第125話 とおりゃんせ
「ここが……連鎖逸失が今でも残っている、最後の迷宮」
冒険者ギルド本部、『中枢』の制限区間にある転移陣から移動した直後、アレン君が呆然とした声で呟いている。
「でもこれ、迷宮っていうよりも……」
「異空間、ですよね?」
それはリリアンヌ嬢も、クリスタさんも変わらないようだ。
そりゃ知らなきゃびっくりするよね。
はじめてこの迷宮に挑戦した最上級の冒険者、軍兵たちも相当驚いたことだろう。
「その方がしっくりきますよね、確かに」
いくら巨大とはいえ、螺旋状に天空へと無数に続く浮遊島のひとつ、その内部だと思っていたら広大な大地と空、遠くに霞む山々までみえるとなれば、とてもここが迷宮などとは思えまい。
クリスタさんが言うように「異空間」というのが正解だろう。
現実化したこの状況、一度遠くまで探索してみたいものだ。
不用意にうろついて、扉の外れたどこでもドアのような「出口」を見失ってもコトだが。
まあゲームにおけるエンドコンテンツ迷宮といえばそんなものだ。
世界の法則が乱れてなんぼのエンドコンテンツである。
そんなコトを言われても、俺の状況の受け入れ方はこの世界で生まれ育ったクリスタさんたちには無理が過ぎるだろうけれども。
さしあたって我が新生ギルドの当面の目的として、世界の状況確認などをしつつ、各迷宮の稀少唯一遺物を集めながら強化限界まで育つことにした。
だがその前に一度、おそらくは『天空城』へと至る道の「入り口」を確認しておいたほうがいいと判断したのだ。
可能なのであれば、さっさと『天空城』へ至っておくにしくはない。
いまだ冒険者としてもギルドとしても駆け出しに過ぎない俺たちだが、本来冒険者ギルド本部が攻略を諦めて封印している天空迷宮へ挑むことができたのは、当然人脈のおかげである。
戦闘メンバーの内三名が『支配者の子供達』の直系であること、ウィンダリオン中央王国現国王、シーズ帝国今上帝からの推薦状、冒険者ギルド中に要職として就いている侍女式自動人形たちの協力。
うん。
並べ立ててみて改めて思うけど、本来結成から幾日も経過していないギルドがもてる人脈ではないな。
その一言で許可が下りそうな執事長殿は己が表に出ることを固辞されたが、最終的に許可が下りたのは冒険者ギルドの助言機関である元老院を構成する長老の幾人かが、若き日の前世の顔を見知っていたかららしい。
つまり俺の顔を見て、すべてを許可したのだ。
諦めた、と言った方が正しいかもしれない。
無理を通してもらったからには無事帰らねばならないし、その判断が間違いではなかったと証明するために冒険者や登録ギルドとしての実績も今後積まねばなるまい。
横紙破りを許可していただいたからには、それに見合う対価は支払わねば。
とりあえずここの第一層攻略で得たアイテムの大部分は、冒険者ギルドへ納品するつもりである。
ゲームとしての経験がある俺はまだマシだが、伝聞でのみこの迷宮の難度を知っているクリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君は少々緊張気味である。
あ、あと千の獣を統べる黒はいつもどおり落ち着いているというよりも、無邪気というか能天気だ。
これ有能なのは尻尾だけで、本体は子猫そのままですやん。
勉強の際にたくさん読んだ書物に記されていた『王佐の獣』としての千の獣を統べる黒は高貴で知的、風格すら備えたお猫様であり、某弓使いを除けばみなに畏怖されていたような記述だったんだけどなあ。
ものすごく懐いてはくれているけれど、狂的な忠誠なんかはあまり感じられない。
幼児化、というか子猫化しているのでその辺はしょうがないのかもしれないが。
セヴァスを除いた『天空城』の下僕たちがみんな、千の獣を統べる黒みたいになっていたらどうしよう。
いやある意味俺自身も、本来の『黒の王』と比べれば千の獣を統べる黒と似たような状況とも言えるのか。
『天空城幼稚園』みたいになってたらアレだなあ……
園長はセヴァス、俺は先生ポジションなんだろうか。
「にゃあ」
馬鹿なことを考えていたら、幼稚園のペット枠筆頭のお猫様が鳴く。
本体の意志に関係なく敵を捕捉する九本の尻尾に引っ張られた結果であり、危険を察知して知らせてくれたわけではないところが笑う。
己の尻尾に引っ張られる本体ってどうなの、千の獣を統べる黒。
