第127話 天空城幼稚園
「えーっと、セヴァス?」
ソファに腰かけた状態で、眼前に立つセヴァスへ問いかける。
セヴァスも座ってと言っても聞きゃしないから、もう諦めた。
直属の長が座らないのに、次女式自動人形たちが座るわけもない。
天空迷宮の第一階層攻略を完了し、『別庭』の屋敷に帰還している状況。
ただし今ここにいるのは、俺以外はセヴァス、最古の四体、銀、千の獣を統べる黒に、未だ意識を取り戻さない鳳凰ことエヴァンジェリン・フェネクス。
つまり『天空城』に属する者たちだけである。
セヴァスの背後には、背筋を伸ばした『最古の四体』と銀が並んでいる。
エヴァは俺と同じソファにその身体を横たえており、その様子を千の獣を統べる黒が心配そうに見ている。
意識が戻らないとなると、さすがに心配なんだな千の獣を統べる黒も。
クリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君には冒険者ギルド本部に残ってもらっている。
俺たちの攻略完了を冒険者ギルド本部で待っていてくれた、レヴィさんもそのまま一緒にいる。
あっちはあっちで、冒険者ギルドが攻略を諦めていた天空迷宮を、第一層のみとはいえ突破したギルドの出現で大騒ぎなのだ。
俺にはわかりやすくぺこぺこしていた、一筋縄でいきそうにない現冒険者ギルド総長殿――確か名をアブドゥルとか言っていた――は、行きはいなかったセヴァスを見て卒倒しそうになっていた。
ここへ戻る前に少しセヴァスとお話をしてからは、顔色が紙のようになっておられたが大丈夫だろうか?
しらんけども。
騒ぎは現在のところまだ上層部のみではあるが、提供した膨大な数に上る稀少魔導武装などは、すべてではないもののある程度は市場に出回るだろう。
それに新設ギルドである俺たちのギルド等級、攻略を果たした一党メンバーの冒険等級は今回の実績のみで最上位へとカッ跳ぶだろうし、いつまでも隠しておけるコトでもない。
ここ最近の騒ぎに重ねて、いきなり最上等級ギルドが誕生するとなれば、騒ぎはアーガス島のみにとどまるまい。
あ き ら め た !
ただ今回は『支配者の子供達』の次世代たちが立ち上げた新進気鋭のギルドということで、表舞台にはクリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君の皇族、王族トリオに立ってもらうつもりだ。
俺は仮面でもつけて、謎のメンバーの一人として振舞う予定。
そんなことよりもだ。
俺の座っている豪奢なソファに寝かしているエヴァは、腕の中でくたりと意識を失った時よりも一層、幼児退行が進んでいる。
精神が、ではない。
躰が、である。
心配そうにしている千の獣を統べる黒が見つめるエヴァの人化形態は今、どう見ても四歳から五歳――幼稚園児のような体躯にまで縮んでいる。
なにこれ。
純白のドレスもそれにあわせてキッチリ縮んでいるのが地味にすごいが、感心している場合でもない。
こんなん、俺も含めて現在揃っている『天空城』勢の中で、唯一麾下の『軍団』共に変化が無いように見えるセヴァスに聞くしか手なんか思いつかない。
「なんでございましょう我が主」
戻ってすぐ身だしなみを整えたらしく、いつものように隙ひとつない姿のセヴァスが即座に応答する。
背後の侍女式自動人形たちは手を前で合わせて静かに立ち、俺か直属の上司である執事長からの指示に即応できるようにしている。
銀は最古の四体と並んでいても、別に居心地悪そうでもない様子。
侍女式自動人形たちの中では、得意分野とか生み出された順序こそあれ、上下はないのかもしれないな。
あったとしても、仲のいい先輩後輩といった感覚に近いのか。
「……禁則事項とやらに触れない範囲で、説明してもらってもいいかな?」
こうも聞きたいコト、というよりは突っ込みどころが多いと一つ一つ聞いてなどいられない。
こういう問い方で、セヴァスが今の俺に聞かせていいと判断した情報を、取り纏めて聞かせてもらった方が間違いなく手っ取り早い。
その上で疑問点を重ねて問う方が効率的だろう。
肝心なことはみな、『禁則事項』になっている気はするけれど。
みんみんみらくるか。
「畏まりました」
