第116話 支配者の系譜
――序文――
『支配者の子供達』
大陸暦79年現在、『人の世界』と同義であるこのラ・ナ大陸において、主要国、大国と見做されている国家群をさしてそう呼称する。
その名の由来は単純である。
大陸暦のはじまりでもある『世界連盟』の成立をはじめとした現代史。
そのほぼすべての主役であり、稀代の英雄。
『冒険者王』と呼ばれるヒイロ・シィ・以下略、『神座王』として引退した後、昨年身罷られた人の世界の支配者、その血を継ぐ者たちが治める国であるからだ。
ありていに言えば冒険者王の後宮に一族を送り込むことに成功し、そのうえ子を為すことも成し遂げた国々。
そのあたりを詳しく書きすぎると不敬罪になりかねないので、ここでは置く。
興味のある読者諸兄は、世に溢れる数多の『後宮譚』を手に取ってもらえばと思う。
誇張はあれども、それは真実の一端をつかまえてはいよう。
それは本著も同じである。
――英雄の子、必ずしも英雄ならず。
歴史を知る者であればよく目にし、史実を以って事実を知る現実でもあるが、少なくとも支配者――冒険者王の子供たちについては今のところ本当の意味においては当てはまってはいない。
彼らはたしかに英雄ではない。
英雄を英雄たらしめるためには、自身の能力よりもむしろふさわしい『強大な敵』の存在が不可欠だからだ。
そして知っての通り、敵になり得る存在などすべて冒険者王とその仲間たちが現役の時代に一掃されてしまった。
かろうじて『敵』と呼べるのは、『預言の書』に記された災厄くらいであろう。
敵なき太平の世では、いかに強大な力を持っていても英雄とはなれないのだ。
そう、『支配者の子供達』が持つ力は巨大である。
ただ比較対象があまりにも突出しているがゆえに、まだしも親しみやすい『人』の範疇だと見做されているだけにすぎない。
これは支配者に対する阿り、忖度の類ではない。
事実、『預言の書』通りに現れた巨大魔物などは、今のところ『支配者の子供達』によって苦も無く排撃されている。
それでもなお彼らが『信頼に足る指導者』ではあっても『英雄』と見做されないのは、強烈な父親のせいという他はあるまい。
拙著は現代の嚆矢揺籃である英雄――冒険者王ヒイロが現れてから今に至るまでを、時系列と共に筆者の行った取材、集めた記録に基づき取り纏めたものである。
なお厳正な取材結果と記録に嘘偽りがないことは我が祖父ポルッカ・カペー・エクルズに誓わせていただくが、それらから導き出された個人的見解については、あくまでの筆者の勝手な一意見に過ぎないことを記しておく。
けして真実ではない。
筆者がそう思った、というだけである。
私は『支配者の子供達』に対しては、忖度や慮りなどしない。
だが我ながらここまで度し難い人間であってもやはり、伝説に語られる『天空城の下僕たち』は恐ろしいのだ。
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なにやら大仰に始まったトンデモ書の類としか思えなかったが、まあ斜め読みとはいえなんとか読み終わった。
皇帝陛下の執務室から、この十数年は開かずの間と化していたらしい貴賓室へ通され、とりあえず「これを読め」と言われたからそれに従ったまでである。
現皇帝陛下とその側近たちに見守られながら、それなりに分厚い本を読みなさいってのはちょっとした罰ゲームだと思う。
というか「お前も読みなさい」ってクリスタさんも渡されていたけど、彼女は多分三分の一も読めてない。
読みはじめてソッコで眠そうになっていたのには笑ったが、千の獣を統べる黒とそんなに変わらないレベルじゃないですかねそれ。
容姿のおかげで真面目な表情をしていれば「凛とした才女」といった風情なのに、実は脳筋系なのだろうか。
それはそれでありな気もするが。
まあ最初から読むことを放棄していたレヴィさんとか、おそらくはこんな本など及びもつかないほど正確な事実が記憶野に全て格納されている銀よりは、まじめに取り組んだと言っていいのかもしれない。
皇帝陛下も、レヴィさんや銀に対してどう接していいかなんてわからないだろうしな。
もっともそれで言うなら、俺に対する接し方に最も苦慮しているように見える。
