第126話 左府鳳凰顕現
白焔に照らし出されるのは円形の闘技場。
階層主戦の戦場としては破格の広さと言っていいだろう。
具体的にはベヒーモスの縄張りくらい。
――もとい。
充分野球やサッカーの試合をできそうなくらいには広い。
周囲に燈った白焔の光で充分に明るいが、周囲の精緻な彫刻がなされた壁は、その光をもってしても照らしだせない遥かな高さまで続いて闇に消えている。
人ならざるもの、それこそ神の手によらねば不可能としか思えない巨大な塔の内側といった風情だ。
人の想像力の産物、画像やテキストで表現されていた存在をそのまま現実にもってこられると、それだけでなにか圧倒されるような威を感じる。
今でも天空に浮かぶ大地なんて、一日中ぼーっと見ていても飽きない絶景だもんな。
V.Rが極まり、フルダイブが実現されればこれを体験することができたんだろうか。
いや、こんなことを考えている場合ではないんだった。
明るくはあれど、間違いなく闇の底。
スケールこそ違えど、月も星も無い闇夜に、井戸の底で焚火を焚いているような錯覚に襲われる。
だがその不安を煽るような闇と地の底であるがゆえにこそ、輝くような白焔は一層美しく俺たちの目には映る。
それがすべてを焼き尽す、慈悲無き焔であったとしてもだ。
「綺麗……」
揺らめく焔を見るリリアンヌ嬢が、思わずこぼすのも無理はない。
俺も鳳凰戦の湧出演出はかなり好きだった。
鳳凰戦を洋風な美しさとするならば、和風で綺麗なのは九尾戦か。
真祖戦は綺麗というよりぞっとするような怖さがあるし、大規模戦である堕天使長戦や全竜戦、世界蛇戦はただただ派手。
やつらはそもそも巨躯が過ぎるからな。
万魔戦や執事長戦はテキストとBGMによる演出勝ちというか、緊張感を限界まで高める感じであれはあれで好きなんだが。
古の傑作少女漫画僕地球における、小林輪と笠間春彦《秋海棠》の初邂逅に近しい「この後どーなんだいったい?」感が半端ない。
結局全部好きなのかよ、というご指摘はごもっともだ。
だが年単位でハマるようなゲームというのはそもそもそんなものではなかろうか。
好きだからこそちょっとした綻びにも突っ込んでしまうし、「わかっている俺」として妙に厳しい意見を口にしてしまいがちになるのだ。
重課金するようなへヴィー・ユーザーというものはみな、ツンデレ属性持ちなのかもしれない。
思い出してからやっと自覚するが、この手の記憶は封じられているわけではないんだな。
要は「こっちへ来てからの下僕たちとの記憶」が封じられているとみていいんだろうか。
「御爺様に何度も聞かされていた通り、ですね」
リリアンヌ嬢の言葉に頷きながら、クリスタさんが言う。
なんですって?
「皇帝陛下はこれ、見たコトあるの?」
いくら分身体の血を引いているとはいえ、『天空城』の序列一桁と戦って無事で済むとは思えないんだが。
というか今の分身体の前提となっているスピンオフ・ゲームでの特殊モードを除けば、この時代には鳳凰戦なんて発生しないはず。
いやまさかそれが、エンドコンテンツ迷宮の階層主戦と一緒くたにされるとは思っていなかったけれども。
「父上――曾御爺様の私室で、子供の頃に不思議な空間で見せていただいたとお聞きしています」
つまり俺(の前世)が見せたのか。
子供を膝にのせて観るような代物でもないような気もするが。
でもまあわかった、あのモードが現実化したこっちでもあったのね。
本人が演じるわけではなかろうし、表示枠による過去戦の再現とかそういう感じだったのかな?
