第117話 血は争えない
「やっぱりやめとかないリリアンヌ。きっと後ですごく怒られるよ?」
「大丈夫よアレン。何も本当に怪我させるわけじゃないし、アリア副本部長におしり叩かれるくらいで済むって……たぶん」
アーガス島。
その中央冒険者街、公営転移陣のほど近く。
昼下がりのこの時間帯、島外との物流も一旦落着き、わりと閑散としている。
そこへ今から転移してくるはずの四人を、待ち受けている二人の会話。
女の子の名は、リリアンヌ・ラ・ウィンダリオン。
ウィンダリオン中央王国第一王女。一応姉。
男の子の名は、アレン・ラ・ウィンダリオン。
ウィンダリオン中央王国第一王子。一応弟。
双子であり、共に14歳。
先代ヒイロの皇后、『幼女王』と呼ばれたスフィア・ラ・ウィンダリオンの曾孫にあたり、次のウィンダリオン中央王国を担うと見做されている二人である。
スフィアとよく似た、だがやや薄い桜色の髪と碧の混ざらない金色の瞳。
美少女、美少年と称して異を唱える者はおるまいが、その言葉のみで表現するには少々癖の強い光をその目に宿している。
二人とも男としても女としてもまだ幼い体躯ではあるが、この年齢で言えばこれ以上ないというくらいには鍛え上げられている。
現役の冒険者として、二人とも髪は短くまとめている。
近接攻撃職としてはある意味当然か。
一目で高価とわかる、黄色を基調とした旗装のような戦闘服を身に付けているが、二人とも無手。
これもまた一目で魔法武具だとわかる、指貫の革手袋を装備しているというだけだ。
「たぶん、ねぇ……」
「何よ怖いの? アレンが怖いなら、私だけでもやるからね?」
気が進まなさそうにいうアレンに対して、リリアンヌがくってかかる。
彼らは実家から得た情報を基に、今からここに現れる四人――ヒイロ、クリスタ、レヴィ、銀の四人に対して、力試しの奇襲を仕掛けるつもりなのだ。
もちろん本気で怪我をさせるつもりなどない。
ただ「自分たちの方が上だぜ!」という子供っぽい証明をしたいだけである。
自分たちの継ぐべきウィンダリオン中央国と同格と見做されている大国、シーズ帝国。
その現皇帝が自身の名においてギルド設立を支援までする冒険者たちに対して、要らん対抗心を燃やしているというわけだ。
それを知ったのは今朝。
情報源は自分たちの祖父である現国王からの『表示枠』によってである。
よってこの情報に間違いはない。
――確かにその時、お爺様……王陛下はいつもの「馬鹿なことはするなよ? 絶対だぞ?」といういわばお約束を、主に姉を押さえろよという意味で僕に仰らなかったけど……
それどころか、アレンには御爺様がどこか楽しそうにさえ見えた。
そんな情報を自分たちに伝えれば、主としてリリアンヌがどんな行動に出るかなどお見通しだろうに、である。
――やれるものならやってみろ、ってことでいいのかなあ……
もしもそうなら、王から冒険者ギルドへも話は通っているだろう。
であれば、アリアさんから「おしりペンペン」される恐れもなくなる。
「いや、やるけどさ」
怖いかと聞かれれば、アレンは正直怖い。
たぶんそれはリリアンヌも同じだと思う。
自分が怖い時、リリアンヌはいつもアレンを煽ることで自分を追い詰めて怖れを塗りつぶす癖がある。
それだけアーガス島冒険者ギルド本部副長、アリアさんは恐ろしいのだ。
見た目はいつもにこにこしている年齢不詳の綺麗なお姉さんにしか見えないが、なぜ冒険者をやらないのだと心の底から思うくらいに強い。
歳を聞いたら怖い笑顔でニコニコされるので問うことは封印されているが、今や強大な世界組織である『冒険者ギルド』本部の副長という重職につく歳にはとても見えない。
ウィンダリオン中央王国の王子・王女として、また偉大な曽祖父の力を受け継ぐ『支配者の子供達』として、ここアーガス島で冒険者として活動開始してからおよそ二年。
今や世界の中心とまで言われるアーガス島冒険者ギルド本部でも上位に位置し、恵まれた才能を完全に開花させた今になっても、二人はアリアになお勝てない。