俺の正体が、おそらくは俺の予想通りだろうからそうなるのも理解はできるんだが、俺も記憶を封じられているのでどう接したものやら……
自分の父親が少年かつ記憶の無い状態で老人となった自分の前に現れたら、誰だって頭抱えたくはなるよな。
そのうえ非適応装備一式を身に付けているアタリ、怪しさは倍増だろう。
とにかく「現時点がいつで、どういう状況なのか」を、記憶喪失の俺に理解させるという点では、この本は役に立ってくれた。
余計な情報も多かった気もするが、それはまあいい。
今のところまだ他人事としか感じられないし、セーフと言っていいだろう。
記憶がある状態で読んだらいたたまれなかろうというか、予実の差異を楽しめたのかもしれないが。
以下俺が理解した時系列のまとめ。
大陸暦00年。
ウィンダリオン中央王国 中央暦457年。
シーズ帝国 帝暦521年。
ヴァリス都市連盟 聖暦2218年。
冒険者としてヒイロ・シィ(たぶん俺)が歴史に登場する。
場所は迷宮島と呼ばれていたアーガス。
その年は「はじまりの時」と言われているだけあって、わりと激動である。
まずは『天蓋事件』と呼ばれるウィンダリオン中央王国の最大戦力、『九柱天蓋』が『天空城勢』に叩き落された――そのときは正体不明だったのだから、そりゃ相当な騒ぎだったのは想像がつく。
次に当時世界宗教であったアルビオン教が崩壊させられた――顕現した最高神とその眷属神を張り倒したんだから以下略。
そして何よりも大きな出来事であろう、『連鎖逸失』からの解放を経て、初めての『世界会議』が開催され、ヒイロに従う天空城の圧倒的な力の下『世界連盟(仮)』が成立したのだ。
たった一年の間に世界がひっくり返ったと言っても、まあ過言ではあるまい。
今はどうしても他人事みたいに感じてしまうが。
その翌年、ヒイロを『英雄』と為す『天使襲来』が発生。
その収束を以って、(仮)であった『世界連盟』が正式に発足し、同時に『大陸暦元年』となった。
同年、ヒイロは当時三美姫と称されていたウィンダリオン中央王国の幼女王スフィア・ラ・ウィンダリオン、シーズ帝国の第一皇女ユオ・グラン・シーズ、ヴァリス都市連盟の総統令嬢アンジェーナ・ヴォルツを同時に嫁に迎える。
『皇后』がスフィア、『妃』がユオとアンジェリーナ。
公的にはともかく、私的には同格とされていたらしい。
恐らくは我がことながら、大した胆力だとしか言いようがない。
ガチの一夫多妻とか、大変さしか感じないがどうだったんだろう。
いやその翌年、大陸暦2年から幾人も側室を娶り、『大後宮』などと呼ばれる浮遊島を創ったらしいから、なんというかまあ、好きだな俺……
それを以って『好色王』などという、わりと身も蓋もない通り名も得ている。
うんこれは自業自得だろう、やむを得まい。
そこで生まれた子供たちが治める国々が、『支配者の子供達』と呼ばれることになったというわけだ。
しかし、なんつーネーミングセンスなんだ。
大陸暦3年 『十三愚人戦役』
これについては、公的には詳しく記されていない。
各地で発生した戦闘の記録と、その収束宣言が『世界連盟』から発されているのみの、いわば逸史扱いである。
ちょっと思い出したいあたりではある。
大陸暦5年 最初の『預言の書』に記された厄災発生。
大陸暦7年 皇后、妃二人が同時懐妊。俺……
大陸暦8年 ほぼ同時に出産。…………。
その後も側室も含めて、けっこうな数の子をなしている。すげえな。
これ以降も公的には平和な中、裏面であれこれやっていたらしい推測などはあるが、公的には残っていない。
定期的に『預言の書』に記されている災厄を対処していたくらいである。
しばらくあいて大陸暦28年。
ウィンダリオン中央王国の王位、シーズ帝国の皇位を子供たちが継承。
その後、子供たちが二十歳になると同時に側室たちの出身国を継承してゆくことになる。
大陸暦28年の時点でヒイロは冒険者も引退、『神座王』と呼ばれ表舞台には姿を見せなくなる。
その随分前から、『天空城』は姿を消しているらしい。
それ以降、すくなくとも公的には大きな事件などはなく、大陸暦78年――今から言えば去年にヒイロが死去。
つまり俺の予想通りだった場合、俺は死んだ翌年にさっさと転生したというわけだ。