『天空城』に辿り着いたら、是非俺も観てみたいものである。
「あ、私たちは右府真祖様のであれば何度も聞いています」
リリアンヌ嬢、アレン君のウィンダリオン中央王国組は、王陛下から真祖戦について聞いているとのこと。
なんなんだろう、兄と弟で推し下僕とかあったんだろうか。
まあオトコノコであれば、エヴァンジェリンとベアトリクスに魅かれるなという方が無理な注文ではあろうけど。
「そのお話をされるときは、なぜかすごく早口になるんですよね皇帝陛下」
「あ、それうちの王陛下もそう。ね? アレン」
わかる。
いやわかっている場合じゃない。
でも好きなものを語る時って、なんか早口になるんだよな。
クリスタさんとリリアンヌ嬢は「尊敬する御爺様らしくない」という理由で辛口判定のようだが、ある意味それこそが御二人の素に最も近いと思うぞ、お父さん(自覚不足)は。
一度王陛下と皇帝陛下の口上を聞いてみたいものだ。
映像で見るのとはまた違った、好きなものを自分の中にある語彙と表現で「語る」ことの魅力というのは結構すごい。
お前らとはいい酒が呑めそうだ、というやつである。
個人的には落語とか、あの物語をそのまま映像にされて見せられても興ざめだろうと思う。
噺家の思い入れと鍛錬、そこから生み出された解釈と間が、観る者聴く者を愉しませるのだと思うのだ。
「ね? は、いいけどさリリアンヌ。これ僕ら死んじゃわない?」
そうでした。
アホなことばっかり考えている場合じゃありませんでした。
はやくもアレン君が我々のギルドにおいて、突っ込み役に落ち着きそうである。
広場中央の巨大な白焔が鳳凰のカタチを為していくに伴い、床も白焔を噴き上げ、踏み込んだもののH.Pを常時削り続けるDoT床と化して広がってきている。
これは鳳凰との戦闘時のお約束ではあるが、味方にした際も使用可能なDoT攻撃だったはず。
『天空城』において戦闘力であれば、黒の王を除けば最強なのが左府鳳凰エヴァンジェリン・フェネクスさん。
ちょっとおかしいほどに上げまくったレベルのままに階層主として登場しておられるのであれば、『超越値』による異常強化がある俺はともかく、レベルが100にも満たないクリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君は一発でジュってなる。
やばいな、俺の魔力を共有したクリスタさんの防御系魔法全展開と、HoTも併用した回復魔法連打で何とかしのげるかな?
前提となっているゲームであれば、仲間N.P.Cは戦闘不能になっても死ぬことは無く、戦闘不能判定で拠点へ送り返されるのみだったが、試すわけにもいかんしな。
どうしたものか――
逡巡した刹那。
「死なせはしません――銀」
「承知いたしました」
白き焔を前にしていつにない緊張感を出していた千の獣を統べる黒の影から、落ち着いた老紳士の声が聞こえた。
さすがの能天気子猫様も、遥かな上役が敵対状態で現れたら緊張はするのか。
それとも左府鳳凰殿に対して、本能的な恐怖でも刻まれてるのかね?
その声に応える銀の声と同時に、千の獣を統べる黒の影からぬるりと二人の姿が現れる。
影渡り。
右府真祖が得意な技だが、千の獣を統べる黒の配下も含め、使える者は意外と多い。
名を呼ばれただけで己のすべきことを理解しているらしい銀が、複雑巧緻な指運をもって魔力糸にて編まれた蚕の繭の如き『結界』を形成する。
鳳凰の白焔は、その結界を焼き切ることができずにいる。
これは銀本人の能力というよりも、傀儡人形としてのものだろう。
でなければ侍女式自動人形に、鳳凰の焔が防げる道理が無い。
「セヴァス!」
人形遣い――『天空城』序列№0005執事長、セヴァスチャン・C・ドルネーゼがその力を揮い、魔力糸を以って侍女式自動人形たちを己が『軍団』として使役しているのだ。
セヴァスに使役された二千を数える侍女式自動人形たちは、軍団と呼ぶにふさわしい力を発揮する。
「不粋な介入のお叱りはのちほど」
「僕単体では、拙いのか?」
俺に跪いて詫びるセヴァスだが、慌てた様子は感じられない。
こういう可能性も織り込み済みで、千の獣を統べる黒の影からいつでも介入可能な準備をしていたのだろう、この「ぬかった」ことなどないのではないかという執事長殿は。
すまん千の獣を統べる黒。
尻尾だけではなく、影も役に立ったわ。
本体は知らん。
欠伸どころか毛が逆立ってそわそわしてるってオマエ、ホントに鳳凰が怖いんだな。
なんか笑える。
「いきなり左府殿を引き当てるようなことが無ければ、特には」