俺の内心など知る由もない――あるいはある程度予想はついているのかもしれないが――セヴァスが慇懃に一礼し、俺の指示に的確に答えてくれた。
内容をまとめると以下の通り。
ヒイロとしての生涯を終えた『黒の王』は、しばらく休眠することを下僕たちへと宣言。
それには『天空城』も連動することを命じられたとのこと。
つまりは主が目覚めるまでは、天空城もその活動の一切を封印せよということだ。
期間は未定。
ただし完全無防備にするわけにもいかないので、冒険者ギルド各支部や各国の中枢に侍女式自動人形を送り込み、それを統括していた序列№0005、近衛軍統括『執事長』、セヴァスチャン・C・ドルネーゼと、管制管理意識体の自動処理関連だけは活動継続を許可された。
管制管理意識体の本体は、俺の記憶と共にまだ眠っているらしい。
なんとなく『黒の王』の横で寝てそうなイメージがある。
なお俺が記憶を封じられた状態で目覚めることは、予定通りとのこと。
目的は『天空城』によって変わった世界を、『黒の王』や冒険者王としての予断を持つことなく確認することだと告げられているらしい。
まあこのアタリまでは、なんとなく予想していたとおりというか、いかにも俺がやりそうだとも思える。
いい歳になるまで長生きしてなお厨二魂を失わなかったのはさて、自画自賛するべきか深く反省するべきか……
『天使襲来』の次の世界変革事象である、万魔の遣い手による大騒動までの空白期間を選んでいるし、セヴァスと管制管理意識体の一部機能を活かしているアタリ、大きな問題はないと判断したことにも素直に頷ける。
下僕たち以外の仲間たちがみんな去ってしまって、寂しかったからもっともらしい理由を付けて、そんなことを思いついたのかもしれない。
記憶の封印を解かれるまで、本当のところはわからないけども。
実務的な面で言えば、『天空城』が表から姿を消したこの世界がどうなっているかを、予断無く俺自身が判断するというアタリだろう。
わかりやすい支配無くば、やはり腐るのか。
それとも自浄作用を働かせながら、完璧は不可能でもよりよい世界を維持せんとしているのか。
我ながらずいぶん上から目線だとも思うが、要は『天空城』の介入度合いを決めることが目的だと考えてまず間違いない。
記憶が封じられているとはいえ、つまるところ俺が考えることだしな。
状況が前者であれば再び、天空城が現代を生きる人々の前に姿を現すことになるのだろう。
だが現状はセヴァスにしても想定外らしい。
世界を確認しつつ、『天空城』へと至る道を用意したのはほかならぬ『黒の王』本人らしく、その各階層主にランダムで下僕たちを据えることもセヴァスは知っていた。
自作自演もここに極まれりである。
だが詳細は知らされておらず、まさか下僕たちも記憶を封じられたまま俺に挑んでくるとか、倒した結果こうなる――まだ一例だが、幼体化して仲間に加わる――ことは予想の斜め上とのこと。
まあそりゃそうだ。
なんだってそんな仕組みにしたのか、記憶を封じられているとはいえ、本人である俺にも皆目見当がつかない。
セヴァスにもわからんとなると、記憶があっぱらぱーな俺にはお手上げである。
「マジで?」
「マジでございます」
うん。
セヴァスは俺に嘘はつかないとは思うんだけど、すべてを語ってない場合はあり得るよな。
ほかならぬ記憶を封じる前の俺が、セヴァスがそうすることを可能な状況において喜んでるような気もするし。
正確には『黒の王』で問えばすべてを答えるが、分身体に対してはその限りではないというか。
そうするように命じられているというか。
とはいえセヴァスは『黒の王』を信頼しているのか、管制管理意識体が深刻なミスをするはずがないと確信しているのか、万が一非常事態になれば俺の記憶の封印も含めて、一斉に解除されるだろうとの見立てのようだ。
俺の本体を信頼しすぎるのはどうかと思うが、確かに管制管理意識体が『天空城』にとっての不利益を見逃すとは思えない。
こっちへ来てからの記憶を封じられている今の俺にとって、管制管理意識体は表示枠とそこに表示される文字の存在であって、セヴァスから聞く『絶世の美女』状態というのはいまひとつピンとこないんだけどな。
最初は表示枠内だけだったものが、最終的には実体化していたらしいし。
今の状況だと、管制管理意識体も幼女化するのかね?