正直もうちょっとゆっくり死んでろよ、と思わなくもない。
皇帝陛下がこの本を読めと言ったのは、内容に大きな嘘が無く、今年の初めに発刊されたものだからだろう。
おかげで年表的にはある程度のことを理解できた。
今は、俺の思う「ゲームの世界が現実化してそこへ転移」が発生してから、80年経過している。
そして俺は何らかの目的があって、自らの記憶を封じて分身体としてこの世界に再誕したというわけだ。
状況はわかったが、相変わらず目的が全くわからん。
少なくとも記憶を封じる意味は間違いなくあるはずなのだが。
あと時間の流れを理解したからこそ、どこか違和感も覚える。
俺が予想通りの存在だとしたら、その記憶を封じることができるのは俺自身をおいて他にいないだろう。
そのはずだ。
予断を持たぬままこの世界を判断するのが目的であれば、もっと正体の秘匿を徹底させるような気がする。
なのに『禁則事項』に縛られているとはいえ銀の存在そのものが、馬鹿でなければ今の俺に自身の正体を予測させるには充分なものだろう。
加えて俺の正体が判明する存在への接触も、特に禁じているわけでもない。
記憶を封じられた俺に許された情報から判断すれば、未来としか思えないのが今だ。
ゲームが現実化した世界。
おそらくは俺がこの世界に現れてから、80年経過している。
それはいい。
だが何かを見落としているような――
「読み終わられましたか」
本を背表紙をぱたんと閉じた俺に、皇帝陛下が声をかけられたのだ。
やむを得ないとはいえ、ただの少年に対する老皇帝の態度ではない。
その声で俺のとりとめもない思考は中断された。
まあいいか、今考え込んでも答えが出ることでもなかろうし。
クリスタさんとレヴィさんが「はっや」っていう顔をしているのが面白い。
銀は表情を変えることなく、俺の座っている席の背後に立ったまま控えている。
千の獣を統べる黒さんは、すでに本日何回目かわからぬ欠伸をなされた。
「はい、なんとか。斜め読みですけど……」
「いえ、今がいつで、世界がどういう状況なのかをわかってくださればそれで十分です」
皇帝陛下の俺に対する態度が、「はじめまして?」の挨拶以降ずっとこうだからこそ、補佐官や官僚の方々もいろいろ察しているというか、すくなくとも俺を「正体不明の馬の骨」とは思っていないのだろう。
大臣や大貴族の方々でなかっただけ、自重が利きやすいのかもしれない。
クリスタさんも尊敬する祖父が、俺に対していわば恭しい態度を取ることに相当驚いていたみたいだし。
この人の正体っていったい? ってなる気持ちはよくわかる。
『支配の鎖』と『隷属の首輪』で仮初とはいえ『御主人様と下僕』になっているとなれば、なおさらだろう。
「ではこの際、はっきり言っておきたいのだが……かまわんかね?」
俺が読み終わったことを確認した後、ちょっと意外なことに皇帝陛下は俺の背後に立つ銀へ向かって確認を取っておられる。
「私に訊いておられるのですか?」
「君はヒイロ……殿、専属の侍女式自動人形だろう? つまりは『天空城』に連なる存在だ。余が確信している……おそらくはヒイロ殿自身も予想していることを口にして、処分されるのは避けたいのでな」
訊き返した銀に答える皇帝陛下の言葉で、確認の意味を俺も理解する。
だが自分たちが仕える皇帝陛下の言葉に、この場にいる官僚たちは一様にぎょっとした表情を浮かべている。
直接接したことは無くとも、大国の中枢に位置する選良たちにとって『天空城』の名は今なお伝説ではなく、絶対的な支配者という意味合いが強いものと見える。
クリスタさんが曰く表現しにくい表情――いやはっきり言おう、呆けたような表情でおれをガン見している。
レヴィさん辺りはまだピンと来ていないみたいだけど、クリスタさんの立場であれば皇帝陛下が何を言っているかくらいはそりゃ理解できるだろうしな。
「私に課せられている『禁則事項』は、他者には適用されません。それに――」
皇帝陛下の問いかけに対して、銀は丁寧に答える。
半分とはいえ、主の分身体の血を継いでいる「子供達」には敬意を払うものらしい。
そういえば遺伝子的にはどうなってるんだろう、分身体って。
英雄ヒイロと、今の俺の違いは記憶のあるなしだけなんだろうか?
