト君がいた。

ソフト君が笑顔で美少女といた。

ソフト君が見たことも無い、いい笑顔でデラックスソフトを食べていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


後ろからプッとクラクションを鳴らされて、日菜は慌てて車を発進させた。


『・・ソフト君・・笑っていた』


思えばソフト君は悩み多き少年で、日菜はいつだって慰め・励まし・尻を蹴り上げる役の人で・・あんな笑顔で話し合う様な関係では無かった。

メールの交換も2~3回しただけだし・・自分だって忙しくて存在さえ忘れていた癖に・・あんな笑顔を見せられると、心になにか引っ掛かってしまうのは何故だろうか?

そりゃぁ、本命の彼女には格好の悪い姿なんか見せたくないよね、日菜には鬱陶しいヘタレ顔を晒しといて美少女には笑顔か!ソフトもデラックスかい!

ソフト君は抹茶味を美少女は蜂蜜ナッツを食べていた様だ、何気に目が良いな自分・・蜂蜜ナッツとは美少女もお目が高い。奢りか?ソフト君の奢りなのか、2人で3千円はするだろうに・・金持ちだな、出世したなソフト君。

そう言えば、ソフト君は早々とプロ入りを決めてチームに合流し、学校は出席日数のギリギリまで休んでいたと聞いた気がする。


『きっと卒業式に出る為に、わざわざコッチに戻って来たんだ』


笑い合っていた・・あの美少女は、校内に有った<ソフト君親衛隊>のメンバーでは無かったな。見た事も無い顔だった、都会風でこの辺には生息していない様な美人さんだったな。サッカー選手の恋人や奥様は美人ぞろいだものな。

くくく・・親衛隊のメンバーに<ざまあみろ>と思ってしまうのは余りにも醜い心だろうか?



 いつもの日菜御用達のソフト屋さんがあるビルの駐車場に車を止める、ここの電気屋さんの2階には百均が有るので其処に用事が有るのだ。庭を造るのに必要な小物、白い小さな柵とかは、ホームセンターで購入すると馬鹿高いので百均で購入するのだ。可愛い庭の置物の熊さんとか、豚ちゃんとかも有るから適当に買おう。百均の恐ろしい所は百円だから安いと思っているうちに、気が付くと有り得ない数の商品を購入していてレジで驚くところだ。

用心して必要最低限にしなくては・・キリッ。


『そういえば、最初にリンダさんを案内したのは此処の電気屋さんだったな。ソフト君が日菜に話しかけて来たのも此処だった・・』





 購入した嵩張る荷物を車に詰め込み、ふとソフト屋さんの方を見ると(日菜はソフト屋さんと呼称しているが冬は大判焼き屋さんだったりする)もうソフトクリームの幟が立っていた。温暖化なのか?店の中にいるいつものおばさんと目が合って、此処も最後かぁ・・と思い店に寄った。


「お姉さん久しぶり、車運転しているのね今年で卒業なの?」

「はい卒業です、なので此処も今日が最後なんです、県外で就職するので」

「そうなの、おめでとう若者がまた減るのね」


小母さんは税金が~とか年金が~とかブツブツ言っている、知らんがな。


最後のチョイスは・・桜ソフトだって新作だね、春も近いしこれにしようか。


「ねぇ、あの男の子はどうしてるのかな?二人でソフト食べていた男の子がいたでしょう。なんかね・・お姉さんが来ない時に何回か来て、長い間一人でベンチに座っていた事が有って・・お姉さんが来ると男の子の方が来ないし」

「そんな事があったわよね~」


小母さん達は暇なのか、客の事を良く覚えているらしい。


「そうそう、だから深海とか言う監督のアニメの人達みたいだねって・・すれ違い?のジレジレっての」

「深海・・良くご存知ですねアニメとか」


『じれじれ?』


「家の息子アニオタでさ、俺の嫁がどうとかで・・頭が痛のよ」


『・・・そんな事も有ったのか・・・』


「彼、サッカーのプロ選手になりましたよ~、うちの学校の出世頭です」

「そうなの!凄いじゃない!」


「で?」


小母さんの好奇心は止めようがないらしい。

日菜はにっこり笑うと250円の桜味ソフトを受け取り、質問に答える事もなくベンチへと向かい座った。

大体答えようも無いでは無いか、ソフト君とは小母さん達が期待する様な出来事は何も無いのだから。小母さん達に見られながらベンチで食べたくはなかったが、ソフトを食べながら片手運転できる様な技量はまだないので仕方がない、何やら笑っている小母さん達の話題の種が自分かもしれないと思うと落ち着かない。

でもまぁ、此処に座って国道の車と畑を眺めながら、ソフトをウマウマと食べるのもこれで最後だ、桜味のソフトは桜餅に付いているハッパのような味がした。

・・美味い?う~ん、微妙?