「全竜殿の幼少時など、少々興味が湧きますな」
「いや、あのな……」
たしかに気にはなる。
女性体系は可愛らしくなるだろうという点において疑いはないのだが、男性体系や異形系は一口に幼児化と言ってもどうなることやら。
エレア以外はもともと人ではないから、全竜なんかは仔竜になる可能性も――鳳凰が人化形態なんだからそれはないか。
めっちゃ気弱げな幼児だったりしたらどうしよう。
「執事長様の幼少時……」
俺たちの会話を聞いていた銀がぽそりとつぶやく。
「わかる」
「みたい」
「想像もつかない」
「ちょっと怖い」
その発言に、最上の姉たちである春花、夏鳥、秋風、冬月がそれぞれの言葉で応えている。
直属の上司の幼少時となれば、見てみたいものらしい。
でもセヴァスも人じゃないからなあ……
冬月の言葉が正解になる気がするぞ。
「これ」
主人を前にしての勝手な発言を嗜めているが、そこまで本気でもない。
分身体に対するあえての「気安さ」は、間違いなく俺が望んでそうさせているな、これ。
でなければセヴァスがこの程度で済ませもしないだろうし、銀たちも今のような言動を取ったりはしないだろう。
たぶんこれが『黒の王』の御前なんかだと、物理的に首が飛ぶ事態になったりしそうだ。
銀たちを窘めている姿は、どこからどう見ても見目麗しき老執事殿である。
……老境の渋さというか格好よさが極まっていて、確かに幼少時なんかは想像つかないな。
「要は天空城へ至ればすべて解決ってことか」
「左様でございますな」
ソファに身体を沈めるようにして溜息と共に結論を呟く。
セヴァスが肯定しているとおり、天空城へ至って俺の意志が『黒の王』へと戻ればすべてが解決するだろう。
とはいえ――
「あ、おきた」
穏やかな寝息を立てていたエヴァンジェリン(幼女)が、目をこすりながら目を覚ます。
しかしこれ真租の幼女形態よりも幼いから、ベアトリクスが見たらなんかクレーム入れそうだな。
安心しろベアトリクス、この時点では全くの互角だ。
なにがとは言わないが。
気を失った時は幼女化していなかったためにテレて逃げたのか、今は屈託ない笑顔で俺の服の裾をつまんでにこにこしている。
まだ寝ぼけている可能性はあるが。
相変わらず言葉はなにも発さない。
元々が人ではないから、その幼児期となれば人語を解さないのも当然なのかもしれないな。
左手が手持無沙汰なのか、心配そうにしていた千の獣を統べる黒の尻尾を掴んで遊びだしている。
迷惑そうだが、千の獣を統べる黒の方が今はお兄さんなのか、自由にさせている。
そういえば千の獣を統べる黒も子猫化してるんだよな。
レベル上昇に伴い、お兄さん化していっているのだろうか。
「これ、下僕たちみんながこうなるってことか」
「おそらくは」
セヴァスの答えに思わず天を仰ぐ。
俺も記憶を封じられているし、千の獣を統べる黒についで鳳凰もこうとなれば、『黒の王』と共に一旦眠りについた下僕たちはみな、こうである可能性が確かに高い。
「本気で天空城幼稚園じゃないか……」
天空迷宮の階層主はみな、下僕たちに置き換えられているとみて間違いない。
攻略を進めれば進めるほど、いまの鳳凰のような下僕たちが増えるというのであれば、本格的に幼稚園運営、いや24時間なんだから千人以上の子持ち家庭のようなものになってしまう。
――ゾ。
「麾下の侍女式自動人形から世話係を選出いたします。序列下位の者共は『別庭』の適当な屋敷の使用許可をいただければと。ただ、序列上位の者は……」
俺が割とマジで引いたのを察知したのか、らしくなく慌て気味にセヴァスが具体的な対応策を述べてくる。
それに、セヴァスが言わんとしたこともまあわかる。
千の獣を統べる黒の尻尾をおもちゃにしながら、絶対に俺の裾から手を放そうとしないエヴァを見ている限り、「お家に帰りましょうね」をやらかしたらギャン泣きしかねない。
その場をどう納めるかという問題ももちろんあるが、元に戻った際エヴァにその記憶が残っていたら、お互い気まずいなんてものではないしな。
まあ今の鳳凰や、そこに真祖や九尾、世界蛇が加わったところで特に問題はないだろう。
なにしろ幼女である。
真祖の幼女形態よりもなお幼い。
あやすくらいは俺にもできるだろうし、お世話の大変な部分を侍女式自動人形たちに任せられるというのであれば、同居も吝かではない。
お父さん力など皆無だとは思うが。
万魔や全竜、堕天も一緒に住むのかな?