コイツに統べられている千の獣たちは、今どんな気持ちなんだろう。
だが立体的な扇状に前を指す九本の尻尾の先の光景は、なかなかに洒落にならない。
いっそ壮観といってもいいかもしれない。
見渡す限りの地平線に土煙と共に迫りくる、無数の魔物の群れ。
それは地上だけではなく、飛行型の魔物が空にも広がっている。
資料に記される『天使襲来』の際の天使の数ほどではないが、それでもたった4人と1匹が迎え討てるような数ではないだろう、普通であれば。
だが今の俺であれば、ただの数は脅威たりえない。
個人が軍団規模を蹂躙できてこそのファンタジーである。
「まあまだ第一層ですから、問題ないとは思います。気楽にいってみましょうか」
よって落ち着いて戦闘準備に入る。
「気楽に……」
「その第一層を、世界連盟と冒険者ギルドが総力を挙げても突破できなかったのよね」
クリスタさんとリリアンヌ嬢は俺の戦闘力を信じつつも、実際に雲霞の如くというか、迫りくる大海嘯のような魔物の群れを前にしては、さすがに虚心ではいられないご様子。
「うん、まあ……ここって、そもそもヒイロ君以外に攻略させるつもりの無い迷宮なんじゃないかな?」
引き気味に言うアレン君の意見だが、たぶんそうなんだろうなと俺も思う。
一対一ならある程度余裕を持って勝てる魔物とはいえ、これだけの数が同時に湧出しては手におえまい。
一度人間側も数で挑んでみて無理という結論が出た際、すぱっと攻略を放棄したのは冒険者ギルドの英断だったと言えるだろう。
しかし裸の付き合い(ただし海パン着用)を経たアレン君は、少しは俺に打ち解けてくれてはいるんだろうか。
どこか女性陣以上に距離があるような気もしているのだが。
同世代の友人は得難いものだと思うので、なんとかそうなりたいものである。
「いきますよー」
とりあえず敵を蹴散らそう。
魔法使いとしては、距離を詰められる前に遠隔攻撃で減らせるだけ数を減らすのは定石だ。
撃ち漏らしに距離を詰められたら、クリスタさん、リリアンヌ嬢、アレン君のフォローをもらいつつ、俺も近接魔導戦闘に切りかえればいい。
まずは大砲で薙ぎ払ってくれる!
一式装備による『変身』を発動し、膨大な魔力を纏うと同時に思考の加速もなされる。
それは瞬時にセヴァスの魔力糸で繋がれた仲間たちにも共有され、主観的には俺たち以外の世界がゆっくりと流れ始める。
そんな中、俺は心の中で知る人ぞ知る呪文の詠唱を開始する。
カイザード アルザード キ・スク・ハンセ、グロス・以下略!
もちろん今から俺が行使しようとしている魔法に、このような詠唱は不要。
灰燼と化せ 冥界の賢者 七つの鍵を持て開け 地獄の以下略!
だが現実となったこの状況でこの魔法を放つのであれば、心の中だけでとはいえこの呪文を唱えないわけにはいかないのだ、個人的には!
「七鍵○護神!」
「え?」「は?」「なんて?」
ちがう。
萩原一至先生ごめんなさい。
実際は一式装備による『変身』から、この分身体がレベル21で習得可能な『崩壊閃光』をぶっ放すというだけだ。
ゲーム時、この魔法をぶっ放すたびに心の中で――いや一人しかいない部屋では実際に声に出していたかもしれない――先と同じ呪文()を唱えていたのだ。
魔法名(違う)を声に出すくらいはご容赦願いたいところだ。
鈴木DOGEZA衛門の二の舞には、まあなるまい。
たぶんならない。ならないんじゃないかな? まあちょっと覚悟はしておく。
だってまんま七鍵○護神なんだよ、『崩壊閃光』
あの古典名作ファンタジー漫画を読んだことがある者であれば、唱えずにはおれまい。
あの作品が当時、週刊少年ジャ○プに連載されていたという事実に軽く戦慄はするけれども。
ちなみにファンタジー漫画が、という意味ではない。
ファンタジー系という意味では、滅んだ現代から地続きな舞台という、今ではよくあると言える設定の先駆け的な長くなるから以下略。
でもまあ電影〇女とかもあったし、当時は緩かったのかもなあ……
とりあえず魔法や技を強化したり派生させたりする要素である『ルーン』は、レベル連動で『崩壊閃光』の有効射程距離・直径が増大する『膨張』をセットしておいた。
アーガス島迷宮を表向きの最下層まで攻略した際、俺もかなりレベルが上がったのでいろいろ選択肢が広がっている。
今回の第一階層攻略が問題なく終われば、とりあえずレベルMAXである100までさっさと上げきって、魔法やルーンを全て習得することを優先とすべきだろう。