「つまり拙いんだね」
まあそうじゃなければ、呼ばれもしないのにセヴァスが介入してくることなどないだろう。
実際、クリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君の心配をしなくていいというのは有り難い。
しかし『超越値』を操作できるようになった状態の俺は、『黒の王』には及ばぬまでも、下僕たちには負けない戦闘力を持っているという認識なんだが。
それは戦闘面においては『天空城』の下僕筆頭である左府鳳凰が相手であっても例外ではない。
はずだ。
なんというかこう、プレイヤーの分身として下僕たちに勝てないというのはアレなので、余裕でいなせるようになるまで意地になって『超越値』稼ぎと装備厳選をした記憶がある。
装備面での弱体化や、レベルMAXに至っていないがゆえの魔法、ルーンの抜けがあるとはいえ、『超越値』による超絶強化はそれらを補って余りある。
そもそも本体の『T.O.T』では、序列一桁どころか天空城を含んだ下僕すべてを相手にしても圧倒できる強さを持っているのが、主たる『黒の王』なのだ。
データ連動で『T.O.T』どおり、つまり魔杖『神々の黄昏』をはじめ超級の稀少魔導武装に身を固め、アホみたいなレベルアップを繰り返した『黒の王』に勝てないまでも、いい勝負ができるほどの力を得たのが今の俺だ。
そのためにこそ、『世界球体』の入手を最優先したのだし。
そうなったらそうなったで、スピンオフの仮想化身に負ける『黒の王』はみたくなくて、本体のレベルを上げるという無限ループに陥っていたわけだが。
我ながらよくわからん心理ではある。
とにかくそれだけの力を持っているはずの俺を、セヴァスが心配する理由はなんだ?
「現在、左府殿と右府殿は我が主から特別な力を与えられております。右府殿は我が主の血を、左府殿は――」
その疑問にセヴァスが正確に答えてくれる。
「ゲヘナの火を」
なるほど、俺の記憶が封じられている期間にそういうことがあったのか。
勝てぬ相手――絶対者たる『黒の王』の力の一端を持っている、序列一桁。
セヴァスが躊躇なく介入してくるわけである。
よりによって血と、ゲヘナの火――『黒の王』の力の象徴を持っているとなれば、今の俺が勝てるかどうかも未知数となる。
よく知っているはずの左府鳳凰の顕現。
そのようすが、セヴァスのその言葉に合わせるように変化した。
最大まで巨大化した中央の白焔が弾けるようにして、その中からエヴァンジェリン・フェネクスの戦闘形態が顕現。
揺れ動く純白の太陽光をそのまま身に付けたような、その身と一体化している戦闘用ドレス。
ときおり太陽面爆発のような強烈な光が、周囲に向かって放たれる。
それは衣装というよりも、鳳凰の持つエネルギーがそのまま具現化したようなもの。
そしてそのすべらかな背から少し離れて、白焔で形作られた鳳翼が十二枚、あたかも光背の如く全方向へ展開されている。
金の瞳はまさに二つの太陽の如く強い輝きを宿し、焼き尽すべき敵である俺たちの方を見据えている――ように見える。
ここまでは知っている通り。
だがその美しい顔を象徴する二つの瞳と正三角形を形成するような額の位置に、一際強烈な焔が揺れている。
ゲヘナの火――『黒の王』の魔力の象徴、4つある瞳のうちの一つ。
それが瞬時で果てすら見えないこの搭のはるか上空にまですっ飛んでいき、井戸から見える切り取られた空に太陽が重なったかのような光を放った。
はるか上空から化鳥――鳳凰の地鳴きが響き渡る。
それと同時、エヴァンジェリン・フェネクスの真の姿である鳳凰――この広大な空間の三割を占めるような焔の鳥が直上から急降下、魂とでもいうべきヒトガタを呑みこみ巨大な両翼を広げて静止飛行状態へと移行した。
あかん。これはやばい。
クリスタさんたちはもちろん、俺もとっさに声が出ない。
たしか設定では膨大な魔力が必要なため、大技発動の際にしか真の姿には戻れないとかなんとかそういうのが……ああ、それをゲヘナの火が補ってるってわけね、なるほど。
納得している場合じゃねえ、勝てるかこんなん。
『黒の王』本体でなきゃどうにもならんわ。
肌で感じる威圧と熱が、ゲーム時代に知っている左府鳳凰よりもはるかに強化されていることを、これ以上ないくらい実感させてくれる。
危険! 危険! 危険! だ。
本能が全力で「逃げろ」と大合唱している。
だが残念、階層主戦からは逃げられない。
第一階層からこのレベルの階層主って、ゲームバランスどーなっとんだ?