「当面は“答え合わせ”に注力したほうが良いかなあ」
大規模幼稚園経営が軸になってもその、なんだ、困る。
そもそも「この世界を見る」ことが今回の俺の主目的であって、天空城チャレンジはおまけモードのようなものだろう。
であればそっちを優先して、ほぼ完了したと判断したら一気に攻略を進めるほうが良い気もする。
「このようなことを我が主にお願いするのは、非常に心苦しいのでございますが……」
「ん?」
だがなにやらセヴァスには含むところがある様子。
滅多に見せない苦渋に満ちた表情である。
額に汗など浮かべている。
「できれば並行で天空城への攻略も進めていただければ、と。もちろん天空城幼稚園の運営につきましては、私と我が軍団が万全を期します」
「えーと、一応理由を聞いてもいいかな?」
天空城幼稚園がすでに正式名称になっていることに笑う。
園長先生がセヴァス、保母さんが侍女式自動人形たち。
預けられる子供が下僕たちで、俺はお父さんポジションか。
お母さんポジションを要求します!
……迂闊なことを言うのは控えよう。
しかし世界を滅ぼせる幼稚園とかもはや何が何だかわからんな。
とはいえ、セヴァスが並行での攻略を望む理由はなんだろう?
料理の楽しい所だけをやって片付けは他人に任す俺のような立ち位置ではなく、純粋に手間が増えるだけだと思うんだが、セヴァスの場合。
緊急事態については管制管理意識体を信頼しているぽいし、セヴァスは他の下僕たちに一日でも早く逢いたいというタイプでもない。
というかそんなタイプの下僕など居ない。
鳳凰がいる時点で後は増えても一緒、それならさっさと終わらせたいというところなのだろうか?
「我が主のひきの良さがですな……」
「……わかった」
「よろしくお願いいたします」
ああなるほどね。
鳳凰だけと長く暮らしていると、それはそれで「ずるい」という御意見が後程噴出することを慮っておいでなのだ、天空城の執事長殿は。
第一階層でまさかいきなり鳳凰を引くとは思っていなかったんだろうなあ、セヴァスも。
この運を、あっちでガチャを回していた時に欲しかったものである。
しかしホントに大変だな、フリーダム集団の中で良識を持ってしまっているというのは。
他人事モードで申し訳ないけども。
これらの状況から、これから朝一に天空迷宮を一階層以上攻略することが日課と決まった。
それでも全下僕が階層主設定されていると仮定すれば、天空城到達まで三年程度かかることになる。
攻略集中週間とか作って、一気に進める必要もありそうだな。
そういうのは嫌いじゃないから苦にはならないが。
とりあえずクリスタさんたちが戻ってきたら、我がギルドの運営方針として共有することにしよう。
「なあセヴァス」
「なんでございましょう?」
一通り話が終わって、銀たちが紅茶の準備に入ってくれたタイミングでセヴァスに声をかける。
「最終的に僕は消えるのか?」
正直なところを聞いてみる。
記憶喪失の間の人格が、記憶の復活と共に消えるというのもよくある設定だ。
『黒の王』がそんなマゾめいた体験をしたいと考えるとは思えないが、やっぱり不安なので正直に聞いておく。
「ありえません。記憶は大切です。ですが我が主は記憶ではございません。私は記憶を我が主とはお呼びいたしません。今私の目の前におられる我が主が記憶を取り戻されるという、ただそれだけのことです」
即答である。
表情も仕草も、何一つ揺らがない。
セヴァスにとっての「当然」を口にしているだけだ。
「……ありがとう」
でも正直ほっとしたので、礼を言っておく。
そうだろうとは思ってはいても、当人としてはなかなかに不安でもあったのだ。
不安は伝わるものなのか、鳳凰が立ち上がって不安げな表情で俺の頭をぽんぽんしてくれている。
千の獣を統べる黒は膝にのってきて、俺の顔を見上げている。
「私の役どころではございませんな。我が主のそういう部分は、閨にて女性体の方々に見せていただいた方が効果は高いかと」
「言い方」
お互いらしくない表情で視線を交わした後、ただ笑う。
『黒の王』とその下僕としての在り方が基本であることに変わりはない。
だが時にこういう応用があるのも悪くはないだろう。
セヴァスや他の下僕たちも、そう思ってくれていればいいのだが。
ほっとしたような表情を見せる鳳凰や、胸に手をついて首元にじゃれついてくる千の獣を統べる黒を見ながらそう思う。
天空城幼稚園の運営も、そう悪いものではないのかもしれないな。
いや、変な意味ではなく。