いやレベルとかその辺も全く違うよな。
そもそも土台となっている「ゲーム」からして違うものだ。
とはいえ曾孫と『御主人様と下僕』っていうのは、ちょっと背徳的どころじゃないな。
「我が主の血を引く方々には、我々は基本的に敵対できません」
たとえ分身体であっても下僕たちにとっては、主の血を引くということになるらしい。
「応用が怖い」
皇帝陛下の言には大いに同意するところだ。
だが皇帝陛下の表情は、気の利いた冗談を言ったというような緩みはない。
真剣そのものである。
己が『我が主』と呼ぶ者への言動へ対する下僕たちの苛烈な対応を、近くにいたからこそ知悉している故なのだろうか。
さっき斜め読みした本にも、それらしいことは繰り返し書かれていたしな。
優先順位をきちんと定め、それを厳守する存在は確かに怖い。
「大丈夫です、問題ありません」
「ヒイロ殿は間違いなく我が父、冒険者王ヒイロ・シィの転生者――『分身体』だ」
銀の保証を得て、ため息交じりに発した皇帝陛下の言葉に、今度こそ場が驚愕に満たされる。
「よってヒイロ殿の望むこと、その一切をシーズ帝国皇帝として認め、全面的に協力する」
まあこれでクリスタさんを我がギルドメンバーとすることの問題は無くなった。
場所を移してから、『御主人様と下僕』となっていることも説明せねばならないだろうけど。
一番驚愕しているのはたぶんクリスタさん。
口をパクパクさせて、俺の方を指さしている。
「これやめなさい」と皇帝陛下にたしなめられているが、聞こえてはいない様子。
レヴィさんは周りの驚愕に驚いているような状況で、まだ意味が頭に通っていない感じ。
まあしょうがないか。
たまたま知り合った冒険者の少年が、自分が生まれる前から語られている英雄の生まれ変わりですとか言われても、すぐには理解できないのはある意味当然だ。
「そしてヒイロ殿はまず、今なお世界の中心――はじまりの地『アーガス島』へ赴かれるべきだろう」
俄かに騒がしくなった皆を手を上げて制し、俺に向かって告げる。
「あそこには『連鎖逸失』から解放された人が今なお踏破できぬ空中迷宮『天へ至る搭』が存在する」
俺の記憶野には存在しない情報だな。
あるいはこれも『禁則事項』か。
「あれはおそらく……ヒイロ殿の本体とその下僕の方々が眠る居城――『天空城』へと至る道だ」
なるほど。
俺という存在が記憶を失ったままで世界をうろうろされるのはおっかないから、さっさと本拠地へ行って記憶を取り戻してくれということか。
どうやら田舎の迷宮を拠点に、地味にギルドを育てるという選択肢は早々に却下される流れのようである。
途中はどうあれ、最終的にはそこを譲るつもりはないんだが。