二人掛かりでもである。
それこそ年相応の子供のように軽くあしらわれ、悪いことをすればあっさりおしりペンペンされてしまう。
それだけの実力差があるのだ。
リリアンヌもアレンも、力ある者に従うことを厭わない。
『大迷宮時代』や『大魔導時代』と呼ばれる現代、家柄だのなんだのより、よっぽどその方がしっくりくるからだ。
今現在、『支配者の子供達』が世界に君臨しているのは力を持つがゆえ。
それは確かに『支配者』の血を継ぐからこそではあるが、血と力が同義であるからこその君臨なのである。
その力を以って、ウィンダリオン中央王国の王族だとか、『支配者の子供達』だとか、そういう遠慮を一切せずに自分たちに接してくれるアリアに、二人とも懐いていると言っても過言ではない。
巨大な力を引き継ぐ二人にとって、一族以外でそういう存在は得難いのだ。
そういう自分たちだからこそ、正直愚かだとは認識しながらもまるで犬のように力の序列にこだわっているのかもしれない、とアレンは思う。
リリアンヌに言ったら、顔を真っ赤にして怒るだろうから言わないが。
「来たわ! 人数は情報通り4人! 仕掛けるわよ!」
「はいはい、と」
公共転移陣が魔力の光を噴き上げ、シーズ帝国帝都からの転移者が姿を現す。
時間も人数も情報通り、つまり二人の目標だ。
なんだかんだ言いつつアレンが付き合うことを疑っていない一応は姉に溜め息を一つ吐きつつ、指示に従う。
――なんか一瞬で陰った気がするけど……
だが今はそんなことは重要ではない。
接敵すれば、その敵に集中するのは戦闘における鉄則である。
二人がほぼ同時に自身の魔力を全力で解放し、一瞬後にそれを『掌握』する。
彼ら双子は、『魔力』を『魔法』として放つ才能には恵まれていない。
できなくもないが、『魔法使い』としては下であろう。
彼らが『支配者の子供達』として受け継いだ力は、余人の及ばぬ膨大な魔力と、それを躰に取り込み一定期間爆発的に身体能力を高める『魔力掌握』
そして唯一能力として、『魔力掌握』で暴れ馬のようになった己の躰を制御可能とする『思考加速』
あと一つ奥の手というべき力も持っているが、力試しに使うようなものではない。
躰に取り込んだ膨大な魔力が、あたかも纏わりつく雷のごとく体表を走り抜ける。
この状態でぶん殴れば、大概の魔物は消し飛ぶ。
そして魔力を取り込んだと同時に自動的に発動した『思考加速』によって、主観的には自分たち以外はまるでスローモーションのようになっている。
傍から見れば、とても目では捉えきれない神速で機動する、疾風の如き格闘者。
迷宮において二人が傷一つ負うことなく魔物を蹴散らすことを可能とする、『魔導近接戦闘』
これで四人の背後を取って、「僕らが本当の敵なら死んでいましたね」と告げるという、クソ腹立つであろうが反論の余地のない状況にすれば勝ち。
だが。
『ちょっとまってリリアンヌ! 四人の中にクリスタ姉さまが!!!』
超加速の機動に入った直後、現れた四人を正確に確認してアレンが思考で告げる。
『思考加速』を起動している者同士は、なぜか精神感応が使用可能になる。
フードを被った小躯、その右にやたら色っぽいお姉さん、後ろに清楚な侍女服を身に付けた少女。
そしてその左に、自分たちより二つ年上の親族、シーズ帝国の第一皇女であるクリスタ・グラン・シーズ十六歳の白と金の美しい姿が確かにある。
『え? あ?! ほんとだ! やっば!!!』
自分たちではクリスタには勝てない。
それはこの歳になるまでに、いやというほど経験してきている。
冒険者となってからは、その差はなお開いたと言っていいだろう。
聞いてないよ! というかこれはまずい。
このままクリスタの間合いに突っ込んだら、苦も無くあの巨大な盾でカチ上げられて、鼻血くらいは間違いなく吹かされることになる。
それは嫌だ! いくらなんでも間抜けが過ぎる!!!