いやゲームじゃなくてすでに現実なんだが、そのほうがより質が悪い。
死ぬ。死んでしまう。
何を考えて記憶を自ら封じる前の俺は、こんな難易度設定にしたんだ。
「手はあるのか?」
だがセヴァスの手前、みっともなく慌てふためくこともできない。
時には見栄も身を助けるなあ……
ほぼ感情と表情が死んでいるだけなのだが、傍から見たら冷静そうに見えるのか。
セヴァスに問う俺の様子を、クリスタさんたちが信じられないようなモノを見る目で見ている。
いや、冷静なふりができていたとしても、本質的な解決には程遠い。
如何にセヴァスとはいえ、この状態のエヴァンジェリンさんをどうにかできるのか?
そもそも戦闘能力においては、素でも鳳凰は下僕中最強だったハズだけど。
「御心配には及びません。我が主の下僕たる者、我が身も我が主のものであると理解しております。軽々に死ぬつもりなど御座いません」
なるほど。
ぬからないセヴァスが、手もなく死地に飛び込んでくることなどないか。
主の窮地となればその限りではない気もするけれど、今回に関しては勝算があるらしい。
セヴァスはこういう状況で気休めを言うようなタイプではないしな。
たぶん本気でダメな状況なら、冷静なままに「どうにもなりませんな」とか言いそう。
「私めも与えられております。我が主の力、その象徴の一つを」
それしかないよな。
そう言ったと同時、銀の方眼鏡をかけている方のセヴァスの灰銀の瞳が、漆黒の焔を噴き上げる。
ゲヘナの火には、ゲヘナの火。
それで相殺してしまえば、後に残るのは本来の彼我の戦力差ということか。
しかしホントに記憶を封じる前の俺は、何を考えてこんな状況を設えたんだか。
コトが済んだら真面目にセヴァスと話す必要があるなこれは。
「来なさい、最古の四体」
広大な戦場に張り巡らせているのであろう、自身の魔力糸の上に立ってセヴァスが最強にして最古の自動人形たちを呼ぶ。
「舞え」
鳳凰を囲むように現れた最古の四体が、それぞれを象徴する属性魔力の塊――地水火風と化して、すべてを焼き尽す鳳凰の焔と対峙する。
序列№一桁同士の戦闘。
ゲヘナの火による超絶強化付。
それは想像をはるかに超えるものだった。
魔力糸が焔を断ち、地水火風の魔力が鳳凰の本体を穿つ。
爆発的な白焔が魔力糸を溶かし、最古の四体とそれを使役するセヴァスを消し炭にせんと戦場を埋め尽くす。
鳳凰の眉間と、人形遣いの左目で燃えるゲヘナの火がその勢いを失い、消え去ると同時にセヴァスと最古の四体は張り巡らせた魔力糸のすべてを熔かされ、地に堕ちた。
同じタイミングで鳳凰もその真の姿を維持できなくなり、空中には自身の十二枚翼で静止飛行状態を維持している、女性体のエヴァンジェリン・フェネクスが浮いている。
「では我が主。後はお任せします」
地に降りてなお、いつもの端正な立ち姿を維持しながらセヴァスが俺に告げる。
情けない姿を見せるつもりは毛頭ないようだが、いつもは一部の隙もない執事服のそこここが焦げているし、素敵なお髭の一部もパーマ状になっている。
たぶん記憶を封じられる前の俺も含めて、こんなセヴァスを見るのは初めてだろう。
常に飄々としている最古の四体も、それぞれのポーズで地に突っ伏しており、取り繕う余裕はない様子。
それに比べれば、空中で静止飛行状態を維持しているエヴァンジェリンの方が、まだしも余力を残していると言えるのだろうか?