選択・組み合わせが多いにこしたことはないのは言うまでもない。
『世界球体』を入手した今、ステータス・オープンも魔法・技のセットも自在になったことだしな。
通常では千の獣を統べる黒のお気に入りのおもちゃと化してはいるのだが。
まあ戦闘時に起動させるのはそもそも無理だから、千の獣を統べる黒が保管係でも特に問題はない。
『変身』の発動で加速された思考のため、実際はほぼ瞬時で発動している『崩壊閃光』の照射がやっと開始される。
偽りの魔法名とともに前に突き出された俺の掌の先、直径二メートルほどの雷光を纏った紅黒い光柱が生成され、今はまだかなり距離のある魔物の群れに向かって伸長を開始する。
根元から数メートルまでは、光柱の周囲を古代文字の円環が七重に回転している。
一つ一つの大きさが違い、その回転速度も異なっている。
うち二つは逆に回転している。
それらの円環式魔法陣が、膨大な魔力を『崩壊閃光』として成立させる魔法生成点を構築しているのだ。
その魔法生成点へ向かって膨大な魔力が流れ込むが、『変身』中の俺の魔力は無限である。
本来であればかなり魔力消費が激しい『崩壊閃光』に、より消費を増加させる『膨張』のルーンを組み合わせていても問題はない。
まあ『超越値』でM.P――魔力総量も相当増加させてはいるので、そもそも魔力切れを心配する必要はないのだが。
極太の光柱が順調に伸長してゆく。
大地を削り、大気を引き裂き、周囲の光までもを歪めながら、崩壊させるべき敵へ向かって一直線に破壊の奔流が叩きつけられる。
――ん?
俺たちの目からはほぼ静止したように見える魔物の群れ。
その先陣に『崩壊閃光』が触れると同時、無数の防御魔法陣――魔物のH.P――が発生して瞬時に全て砕け散る。
それらの破砕エフェクトが消えきる前に、H.Pを一瞬で失った多種多様な魔物たちの本体も蒸発する。
かすっただけの魔物たちもけし飛ばしたため、約3メートルほどの空白地帯が、余波で抉られた大地とともに地上に展開した魔物の群れを二つに割った。
そしてそれは身体的に素晴らしい性能を持つこの分身体の目をもってしても、捉えられないほどの彼方まで貫いている。
――ああ、そうか。
たかだか第一層の魔物が脆いことはある程度予想済みではあったけど、ゲームであるがゆえの「画面内しか当たり判定が出ない」という軛から解き放たれているんだな、現実化した状況での魔法は。
しかもそれは『膨張』のルーンでより強化されている。
確かにこれだけの魔力によって生成された魔法が、たかだか数十メートルの距離で減衰するという方が不自然だ。
――いやでもこれ、どれくらいの距離まで当たり判定持っているんだろ?
少なくとも今の俺のとても良い視力を以ってしても、魔物の群れを切り裂いて伸び続ける『崩壊閃光』の果てを捉えることはできていない。
――というかこれ、めちゃくちゃ長大な魔力の剣を振り回せるようなもんじゃない? 七鍵○護神というより、太さ二メートル余り、長さ不明のラ〇ト・セーバーなんじゃない?
試しに伸ばした腕、敵に向けて開いた掌を右へ振る。
今俺が立っている地点から扇状に大地が抉れ、それと共にまだかなり距離のある魔物の群れの左翼すべてがH.Pの破砕エフェクトと共に消滅する。
俺の足元で暇そうに『世界球体』を転がしている千の獣を統べる黒の、右半分に反応していた四本の尻尾、その下の二本の反応が無くなり地面に萎えて垂れる。
それにあわせたわけではないが、そのまま掌を上を向け、空を埋め尽くすような飛行型魔物を消し飛ばしながら、右から左へ放射線状に移動させ、その後水平へ戻して最初の照射角度まで戻す。
ああこれあれだ、途切れない巨○兵の爆裂光線だ。
文字通り、薙ぎ払った。
それにあわせて千の獣を統べる黒のすべての尻尾は萎え、地に向けて揺れる普通の状態に戻る。いや九本ある時点で普通ってなんだって話なんだが。
『変身』の継続可能時間のまだ十分の一も経過していないが、魔物の群れは今ので一掃してしまったらしい。
千の獣を統べる黒の尾が萎えたままということは、新たな魔物は湧出していないということだろう。
「――すっげぇ」
変身を解除した俺の耳に、背後にいるアレン君の震えた声が届く。
いやまあぶっ放した俺自身もびっくりしたくらいだし、その意見には同意するところである。