「本当なら死んでましたよ?」とあの優しいクリスタに鼻血を拭われながら言われたらある意味本当に死ねる。
格の違いを見せつけようと思っていた他の三名に、ものすごく同情的な視線を向けられる自分たちを想像してちょっと血の気が引いた。
「に゛ゃ!!!」
「ぐぇ!!!」
二人が高速機動の中で反射的に距離を取ろうとした瞬間、不可視の壁に激突して流された。
四人を護るように展開されたそれは、二人もよく知るモノである。
『これ……『中枢』の防御障壁!』
冒険者ギルドの総本部であり、過去『天空城』の下僕たちに叩き落とされた『九柱天蓋』を再建、というより魔改造して作り上げられた空中要塞。
それを『難攻不落』と同義とさせる、自律多重展開する絶対の防御手段が不可視の防御障壁である。
固く弾くというよりは、柔らかく受け止めて流すという特性がゆえに、二人は深刻なダメーシを受けてはいない。
よって『魔導近接戦闘』もまだ解除されていない。
『アリアさんにバレてるってこと!?』
『いや、いくらアリアさんでも、さすがに『中枢』の機能を自由にはできない……と思う』
冒険者ギルド本部が持つ機能を駆使されていることから、真っ先に思い当たる名前を出したが、さすがにそれはないという判断に至る。
あれは『時代錯誤遺物』の類であり、いかな冒険者ギルド本部副長とはいえ個人に制御を許されるものではない。
はずだ。
『てことはクリスタ姉さま!?』
『それもたぶん違う。僕らはまだクリスタ姉さまの間合いに入っていない。僕らの魔力には気付いていても、この距離ではまだ捕捉できてはいないはずだ』
確かに今はクリスタの持つ、本来は自分たちのどちらかが継ぐはずであった『支配者の叡智』であれば『時代錯誤遺物』の制御も可能かもしれない。
本来の機能に比べて、ウィンダリオン王家の至宝も当時『天空城』によってかなりの機能追加がされているとは聞いている。
実際にシーズ帝国の帝都『八竜の泉』の全機能を機動、掌握するトリガーを引いたのは『支配者の叡智』であったのだ。
だが今、『支配者の叡智』はあの莫大量の蒼光を発してはいない。
アレンは「クリスタが認識していないから発動していない」と見做しているが、当たらずといえども遠からずと言ったところか。
クリスタは己の防御範囲内に侵入した敵・攻撃の速度以上まで、自分の思考と身体を強制的にひっぱりあげることができる。
よって二人がどれだけ加速しようが超機動をしようが、間合いに入った瞬間自分たちの方が思考、躰の動き共に遅くなる。
よって勝てない。
『じゃあ誰が?』
訊かれても、アレンにもわかるわけがない。
――いつも思うんだけどこの姉、僕に訊いたらなんでも答えが返ってくると思ってないかなー。
思わず遠い目になるアレンである。
カタチはどうあれ、頼りにされてるならまあいっか、と毎度思ってしまうアレンが悪いとも言う。
だが同時、アレンはぞっとした。
自分たちは「やってみろ」と御爺様に言われたと思ってこの行動に出ている。
そしてそれは、どうやら相手に全く通用していないっぽい。
想定外ではあったものの、その相手がクリスタ姉さま――幼い頃から一度も勝ったことのない一族同世代における絶対者が相手であればそれも納得できるし、ある意味安全でもある。
さすがにオイタが過ぎたとしても、殺されることは無いと断言できる。
たまに加減を間違う人ではあるが、まあ大怪我程度で済むだろう。
だが現状、自分たちはクリスタの間合いにまだ入ってはいない。
つまり今の対応はアレン自身がそう告げたとおり、クリスタの力によるものではないのだ。
――あれ、これ手加減してもらえなかったら僕たち死ぬんじゃないかな?
そう考えたのと同時、はるか上空から信じられない精度で攻撃が降り落ちてきた。
それは殺傷能力を持たない、ただ対象を無力化することのみを目的として調整されたモノ。
ゴツンという衝撃を頭部に受けて意識が飛ぶ。
間抜けにもあお向けに倒れるアレンと、ほぼ同時に「ぎゅべ!」という乙女にはあるまじき声と共にリリアンヌも地に崩れ落ちる。
意識を手放す直前、二人の目に映ったもの。
それは四人と同時にアーガス島の上空へ大質量転移してついてきていた、四つの『封印九柱天蓋』の威容。
それとは対照的に、四人の足元でゆっくりと欠伸のモーションを続けている黒い子猫。
『王佐の獣』とも呼ばれる千の獣を統べる黒の九本の尻尾、そのうちの二本が正確にアレンとリリアンヌを指している映像であった。
――え゛え゛え゛え゛!? ってことはまさかあのフード被った人って……
二人ともが同じ『ありえない驚愕の名』を想い浮かべる直前、その意識を手放した。
普通の人にはけして認識できないはずの『魔導近接戦闘』起動中の自分たち。
それを間違いなく捉えていた、フードの奥の深い碧の瞳に魅入られるようにして。