さすがは序列上位者といったところなのだろうが、なんだか様子がおかしい。
鳳凰としての真の姿から女性体へと戻ったエヴァンジェリンは、どこかきょとんとしているように見える。
ついさっきまで死闘というのも生温い戦闘を繰り広げていたセヴァスたちや、俺やクリスタさんたちも間違いなく視界には入っているだろうに、戦闘へと移行する気配がない。
それどころか、首をこてんと傾げて困惑しているようですらある。
「エヴァ?」
すでにその額の前に、ゲヘナの火は燃えていない。
であれば今の俺で充分に御せるだろうとの判断から、先制攻撃を仕掛ける好機を放棄して、その名を呼んでみた。
だいたい倒してしまって喪失しましたなんて言われても洒落にならんから、不用意にぶったおすわけにもいかない。
セヴァスにあれだけ無茶させておいてなんだが、戦わなくて済むのであればそれに越したことは無い。
そもそも階層主としてエヴァが出てくること自体が想定外なのだ。
今の躰で呼ぶのは初めてだが、意識することなく略した愛称が口をついて出た。
その俺の声に、何の警戒もなくエヴァンジェリンが俺の方を見る。
目が合った。
やっぱり綺麗だよなあ……
女性体としての通常モードももちろん綺麗なんだろうけど、戦う姿としての今の方がやっぱりより魅力的に感じる。
思わず見惚れていると、エヴァンジェリンの白磁の頬が朱に染まった。
顔のみならず、もともと白い全身がうっすらと朱に染まっている。
焔も含めてもともとほぼ純白だから、やけに目立つ。
だが俺を主だと認識してこちらへ来るわけでもなく、その表情のままでなにやらアワアワしている。
鳳凰が健在にもかかわらず、なぜか床の白焔もすでに消えている。
たぶんゲームであれば、ボス戦闘BGMも止まっている気がする。
一歩前に出ると、空中のエヴァがふよふよと後ろに下がる。
俺が前に出れば、アワアワしながらその分ふよふよと下がってゆく。
キリが無いので『幻影疾走』を発動して空中へと跳び、エヴァの左手を捕まえる。
エヴァは本来持っている身体能力や魔法、技の一切を発動させることなく、為す術もなく俺に捕らえられた。
その後もより真っ赤になって、言葉もないままにつかまれた腕をぶんぶんしていたが、ちょっと面白くなって抱き寄せたら頭から湯気を吹いて、かくんと気を失った。
なにこれ、どういう状況?
視線でセヴァスに問う。
「まあ、そんなものでございましょう」
苦笑いを浮かべたチョイ焦セヴァスが肩を竦める。
そうなの?
というかセヴァスと違って、エヴァは俺を『我が主』とは認識してなかったっぽいけど。
一言も言葉を発さなかったし。
「階層主戦の意味が無い!」
セヴァスは死闘を繰り広げたけど、俺はエヴァを捕まえただけなんだが。
これじゃ鳳凰は階層主というより、悪い力に取りつかれて暴走していたって状況じゃないか。
その場合悪い力って「ゲヘナの火」になるのか。
「まあ左府殿と右府殿のような特殊な状況でなければ、まともに戦っても同じ結果でございますよ」
いや、だからって毎回さっきみたいな鬼ごっこするん?
今回はエヴァンジェリンだからまだ見るに堪えるというか、みる人によっては壁殴るような感じで済んだけど、下僕たちの中にはすげえハッタリ利いた見た目の連中もいるよね。
不定形系の下僕なんて、ホラー・ゲームにそのまま出演できそうなのもいたよ?
名状しがたいおぞましい何かと「まてー」「つかまえてごらんなさい」をやらかすのはさすがに狂気の沙汰だと思うんだが。
あいつらも朱に染まるってのか? いったいどこが!?
とりあえず『別庭』に帰ったら、セヴァスから『禁則事項』に触れない限りの情報を聞き出す必要があるだろう。
事態がここに至ったからこそ、セヴァスの判断で話せることも多そうだし。
呆然を通り越して、魂が抜けているようなクリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君のもとへ、エヴァをお姫様抱っこしたまま戻る。
まずは彼らを正気に戻さねば。
「相変わらず我らの在り方を読み違えておりますな、彼奴らは」
くったりしたエヴァンジェリンを銀に預け、クリスタたちにばかり気を取られていたヒイロは、セヴァスのそのつぶやきを耳に捉えることができなかった。
全身全霊を込めて「ゲヘナの火」の暴走を抑えた後は、ヒイロによって赤子の手を捻るよりも容易く気を失った鳳凰の様子に、セヴァスは嬉しそうに微笑んでいた。