良い事も悪い事も・・沢山あった18年間。

良い人も意地悪な人も・・日菜を助けてくれた人達、友達・先生・お父さん、反面教師でお母さん・兄さん、隆志・爺。いろんな人と係わる事で、今の日菜の人格が出来たのだろうな。

でも、それももう終わりだ・・両親の庇護を離れて巣立つ自分は、もう子供ではなくなってしまう。嫌な事とか失敗して引き起こした不利益を、周りのせいにして言い訳が出来る甘えた時代は過ぎたのだ。社会人になったら自己責任・自己解決か基本か・・厳しいのぉ。


求め・前に進め・・か、リンダさんは難しい事を要求する。


携帯からソフト君のメアドを消去して着信も拒否に設定した。

愚痴を聞いてやる都合の良い女(性的な意味は無い)扱いは御免だし、リンダさんが離れてオ~ラは見えなくなった、いや?死ぬほど集中すると僅かに見えるが・・そこまでしてやりたい事では無い。もうソフト君にしてあげられる事は何も無いのだ、あの美少女がこれからソフト君を支えて行くのだろう。

・・リア充め粉塵爆発しろ。


桜ソフトを食べ終えると、日菜はお店の小母さん達に手を振って去って行った。



   ****



 卒業式の当日、日菜達は揃いのリボンを髪に飾って式に臨んだ。

いや?それほど派手なリボンでは無いよ、ちょっとアニメ風だけで・・発案はやはり智花ちゃんで、そうして日菜達はそれを拒否できないのだ、だって智花ちゃん可愛いんだもの。


式は恙なく進行する。

卒業式の歌詞ってウルッと来るものが有るよね、我師の恩とか・・リンダさんを思い出すと、まだ胸がズキンと痛む。これが依存って奴なのかな・・でも、日菜にあんなに寄り添い、教え諭し導いてくれた人は今までいなかったのだ。無理も無いと思いつつも・・これから行く会社の教育係のイケオジとかに、コロッと引っ掛から無い様に注意をしようと心に誓う日菜だった。ファザコン気味なのかな自分・・リンダさんの歳は聞いたことが無かったが、オジサンなのは確かだろう。


【今こそ分かれめ・・・】


さようなら故郷・家族・友達・・初恋?違う?違うんだよ!けっ!

まぁ良い思い出と言う事で、ね? ほら、青春の彩と言う事で。


【いざ、さらば・・・・・でっ・・・・・・・終了~~】



   *****



 卒業式の後、日菜にはまだやる事が有った。

日菜の愛車<ママチャリ号>は学校に寄贈した、クラブ活動で買い出しに行く運動部の下級生達に大変喜ばれた。前後に付いている籠で運べる容量が大きいから、大量の買い出しにもへっちゃらなのだ、凄いだろうエヘンだ。後に、後輩達は親愛の情を込めてママチャリを<ヒナっこ号>と呼ぶようになったと言う。ふざけんな。


 それから制服だが、日菜の着ていた時点で既にお古で肘がテカテカの古着なのだが、なんと欲しがる子が現れた。パソコン部の後輩(♂)の妹さんで、4月にはC高の生徒さんになる子だ。親御さんから新入学の制服代を貰っているのにも関わらず、そのお金を着服し<液晶タブレット>の良い機種を購入する野望の為に密かに隠してハムスターの様に溜め込んでいる困ったちゃんだ。

妹ちゃんはイラストレーター志望の子で、デジ絵を描いて投稿サイトに送り、出版関係者の目に留まりお仕事を頂くのが夢なんだそうですよ・・・制服など、もう要らないのだからあげるのは構わないが。

お母さんに怒られても知らないよ?

妹ちゃんは日菜の学校指定のダッフルコートまで欲しがったが、それまであげると日菜が着る上着が無くなってしまう・・そう言って断ったら妹ちゃんは紺色のピーコートを持って来た。交換して欲しという、新品だよこれ?良いの?の問いに勿論です!・・と全く迷いが無かった。ブレない子だなぁ。


・・・・クーリングオフには対処しないよ?




 パソ部の部室を借りて私服に着替え、脱いだばかりのホカホカの制服を紙袋に入れて妹ちゃんに渡す。今朝消臭剤をシュッシュして来たけど、洗ってね?なんか恥ずかしくてヤダな。

私服で立て着た姿を先生に見られたが、日菜が新居に向かうと言うと何も言わなかった。制服で入って私服で校門から出る、素早い転身ってやつだ。もう高校生では無いんだぃ!


 駅前から高速バスに乗る、夕方6時に布団やカーテンの配送を頼んであるので、速やかに新居に移動しなければならないのだ。

智花ちゃんはじめ友達とパソコン部の後輩が見送ってくれた、万歳三唱は恥ずかしかったし、車内の生暖かい視線は居た堪れなかったが・・嬉しかった。


「親元を離れて遠くで働くの?」


大変ねぇ~と変に誤解したお婆ちゃんが、同情したのか飴ちゃんをくれた・・美味しかった。

バスが大きな交差点を曲がる時に、C高の生徒が大勢いて誰かを囲んで群れているのが見えた。何だろうと何の気なしに眺めたら、その中心にソフト君がいてモミクチャにされていた。バスの窓側に座っていた日菜と一瞬目が合い、ソフト君は驚いた様に目を大きくし口を「あ」と開けていた。


『ふっ』


今こそ分かれめ・・いざサラバだ、あばよっと。


『貴公の心身の安寧と、益々の活躍をお祈り申し上げる』




こうして日菜は、故郷を一人巣立って行った。


お読み頂き、有難う御座いました。



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