振り返るとクリスタさんとリリアンヌ嬢は、声もなく呆けたような顔をしている。
恐怖に慄いているのではなさそうでまずは一安心。
なぜへたり込んで顔が赤いのかは、追及しない方がよろしかろう。
アルク・ヴィラやアーガス島の迷宮で見せた俺の戦闘能力とは、一線を画するとかそういう領域じゃなかったもんなあ。
世にある力と地続きだとは、とても信じられない領域。
伝説が語る『天空城』、その首魁である『黒の王』の力が語られる以上のものであることを実演で証明したようなものだ。
人の最強たちが総力を挙げて撤退するしかなかった迷宮の魔物たちを、ものの数秒で薙ぎ払えばクリスタさんやリリアンヌ嬢のような表情になるのも無理ないのかもしれない。
ちょっと色っぽくて悪くないが、あまり人に見せていい表情ではない気もする。
アレン君は男の子だけあって、純粋に圧倒的な力に対する憧憬の表情ってアタリかな。
わかる。
そんな力が在ることを知れば、自分でそれを駆使してみたくはなるよね。
俺の場合は「ゲームにおいて」という話だから、アレン君とは胆力において大きな違いがあるのだが。
まあ確かにすごいっちゃすごいけど、ここはまだ第一層だからね。
それに強大な魔法の当たり判定が「画面内」という制限を解除されれば、こうなってしまうのも当然とも言えるのだ。
永遠の強化とアイテム掘りを是とするハック&スラッシュ系を愛する同好の士にはわかってもらえるとは思うが、最強状態で初期迷宮アタックなんかをすればまあ、だいたいこんな感じの鎧袖一触、敵即斬の蹂躙戦となる。
なんとなれば最高難易度迷宮ですら似たような域に至るのが、ハクスラ系というものだ。
それでも欲しいアイテム、なかでも優秀な数値や効果の付いたものを厳選するために滑車を回し続けるのが我々ハクスラゲーマーなのである。
それで得たアイテムで何と戦うのかなど考えてはいけない。
最強の装備に身を固めた己の仮想化身に、えもいわれぬ満足感を感じることこそが至高なのだ。
それが我が身でできるとなると、さすがに俺も昂揚を隠しきれない。
妙な達成感というか充足感で、意味なく咆哮を上げたくなる。
ここでやらかしたら、できたばかりのギルドメンバーがドン引きではすまないだろうから自重するが。
その俺たちの目の前に、魔力の渦のようなものが現れた。
この第一階層の、階層主の間へと通じる転移門。
クリスタさんたちがびっくりして跳び上がっているが、知らねば驚くのも無理はない。
一定時間以内にその階層の敵を殲滅することによって開かれる、次階層への扉。
ただし当然、階層主を倒す必要がある。
たしか階層主はランダムだったはずである。
とはいえ負けることはまず考えられない。
この世界で生まれ育った者には聞いたことの無いだろう、それでもどことなく不安を煽るメロディである「とおりゃんせ」のアレンジバージョンが流れる中。
俺は仲間たちを促して階層主戦へ臨む。
行きはよいよい帰りはこわい。
階層主の間は階層主を倒さなければ出られないから、まあわりとあってはいるのか。
でもなんか怖い。
素で聴くと本気で怖いから、脳内に両腕がフリーダムな自動人形ヒロイン様が歌っている姿を召喚する。
よし、これならすべてが勢いとキレで何とかなる気がしてきた。
念のために全員の準備完了の確認をとってから、転移門へと突入する。
転送された先は、一寸先も見通せない真の闇。
「おわ!」
くそ、思わずびびって声が出た。
「わっ!」
「きゃっ!?」
「ひゃっ!?」
よかった俺だけじゃない。
セーフ。
だが俺たちがこの状況に慌てはじめるよりも先に、焔が灯る。
それは俺がよく知っているはずの、だけど初めて見る白き焔。
おそらくは円形である階層主の間の周囲を覆うように、焔はいくつも現れて真の闇を退けてゆく。
初めて見る。
だけど俺はこの湧出演出を、間違いなく知っている。
階層主の間の周囲全周に焔が灯り、その中央、俺たちの前方に一際巨大な白焔が踊るように燃え上がる。
それは鳳凰の白焔。
ランダムとはいえ、初っ端から階層主はとんでもないのを引いてしまった。
特殊モードでなければ、己の下僕たちとは戦えなかったはずなんだが、どうやらここでは階層主にあてられているらしい。
単体での戦闘能力においては最強の下僕。
さすがに声もないままに見上げる俺たちの眼前に、『天空城』左府鳳凰、エヴァンジェリン・フェネクスの真の姿が顕現してゆく。





